第7話 忍びの追手
第7話 忍びの追手
次の日。
風呂の死体は、片付けられていたようで、騒ぎにはなっていなかった。
どちらが狙ってきたか知らないけど、表沙汰にしたくないらしい。
私としても助かるけど。
顔を洗って、歯を磨いていると、何だかにやけてしまう。
私は以前として、危機的状況なのに、心は晴れやかだ。
昨日の横山くんとのやり取りを思いだし、顔がにやけてしまう。
横山くんは、いま何をしてるんだろう?
彼のことが気になって仕方がない。
早く学校に行って、彼に会いたい。
私は、制服に着替えてから食堂に向った。
入口で桜がいつものように待っている。
「おはよう。あら? 何かいいことでもあったの? 機嫌よさそうね」
「おはよう。え? そう見える? そんなことないよ」
危ない危ない。桜は勘が鋭い。下手な行動はできないわ。
「なんか、昨日から変だよ? 昨日もへらへら笑ってたし」
「そっかな? 季節のせいじゃない? 秋だし。ご飯おいしいから」
「ふーん。まあ、いいけどさ」
朝食のパンとサラダを食べ、自室に戻って、右太ももに苦無を入れたケースをつけ、辺獄をトートバックにいれる。
惜しくない命ではあるけど、好きといってくれる人がいるなら、その人のために、生き抜くのも悪くない。
私は、鏡の前で、くるりと回る。
私が回るのと一緒に、チェックのスカートが、ふわっと浮き上がる。
よし。これなら、横山くんも変に思わないだろう。
ふふっと私は、笑ってしまう。横山くんは、私なんかのどこに惹かれて、好きになってくれたんだろう。
そこがどこなのか、はっきりしないけど、自分でできる限り、身だしなみに気を使おう。
クシで髪をとかし、肩までの髪を手で撫でる。
うん。髪はしなやかで、綺麗だと思う。
これなら、手で触れられたとしても、触った人は嫌な感じを持たないだろう。
「よし! かわいいぞ。紗季。自身持って」
私は鏡に映る自分に、話しかけ気合を入れる。
寮を出て、しばらく歩いていると横山くんが、後から追いかけてきた。
「お、おはよう」
横山くんは、少し顔を赤らめている。
私も、ちょっと恥ずかしい。
「おはよう。昨日はありがとね。映画を男の子と観に行ったのなんて初めてだったけど、楽しかったわ」
「ほんと? また、行こうよ」
横山くんは、笑顔を私に見せてくれる。
私はたぶん長くない命だろうけど、この笑顔が見れなくなるのは、寂しいな。
「ねえ、横山くんは私なんかのどこを好きになってくれたの?」
横山くんは、少し顔を赤らめて鼻の頭をかく。
照れてないで、早く教えて。じらさないで。
「本人目の前にして、恥ずかしいなあ。でも言っちゃお。初めに好きになったのは、声かな。
入学式の時に、坂野が仙谷と話している声がなんでか気になってね。その時は、ちゃんと顔が見れなかったんだけど、どうしても顔が見たくなって、クラスが違うのに、顔を見にいったんだ。
そしたら、何というか、こう、ズキューんって胸を打ち抜かれたみたいに、衝撃が走った」
横山くんは、自分の胸をぽんぽんと叩く。
「それ、本当? 作ってない?」
「ホントだって! でさ、顔見たらすごく綺麗でさ。びっくりしたよ」
私は、自分の顔を指差し、首を傾げる。
まあ、ブサイクだとは思わないけど、そんなに言われる程、美人とも思えない。
桜の方がかわいいし。
「ふーん。なんか嘘っぽいなあ」
「嘘じゃないよー。それに、足だって綺麗だしさ。スタイルいいよ」
「ふふ。ありがと」
横山くんに褒められると、嘘っぽいなと思っても嬉しい。
まあ、信じておこうかな。
校門前まで来たとき、後から桜が追いかけてきた。
「あれー? 珍しいじゃん。横山くんと二人で登校なんて。どうしたのいったい?」
横山くんが、にこりと笑って、私の顔を見る。
まずいよ。桜が感付いちゃう。
「んー? なんで、横山くんがニコニコして紗季の顔を覗き込むの?」
「いや、俺たち付き合うことになったんだ。なあ、坂野」
あちゃー、言っちゃったよ。
まずいわ。これは。
「えっとね、桜、何と言うか……」
「何それ? 付き合ってんの? 二人は付き合ってんの?」
桜の顔をチラリと見る。やばい怒ってる。私のことじっと見てる。
うわっ。やばいなこれは。
「いや、だから付き合ってるって言ってるだろ?」
「私は、紗季に聞いてんの! 横山くんは黙ってて!」
私は、桜をなるべく刺激しないように、上目遣いに様子を覗う。
うーん。どういうのがいいんだろう。
「ごめんね。桜。事情は、今度ゆっくり話すから。横山くんと昨日から付き合うことになったんだ」
「私が紹介するって言っても、興味ないっていってたくせにー。なんなのよ。それ」
桜は、プイと横を向いてしまった。
困ったなあ。こうなった桜は、なかなか手ごわいぞ。
「ご、ごめんね。桜。でも、私も付き合うんなんて全然思ってなかったの。突然のことで……」
「好きなの?」
「え?」
「横山くんのこと、本当に好きかって聞いてんの」
「好きかどうかなんて……。実際、よくわかんないの。
ただ、横山くんと一緒にいると楽しいというか、こう胸の奥が暖かくなるんだ。答えになってないかな?」
「バカだね」
「そんな風に言わなくてもいいじゃん……」
桜は、くるりと振り向き、私のホッペを引っ張る。
「ひ、ひたいよ。しゃくらー」
「あのね、それは好きっていうことなの! 恋愛経験ないにしても、それぐらい気付きなさいよ。バカじゃないの」
「ご、ごめん……」
きつー。いつもほわっとしてる桜に言われると、ガツンとくるわ。
まいったなあ。
「横山くん、紗季のこと、まさか遊びとか言わないわよね?」
「お、おう」
「ふーん。ならいいけど。じゃ、行きましょ。遅刻しちゃうわ」
そう言うと、桜はさっさと歩き出す。
私は驚いて、桜を追いかける。
「えっと、桜? 許してくれるの?」
「許すも許さないも。付き合うのは当人同士のことでしょ? 私がとやかく言うことじゃないわ」
「う、うん……」
教室に着き、鞄を机の横に置く。
チラリと桜を見ていると、桜が呆れる顔をする。
「二人共、そんなにビクビクしないでよ。私が悪者みたいでしょ?
私は、二人が本気なら構わないわよ。本当に」
「よかった。すごく怒ってるのかと思ったわ」
「でも、よりによって横山くんを選ぶなんてね。紗季のこといいって言ってた子、いっぱいいたのよ? 選び放題だったのに」
「それ、ほんと?」
「うん。ほんとほんと。あんた結構もてんだから」
私は、横山くんの方を振り向く。
「だって、横山くん聞いた? 付き合うって話やっぱり無しでいい?」
横山くんがえ? といったきり固まる。
私が、ケタケタと笑うと、横山くんは冗談と気付いたみたいだ。
横山くんはもう!といって、ニコリと笑ってくれた。
その笑顔から、横山くんが私を愛してくれているのをすごく感じる。
私のような者を受け入れ、必要としてくれている。
私が死ねば、悲しんでくれるだろう。
私が生きてきた理由が見つかった気がした。
放課後になった。
私は横山くんと一緒に職員室に向かった。
横山くんから提案された魔法院に、刺客から守ってもらうためだ。
横山くんの言った通り、私たちの話は何の疑いもなく受け入れられ、護衛の人を付けてもらえることになった。
これで、寮にいるあいだは、安心して休むことができる。
教室に戻っていると、横山くんが得意気な顔をする。
「な? 言ったとおりだろ? 何も心配することないって」
「ほんとね。ちょっと、調子抜けしちゃったわ」
「だから、もう死ぬみたいなこと、二度と言わないでくれよ。な? 頼むよ」
「わかったわ。もし、襲われても守ってね。私のヒーラーさん」
私が、そう言って横山くんの鼻をチョンと啄くと、横山くんは真っ赤になって照れる。
いつまで生きていれるかわからないけど、彼のためにできるだけ生き延びる努力をしよう。
「えへへ。俺まだ絶対防御はできないけどさ。一日でも早くできるようになるよ。そして、坂野を守ってみせるよ」
照れながらも力強くそう告げる横山くんの顔が、私には光輝いて見える。
私も彼のように光り輝やける時がくるんだろうか。
この血まみれの両手を持つ私にも。
「ありがとう、横山くん。さっ、教室に荷物取りに行こう!」
「うん。ね、今日、僕の部屋に来なよ。回復魔法のテストをどう乗り切るか相談しよう」
横山くんは、私を全面的に匿うつもりだ。バレたら、自分も退学になってしまうというのに。
教室に戻り荷物を取って、出ようとするとゾクリと背筋に冷たいものが走った。
私は、辺獄をバッグから取り出す。
そして、教室から出ようとする横山くんの手を引いた。
私の雰囲気が変わっているのを見て、横山くんも詠唱を始めた。
ボウっと炎が立ち登り、横山くんの体を包む。
敵の目的は、私の殺害のはず。横山くんからなるべく離れなければならない。
教室の後に立ち、廊下側と窓際の両方を交互に見ていると、窓から2人、廊下から3人の男たちが現れた。
その中には、連絡員だった清の姿も見える。
「紗季、どういうことだか説明してもらおうか。抜いているところを見ると、報告がないのは、携帯が壊れたってわけじゃないよな?」
清の問いかけに私は、ニコリと笑顔を返す。
男たちは、手に銃や刀を持っている。
「ね、清。あなたと組んで3年ぐらいかしら? 私の愛刀の名前、教えてたっけ?」
「あーん? 何言ってんだ? 遺言でも唱えろよ」
「この刀はね。辺獄っていうの。洗礼を受けてない子供たちが死ぬと行く場所だってさ。ふふふ。
私の仲間たちは、そこで待ってるの。大勢ね。
安心して、あなたが行くのは地獄だから場所が違うわ」
教室の空気が密度を増す。チリチリとした殺気を全身に感じる。清はすっと廊下に出る。
自分は戦闘に参加しないということらしい。卑怯なあいつらしい。
私は、横山くんに耳打ちする。
「防御に徹して。私なら大丈夫。ね、お願い」
横山くんはコクりと頷く。私は横山くんから離れ、身をかがめる。
男たちが、さーっと距離を縮めてくる。
私は辺獄をムチ状にして、右端の男の喉を裂いた。
〝パン、パン、パン!〝
右の壁に跳び、銃弾を避け、辺獄で銃を持つ手を落とす。
「ぎゃっ」
男の短い悲鳴が、教室に響く。
手首を無くした男の横を駆け抜け、男の喉を切り裂く。
私が距離を詰めると、小太刀を持った男が、突いてきた。
私は、右に避けながら辺獄を横凪に払う。
男は、天井近くまでジャンプした。
横山くんから放たれた雷光が、男めがけて走る。
さっと、雷光をかわした男めがけてジャンプしながら、辺獄を短剣に戻す。
頭上からの蹴りを避け、男の股間から腹を切り裂く。
跳んだ私めがけて、手裏剣が飛んでくる。
私は、辺獄で弾いて、着地した。
残った一人の男が、日本刀を青眼に構え、ジリジリと距離を詰めてくる。
私は、男めがけて一気に距離を詰める。
男の突きを避け、下から辺獄を跳ね上げる。
男のあご先をかすめた瞬間、辺獄をムチ状にして顔を切り裂いた。
ふーっと息を吐き、銃を拾って廊下に出る。
タバコを吸っていた清が、驚いた顔をする。
「清、中に入って。伝えたいことがあるの」
清は、震えながら教室に入ってきた。
「さ、紗季、俺とお前の仲じゃねえか……。本部にはうまく逃げられたって報告するよ。そうするよ。
いや、逃げる途中で、自爆したって言っとく。な? それならもう追われねえだろ?
だから、頼むよ。見逃してくれ。まだ、死にたくねえ」
私は、ため息をつき、首を傾げる。
「つまんないこと言うのね。あんたもっとかっこいいこというかと思ったわ。
私が伝えたいのはね。忘れものが多かったってこと。あの世へは忘れ物しないでいくのよ。じゃね、さよなら」
〝パンパンパン〝
私が銃弾を浴びせると、清はその場に崩れ落ちた。
私が辺獄についた血を清の服で拭っていると、横山くんがヘタリこんでいる。
それはそうだ。目の前で、自分の彼女と名乗る女が、返り血を浴びながら人を殺したのだから。
私の姿を見て、怖がるのも当然だ。私は普通ではない。
こんな姿を見たら、さっきの守るなんて台詞は言えないだろう。
「横山くん、びっくりしたでしょ? 私が生きてきた世界はこういう世界。
あなたとは、住む世界が違うのよ。私のことは忘れて。私はどこか遠くにいくから。
1日だけの彼女だったけど、楽しかったわ。それじゃ」
「な、何言ってんだよ! 一方的に、変なこというなよ! 俺が守ってやるっていっただろ?」
横山くんは、真剣な顔で私を見る。
「横山くん、見たでしょ? 私が人を殺すところを。私は、こんなふうに人を殺しても何も感じない人間なのよ。
こんな女を愛せる? こんな私と一緒にいれる?」
「そんなことは関係ない! 俺はお前が人殺しだって、泥棒だって、なんだって平気だ! そりゃ、ちょっとというか、だいぶびっくりしたけど。こんな風に襲われて、また怪我したらどうすんだよ?
俺がいないと死んじまうだろ?」
「横山くん。私と一緒だと、横山くんも狙われちゃうよ。それでもいいの?」
横山くんは立ち上がり、右手を前に出して、親指を立てる。
「おう! 学園都市一のヒーラーの称号は伊達じゃないぜ!」
「無理しちゃって。腰抜かしてたくせに。あ、あれ? おかしいな。なんでだろ」
私の頬を涙が流れる。そうか。私は嬉しいんだ。私を受け入れてくれる人がいてくれたことが。
横山くんが、私に近付いて来て、涙を拭ってくれる。
「なんだよー。今になって泣くなよー」
「だってさ、嬉しいんだもん。横山くんがこんな私の側にいてくれるのが、嬉しいんだもん」
横山くんが、私を抱きしめてくれる。
暖かい。彼の腕に抱かれると、私は安心できる。
少しして、騒ぎを聞きつけた、守衛さんが数人駆け込んできた。
「大丈夫か? 君たち!」
「はい。何とか倒しました」
少し遅れて、赤井先生が走り込んで来た。赤井先生は、爆裂魔法のエキスパートだ。
「お前たちは無事だったか! 生徒に犠牲がでてないか、先生気が気ではなかったぞ。
しかし、コイツら何者だ? 我々に気付かれずに、校舎まで侵入するとは」
「わかりません。銃とか持ってました」
「ふーむ。ネオ教会に雇われた殺し屋といったところか。私の教え子を襲って返り討ちとはな。
横山が防御して、坂野が攻撃ってところか? お前たちの能力を考えたらそうだろうな。
それにしても、爆裂系の魔法を使わなかったんだな。坂野は、得意なのに」
「ええ。教室が壊れるのが嫌だったので」
私が答えると、赤井先生は、机においていた辺獄を手に取った。
「なるほど。それで魔装具を使ったってわけか。私もお前たちに渡そうと用意してたんだ。龍華とは珍しい」
「龍華? いえ、それはそんな名前では……」
私が否定しても、赤井先生はさも当然として答える。
「なんだ、知らなかったのか? 渡したのは白峰先生かな? 魔装具の名前ぐらい教えてあげたらいいのになあ」
赤井先生は、そう言うと辺獄を操り、机の表面を裂いた。
私は、辺獄を使いこなすために、5年も掛かったというのに、初めて手に取って使いこなすなんて信じられらない。
「せ、先生、すごいんですね。それの扱い難しいのに……」
赤井先生は、胸をドンと叩く。
「当たり前だ! これでも、私は攻撃系のエキスパートだぞ! 今だに触媒使ってるお前と一緒にするな!」
「え? 触媒……。先生気付いてたんですか?」
「当たり前だろう。火薬を使ってることぐらい気付いてたよ。それでも、お前の爆裂魔法は大したものだ。
火薬の威力を数倍にあげてたろう? 今度からは触媒なしでも、使えるようにしとかんとな。
魔法の基本は、なんと言ってもできると信じることだ。修行を怠るなよ。いいな?」
横山くんと私は、校舎を出て、寮の横山くんの部屋に行った。