第28話 気晴らし
第28話 気晴らし
次の日。
冬休みになったというのに、私の心は沈んでいる。
姫野さんと顔を合わすのが怖い。
顔を合わせて、正気でいられる自信がない。
もしかしたら、私は姫野さんの首を引きちぎってしまうかもしれない。
食堂に行かず、部屋にこもっていると、ドアがノックされた。
「紗季、私よ。入っていい?」
鍵を開けると、桜が入ってきた。
「ひどい顔ね。寝れなかったの?」
一応、眠ったことは眠ったけど、ホテルでの光景が夢に何回も出てきて、
その度に起きてしまって熟睡はできなかった。
「寝たよ。もう、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ? 強がり言って。私の前でぐらい、
素直になりなさいよ」
「うん……。ホント言うとね、辛いんだ。
何もかもめちゃくちゃにしてしまいたいくらい」
「この世界を壊してもいいのよ? あなたは、破壊神なんだから。
地球が無くなったところで、別に影響はないし、
その分、天界の連中が新しい星を作るだけよ」
私は、桜に首を振る。
この世界を壊したいとは思わない。
私には、永遠の命がある。
そのうち、この辛い記憶も、思い出に変わっていくはずだ。
「ふーん。お優しいことで。で、どうするの?」
「ど、どうするって? どうもしないよ。横山くんとはお別れするだけ」
「はぁ? 人間だって、こういう時は、平手打ちの一発はするのよ?
あんた遊ばれたんだから、なんか言ってやりなさいよ」
「……。二人の顔見たら、冷静でいられる自信がないの。
たぶん、殺しちゃうわ……」
「まあ、そうでしょうねえ。
横山くんは、覚えがないってシラを切ってたけど、
精液ぶちまけてたからねー。苦しい言い訳だわ」
「冬休み終わったら、きっと普通でいられるようになってるから。
桜は、見守ってて。冬休み明けに、横山くんと話そうと思ってるから。
まだ、1年ちょっとは、井上学園にいないといけないしね」
「クラスとか変えてもらおうよ。同じクラスだと嫌でしょ?」
「ううん。いいの。これぐらい乗り越えれないと、
魔王になんて慣れないわ」
「ふふふ。強がり言っちゃって。思ったより、元気があって安心したわ。
じゃ、私、練習に行ってくるわね」
桜が部屋を出て行き、私はため息をついた。
桜には、ああいったけど、胸にぽっかり穴があいたみたいに、虚しい。
ちょっと、気分転換に散歩でも行こう。
セーターとジーパンを着て、魔法衣を取ろうとして、手を止めた。
横山くんからプレゼントしてもらった魔法衣。
この魔法衣は、もう着れないな。新しいのを買おう。
女子寮を出て、並木道を歩く。
赤髪で、角のある私は、遠くからでも目立つ。
3人組の不良が、近付いて来て、からかう。
「あんたさ、破壊神なんだろ? なあ、下の毛も赤いの?」
「俺らといいことしよーぜ?」
「いいじゃんか、なあ?」
私の心がささくれだす。
肩に触れてきた不良の手を握りつぶす。
手の甲から骨が飛び出て、金髪の不良は悲鳴をあげた。
驚く残りの二人を見て、私は笑う。
悲鳴を聞くと、私の心はすっと軽くなる。
今は血がみたい。恐怖する顔がみたい。
恐れおののく金髪に手を伸ばそうとして、私はハッとした。
私の爪は鋭く伸び、手は血で赤く染まっている。
湧き上がってくる殺意を必死で抑え、私は叫ぶ。
「行きなさい! さあ、早く!」
不良たちは、足をもつれさせながら、公園から逃げていく。
私は、水飲み場で手についた血を落とす。
今、私は、殺そうとしていた。
不良たちの悲鳴と恐怖に、胸を躍らせていた。
破壊の衝動に、身を委ねようとしていた。
そんな自分が、恐ろしくて私は身震いした。
顔を冷たい水で洗い、ショッピングモールへと歩く。
ショッピングモールの中は、クリスマスムード一色だ。
手をつないで歩くカップル達を見ると、私の気分は落ち込んでしまう。
本当なら、横山くんと私もああいう風にしていたはずなのに。
あの時、横山くんと最後までしてたなら、今も恋人のままでいれただろうか。
でも、そんなこと思っても、もうどうしようもない。
早く吹っ切らないと。
そうだ、気分直しに映画でもみよう。
こんな時は、悲しい映画でも観て、思い切り泣くに限る。
ショッピングモールのレストラン街を抜け、シネマ館へ向かっていると、
向こうからカロンさんが、やってきた。
ピンクのカーディガンに、下はミニスカートで、
白のニータイツを履いている。
私を見つけると、ニコニコして走り寄ってきた。
「シオン様! まあ、こんなところでお会いできるなんて!」
「こんにちは。カロンさん。今日は、お一人?」
「ええ。いつもむさい奴らと一緒じゃいきがつまりますので。
シオン様も、今日はお一人で? 横山と一緒ではないのですか?」
カロンさんの言葉に、私の胸はズキンと痛む。
でも、こういうのに慣れないと克服できないよね。
「別れたんだ。魔神と人間じゃやっぱ無理よね」
カロンさんは、私の手を握ってくる。
「そうですか! それは、めでたい! 滝学園のイケメンを見繕って、
紹介しますよ! 私に任せてください!」
「気持ちは嬉しいけど、当分、恋愛はいいって感じよ。なんか、
疲れちゃって」
「シオン様。そのようなことを言われては困ります。
恋は女を美しくするのですよ?
あのバカに別れたことを後悔させてやるのが、
復讐というものですよ」
「うーん。私、この間まで、付き合ったことなんてなかったから。
でも、カロンさんがいうのはもっともね。
横山くんが悔しがるぐらい、綺麗になってやるとするか」
「そうそう。そのいきですよ! シオン様は、お綺麗だから、
奴はもう後悔してるでしょうけどね。うふふふ」
カロンさんは、猫のような耳を頭の上でピコピコさせている。
私は、なんだか触ってみたくなってきた。
「あの、変なこと言うようだけど……」
「はい。なんでしょうか?」
「耳にちょっと、触ってもいい?」
「ええ、どうぞどうぞ。お触りください」
カロンさんが、頭をさげ、私の胸の前に頭を持ってくる。
触ってみると、ふわふわしててすごく気持ちいい。
耳の後を触ると、カロンさんがゴロゴロと喉を鳴らす。
「うわー。ふわふわなんだね。髪の毛もふわふわだー」
「毛の手入れは怠っておりませんので」
カロンさんが、顔をあげ人差し指をピンと立てた。
「シオン様、もしよろしければ、ご同行してよろしいでしょうか?
パーっといきませんか? 気晴らしに」
「ええ。構わないわよ。実は、部屋で一人でいると落ち込むだけなので、
気分転換に映画でも観ようと思ってたところなの」
「そうでしたか。では、私オススメのところに行きましょう!
そうと決まれば、車を呼び寄せます!」
「え? そんな遠くにいくの?」
カロンさんは、携帯を取り出し、どこかにかける。
「ミアンさん? カロンです。予定空いてます?
車出してもらいたいんです。違いますー。私じゃありません。
シオン様ですよ!
ほーら、車出す気になったでしょ? ショッピングモールにいますので」
携帯を直しながら、カロンさんがニコリと笑う。
「先輩が迎えに来てくれるそうです。いやー、楽しみですねー」
「どこに行くの?」
「内緒です。知ったら、面白くないですよ?」
「ふふ。それもそうね」
駐車場で待っていると、一台の軽が前に止まった。
運転席から、髪の長い女の人が降りてきた。
冬だというのにタンクトップに、ジーパンだ。
おまけに、ノーブラだ。こっちに走りよると、胸がゆさゆさ揺れてる。
「シオン様! ミアンと申します! どうぞよろしく!」
「はじめまして。イザベロス=シオンです」
「いやー、ガルメッツの奴が綺麗だ、綺麗だって言ってたけど、
破壊神なんてロクなもんじゃないと思ってたんですけどねー。
ホントに綺麗じゃないですかー! うわー、すごいわ。お人形さんみたい」
ミアンさんは、私の周りをぐるぐると回る。
カロンさんが、私に笑いかけてくる。
「ミアンさんは、ガルメッツのお姉さんなんですよ。
小さい頃から私もお世話になってるんです」
ガルメッツさんと一緒ということは、ミアンさんはウォーウルフか。
でも、外見は人間だ。
ミアンさんが、私の顔を覗き込んでくる。
「ガルメッツみたいに狼の顔のままでいる勇気は、私には無くって。
うーん。いい匂い」
ミアンさんの勢いに、私は腰が引けてしまう。
ノーブラで、歩く勇気も私には、無いけどそれは言わないでおこう。
「じゃあ、早速行きましょう! 二人共、のってのって!」
車は、学園都市外れの都市高速に乗り、そのまま高速道へと乗っていく。
どこまで行くつもりなんだろうか?
「あの、どこに行くんです? 高速に乗ってるけど」
隣にいるカロンさんも、運転席のミアンさんも笑うだけで、
教えてくれない。
高速を1時間も走り、車はだんだんと田舎へ進む。
二人共、獣人だから自然の中で遊ぼうってことなんだろうか?
高速を降り、田舎道を走っていくと、大きな観覧車が見えた。
「遊園地?!」
ミアンさんが、うふふふと笑い出す。
「シオン様、失恋したんですって? そんなものは、
ガーッとジェットコースター乗ったら忘れますって!
なんなら、男を私が捕まえてきますよ。
なんもかんも忘れて、ガンガン遊びましょう! ガンガン!」
「ですよ! 男なんて星の数だけいるんです! くよくよ、してたら、
勿体無いですよ!」
私を慰めようとしてくれてるんだ。
ここは、無理でも元気出さないと。
「よーし! じゃあ、ガンガン遊びましょうか!」
「そうこなくっちゃ! シオン様、わかってるー!」
「おー! ガンガン行きましょうにゃ!」
遊園地に入り、私はキョドってしまう。
はしゃぎながら走る子供にぶつかりそうになってびびり、
絶叫に、ビクッと体をさせてしまう。
遊ぶ目的で、遊園地に来たのは初めてだ。
以前、一度尾行のために来たことはあったけれど、
その時は、楽しむ余裕なんてなかったし。
メリーゴーランドもコーヒーカップも楽しそうだ。
それとも、向こうにあるジェットコースターに行くべきだろうか?
カロンさんが、私の手を握ってくる。
「何、迷ってるんですか? ぜーんぶ、のるんです! ぜーんぶ!」
カロンさんは、ミアンさんを置き去りにして、片っ端から乗り物にのる。
最初は、戸惑っていた私も、絶叫している内に、なんだかすっとして、
楽しくなってきた。
ジェットコースター、フリーホール、観覧車、コーヒーカップ、
メリーゴーランド、ゴーカート、トランポリン、お化け屋敷と、
私たちはありとあらゆる物に乗り、クタクタになるまで遊んだ。
その間、ミアンさんは、売店を見つける度に、
あらゆるものを食べていた。
閉店時間の放送が流れる。
「もう、こんな時間かー。ミアンさん、次、ボーリング行きましょう!
ボーリング!」
「わかってるよー! 今日はオールだ!」
学生の私たちは、冬休みになったけど、ミアンさんは仕事があるだろう。
それが、私にはひっかかった。盛り上がっているところに、
水を差すのは悪い気がするけれど。
「ミアンさん、あの仕事はいいんですか? お二人のおかげで、
だいぶ元気がでましたから、もう大丈夫です」
ミアンさんが、ん? と言って首を傾げる。
「シオン様? お言葉ですが、遊びはいまからですよ?
それに、私はロギアン、西林支部に勤務しています。
破壊神の接待をすること以上に、
重要なことなどありません。違いますか?」
そう言って、ミアンさんはウインクしてくれた。
私は大きく頷いて、二人と明け方ま近くまで遊んだ。
それから、2週間余り経った。
学校が始まる前の日になって、寮に岸川さんが訪ねてきた。
「あけまして、おめでとう。今年もよろしくね」
「あけまして、おめでとうございます」
真面目な岸川さんは、寮にくるのに制服姿だ。
グルタンメンバーの赤い制服を見ると、
どうしても横山くんのことが連想されてしまう。
休み中は、カロンさんや宮元くんと、連日遊んで、
だいぶ吹っ切れたと思っていたけど、
まだ引きずってる。私のテンションは、下がってしまう。
「今日は、どうしたんですか?」
「あのね、江藤くんが話があるって言うんだ。
ちょっとそこまでいいかな?」
「はい」
私は、岸川さんとミラノに向った。
江藤さんは、私を見るとテーブルに額をつけるほど、頭を下げてくる。
「江藤さん、どうしたんですか? 頭をあげてください」
「謝って済まないことはわかってるが、すまなかった。
俺がしっかりしてれば」
「いえ、元から無理なことだったんです。もう何とも思ってないです」
江藤さんは顔を上げる。泣き出しそうな顔をしている。
いつも豪快な江藤さんのこんな顔を見るのは、初めてだ。
「それで、今日は何のお話ですか?」
「あのな、あのあと横山の奴から、違うって何回も言われてなぁ。
あんな状況でやってないってシラを切るなって、
俺も言ったんだが、昔から知ってる俺から言わせてもらうと、
嘘をつくようなやつじゃないんだよ……。
そんなあいつが、何回も俺のところに来て、床に頭をこすりつけるんだ。 シオンちゃんと話をさせてくれないかって。
で、その、横山の話を一度、聞いてもらえないかと……」
江藤さんの言葉に、私は身を固くしてしまう。
ホテルでの光景が頭をよぎる。
胸が苦しい。私は胸を抑える。呼吸が荒くなり、汗が吹き出てくる。
私の様子を見て、岸川さんが抱き寄せてくれる。
「江藤くん。見ての通りよ。坂野さんを横山くんとは会わせられないわ。
あんな場面見たら、どんな弁明も無理だわ」
「そりゃ、そうだな。わかった。この話は、これで終いだ。
もう、しないよ」
私は、無理に笑顔を作る。これ以上、この人たちに心配かけてはダメだ。
立ち直ったところをアピールしないと。
「はい。横山くんとのことは、いい思い出ですから。
それに、私、ボーイフレンドいるんですよ。
まだ、付き合ってはいないけど、この間、告白されたんです」
「お? マジ?」
岸川さんが、江藤さんを肘で啄く。
「ほら、あの文化祭の時の」
「あー。あの漣高校のやつか! それはいい。あいつレベル8なんだろ? 顔もかっこよかったしなあ」
「はい。優しいんですよ。いつもメールくれるし」
「そか。そりゃよかった。そうそう、それで別の話になるんだが、……」
江藤さんは、今度みんなでカラオケに行こうという話をして、
帰っていった。
江藤さんの背中を見送ると、私は我慢していた涙を堪えきれなくなった。
岸川さんが、優しく涙を拭ってくれる。
「辛い恋だったわね。でも、大丈夫よ。坂野さんは綺麗だから、
すぐに素敵な人が見つかるわ。元気だして」
「岸川さん……。私、あんなことされたけど、やっぱり横山くんが好き。
そんなに簡単に忘れられないよ。
今でも、横山くんの笑顔が見たいって思うの。
でも、ふとした時に、ホテルでの光景を思い出しちゃうの。
その度に、私の胸は締め付けられちゃうの。
私、どうしたらいいんだろう?
どうしたら、横山くんのこと忘れられるんだろう」
「そう。なら、時間はかかるかもしれないけど、
もう少し落ち着いてから横山くんと直接会って話してみたら?
許すも許さないも、それはあなた次第。
まあ、あんな最低男、私ならぶん殴るけどね」
「魔神の私が本気で殴ったら、死体も残んないわ。ふふふ」
私が無理に笑ってそう言うと、岸川さんも笑ってくれた。
明日から、新学期だ。横山くんと姫野さんと嫌でも顔を合せることになる。
体同様に、精神も強くならないといけない。
それから数時間、私の愚痴に岸川さんは、付き合ってくれた。




