第31話 謀
第31話 謀
それからの数日、追い出し会の本番に向け、
私は部活後も居残りで練習をした。
指揮棒の先に重りを入れることで、バランスが私の好みになり、
回転速度を上げることができた。
私は、一つ一つの動作の入りと終わりの力の入れ具合を何回も確認し、
ビデオに撮って、全国大会に出るような高校の動きと、
自分の動きを比べて、工夫を重ねた。
いよいよ明日、追い出し会という日になって、
部活後に私が居残り練習をしていると、
暗くなった第二グラウンドに、誰かやってきた。
「が、頑張ってるね……」
「よ、横山くん……」
横山くんは、寂しい顔をして、私から3Mぐらい離れた位置に立ち止まった。
以前は、横山くんが居てくれるだけで、気持ちが和らいだというのに、
今は、変な緊張感が漂ってしまう。
「あの、あのさ……。とんでもないことしてしまったみたいで、
許してくれなんて言えないけど、ただ、謝りたくて」
「い、いいんだよ。そのことは。元はと言えば、
私が最後まで許さなかったのが悪いんだから。
男の子ってすごくエッチがしたいんでしょ? 仕方ないよ」
「その、確かに女の子とそういうことしたいって思ってたけど、
女の子なら誰でもいいってわけじゃなかったんだよ。
そんなことしたいって思ってたのは、
坂野だけなんだ。それだけは、信じて欲しい」
「私ね、この前、姫野さんに会ったんだ」
「え? なんて言ってた? あの時の記憶がないんだよ。
本当に、僕とセックスしたって言ってた?」
姫野さんは、横山くんから脅されて、何回もされたって言ってた。
横山くんと言ってることが食い違ってる。
でも、あの時の状況から、あの夜、二人がエッチしたのだけは間違いない。
私の中で、それはなかったことにはできない。
「もういいよ。あのことは思い出したくないの。
話しかけてこないでって前に言ったよね。
それじゃ、私、帰るから。さよなら」
私は、横山くんの隣をすり抜け、第二グランドを後にした。
横山くんと会話しても、私の心は乱れなかった。
もう、私は大丈夫だ。さよなら、横山くん。
さよなら、最初に好きになった人。
私は、前に進むよ。
私は、寮に戻ったけど、その日は食欲がなく夜は食べなかった。
次の日。
本番前に、緊張している私を白石くんが励ましてくれる。
「大丈夫。自信もって。坂野さんは、すごい動きができてるよ。
みんな絶対感動してくれる」
「う、うん。よーし、頑張るぞー!」
私は、肩を上下させて、リラックスするように努める。
部員の茶子ちゃんが、マイクの前に立つ。いよいよだ。
私は、笛を勢いよく吹いてから、講堂の中へと行進していく。
端により、手で指揮をする。
ここは、大丈夫。私の動きはほとんどない。
最初の曲が終わり、ここからが私の見せ場だ。
ステージ中央に進みながら、開脚をしながら回転を繰り返す。
指揮棒を宙に投げ、くるりと回ってキャッチすると、
拍手が起こった。
まずは、よし。最後の決めだわ。
ステージから観客席そばまで全員で行進し、
私はバク転してから指揮棒を投げ、
前宙しながらキャッチして、敬礼の決めポーズをした。
大きな拍手が巻き起こり、3年生が喜んでくれている。
講堂の外に出ると、吹奏楽部のみんなが歓声を上げた。
「やった! 大成功!」
「今まで、最高じゃないの?!」
「うわー、演奏してて鳥肌たったよ」
私もうまくいったことで、すごく満足できた。
よかったー。失敗しなくて。
みんなと喜んでいると、スイッチを入れたばかりの携帯が鳴った。
宮元くんだ。何だろう?
「はい。宮元くん、どうしたの?
『ついにやったんだ! 聞いてくれ!
僕は世界初のレベル10に認定された!』
ベル=ロッコさんと能力開発をするっていってたけど、
上手くいったんだ。
よかったね。宮元くん。
「そう。よかったわね」
『それとさ、もう一つあるんだよ。ベル=ロッコさんがね、
君の力を抑える装置が完成したっていうんだ。
今から行ってみない?』
今では、大分力を制御できるようになったけど、ちょっと不安はある。
それが、完全に抑えれるというなら、それはありがたい。
「うん。いいよ。出番がちょうど終わったところだから」
『じゃあ、車で迎えに行くよ』
一旦部室に戻り、マーチング衣装から制服に着替え、
校門の方に歩いて行くと、横山くんの姿が見えた。
たぶん江藤さんを待っているんだろう。
私は、横山くんに気付いていないフリをして、校門の外に出た。
この気まずい気持ちも、きっともう少ししたら、
感じなくなるはずだよね。
校門の外には、すでにリムジンがきていて、宮元くんが出迎えてくれた。
「さっ。行こうか! お、あいつ横山じゃん。
へっ、しみったれた顔しやがって。一言文句いってやるよ」
私は宮元くんの袖を引いて、首をふる。
「いいよ。そんなことしなくても。
ベル=ロッコさん待ってるんでしょ? 早く行きましょ」
車に乗り込むと、宮元くんがウィンドウを下げて、横山くんの方を見る。
もう。そういうことしないで欲しいのに。
ネオ教会の支部に着き、宮元くんは用事があると言って、
どこかに飛んでいった。
応接室に通されるとベル=ロッコさんが待っていた。
「やあ、紗季ちゃん。話は聞いてるね? これがそうだよ」
ベル=ロッコさんは、ブレスレットを渡してきた。
内側に呪文が彫ってあるようだ。
これで、魔力が抑えれるならありがたい。
「君の体を調べさせてもらったおかげで、
魔神の力の源がだいぶ解明できたんだ。
君の魔力は無尽蔵だ。
それは、魔界のエネルギーを自由に取り出せるからに他ならない。
この装置はね、そのエネルギーを他に移す装置なんだ。
装置をつけたからといって、君が不死身でなくなるわけでなく、
あくまで力を制御するだけだから、安心してほしい」
「ありがとうございます。これで、人間として生活できます」
私がブレスレットをつけると、まばゆい光が部屋を包んだ。
光が消えると、全くといっていいほど、魔力を感じなくなった。
試しに手を壁に向けるけど、魔力は出てこなくて、
壁を壊すことができない。
「すごい! 本当に魔力がでません! ありがとうございます」
私の言葉を聞いた、ベル=ロッコさんが腹を抱えて笑いだした。
なんで? 私、なんか変なこと言ったかしら?
「アーハハハハ。いやー、傑作だ。
破壊神が君のような間抜けで助かったよ。
これで、私は最高の力を手に入れることができた」
「え? どういうことなんですか?」
「おいおい。鈍いにも程があるぞ? すべて私が仕組んだんだよ。
お前の魔力を奪うためにな。
気の毒だが、私が死ぬまでこのビルに幽閉させてもらうよ。
なーに、君は永遠の命を持っているんだ。
数十年の間、幽閉されてもなんてことはないだろう?」
部屋の入口から数人の男たちが入ってくる。
騙されていた? どこから? 私が襲撃したとき?
それとも、最初にあったとき?
私が混乱していると、ベル=ロッコはニヤリと笑った。
「どこから騙したの? って顔してるな。アハハハハ。
騙された奴の顔を見るのは、実に気分がいいものだ。
姫野を送り込んだのは、私なんだよ。お前に近付かせて、
友人にする手はずだったんだが、
化物のお前に彼氏がいるって言うじゃないか。
それに、宮元までお前に本気になってしまって、ヒヤヒヤしたよ。
あいつは、能力は高いんだが、単純なところがあるからな。
まあ、そこが可愛くもあるんだが。
さて、今のお前は、人間といくらも変わらない。
死にはしないが痛みはあるぞ。
大人しく地下の幽閉先に行ってもらおうか」
「待って! もう一つだけ、聞かせて。
横山くんが姫野さんとエッチしたっていうのも嘘なの?」
「なんだ。そんなことが気になるのか。
姫野が全員の飲み物に睡眠薬を混ぜて、一芝居うったのさ。
床についてたのは、AVなんかで使う、
擬似精液だよ。よく出来てるだろ?」
横山くんは、私を裏切ってなかったんだ。
それなのに、私は、横山くんを信じてあげれなかった。
昨日だって、横山くんが話しかけてきてくれたのに、私は、私は……。
ならば、簡単に捕まることはできない。
ベル=ロッコの好きなように、させてたまるもんですか!
男が私に近付いてきて、私の肩を掴んだ。
私は、手を相手の手に絡ませて体を捻り、鼻に肘打ちをする。
横にいた男に蹴りを放つが、ガードされ逆にパンチをもらう。
鼻がつーんとする。
いけない。トレーニングを怠っていたせいで、体のキレが悪い。
「はははは。手癖の悪い娘だ。さて、私はこれで失礼させてもらうよ。
これでも色々忙しい身なのでね。
そうそう、いまそこにいるのは5人だが、
出口までに50人配置しているよ。
今のお前の体力は、限りがあるだろ?
せいぜい頑張ることだな。アハハハハ」
くー。ベル=ロッコめ。人の気持ちを弄んで。本当に信じてたのに。
世界を一緒に変えたいって思ったのに。
絶対、あいつの思い通りになんてなるもんか!
素手では、分が悪い。何か武器を手にいれないと。
警棒を持った男が、私に殴りかかってきた。
私は、左に避け相手の顔面に一本抜き手を入れた。
目には入らなかったけど、相手の瞼が切れた。
顔を押さえた相手の手から警棒を取ろうとしていると、
他の男から腰を蹴られた。
にぶい痛みが走り、一瞬息が止まる。
もう一度蹴ってきた相手の蹴りを肘で受け、顔をしかめた男の鼻面に、
抜き手を当てる。
ゴチュっという音と、鼻骨がくだける感触が指先に伝わってくる。
鼻を押さえた男の両耳を掴み、顔を下げさせて膝蹴りをうつ。
倒れた男から、素早くナイフを抜き。私は、身構えた。
まだ4人の男が私の周りを囲んでいる。
男たちも一斉に武器を手にする。
銃を抜いてスライドさせようとした男に私は飛びかかり、
蹴りをガードさせてから動きの止まった相手の喉を切り裂く。
横にいた銃を構えた男にナイフを投げて倒し、
ナイフを抜いて斬りかかってきた男の攻撃をしゃがんで避ける。
もうひとりが銃を私に撃ってきた。
私は、壁に向かって跳び、壁を蹴ってバク宙して部屋から転げでる。
追ってきた男の銃を蹴り上げ、股間に突きを入れる。
悶絶する男からナイフを奪い、頭に突き立てた。
部屋に残った男は、私の動きを見て恐れの表情を見せる。
私は一睨みして、その場から走り出した。
廊下を曲がると、銃を構えた男たちが待ち構えていて、
銃を乱射してきた。
私は、元の通路へと転がってもどる。
右肩を撃たれてしまった。
この装置のおかげで、絶対防御が消えてる。怪我も治らない。
くそ。銃で撃たれて動けなくなったら、監禁されてしまう。
そうしたら、二度と横山くんに会えない。
横山くんに会って、謝るんだ。
信じてあげれなかったことを謝るんだ。
そのためには、絶対に逃げるんだ。
私は元いた部屋の前に戻り、落ちていた銃を手に取る。
部屋に残っていた男は、椅子に座って下を向いていた。
私が銃を向けると、その男はビクッとして私を見た。
「こ、殺さんでくれ。頼む」
「死にたくなければ、言うことを聞きなさい。いいわね?」
ここは、8階だ。窓を割って逃げるというわけにはいかない。
魔力が抑えられているということは、腰の辺獄も使えないだろう。
私は、男に先導させてエレベータホールに向かう。
通路を曲がると銃を構えた男たちが乱射してくる。
私は、男を盾にして、その場に座る。硝煙で視界が悪くなってくる。
私は絶命したと思わせるため、銃声が止むまでじっと動かない。
銃声が止み、しばらくすると男たちの足音が近付いてくる。
私は、近付かれてから腕だけ出して銃を乱射する。
2人の倒れた音がするのを確認して、男の死体を抱えて前に進んで、
マシンガンを手に取る。
今倒した男のベストから手榴弾を取り、前に向かって投げる。
小さな悲鳴の後に、爆発音が聞こえ爆風が襲ってくる。
爆発した時の音で、耳が利かない。
目で確認するが、エレベータホールで動いているものはいない。
私は、予備のマガジンを制服のポケットに押し込み、先に進む。
4基のエレベータ内の一つの扉が、爆発で半分開いている。
私は、倒れている男からグローブを剥ぎ取り、装着する。
扉の中を覗くと、エレベータの箱が下の方に見える。
私はワイヤーを伝って、下の階へと降りていく。
上の方から人が集まる気配がする。
私はエレベータの箱の上に降り立つ。
箱内への扉を少し開けると、中には誰も乗っていなかった。
中を覗いていると、上から銃撃された。
私は急いで箱内に体を滑り込ませる。
エレベータの扉を開けると、銃撃された。
私は、壁に隠れ手榴弾をすぐに投げる。
爆発のあと、外に飛び出す。
3階まで降りてきたようだ。
倒れている数人の男から、手榴弾とシースケースごとナイフを取る。
右の太ももにシースケースを付ける。
近くの部屋に入り、部屋を見回すと排気ダクトがあった。
私は、銃を乱射し、排気ダクトに穴を開け中に入る。
ライフルはおいて、奥へと進む。ビル外に顔を出す。
雨水管が横に見える。飛びつけそうな距離だ。
私は、雨水管に飛びつき、下へと降りる。
私の姿を見つけた数人が迫ってくる。
銃弾が近くに当たる。
私は、下に降りたち、反対方向へ走る。
市街地だというのに、連中は構わず撃ってくる。
塀を超えようとしている時に、ふくらはぎを撃ち抜かれた。
私は塀を超えると足を引きずりながら、地下鉄への階段を必死に降りる。
耳が回復してきた私は、携帯で、桜を呼び出す。
『紗季? なーにー?』
「ごめん。すぐ迎えにきて。撃たれてるの。そんなに動けない」
『はい? 撃たれた? なんで? すぐ傷なんて塞がるでしょうに』
「詳しくはあとで。お願い」
『わかったわよ。どこ?』
「地下鉄の中央駅。いまから、西宮まで乗るから、そこで拾って」
私は地下鉄に何とか乗り込み、西宮まで行った。




