第2話 意地悪くん
第2話 意地悪くん
水を持ってきたウエイトレスさんに、日替わりランチを二つ注文する。
「それにしても、紗季は攻撃魔法はすごく上手なのに、なんで防御はダメなの? 詠唱は同じ感じなのに」
私は、頭をかく。だって、私、魔法使えないもん。あたりまえじゃん。
攻撃魔法は、こっそり忍術使ってるんだって。まあ、いえないけどさ。
「桜はいいよねー。ぜーんぶオールマイティにやれてさー。羨ましいよー。胸だっておっきいし」
私が桜の胸を指で啄くと、桜はぱっと手で隠す。
桜の胸がプルンと揺れる。はぁ。私もそのぐらい胸が欲しいよ。
「もう! 恥ずかしいじゃないのー。紗季だって、スタイルいいよ」
桜のお世辞に、私はホッペを膨らます。
いいよねー。胸が大きい子は。私の悩みなんてわからないんだわ。
でも、なんかいいなあ。もし、普通に育って、桜と知り合えていたら私は、今のようにはなっていなかったろう。
何のためらいも持たず、食事や呼吸と同じように人を殺す。そんな化物にはならずに済んでいたと思う。
グラタンが、ジュージューと音を立てて運ばれてくる。
うふふ。待ってました! 私がフォークを手に取ると、後方から忍び声がしてきた。
『次の指令だ。ネオ教会のベル=ロッコが、明日やってくる。重傷を負わせろとのことだ』
『重傷? 殺さないの?』
『ネオ教会から魔法院を攻撃させるようにしたいそうだ。うまくやれよ』
『難しい注文ね。場所は?』
『食事中をねらえとのことだ。詳しいことは、明日清から指令書をもらえ』
伝令役が、さっと立ち上がる。まだ言いたいことがあるのに!
また、忘れ物があったらタダじゃおかないんだから!
私は、ブスッとしながら、フォークを動かす。
「どうしたの? 急に機嫌悪くなったみたいだけど。私なんか、変なこと言った?」
「え? ううん。違うよ。気にしないで。なんでもないから」
危ない危ない。ついつい感情が出てしまってた。
感情を殺すのが、どうにも私は苦手だ。ダメだなあ。
熱々のグラタンをはふはふしながら食べていると、奥の席の白い制服の会話が聞こえてくる。
『おっ。あの二人レベル高くね? 声かけるか?』
『えー? 片方は全然胸ないじゃん。パスパス』
なんですってー!! 苦無打ち込むわよ!
私がぎりぎりと歯噛みしていると、桜が心配そうな顔で聞いてくる。
くっ。忍耳も良し悪しだわ。まったく男の子ときたら、胸がなんだっていうのよ。
そりゃ、私は胸はないわよ。高2にもなってAカップよ。悪い? それが何だっていうのさ。
ふんだ。あんたたちなんか、相手にしてあげないから。
「ホントに大丈夫? なんか変だよ?」
「だ、大丈夫よ。なっ、なんでもないから」
〝ゴスッ〝
鈍い音がして、見ると私が押さえつけたフォークが、お皿を割っていた。
あー、しまった。何やってるんだろう。
まだ、グラタンの半分も食べてないのに……。
私がシュンとしていると、桜が手をあげてお店の人を呼んでくれた。
「すみません。すぐに新しいものと交換いたしますので」
え? 変えてくれるの? ラッキー。私は思わず顔がにやけてしまう。
「よかったね。紗季。ラッキーじゃない?」
「うん! また、カリカリチーズ食べれるなんて、今日はついてるわ!」
よかった。今日の射手座はラッキーデイだわ♪
鼻歌混じりに食べていると、となりの席の紫の制服の子達が、かき込むように急いで食べている。
魔物の学校、滝学園の生徒か。結構遠いのに、来てるってことは、飛べたりするんだろうか。いいなあ。便利で。
私も飛べるようになりたいものだ。
私が食べていると、桜がコーヒーを飲みながらニコニコしている。
「いやー、遅刻しちゃったね。まあ、いいっかー」
まあ、遅刻しても死ぬわけじゃないしね。
いや待てよ。いま、遅刻といった?
私は腕時計を確認する。13:01と表示されている。
「やば! 午後は、ヒーリングの授業なのよ! やばいじゃないのー! 私、中間で赤点だったのよ!」
「えー? そうだっけー? でも、いいんじゃない? 紗季は攻撃魔法の点数いいんだし」
「よくない! よくないよ! 回復に、防御でしょ? それから移動もよ! ああー、まずいよ。このままじゃ、補修確定になっちゃう」
「じゃ、今から跳びましょ。そしたら大丈夫でしょ?」
桜は、テーブルにお金を置くと、詠唱を始めた。
いきなりの詠唱に、お店の人たちが、私たちに注目する。
いいのかなあ。こんなところで、魔法使って。
私たちの頭上が光り輝き、私の体は少し浮いたかと思うと、次の瞬間、教室の自分の席に座っていた。
白峰先生が、メガネを光らせて、私をじっと見る。
うわー。怖い。ヒステリックに怒られそう。
「坂野さんに、仙谷さん。遅刻してくるとは何事ですか? 特に、坂野さん。あなたこの前のテストの点数、覚えてますよね?」
「は、はい……。すみません……」
「まったく。あなたときたら。攻撃魔法だけ使えればいいってものじゃないのよ? 私たちは自分の身を守る術をもたないと。そうでしょ?」
「はい。先生のおっしゃる通りです」
「でしょう? 私たち魔導士は、魔物たちと違って肉体的に弱いんだから、 防御や回復は必須なのよ。あなたは確かに、攻撃魔法は優秀だけど、
だからといって、回復や防御がこのままじゃすぐに大怪我しちゃうわよ。わかる?」
えーん。だって、攻撃は避けちゃうもん。魔力なんてないから仕方ないじゃないの。
留年なんてしたら、任務に支障が出ちゃう。
「では、坂野さん、前にきて」
私は、席をたち教壇に向かう。うう。困った。
魔法なんて使えないしー。忍術でヒーリングに似たのなんて知らないし。
「ほら、魔力を高めて。さっ、早く」
白峰先生に促されて、私はしかたなく魔力を高めるフリをする。
どうしよう。困ったなあ。
仕方なく、気勢を上げると、白峰先生が感心する。
あれ? おかしいな。魔力なんて高められるおはずないのに。
「そうよ! 坂野さん、その調子!」
もしかして、気勢と魔力は似ているんだろうか? まあ、いいっか。これで、ごまかせるわ。
気勢を途中で、元に戻し、私は失敗したという顔をする。
白峰先生は、残念そうな顔で、私を慰める。
「おしかったわね。集中の仕方をつかめばできるわ。頑張ろうね!」
席に戻ると、桜が次がんばろと言ってくれる。
はあ、疲れた。魔力があるフリをするのも一苦労だわ。
隣の横山くんが、きししと笑う。こいつめ。一度、こらしめてやろうかしら。
「坂野ー。いつもながら、見事なお手並みだなー」
私は、プイと反対側を向く。横山くんは、なんでか私にちょっかいをかけてくる。
それも、小学生みたいなイタズラばかり。少しは大人になれないのかしら。
「よー。無視すんなよー」
「うるさいわね。今は、授業中でしょ? 少し黙っててくれない?」
白峰先生が、誰か出来る人といって、クラスを見回す。
うわー。今度は、解毒魔法だって。私は、下に顔を向け白峰先生と目を合わさないようにする。
「はい。先生。俺、できます」
横山くんが、パッと手をあげ、すごいだろ?って得意そうな顔で、私を横目で見る。
別に羨ましくもなんともないもん。解毒作用のある薬草とか薬品知ってるんだから。
なんでも魔法に頼るなんて、馬鹿のすることよ。きっと、多分そうだもん……。
横山くんは、教壇前にたつと白峰先生が劇毒を注射したマウスに、手をかざす。
あれ? 詠唱なし? 横山くんの右手の甲が光る。
すごい。横山くんは、レベルの高い契約を結んでるんだ。
攻撃魔法では目立たないけど、防御はすごいしな。
彼みたいなのが、きっと魔法院に入るような魔法士になるんだろう。
そうなると、彼も私の標的になってしまうけど……。
席に戻ってきた横山くんは、ふふんと鼻を鳴らし私を横目で見る。
えーえー、すごいですよ。詠唱なしにあんなことできるなんて、
魔法を習っている1000人の生徒の中でも、10人もいないでしょうよ。
回復と防御に関しては、横山くんは郡を抜いている。攻撃魔法は大したことないけど。
ふんだ。私は、魔法士なんて目指してないもん。すごいともなんとも思わないんだから。
「坂野ー。どうよ? 俺様の魔法は」
「はいはい。すごいすごい。さぞかし契約に時間をかけたことでしょうよ」
「俺が、教えてやってもいいんだぜ?」
私は、プイと横を向く。憎たらしいったらないわ。
「遠慮しときまーす」
「そんなこと言って、また赤点になってもしらないぜ?」
まったく、自分が少しできると思って、調子にのって。ほんと頭にくるわ。
桜がまあまあといって、私をなだめる。
まあ、こんな変な奴に腹を立てるだけ無駄なのはわかってるけどさ。