第25話 平穏
第25話 平穏
「歯の浮くような台詞じゃねえか。いうねえ、お前もー」
いつの間にか、江藤さん、岸川さんをはじめ、
親衛隊の人たちが集まってきてた。
横山くんが、顔を真っ赤にして、照れてる。
「でも、親衛隊も解散かー。この制服結構気に言ってたんだけどな」
江藤さんの言葉に、白石くんが首を傾げる。
「ど、どうしてですか? 作ったばかりなのに」
「考えてもみろよ。横山は、今や、すげー力持ってるんだぜ?
高位魔法を素手ではじきかえせるような。
元々、横山の存在を隠そうってことで、作ったんだから、
もういらねえだろ?」
岸川さんが、しまったという顔をしてから、抗議する。
そうだね、岸川さんは江藤さんと一緒に入れる理由が無くなっちゃうもんね。
協力するかな。
「江藤くん、何言ってんのよ? さっきの人の群がりかた見たでしょ?
彼女が振り払っちゃうと死人が出るんだから、
私たちがそういうのを捌かないと。
さっきだって、私や早見さんが誘導しないと、
大変なことになってたんだよ」
「江藤さん。岸川さんや早見さんのおかげで、すごく助かったんです。
もし、良ければ親衛隊を続けてもらえないでしょうか?
もちろん、私と皆さんは対等の立場という条件で」
「うーん。まあ、シオンちゃんがそう言うなら、俺は別にいいぜ。
他のみんなはどうだ?」
白石くんや姫野さん、岩井くんに早見さんもうんと頷いてくれた。
「よし、じゃあ親衛隊は続けっか」
「あの、もし良ければもう一ついいですか?
親衛隊って名前やめませんか?」
「ん? 別に俺はいいけど、何にする?」
「うーん。仲良しクラブとか、どうです?」
白石くんが、ぷっと吹き出した。
ちょっとお。笑わなくてもいいじゃないの。
「何よー。白石くんは、いいアイデアがあるっていうの?」
「ぼ、僕は、チーム 覇 がいいと思う」
横山くんが、うんうんと頷く。仲良しクラブの方がいいのにー。
「仲良しクラブよりいいかなあ。僕は、シオン団がいいと思うな」
私の名前をつけるの? なんか、抵抗があるなあ。
桜が、すっと両手を上げる。
「あー、ダメダメ。あんたたちのセンスはホントにダメね。
魔神である私に、任せときなさい。
グルメ探求倶楽部、略してグルタンよ!」
へ? グルタン? なんか、目的が変わってない?
あれ? 岸川さんや、姫野さんがうんうんと納得してる。なぜ?
早見さんが、すっと手を上げた。
「はい! スィーツ大好き倶楽部、略して、甘党がいいと思います!」
また、なんか変わってきたぞ。それに略してないし。
うーん。なんか、変な方向に行きだしたわ。
江藤さんが、その場を締め出した。
「よーし、まとまんねえから、明日、
みんなでアイデアを持ち寄ることにしよう。取り敢えず飯食いに行こうや」
岸川さんが、すぐさま賛同する。
「いいわねー! 行きましょう!」
早見さんと、岩井くんがそれを止める。
「だめですよー。まだ、キャンプファイヤーとかのイベントもあるんですからー」
「そうですよ。岸川さん、俺ら実行委員なんですから」
「ああ、そうだったわね……」
岸川さんが、すごく落ち込んでる。なんとかしてあげたいな。
白石くんが、すっと手を上げた。
「あ、あの。親衛隊(仮称)の僕らは、まだ文化祭を楽しんでないので、
午後は見て回りませんか? それで、後片付け後に、
打ち上げということでどうでしょうか?」
「おっ。白石たまにはいいこと言うじゃねえか。
じゃあ、そうすっか。俺もまだ全然見てないから」
江藤さんが、校舎の方に向かって歩き出し、
それを岸川さんが追っていく。
姫野さんが、私の方にやってきて手を掴む。
「ごめんなさい。人ごみは苦手だから、一旦、寮に戻ってるね」
「そう? じゃあ、終わったら連絡するね」
よかった。これで、姫野さんに横山くんとの仲を邪魔されないぞ。
「横山くん、私たちも見て回る?」
「うん。行こうか。実は、まともに観るの初めてかも」
そう言って、横山くんは、ははっと笑ってくれる。
まだ、さっきの傷は癒えてないのに、私に心配かけたくないみたい。
白石くんが、すっと寄ってきた。
「三時から、講堂で演奏するんだ。よかったら二人で観にきてよ。
それじゃ、僕、用意があるから行くね」
横山くんが、白石くんの後ろ姿を見送ってから、腕時計を見る。
「3時までまだ結構あるね。一通りは、見て回れそうだ」
私は、すっと横山くんの手を握って歩き出す。
横山くんが、少し驚いた顔をしてついてくる。
「いいの? みんなに付き合ってるってバレるよ?」
「いいの。私は、横山くんの彼女だって、みんなに自慢するんだから」
「あはは。僕の方こそ、自慢して回りたいよ。
僕の彼女はこんなに可愛いんだってね」
校舎に入り、いろんな教室を見て回る。
廊下ですれ違う、校外の人たちが写真を撮ってきたりするけど、
私たちは、手を繋いだまま、笑顔を向けて応じる。
「ね、横山くん、この服どう思う? 派手じゃないかな?」
「似合ってるよ。すごく可愛いよ」
「ホントに? あんまり見てくれないじゃない?」
横山くんは、私の方をチラリと見て、また前を向く。
ちょっと顔が赤くなったかな。
「だって、そんなにスカート短いんだもん。見てると恥ずかしいよ」
「大丈夫だよー。下にスパッツ履いてるんだから」
「うん。それはわかるんだけどさ」
私は横山くんに体を引っ付けて、下から顔を覗く。
「私の裸も見たくせに」
「い、言わないでくれよ。恥ずかしいだろ?」
「いいじゃないのー。私の裸を見た、唯一の男の子なんだから」
バスケ部の売店前を通りかかると、ドーナッツを売っていた。
なかなか美味しそう。
「食べる?」
「うん」
横山くんが、ドーナッツを2つ買ってくれた。
チョコレートがかけてある方を頬張る。
うん! なかなかいける!
2階に上がり、ヨーヨー釣りをしてみる。
こよりが切れちゃったけど、1つおまけでくれた。
ふよんふよんとゴムを引っ張っていると、横山くんがくすりと笑う。
「なあに?」
「いや、何だか楽しくってさ。さっきまで、戦ってたっていうのに、
なんか遠い昔のことみたいだ。ほら、口にドーナッツがついてるよ」
横山くんが、そう言って、私の唇に触れる。
すれ違った、女生徒が目を丸くして、驚いてる。
ちょっと、人前でイチャイチャし過ぎかな。
でも、何だか今は、イチャイチャしたい。
痛い人って思われてもいい。人に見せつけたい。
金魚すくいをしてると、私のスカートがめくれてるのを、
男子生徒がジロリと見る。
横山くんが、その子を睨む。
スパッツ履いてるって言ってるのに。
でも、なんだかちょっと嬉しい。
「もぐらたたきだって。やってみる?」
横山くんが、お金を払って、もぐらたたきを始める。
もぐら役は、生徒だ。叩くと、ぐえっと変な声を出す。
私は、おかしくってお腹を抱えて笑ってしまった。
「面白かったねー。そういえば、うちのクラスは何やってるんだっけ?」
「僕も知らないよ。行ってみる?」
「うん。顔出しとこうよ」
私たちのクラスに行くと、同じクラスの小森さんが、寄ってきた。
「見たわよー。これで、全校公認どころか、全国区のカップルね。
ところで、坂野さん、呼び込みやってくれない?
まだ、たこ焼きが結構余ってるのよ。レンジでばんばん温めてるのにさー。
坂野さんがやってくれたら、人がすぐ集まるでしょ? ね、お願い?」
「じゃさ、たこ焼き買ってくれたら、紗季と記念写真が撮れるってやったら?
そしたら、すぐ集まるよ」
さっきまで、さんざんそういうのしてたんだけどなー。
でも、まっ、仕方ないか。
クラスの準備とかには、全然参加してなかったんだし、
少しぐらい協力しないと。
「小森さん、ずっと手伝ってなくてごめんね。できるだけ協力するよ」
小森さんは、数人の男子に声をかける。
男子達が、廊下に出て、声を張り上げる。
「さーさぁ、たこ焼きを買ってくれたら、
シオン様とツーショット写真が撮れるよ!」
「シオン様との記念写真が撮れるよー! 寄ってってー!」
「たこ焼きを食べたら、シオン様と握手できるよー!」
私が、教室の前の方の椅子に座っていると、教室に次々に人が入ってきて、
たこ焼きがどんどん売れていく。
たこ焼きを買った人が、私の方にやってきて、見る見る間に長蛇の列となる。
「お願いします」
よってきた男性のカメラを横山くんが受け取り、
男性と私のツーショット写真を撮る。
「ほら、笑顔が固いよ。笑って」
横山くんに言われ、私も笑顔を作る。
そうね。せっかく、来てくれてるんだから、
確かに喜んで帰ってもらわないと。
次の人は、子連れの若い女性だ。
「あの、この子抱いてもらえます?」
「いいですよ」
私が、2歳ぐらいの女の子を抱くと、
その子は私の顔にぺたりとくっついてくる。
かわいい。私も、いつかこんな可愛い子が欲しいな。
母親もなぜか私の腰に抱きついてきて、親子二人して私にひっつく。
「はい。撮りますよー」
横山くんが写真を撮り、親子は笑顔で去っていく。
子供に私は手を振る。
うふふ。可愛いなあ。手を一生懸命振ってる。
それからも、次々と人がやってきて私は、請われるままに、
写真を撮られ続けた。
「おっ。そろそろ時間だね。講堂に行こうか。吹奏楽部の演奏はじまるよ」
私は、まだ並んでいる人たちに、頭を下げる。
「すみません。講堂で吹奏楽の演奏を聴きたいので、これで失礼します。
またあとで、戻ってきますので」
講堂に行こうと、教室を出ると、撮影待ちしてた人達もゾロゾロとついてくる。
なんか、大名行列みたい。
「横山くん、知らない間に、私、魅了の術とか使ってるのかな?
みんな付いてきてるよ」
「違うよ。テレビとかの影響だよ。芸能人を追っかけるのと同じ感じだよ」
「そ、そう?」
私が振り返ると、後の人たちから歓声が上がった。
うわー、なんかすごいことになってる。
ついてくる人たちが増えていってる。
どうしよう、これ。
「大丈夫だって。お客さんが増えたら、白石も喜ぶよ」
「そっかなー。迷惑じゃないかなー」
講堂に入ると、前の出し物が終わって、
ちょうど吹奏楽部がステージに椅子を並べているところだった。
前の方の席が空いていたので、一番前に横山くんと座ると、
白石くんが気付いて手を上げてくれた。
白石くんは、トランペットを手に持っている。
彼が、楽器を吹くところを見るのは、初めてだ。
クラシック好きの私は、どんな演奏が聴けるのかと期待してしまう。
40名ぐらいいるだろうか。
吹奏楽部員が扇状に並べられた椅子に座って演奏を待つ。
司会役の生徒がマイクを持って、客席に挨拶する。
「今日は多くの方に集まっていただいて、光栄です。
本日は、2部構成で、1部は演奏、2部はマーチングステージです。
では、早速お聴きください」
浦川先生が、指揮台に立った。
英語の浦川先生が、顧問だったのか。知らなかった。
一曲目は、軽騎兵序曲だ。金管の迫力ある音が、耳に飛び込んでくる。
うわー、白石くんが吹いてる。すごいなあ。
生で聴く演奏はやはり迫力がある。
軽快なリズムがお腹の中まで響いてくる。
曲が終盤に差し掛かると、私は鳥肌が立った。
曲が終り、拍手が起こる。
もしかして、吹奏楽部はすごくうまいのだろうか?
うん。いい演奏だ。コンクールとかでいい成績なのかもしれない。
二曲目は、カルメン第一組曲だ。勢いのある曲調で私ものってしまう。
曲が終わると、さっきよりも大きな拍手が起こった。
私についてきた人達も、演奏を楽しんでくれているみたいだ。
司会役の生徒がマイクを手にする。
「一曲目は、軽騎兵序曲、二曲目はカルメン第一組曲でした。
では、少し準備の時間をいただきまして、
マーチングステージに移らせていただきます」
ステージの椅子が片付けられ、20名程の吹奏楽部員が整列する。
指揮者の合図とともに、ファンファーレが鳴る。
何の曲かわからないけど、いい感じだ。
やがて、部員たちはステージを所狭しと動き出す。
この位置だと、どんなことをしているのが全体像が見えないのが残念だけど、動きの一つ一つがキビキビとしている。
マーチングを見るのは初めてだけど、勇壮だ。
旗をもった女生徒たちが、ステージ前にでてきて、くるくると回す。
動きがきっちりと合っている。これは、かなり練習してるようだ。
やがて、マーチングが終わり、会場で拍手のうずが巻き起こる。
白石くんも満足そうだ。よかった。見に来て。
今度機会があったら、大会を見に行ってみよう。
きっと、感動的に違いない。
講堂を使うイベントは、もう無いということだったので、
そこでまた記念撮影会となった。
演奏を終えた白石くんも列の誘導を手伝ってくれる。
結局、18時過ぎまで撮影会は続き、暗くなって私は講堂を出て、
校庭に向った。
校外の人たちは、みな校門から帰っていく。
手を振ってくれる人たちに、私は応えながら、横山くんと歩いて行く。
校庭には、丸太が積み上げられ、キャンプファイヤーの用意ができていた。
マイクをもった岸川さんが、皆に告げる。
『はい。恒例のキャンプファイヤーです。みな楽しんでね!
では、点火!』
火が点けられると、スピーカーから音楽が流れ出す。
フォークダンスの曲だ。
早見さんや岩井くんが、フォークダンスを踊りだすと、
それをみていた人達も輪に加わっていく。
岸川さんが、私の方にやってきた。
「ありがとうね。坂野さんのおかげで、今年は大成功だったわ」
「いえ、講堂の屋根とか校舎壊しちゃったし」
「気にしない。気にしない。あんなのすぐ直せるわよ。
井上学園じゃ校舎が壊れるのも伝統よ」
「え? そうなんですか?」
岸川さんは、いたずらっぽく笑って、人差し指をたてた。
「あははは。嘘だけどね」
「もう、人が悪いですよ」
イベントが終わり、岸川さんは緊張感から解放されたのだろう。
普段は、冗談なんて言わないのに。
「ほら、坂野さんも横山くんと踊ってきなさいよ。楽しんで」
そうだ。岸川さんも江藤さんと踊りたいはずだ。
呼んでみようっと。
周囲を探すと、少し離れたところに、江藤さんがいた。
私が横山くんに耳打ちすると、横山くんはニコリと笑って、
江藤さんを呼んでくれた。
「江藤さん! こっちこっち!」
江藤さんが、駆けてくる。
「いやー、今年はシオンちゃんのおかげで、人が多かったなあ。
お前ら踊らないの?」
「今から踊ろうと思ってたところですよ。
江藤さん、親衛隊の副長を労ってください。
衣装とかの制作頑張ってたんだから」
「そうなの?」
江藤さんが、岸川さんを見ると、岸川さんは顔を赤らめて照れている。
私は、江藤さんに見えないように、岸川さんにがんばってと口を動かし、 横山くんと踊りの輪に加わった。
みんなして踊っていると、井上学園の本当の一員になれた気がする。
炎がみんなの顔を照らしてる。どの顔も笑顔で、本当に楽しそう。
最初は、記念写真とか嫌だったけど、参加してよかったかもしれない。
いい思い出になったわ。
「えへへ。女の子とフォークダンスっていいね。楽しいよ」
「私もよ。横山くんと踊れてよかったわ。
わたし、フォークダンスって初めてなの」
「そうなの? でも、上手だよ。踊るの」
「そう? ふふふ。ありがと」
横山くんが触れる手が暖かい。
ステップを踏むたびに、楽しさが増していく。
ずっとこうして踊っていたい。
私の目には、横山くんお笑顔しか見えない。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、フォークダンスのあとは、
みんなで食事に行き、文化祭の成功を喜びあった。




