第3話 任務
第3話 任務
それから、午後の授業をなんとかこなし、放課後になった。
桜が、荷物を鞄に直しながら、にこにこと話しかけてくる。
「ねね、紗季。洋服みにいかない? 私今日、バスケ部の練習ないんだ。秋の魔法衣バーゲンやってるよ」
「ごめんね。今日は予定あるんだ」
横山くんが、私たちの前に着て、きししと笑う。
ホントに憎たらしい。
「なんだよー? デートかよー?」
私は、プイと顔を背ける。
「そうよ。私、これでもモテるの。女気がない誰かさんと違って」
「な、何だよ。それよー。ペチャパイのくせしやがってよー。相手誰だよ? ここの生徒かよ?」
「いいでしょ? どうでも。あなたに関係ないわ。じゃ、さよなら」
私が教室を出ようとすると、横山くんが後をついてくる。
まったく、何のつもりなんだろう。
「ちょっと。なんでついてきてんの?」
「別にー。お前なんかと付き合う、もの好きを見てやろうと思ってよー」
「まったくガキねー。どうでもいいけど、1000円ちゃんと返してね。それじゃ」
私は、早足で廊下を曲がり、窓を開けて、上階へと飛んだ。
私を見失った横山くんが、廊下できょろきょろと見回している。
ふふん。どうだ。私がその気になれば、あんたをまくぐらいわけないんだから。
私は、学校の裏門から出て、清との待ち合わせ場所へ向かった。
ネットカフェ フリーウェイにつき、16番の席をとる。
適当に漫画を数冊選び、席に入ると隣の席から清が顔をだした。
いつものように髭面で、どこか汚い。髭ぐらい剃ったらいいのに。
「清! あんたね、この前サイレンサー入ってなかったわよ。どういうつもりよ!」
「ああーん? そんなハズないだろ? 俺は入れたぜー。それによー、お前の得意は刃物だろ?
仕事もきっちりこなしてたし。なんの問題もねえじゃねえか」
「何言ってんのよ! 部屋に降りずに射殺しようと思ってたのよ! あんたのせいで、もう少しで撃たれるところだったわ!」
「おー。そりゃすまんねえ。まあ、文句は上に言ってくれや。俺ひとりに何人分もの武器調達させてんだからよ。
ほら、これが今度の資料だ。読んだらそこのシュレッダーにかけろよ」
清はいつもこの調子だ。なんだかんだと言い訳する。もう、こんな奴首にしたらいいのに。
指令書に目を通す。昼食の時を狙うわけか。だとしたら、明日学校を休まないといけない。
「これ、護衛のことが書いてないけど?」
「そらよ。おエライさんなんだから、いっぱいついてんじゃねえの?」
「軽く言ってくれるわね。相手は、エスパーなんでしょ?」
「まあ、がんばんな。今度は、フル装備で行けってよ。ほら」
清からボストンバックを受け取り、中を確認する。
ウエイトレスの制服、銃に手榴弾、ナイフに防弾・防刃ベストが入っている。
寮においている愛刀も持っていくべきだろう。
「そうそう。今月のお給料振り込んどくようにっていってね。
修学旅行のおこずかい分、増やすようにって」
「はいはい。言っとくよ。土産、期待してるぜ」
「生きてたらね」
私は、ボストンバックを持って、寮に帰った。
次の日。
体調不良と嘘をついて、私は学校を休んだ。
今日は攻撃系がメインだったから、ちょっと残念。
雷神の術を見せて、みんなをびっくりさせたかったのに。
横山くんを凹ませるチャンスだったのになあ。
荷物をもって、私は寮を抜け出した。
自転車にのり、目的地のサリンドホテルを目指す。
歩道に延々と植えられている街路樹が、黄色や紅に染まり、目を楽しませてくれる。
私は、まるでルノワールの絵画の中に入ったような錯覚に陥る。
綺麗。ずっとこの景色をみていたい。
私は、この季節が一番好きだ。
樹木が青々とした力強い夏もいいけど、葉を散らすまでに樹木が見せる、
このどこか哀愁漂う雰囲気が、この上なく気に入っている。
サリンドホテルから100M程離れた家電量販店に自転車を止め、
私は何食わぬ顔をして、正面の入口から入った。
目的のレストランは、最上階。
私は、1階の女子トイレに入り、着替える。
ダウンジャケット、ズボンを脱ぎ、ブラとショーツになる。
ウエイトレスの制服に着替え、防弾・防刃ベスト、銃、愛刀をリュックに入れ変える。
ダウンジャケットとズボンをボストンバックに入れ、
女子トイレからでて、ダストルームに捨てる。
ここからが、正念場だ。
私の心拍数は、自然と高まる。
アドレナリンが、分泌されていき、呼吸が荒くなる。
私は、従業員用のエレベータに乗り込み、暗証番号を押す。
表示される階が変わるごとに、呼吸を整え、目の焦点をずらす。
手の震えが収まったのを確認し、リュックに入った愛刀を撫でる。
最上階に着き、従業員の休憩室に向かう。銃を右腿につけたホルスターに格納し、左腿に苦無を差し込んだベルトを巻く。
全長50CM程の愛刀を背にからう。
最初に護衛を倒しておきたい。怪しまれぬように防弾・防刃ベストは着ていかないことにした。
着ると、モコモコして、怪しすぎる。
長髪のかつらをかぶり、化粧をして、少し出っ歯の入れ歯をはめて、準備完了。
これでパッと見は、刀をからっているとはわからない。
私は、作り笑顔でラウンジへ向かった。
入口に立っている黒服に会釈し、ピッチャーを持って、目標のいるテーブルに近付く。
テーブルには、2人の男が座っている。立派な顎鬚がベル=ロッコか。
テーブルの周りに、3人の護衛がついている。
相手は、サイキックだ。どんな能力を持っているかわかない。
さて、今日は不意打ちは最初だけ。
あとは、戦いになるだろう。
私の運命もここまでかもしれない。私が死んだら桜は少しは悲しんでくれるだろうか。
それとも、ここのところ学園都市を騒がせている連続殺人犯が私だと知って、軽蔑するだろうか。
さよなら桜。私は心の中で、お別れをいい手前のテーブルの塩入れに手をあて、下に落とす。
「す、すみません」
動揺しているフリをして、腿から銃を抜き護衛を撃った。
〝パン、パン、パン!〝
護衛の一人が倒れ、私はテーブルに向かって叫ぶ。
「手を上げて!」
銃を抜こうとしたもう一人の護衛を撃つ。
残った一人は、私に掴みかかってくる。
左の肘で、男のこめかみを打つ。
男は、うっと声を漏らしつつも私にタックルしてくる。
私は、後に倒されながら、引き金を引き、男を倒した。
男の体が痙攣し、ズシッとした重みを私の身体に感じさせてくる。
その体を急いで押しのけ、私は中腰になって銃をテーブルの二人に向ける。
「抵抗しなければ、命までは奪わないわ。少し痛い目みてもらうけど」
テーブルの一人が忠告を無視して立ち上がる。
私はその男を撃つ。
〝パン、パン!〝
え? どういうこと? 銃弾が男の前で、止まり下にポトリと落ちる。
ベル=ロッコが忌々しい顔で、私を見る。
「セロ、殺すな! 誰の差金か口を割らせろ!」
セロと呼ばれた男の目が見開かれる。途端に周囲の空気が歪み、衝撃波が床を吹き飛ばしながら、私に迫る。
私は、咄嗟に横に跳び銃を構える。
「ふん。銃など私に聞くと思っているのか? 小娘が地獄を見せてやるぞ!」
セロが次々と衝撃波を放つ。私はスレスレで避けながら、冷静に時を待つ。
頭の中に、ビバルディの春が流れる。
すがすがしい音楽。こんな時に、私の頭はどうしてしまったんだろうか。
銃は通用しないか。私は、銃を投げ捨て、背中の愛刀、辺獄を抜く。
柄の長さ、30CM、刃渡り20CMの辺獄を見て、セロは目を細める。
「くくく。今度はナイフか。どちらにしても、同じこと!」
セロの周りから炎が巻き起こり、私めがけて襲ってくる。
私は、炎を辺獄で受け、くるりと回して、右横へ炎を受け流す。
セロに驚きの表情が浮かぶ。ふふふ。超能力を受けれる刺客と戦ったことなんてないでしょう?
私は、あなたたち超能力者や、魔法士と戦うために、小さい頃から血反吐を吐いてきたのよ!
セロが、衝撃波を放ってくる。
私は、側宙をしてそれをかわす。
左右に動きながら、セロの隙を覗う。
さすがに、強い。なかなか隙を見せない。
危険だが、近付くためには、私も覚悟を決めないといけない。
私は、わざとジャンプして、セロに蹴りを放つ。セロが反応して、衝撃波を撃ってくる。
衝撃波が当たる瞬間、私は全身の筋肉に力を入れる。
途端に私の体は、鋼の硬さとなる。体は吹き飛ばされるが、ダメージは負っていない。
倒れて、虫の息という演技をする。
「かはっ……。う、ううう」
「小娘が。やっと大人しくなったか。お前のおかげで、ロッコ様のお食事が台無しだぞ」
セロが近付いてきて、屈む。
私のかつらをつかみ引っ張る。
ずるりとかつらが脱げたところで、私は苦無をセロの股間に突き刺した。
「ぐぎゃあああ!!」
私は立ち上がりながら、辺獄を拾い、セロを見下ろす。
「楽しかったわ。さよなら」
「ま、待て」
辺獄を振り下ろすと、セロの喉元を切り裂く。びくんびくんと痙攣して、体が崩れ落ちる。
暖かい返り血が、私の頬を赤く染める。
廊下から、ラウンジへ、銃を持った男が走り込んできて、銃を撃ってくる。
私は、瞬時に右隅へ跳び、辺獄のワイヤーを緩める。辺獄は、短剣から刃をもったムチへと姿を変える。
〝シュパーンッ〝
音速を超えた炸裂音と共に、護衛の喉に赤い筋が走り、その場に倒れた。
腰を抜かして震えているベル=ロッコに私は近付く。
「あらあら。ネオ教会のニューリーダーって呼ばれてるんじゃなかったけ? もっとしゃんとしたら?」
ベル=ロッコは、私に手を合わせ涙を流す。
「こ、殺さんでくれ、お願いだ。な、なんでもやる。金ならあるんだ」
こんなのが、指導者になったら超能力者たちは、すぐ絶滅しちゃいそう。
まあ、殺さないようにっていう指令だったから、肩に突き立てるぐらいにしとくかな。
私が、短剣に戻した辺獄を逆手に持ち替え振り上げると、ベル=ロッコは、足にすがってきた。
「た、頼む! このとおりだ! 殺さんでくれ!」
「はい、はい。わかったわよ。殺さないけど、少しだけ痛い目みてね」
ベル=ロッコの声が、低いものに変わった。
「ふん。ここまで近付いても頭が覗けんか。ならば痛めつけることにしよう」
私は、背筋にゾクリとしたものを感じ、ベル=ロッコを切りつけた。
ベル=ロッコの姿は掻き消え、2M程離れた場所に現れた。
「それ、いくぞ!」
ベル=ロッコの右手から、鋭い爪が伸び私に襲いかかってくる。
私は辺獄で爪を払い、間合いを詰めながら、苦無を投げた。
命中する寸前に、ベル=ロッコの体が消える。
部屋の中からベル=ロッコの気配が消え、私の頭に声だけが響く。
『くくくく。なかなかいい反射神経だ。これはどうかな?』
突然、部屋の上部から闇が落ちてきた。全く何も見えない。
私は辺獄をムチ状にし、自分の周りを叩く。
辺獄が床や天井に当たる音だけが、虚しく響く。
『無駄無駄。動きは大したものだが、相手が悪かったな。さあ、切り刻んでやるぞ』
私は、ふーっと息を吐き、呼吸を整える。
目を開けても、閉じても真っ暗か。こんな経験、なかなかできないだろう。
相手から私は見えていて、向こうの気配は感じられない。
これは勝てないな。不意打ちならいけただろうけど。
さて、素直に殺されてもいいけど、それでは先に死んでいった仲間たちに悪い。
最後に悪あがきさせてもらおうっと。
「わかったわ。降参よ。降参。超能力者がこんなにすごいなんて思っても見なかったわ。出てきてくれないかしら?」
私は辺獄を短剣に戻し、背中の鞘に戻す。
『ふはは。面白い娘だな。たいした胆力だ』
脇腹に激痛が走る。うっと私がうめき声を漏らすと、次の瞬間、視界が戻りベル=ロッコが目の前に現れた。
私の脇腹に爪を突き刺している。
「だが、俺は甘くない」
「ごふっ」
喉の奥から、暖かい血が逆流してきて、私は血を吐き出す。
ああ。やっと終われる。ただただ人の命を奪うこの人生を。
「肺を突き破ってるだけだ。まだ心臓に届いていない。さあ、言え! 誰の差金だ!」
あ、いけない。桜に借りてたDVDを返さないと。
あれ? 横山くんの顔が頭をよぎる。
なんでだろ? こんなときに彼の顔を思い浮かべるなんて。
まあ、でも、最後にこんなおっさんと見つめ合って、死ぬのは勘弁だわ。
私は口をパクパクと動かす。
思った通り、ベル=ロッコは顔を近付けてきた。
「あ? なんだ? もっとはっきり言ってみろ」
私は、右手の一本抜き手で、ベル=ロッコの目を抉った。
一瞬の抵抗のあと、眼球がプチンと指先で弾ける。
「うぎゃあああ!」
ベル=ロッコは、目を押さえながら、私から離れた。
残った右目は、憎悪の色に染まっている。
「ふふふ。本当は殺せたのよ。分かるでしょ? じゃ、さよなら」
私は、窓に向かって走りながら落ちていた銃を拾い、窓に乱射する。
ベル=ロッコが放った衝撃波が追いかけてくる。
窓を突き破ると、私の体は落下していく。
辺獄を抜き、壁に突き刺す。落下速度を殺しつつ、ワイヤーを延ばし振り子の要領で、横へ移動し、辺獄を抜いて跳ぶ。右の脇腹がズキンと痛む。
フィンガーリングがあって、よかった。なかったら、今の握力だとそのまま落ちていたかも。
私は隣のビルの窓を撃ち、そのままビルの中へ突っ込んだ。
振り返ると、ベル=ロッコが右目を押さえながら、私を睨んでいる。
私は軽く手を振って、その場を後にした。
何とか、寮の近くまで来た。
でも、血を流しすぎてしまったみたいだ。
手足に力が入らない。それに寒い。
人生の終わりには、走馬灯のように今までのことが見えるという。
私は、それが楽しみだ。どんな風に見えるんだろう。
いいことなんて、なかったような気がするけど、いよいよ視界もぼやけてきた。
さあ、どんな光景が見れるんだろう。BGMは何がいいだろう。
ホルストの木星なんかどうだろう。
あれ? おかしいな。なんで目の前に壁があるんだろう?
冷たいな。なんで私は、こんな冷たい壁に顔を押し付けてるんだろう。
ああ、壁じゃなくてこれは地面か。なんだ私、もう立っていられないんだ。
なぜか、また横山くんの顔が浮かんでくる。桜以外で、気楽に話せたのは、彼だけだったな。
今度生まれ変わったら、もう少し仲良くなりたかったかも。
眠たいな。私は、自然と目を閉じた。