第32話 戦いへ
第32話 戦いへ
気が着くと、寮のベッドに寝かされていて、
桜が心配そうな顔でベッド脇にいた。
どうやら、地下鉄に乗り込んだところで、気を失っていたらしい。
私が上半身を起こすと、桜は訝しい顔で見る。
「いったいどうしたのよ? なんで傷が治んないの?
銃で撃たれたみたいだけど、特別な銃で撃たれたとか?」
「ううん。魔神の魔力を完全に抑えるっていう装置をつけられたの。
不死身は変わらないらしいけど、
魔神の能力は使えないみたい。このブレスレットよ」
桜が不思議な顔をして、ブレスレットを引きちぎろうとした。
途端にブレスレットから凄まじいエネルギーが桜に放射され、
桜は全身黒焦げとなった。
しゅうしゅうと音をたて、桜が修復されていく。
「うっく……。これはやっかいね。私じゃ手を出せないわ。
魔界に行って魔王様に破壊してもらいましょう。
あの人なら壊せないものはないわ」
「でも、そんなに時間がないの。
この装置のおかげでベル=ロッコは私の力を使えるんだって。
あいつ、世界を破壊する気よ。なんとか止めないと」
「あんたの力? マジなの?
それなら、わたしなんかじゃ手に負えないわ。
魔界でもあんたと互角の力をもつのは、イザベロス=レギン様だけよ」
「でも、あいつは殺せるんでしょ? 相討ち覚悟で、倒して。お願い」
「なに言ってんのよ。失敗したら、私は数十年か、
長けりゃ数百年眠りにつかないといけないのよ。
それに、あいつテレパスでしょ?
悪意があったらすぐ見つかるって。
そこにあんたの能力で、攻撃されたら、どうにもならないわ」
「わかったわ。自分で何とかする」
起きようとすると、撃たれた傷がズキンと痛み、私は顔をしかめた。
「ちょっと、大丈夫なの? 弾は抜いたけど、動かない方がいいわよ。
私、回復魔法は下手だし」
私は、自分で回復魔法を使おうとするが、魔力が全く感じられない。
この装置のせいで、魔法は無理か。
私は、忍び笛を吹き、佐藤さんを呼んだ。
すぐに窓がコツコツと叩かれる。
桜が窓を開けると、佐藤さんが入ってきた。
「お呼びですか?」
「日本刀と、グロッグ、予備の弾、防弾ベスト、
手榴弾に包帯をお願いできますか?」
「おやすい御用です」
しばらくすると、佐藤さんがまた窓から入ってきた。
ボストンバックを抱えている。
出るときは、ドアから出たのになんで、窓から入ってくるんだろう?
「ありがとうございます」
私がお礼を言っても、佐藤さんは帰らない。
いつもなら、すぐに去っていくのに。
佐藤さんは、表情を全く変えずに私を見た。
「怪我をしておられますね。
それに、紗季様に銃がいるとは思えませんが。如何されましたか?」
「魔神の力を奪われたんです。今からそのケリをつけにいきます」
「そうですか。おきをつけて」
佐藤さんは、ドアを開けて外に出て行った。
廊下であった寮生にこんにちはと挨拶しながら、
遠ざかっていく。不思議な人だな。
もう会うこともないだろうけど、
一度、ゆっくり話をしてみたかったかも。
私は、肩とふくらはぎに包帯をきつく巻き、
服を着直して防弾ベストを着る。
「止めたほうがよくない? どうせ、人間は数十年で死ぬんだからさ。
そしたら、力が戻るんでしょ?」
テレビに、ベル=ロッコが映っている。
ついで、魔法院とロギアンの本部が破壊されている映像が映った。
ベル=ロッコが、私から奪った魔力で、ビルを消し去っている。
次にベル=ロッコは、自分に従うようにとメッセージを送る。
こいつの好きにはさせない。絶対に。
銃をヒップホルスターに直し、ベストに予備のマガジンを入れる。
日本刀を背にからい、腰に辺獄をさし、トレッキングシューズを履く。
「桜。今までありがとね。次に会うのは、数十年後かな。それじゃ」
私が寮を出ると、横山くんが待っていた。
「テレビ観たよ。魔力を奪われたんだろ?
魔神から奪ったって坂野のことだろ?」
私は、直角にお辞儀した。冷たい態度を取り続けたのに、
横山くんは私のことを心配してくれている。
こんなに優しい横山くんを疑っていた私は、愚かだ。
穴があったら、入りたい……。
「横山くん。今まで無視したりしてごめんなさい。
ベル=ロッコに騙されてたの。あんな奴を信じて、
あなたを信じられなかった私は、最悪ね。それじゃ」
私が行こうとすると、手を掴まれた。
「怪我してるじゃないか。それに、その格好はなんだ?
そんな体でどこに行くんだよ?」
「あいつにあんな力を与えてしまったのは、私なの。
あいつを止める責任が私にはあるの」
「ダメだ。死にに行くようなもんだよ」
「私、魔力を奪われても不死身らしいんだ。
ベル=ロッコがそう言ってた。
ただ、怪我は前みたいに治らないけどね。横山くん、今までありがとう。
あなたのおかげで、楽しかったわ。じゃ、私、もう行くから」
横山くんが足を引きずって歩く私の横に並んであるく。
ついてくる気? ダメだよ。そんなの……。
「もう私たちは別れたんだよ? お願いだからついてこないで……」
「別れたつもりはないよ。紗季は、今でも僕の彼女だ」
そう言って、横山くんはニコリと笑ってくれた。
私の抑えていたものが、一気に溢れ出す。
横山くんを信じれなかった後悔の念、
横山くんを愛しいと思う心、
横山くんのような恋人を持てて幸せだという思い、
辛さと愛おしさが、ごちゃまぜになって、私の胸に湧き上がる。
私の目から熱い涙が、溢れ出す。
私は立ち止まって、顔を覆う。
横山くんが、私をぎゅっと抱いてくれる。
「ありがとう……。ありがとう、横山くん……」
「いいんだよ。紗季は騙されていただけなんだ。
何も悪くない。僕は君のような彼女を持てて、幸せだよ」
「それは、こっちのセリフだよー」
私が顔を上げると、横山くんは優しくキスしてくれた。
「まずは、傷を何とかしよう。その体じゃ、戦うなんて無理だよ」
横山くんが、怪我をした肩とふくらはぎに手を当て、
回復魔法をかけてくれる。
暖かさと共に、痛みが和らいでいく。
「憑依させてた魔神の腕は、もう戻しちゃったんだ。
こんなことなら、あのままにしとけばよかったよ」
「ダメよ。横山くんは来ないで。私は不死身だから。私に任せて」
「はぁ? 彼女を危ないところに一人で行かせるのは男じゃないって!
なんて言われようとついていくよ!」
横山くんにそう言って、見つめられると勇気が湧いてくる。
横山くんがいてくれるなら、ベル=ロッコに勝てそうな気がしてくる。
ありがとう横山くん。こんな私を許してくれて。
「ありがとう。でも、危なくなったら逃げてね。お願いだから」
「大丈夫だって。なんて言ったって、魔神との契約があるんだから。
召喚魔法使えば、バーンとやっつけれるって」
桜は、横山くんが契約した魔将軍ザンキは、
魔界で10本の指に入る実力者といっていた。
そして、破壊神である私と、私のお母さんの力には、
遠く及ばないとも言っていた。
ベル=ロッコと、魔力をぶつけあえば、横山くんはおそらく命がない。
「ベル=ロッコは、私の力を使えるの。
破壊神である私の力は、横山くんが契約した魔将軍ザンキよりも、
格段に上らしいの。
だから、無理はしないで。本当に」
「わかったよ。じゃあ、防御に徹するよ。それならいいだろ?」
「う、うん。それなら、まあ……」
「どう? まだ傷痛む」
「ううん。おかげで、もうばっちりよ」
私は、その場でタンッと足をついて、バク宙をした。
横山くんが、顔を赤らめる。
「どう? 横山くんのおかげで、ばっちりよ」
「う、うん。今日はブルーなんだね。可愛いよ」
ん? ブルーってなんだろ? 私が首を傾げていると、
横山くんが、指で私のスカートを指した。
「パンツ、丸見えだった」
「ご、ごめんなさい。ミニスカートなのに、
スパッツ履いてくるの忘れてたわ」
部屋に戻ろうかと思ったが、思い直した。
この格好で蹴りを出せば、相手が一瞬でも、
ひるんでくれるかもしれない。
ネオ教会の支部には、たくさんの敵がいるに違いない。
この際、女の武器でもなんでも使って、少しでも有利に戦いを進めたい。
私は、呼んでいた車に横山くんと共に乗り込んだ。
都市高速にのり、カーテレビで、
ベル=ロッコが繰り返し流している放送を観る。
わざわざ自分の居所を告げている。
ベル=ロッコを世界の王と認めないものは、
首を取りにこいと挑発する内容だ。
これは、私に向かって言っている。
この際、私を叩きのめし、幽閉することを狙っている。
私が放送を観ていると、ホッペを横山くんが啄いてくる。
「僕たちは、できるだけのことをしよう。
あとは、他の人たちが何とかしてくれるよ。
魔法院が黙ってないって。
きっと今頃、高位魔法士の軍団を集結させているはずだ」
私は、そうねと微笑みつつ、その可能性は低いだろうと思っていた。
きっと、ベル=ロッコがここまで大掛かりな行動にでたからには、
前もって脅威は取り除いているだろう。
あの男なら、きっとやっている。味方に取り込むなり、
前もって本部や支部に集まるように仕向け、
私から奪った力を使って、全滅させているだろう。
だからこそ、私はやり遂げなければならない。
魔力は失ったが、私は不死身のままらしい。
それならば、たとえ、首だけになったとしても、
ベル=ロッコの喉笛を噛み砕いてやるだけだ。
ベル=ロッコのいるネオ教会の支部前で、私たちは車を降りた。
広い駐車場に、何人もの白い服装の人たちが立っている。
ネオ教会の人間たちだ。
こいつらを全部倒し、必ずやベル=ロッコの首を取る。
私たちが門前に立つと、ネオ教会の奴ら数人が、
サイコエネルギーを高めだした。
「あははは。お前たち、たった二人で、我らに挑むつもりか?
とんだ愚か者だ」
「イザベロス=シオンとレベル7の魔法士、
横山元春がその首もらいに来たと、ベル=ロッコに伝えなさい」
「ふん。魔力を無くした魔神に何ができる。
ベル=ロッコ様は、お忙しい。お前たち雑魚など我らで片付ける!」
正面にいた数人が、衝撃波を放ってくる。私たちは左右に別れる。
私は、銃を抜き走る。
衝撃波を続けざまに放つ男に対して、左右にステップを踏み惑わして、
ジャンプして銃弾を浴びせる。
着地して、そのまま正面入口を目指す。
後方から、横山くんが電撃魔法で援護してくれる。
銃を乱射し、抜刀する。
日本刀で斬りかかってきた相手の刃を前転してかわし、すねを切る。
しかし、立ち上がろうとした時に、右から衝撃波が襲ってきた。
「ぐうっ」
私は、数メートル吹き飛ばされ、胃液を漏らす。
頭がくらくらする。まずい。まともにくらった。
「ほーら、どんどんいくぞ!」
左右から衝撃波が続けざまに飛んできて、私の体を吹き飛ばす。
体全体に電気を流されたような激痛が走る。
服が切り裂かれ、防御している手の様々なところが切れ、
血が吹き出す。
私は、フッ! と息を吐き、再び走りながら、手榴弾を投げる。
数人の敵が、吹き飛ぶ。
銃を乱射しつつ、後方へ下がり外門に身をよせる。
横山くんが、魔法陣を築こうと、詠唱を続けている。
私は、息を整え、再び入口に向かって走る。
銃弾と衝撃波が様々な方向から襲ってくる。
私は、側転し植木に隠れ、それらを避ける。
お返しに銃を乱射して、数人を倒す。
すぐに走り出すが、10Mも進めずにまた外門に張り付く。
外門からビル入口までの50Mが果てしなく遠く感じる。
なんとかしないと。対して敵はビルの入口から出てきて、
その数を増やしていく。
銃弾や衝撃波は、飛び出す隙もないほど、
途切れずにこちらに向かってくる。
どうする。どうしたらいい? 横山くんを危険にさらしただけなの。
私は魔力がないとこんなにも無力なの。
いや、違う。断じて違う。私の血のにじむような十数年間は、
決して伊達ではない。
何人来たとて、絶対に倒しきって見せる。
私は、門横の壁を乗り越え、敷地内に躍り込む。
手榴弾を投げ、横に走り、宙を跳び敵を斬り、
銃弾を浴びせる。肺が破裂するかと思うほど、私は全力で駆け回る。
「ぬああああ!」
私は、雄叫びをあげながら走る。
弾が切れるが、マガジンを替えている暇がない。
グロッグをヒップホルスターに直し、
弾を避けるために、転げながら日本刀で敵を斬りまくる。
しかし、敵は雲霞のごとく押し寄せてくる。全く、前に進めない。
返り血と自分の汗で、私はベトベトだ。疲労のせいで、足がもつれる。
まずい。格好の的だ。動けなくなったら、捉えられてしまう。
よつばいから起き上がろうとしていると、男が斬りかかってきた。




