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第21話 姫野さん

第21話 姫野さん


 次の日。


 朝起きると、何だか寝不足でまぶたが重かった。

 昨日の横山くんとのことが、頭から離れず悶々としてしまって、

 寝つきが悪かった。

 食堂に行くと、桜が私の顔を見て、笑い出す。


「なんなのその顔? あははは。魔神が目の下にクマ作るなんて初めてみたわ」


「ちょっと笑わないでよー。半分は、あなたのせいなんだからね」


「何がよ?」


「あんたが、封印がどうたらとかいうから、

 それで昨日は大胆なことしちゃったんだもん……。

 で、なんか眠れなくって」


「あはは。あんた魔神なんだから、寝なくても平気なはずよ? 

 そのクマは、必要以上に悩んだからでしょ? 

 最後までしたらよかったのに。何を躊躇してるんだか」


「だって、桜、私とエッチしたら横山くんが狙われるような目にあうって、

 教えてくれなかったじゃないのよ」


「はぁ? そんときゃ、あんたが皆殺しにすればいい話でしょうが? 

 なに言ってんのよ。あんた」


「そ、そんなこといったって……」


「まったく、破壊神のくせして、お優しいわね。あなたは。

 まあ、今度の花婿争奪戦で、そんな悩みもなくなるって」


「それ、ホントにやるのよね?」


「やるに決まってんじゃん。私の楽しみなんだから。

 ごちゃごちゃ言ってないで、早く御飯たべなさいよ。遅刻するわよ」


「わかったわよ。そんな言い方しなくても」


 私が食パンに、マーガリンを塗っていると、横に誰かが立った。


「お、おはよう。ここいいかな?」


「おはよう。どうぞ」


 ええっと。このおさげ髪の子、名前なんて言ったかな。

 たしか、い何とか。猪木じゃない、井上じゃない、なんだったかなあ。

 でも、みんな怖がって、同じテーブルに座る人なんて、

 このところいなかったのに、この子はなんで他の席が空いてるのに、

 横にくるんだろう?


「坂野さん、今日も素敵ね」


「え? う、うん。ありがとう」


 私に話しかけると、その子はまた下を向いて押し黙る。

 うーん。なんなんだろう?


 桜がニヤニヤしながら、手を振って席を立つ。

 ちょっと! ものすごく気まずいんですけど。

 行っちゃう気?


 私は、抗議の視線を桜に送るけど、桜は涼しい顔をして、

 行ってしまった。

 なんとなく、居心地が悪くて私は急いでサラダとスープを流し込む。


 その子は、下を向いたまま朝食に手をつけようともしない。

 いったいなんなのよ。


「あのさ、食べないと遅れちゃうよ」


 その子は、ぱっと明るい笑顔を作り、私をじっと見つめる。

 私は、なんだか気後れしてしまって、目を逸らした。


「あの、坂野さん。私、同じクラスの姫野っていうの。

 名前覚えててくれたかな?」


「うん。もちろんだよ」


 しまった。全然名前覚えてなかった。

 というか、寮では見かけた記憶あるけど、

 同じクラスにいたっけ? 名前も姫野か。い何とかだと思ってた。


「わ、私ね、坂野さんとお友達になりたかったんだ! 

 でも、なかなか話すチャンスがなくって」


「そうなの? 話しかけてくれたらよかったのに」


「いつも仙谷さんが、守るように側にいたでしょ? 

 坂野さんに近付こうとすると、すごく鋭い視線で見られてたから、

 ちょっと話にくくって。

 でも、昨日のことで、仙谷さんは、坂野さんの護衛についてたってわかったから、

 今日は勇気を出してきたんだ」


 ふーん。桜は、私の知らないところで、そんなことしてたんだ。

 なんか、私って、人に話しかけられたりしないなあって思ってたけど、

 そのせいもあったんだ。


「それは、私が魔神だから?」


「ううん。違うよ。2年で同じクラスになったときから、

 お話したかったの」


 なんだろう? 私は、クラスにいるときは、極力目立たないようにしてたのに。

 私のどこに興味を持ったのかな。


「ふーん。どうして?」


 姫野さんは、目を逸らして、顔を赤らめる。

 私、なんか変なこと言ったかな?


「どうしてって、それはその……」


「私って、覚醒する前は、クラスで目立たないようにしてたのよ。

 それがどうして私なんかに興味もったの?」


「それは、綺麗だから……」


「え? 私が?」


 私は、自分の顔を指差した。ブスではないとは思うけど、

 そんなに言われる程、綺麗だろうか?

 気付かないうちに、魅了の術をまたこの子にかけたんじゃないだろうか?


「私のどこが綺麗って思うの? 桜の方が綺麗だと思うけど」


「言うの恥ずかしいな。でも、いったら友達になってくれる?」


 姫野さんは、私とチラチラと見る。

 よくわかんないけど、この子も勇気を出してきてくれたんだ。

 邪険にするのも悪い。私は、うんと頷いた。


「あのね、まずその目。大きくてすごく綺麗。

 肌は透き通るみたいに素敵だし、顔はすごくちっさいし、

 唇は小さくて、綺麗だし、それでいて鼻は高くて、

 全体の印象として、外人さんみたい。

 なんか、フランス人形を見てるみたいよ。

 それに、最近赤毛になったでしょ? 

 それで、余計に肌の白さが目立つの。

 ホントに素敵……」


 姫野さんは、うっとりした顔で、私を見る。

 どうやら、嘘や冗談ではないみたい。

 うーん。困った。なんて返すのがいいんだろう。


「そ、そう? 褒めてくれてありがとね。姫野さんも綺麗だよ。

 そのメガネも似合ってるし。じゃ、私行くね」


 私が立とうとすると、姫野さんが、手を握ってきた。

 私は、びっくりして手を引っ込める。


「あ、ごめんなさい。つい……」


「ううん。いいのよ。ちょっとびっくりしただけだから」


 姫野さんは、身を乗り出してくる。

 私は、驚いて腰が引けてしまって、椅子から落ちそうになった。


「もう、私たち友達だよね? ね?」


「う、うん。友達だよ」


 姫野さんは、満面の笑みでぶんぶんと首を縦に振る。

 私なんかと友達になるのを、そんなに喜んでくれるなんて。

 みんな怖がって、寄ってこないっていうのに。


「じゃ、教室でね!」


「うん。また後でね」


 私が食堂から出ると、桜が待ち伏せていた。

 きししと笑いながら、近付いてくる。


「ほほー、女にまでモテるとはね。さすが王女様。私なんかとは格が違うわ」


「からかわないでよー。あの子の名前さえ、私、知らなかったんだから」


「名前は姫野ゆり。最初からあなたに興味があったみたいね。

 4月の時点で、近付こうとしてたから」


「うん。さっき、そう言われた。なんで、それを邪魔してたの?」


「なるべく井上学園の生徒とは接触して欲しくなったのよ。

 魔法力が高い生徒と交流を深めると、封印が消えちゃう可能性もあったしね」


「そっかー。桜は桜で、苦労してたんだね」


「まあ、今はその分、楽しませてもらってますけどね。いひひひ」


「こいつめー! そうそう、話は変わるんだけどさ」


 私は、後に回って桜の胸を掴んだ。


「きゃっ! ちょっと、いきなり何するのよ?!」


「うん。あのさ、桜は胸触られるとどんな感じ? 

 今、どんな感じがした?」


「へ? あんたに触られてもこそばゆいだけよ」


「そっかー。なんか、私がおかしいのかなあ」


「どうしたのよ?」


「昨日ね、横山くんに触られたんだ。そしたら、ジーンとして、

 グワーっとなって、すごく気持ちよかったの。

 私っていやらしい子だったのかな?」


 桜は、呆れ顔をして、お手上げのポースを取る。

 ちょっと、なんなの? 人が真面目に聞いてるのに。


「そりゃね、好きな男に触られたら気持ちいいに、決まってるでしょうが。 何も心配せずに、揉みまくられなさいよ」


「また、そういう事いう。私、真面目に悩んでたんだからね」


「はいはい。あんたのノロケ話は、聞き飽きたわよ。ご馳走様。

 あーあ。私も人間界で彼氏でも作るかなあ」


「だめよ。あんたとエッチしちゃうと、その人が殺されちゃうもん」


「あははは。私は、あんたと違って、人間なんかに本気になりゃしないわよ。

 遊ぶだけよ。遊ぶだけ。最後までなんてしないわ」


「ふーんだ。いいもーん。私は横山くんが大好きなんだから」


 部屋に戻って、ジャージを脱いでブラウスを着る。

 うーん。やっぱり可愛い下着を買おう。

 横山くんにいつ見られてもいいように。

 ネクタイをして、スカートを履き、ブレザーに手を通す。

 鏡に向かってウインクする。うん。いい笑顔。

 目の下にクマはあるけど、これなら何とかなるわ。


 お気に入りの赤の魔法衣を羽織って、部屋を出ると姫野さんが待っていた。


「ど、どうしたの?」


「一緒に学校行きたくって。ダメ?」


「ダメじゃないけど。でも、いつの間に着替えてきたの? 

 御飯まだ食べてなかったのに」


「一緒に行きたくて、今朝は御飯抜いちゃったの」


「言ってくれたら、待ってたのに」


 姫野さんは、ニコッと笑う。

 笑顔が可愛いな。この子。

 姫野さんは、私の手に抱きついてきた。


「じゃ、行きましょ」


「う、うん。行きましょうか」


 姫野さんの胸が手に当たる。

 この子、意外に胸が大きいんだ。羨ましいなあ。

 私もこれぐらいの胸が欲しいわ。


 姫野さんに引きずられるようにして、通学路を歩く。

 男子寮の前に来て、横山くんを待とうと止まると、

 姫野さんは、手を引っ張る。


「ちょっと待って。横山くんを待ちたいの」


 姫野さんは、それまでの笑顔から不機嫌な顔になり、

 ぷいと横を向く。


「坂野さんに相応しくないと思うな。横山くんは」


「どうして?」


「だって、二人が並んでも収まりよくないもの。

 坂野さんに似合うのは、もっと美男子だよ」


 横山くんのことを悪く言われて、私は少し頭にきた。

 姫野さんは、横山くんの優しさなんてしらない。

 彼が私に注いでくれている愛情をしらない。

 それなのに、こんな風にいうなんて。


「横山くんのこと、よく知りもしないで、そんな風に言わないでよ」


 私が少しきつめの口調になると、姫野さんはパッと離れて、

 90度頭を下げた。


「ごめんなさい! 出過ぎた真似しちゃって」


 そう言ったあと、姫野さんはぶるぶると震えている。

 困ったな。この子。ちょっと付き合いにくいや。


「わかってくれたらいいのよ。頭をあげてちょうだい。

 ほら、近くの人が変に思うよ」


「うん!」


 姫野さんは、また私の手に抱きついてきた。

 なんだろう? この変わり身の早さは。

 それから、少しして横山くんがやってきた。

 その後には、江藤さん、岩井くん、白石くんがいる。


「さあ、シオン様。登校いたしましょうか」


「江藤さん? そのシオン様っていうのは、なんかちょっと……」


「なに言ってんの? 横山にも今日からシオン様って呼ばせるからね」


「は、はあ」


 横山くんには、紗季って呼んで欲しいんだけどなあ。

 まあ、仕方ないか。


「坂野さん。このひとたちは?」


「えっとね。なんというか」


 私が答えに窮していると、4人が口を揃える。


『シオン様の親衛隊デース!』


 うわっ。みんな見てるよー。

 恥ずかしいなあ。

 姫野さんは、なんでかすごい笑顔で、私の顔を見る。


「すごいよ! 親衛隊なんて! 私もそれに入る!」


「え? 入るって姫野さん、女の子同士だよ?」


「いいの! 私は坂野さんに変な虫が寄ってこないように頑張るわ! 

 私これでもレベル7の魔法士なの。

 坂野さんに近付くやつは裁きの雷を落としてやるわ!」


「そ、そう。ありがとう」


 みんなを引き連れ、ゾロゾロと校門前まで行くと、

 今日もマスコミの人たちがたくさん待っていた。

 私を見つけると、こぞってこちらに走り寄ってくる。

 姫野さんが、私から離れ詠唱を開始した。


 姫野さんのおさげ髪が、宙にふわりと浮き、全身から紫の光が漏れ出す。

 ちょっと。これ、高位魔法じゃないの。こんなの一般人に撃ち込む気?


「ちょっと、姫野さん、そんな強いの撃ったら、みんな死んじゃうよ!」


「大丈夫。考えがあるから」


 姫野さんの後に、すーっと、人影が現れる。

 うわっ。顔は骸骨じゃん。これって召喚魔法か。すごい。


「裁きの雷を受けよ! サンダーフレア!」


 姫野さんの全身から青白い稲妻が放たれる。

 稲妻は、校門近くの鉄柵に命中した。

 耳をつんざく轟音に、耳を押さえていると、

 走ってきたカメラマンさんが、カメラを確認している。

 レポーターさんたちも、マイクを確認しだした。


「あの人たちの、電気機器、使えなくしちゃった」


 姫野さんは、ペロリと舌をだす。

 大人しそうな外見なのに、意外とすごいことするんだ。この子。

 機器が故障し、焦っているマスコミの人たちのあいだを、

 私たちは、悠々と通り、教室に向った。


 教室前まで来て、江藤さんと白石くんは、敬礼する。

 

「では、シオン様。私たちは昼休みにまたお伺いします!」


「ちょっと、江藤さん止めてくださいよ。敬礼なんて」


「いえ。あなた様を尊敬しておりますので!」


「ごめんね。白石くん。変なことやらせちゃって」


「ぼ、僕は楽しいよ。みんなでこんなふうにできて。

 なんか、マーチングしてるみたいだし」


「そう? ならいいけど」


 江藤さんと白石くんを見送って、私は席についた。

 先に着ていた桜が、にやにやと笑う。


「なーにそれ? なんかヌイグルミを腕につけているみたいね」


「いや、なんかなつかれちゃって。姫野さん、離れてくれる? 

 もうすぐホームルームだし」


「うん! また後でね!」


 いや、後でって同じ教室で授業受けんでしょうに。

 困ったなあ。なんか、すごくなつかれちゃった。

 横山くんが、私の手をつついてくる。


「ねえ、紗季、あいや、シオン様。姫野と仲よかったの?」


「いや、仲いいというか、今朝話しかけられて、

 友達になってって言われたの。それからずっとあの調子なのよ」


「ふーん。姫野って目立たないからなあ。

 でも、召喚魔法なんて撃つからびっくりしたよ」


「そうね。なんか、レベル7の魔法士なんだって。

 顔に似合わず強いみたいね」


「くそー、俺負けてるじゃん。

 今度の昇級試験では、絶対ランクアップしてやる」


「ふふ。期待してるわよ。私のナイトさん」


「シオン様は、受けないの? いま、レベル1なんだろ?」


「うーん。どうしようかなあ。横山くんがいくなら、ついていこうかな?」


「うん。一緒に行こうよ。

 紗季、あ、いやシオン様だと測定不能ってなっちゃいそうだけどさ」


「そうだね。でも、自分の魔力がどれくらいあるのか、

 ちょっと興味あるわ」


 昼休みになった。


 桜と喫茶、ミラノに行こうとしていると、姫野さんが席にとんできた。


「私も一緒にいい?」


 桜が姫野さんをジロジロと見てから、ふふと笑って私を見る。


「どうすんの? 紗季」


「え? どうするって、一緒に行くわよ」


 教室に江藤さんと、白石くんがやってきた。

 江藤さんが、横山くんと岩井くんに声をかける。


「なに、飯食おうとしてんだよ? シオン様とご一緒するんだろうが?」


 あ、そうだった。私もそのことすっかり忘れてたわ。


「あらあら。こんなに大人数になると、ミラノには行けないわね。

 どこか違うところにいきましょう」


「桜、違うところってどこ行くのよ? そんなに遠くにいけないでしょ?」


「忍者を呼びなさいよ。忍者に車出させたらいいのよ」


「え? そか。その手があったわ」


 私はポケットから忍び笛を出し、試しに吹いてみた。


「お呼びですか?」


 窓の上から、佐藤さんが入ってきた。

 この人、ずっといたんだ。気配を全然感じなかった。

 すごい腕だ。


「あの、食事に行きたいんです。車を出してもらえますか?」


「はっ! 承知いたしました。すぐに校門前に車を用意いたします」


「ほーら。便利じゃないの。使わない手はないわ」


「うん。ちょっと、なんか悪い気もするけどね」


 用意された車2台に分乗して、私たちは学園都市の外れにあるファミリーレストランへと向った。

 ファミリーレストランは、お昼どきということで混んではいたが、

 席数が多く、さほど待つこともなく、私たちは席につくことができた。

 岩井くんが、はしゃぐ。


「俺よー、入学してはじめてだよ。女の子と昼飯食うなんてさ! 

 いやー、横山の友達でよかったよホントに」


 横山くんが、岩井くんの言葉に苦笑する。


「おおげさだっつうの。女の子と飯ぐらいいつでも食えるだろ?」


「ばっかお前、坂野さんや仙谷さんみたいに可愛い子とそんなに会えるわきゃねえだろうが! 

 お前は、自分の境遇にもっと感謝しろって」


「そっかー? うーん。まあ、そうかもな」


 横山くんが私をチラリと見てから、視線を下げる。

 あっ。なんかやらしいこと考えてる。もう、エッチなんだから。

 姫野さんが、私の体をメニューでさっと隠し、軽蔑の目で横山くんを見る。


「坂野さんをいやらしい目で見ないでもらえませんか? 汚れます」


 江藤さんが、それを聞いて吹き出した。


「なんなのこの娘? おもろいね。おりゃ、好きだよ。こういう娘」


「私は、あなたのようながさつな殿方は嫌いです。見ないでもらえますか?」


 せっかく江藤さんが助け舟を出してくれたのに、

 なんで雰囲気悪くするかなあ。

 この娘は。ちょっと、フォローしとこうっと。


「あの、みんな気にしないでね。姫野さんは、人見知りだから。

 ちょっと照れてるだけよ。ねえ? 姫野さん」


 姫野さんは、私の手に抱きついて、江藤さんにあかんベーをする。

 いけない。横山くんが怒った顔してる。


「おい、姫野よ。江藤さんは、3年生なんだよ。

 その口の利き方はなんだよ?」


「ふん。私は、レベル7の魔法士よ。井上学園では、魔法の強さがすべて。 年を取ったからって偉いわけじゃないでしょ?」


「何を、このアマ!」


「ちょっと、二人とも止めてよ。楽しく御飯食べましょ? 

 姫野さん、みんなと仲良くしてよ。

 そうしないと、今度から一緒に御飯食べれないよ?」


 姫野さんは、ひどく落ち込んだ顔をして、私を見る。

 見る見る間に、目に涙が溜まってきて、泣き出した。


「ごめんなさーい。ごめんなさーい。あーん!」


「あー、もう泣かないで! お願いだから。もう怒ってないよ。大丈夫だよ」


「ほんと?」


「うん。ほんと」


 姫野さんは、またニコリと笑って、私に抱きついてくる。

 うーん。なんか、この子は疲れるわ。


 少し待っていると、ウエイトレスさんがきた。


「えっと。俺、日替わりランチで。日替わりの人」


 江藤さんの呼びかけに、白石くん以外の全員が手を上げる。


「いち、にい、さん、えっと、日替わり5つと、白石お前何にすんだよ」


「ぼ、僕は、日替わりランチと、エビピラフ、ハンバーグディッシュ、

 スパゲティミートソースに、この特製グラタンと、肉うどんください」


 ウエイトレスさんは少し驚いた顔をして、去っていく。


「白石くん、すごく食べるのね。ほんとに、そんなに入るの?」


「うん。最近、マーチングの練習しててお腹がすくんだ。

 でも、ちょっと抑え目にしてるから大丈夫だよ」


 え? 今ので抑え目? 冗談でしょ? 

 白石くん、見たまますごく食べるんだ。

 ちょっとびっくりだわ。


 レストランに紫色の制服をきた滝学園の生徒数人が入ってきた。

 私は見つからないように、姫野さんの影に隠れる。

 どうか、見つかりませんように。


 体の大きな滝学園の生徒たちの中にあって、一際大きな狼の顔をした人がいる。

 生徒会長のガルメッツさんだ。しまったー。

 ここってば、滝学園から近いんだった。

 失敗したー。


 私は、隠れているのに桜は、平気な顔をしてひらひらと手を振ってる。

 ガルメッツさんが、巨体を揺らしながら席に近付いて来た。


「おお、コシン様ではないですか。こんなところでお会いするとは」


「ええ。今日はちょっと人数が多いから、遠くまで足を伸ばしたの。

 あなた、こんど井上学園に来てくれるんでしょ? 楽しみだわ」


「はっ! お任せ下さい。

 私とカロンで、シオン様に触れようとする人間どもは皆殺しにしてやります!」


「それは楽しみね。期待してるわ」


「では、失礼いたします!」


 ガルメッツさんたちは、奥の席へと歩いて行く。

 やばいなあ。横山くんとエッチなことしたっていったら、

 横山くんに襲いかかりそう。絶対に内緒にしないと。


 桜が横山くんを横目で見る。


「彼の強さ、感じたでしょ? 勝てそう?」


 横山くんの額に汗が浮かんでいる。横にいる姫野さんの手も汗ばんでる。

 私は全くそんな感じは受けなかったけど、普通の人には、

 すごいプレッシャーなんだ。


「わかんないよ。でも、やるしかないだろ。

 やるからには、絶対勝ってみせる」


「ふふふ。いい顔ね。まあ、紗季のために頑張んなさいよ。

 私、楽しみにしてるんだから」


 江藤さんがパンと手を叩く。


「よし、当日は俺らでチームを組んで戦おう。

 横山、お前を勝たすために、俺らも協力するからな」


「江藤さん、ありがとうございます」


「しかし、いまの人狼も出るのか……。顔見ただけで、

 背筋がゾッとしたぞ。対策ねってないとやばいな」


 ガルメッツさんに私から直接頼んでみようかな。出ないようにって。

 なんて言われるか、ちょっと想像できないけど。


 しばらく雑談をしていると、カロンさんが横を通りかかり、私と目があった。


「まあ! シオン様に、コシン様ではないですか! 

 こんなところでお会いできるなんて!」


「こ、こんにちは、カロンさん」


「相席してもよろしいですか?」


「え? 滝学園の人たちは、奥に行ったけど……」


「あんなガサツな連中といつも一緒にいては、気が変になりますから。

 よろしいですか?」


 カロンさんは、そう言ってニコリと笑う。

 黒髪のストレートヘアで、目は細長い。外見は人間と変わらない。

 頭の上で、猫のような耳がピコピコと動いている。

 カロンさんだと、みんな緊張せずにいれるかな。


「はい。じゃあ、どうぞ。白石くん、ちょっと詰めて」


「失礼します」


 カロンさんが座ると、白石くんが顔を赤らめてる。

 緊張しているみたい。


「それで、今日はなぜ人間どもとこんなところまで?」


「今日は大人数だから、ミラノは止めといたの。

 あそこあんまり広くないから」


「そうですかー。また、是非おいでくださいね。

 滝学園総出で、歓迎しますわ」


 カロンさんは、細長い目をさらに細めて、姫野さんを見る。


「そこのお前、なぜシオン様に触れている? 死にたいのか?」


 カロンさんの雰囲気が変わる。目は肉食獣のように光り、

 手には鋭い爪が伸びる。

 口からは牙が顔をだし、ぐるると喉を鳴らし、威嚇する。

 姫野さんも魔力を高めているのがわかる。

 まずいわ。止めないと。


「ち、違うのよ。私がこうするの好きなの。

 姫野さんにはこうするようにお願いしているのよ」


 カロンさんは、ふっと顔を緩め、目を細める。


「そうでしたか。それは早とちりを。では、私も今度そうさせてください」


「そ、そう? うん。お願いね」


 ウエイトレスさんが、注文の品を持ってきた。


「あ、カロンさん、注文は?」


「大丈夫です。私は、前もって注文してますので」


 私たちの前に、日替わりランチが置かれ、カロンさんの前に生肉がおかれた。

 あれを食べるのか。うーん。まあ、納得かな。


 白石くんの前に、たくさんの料理が並べられるのをみて、

 カロンさんは目を見開く。


「おい、お前。これを全部食べるのか?」


「え? う、うん」


「ほう。人間なのに感心だな。滝学園でもそんなに食う奴はいないぞ。

 さぞかし、名のある魔法士なのだろうな」


「そ、そんなことないけど」


「よし、ガルメッツを呼んでやろう。あいつもよく食べるからな」


 カロンさんは、奥の席の方を見ながら、口笛を吹いた。

 ガルメッツさんが、のしのしと歩いてくる。ああ、もう呼ばなくていいのに。


「なんだ? おお! シオン様ではないですか!」


「こ、こんにちは……」


「カロン、お前、シオン様と相席してるのか? 俺もここで食うぜ!」


 ガルメッツさんは、隣のテーブルのソファとテーブルを持ち上げ通路に置くと、そこに座った。

 みんなの顔が引きつってる。まいったなあ。


「あの、ガルメッツさん。みんなが怖がってるから……」


「ん? そんなことありませんよ。なあ、おい?」


 ガルメッツさんは、みんなの顔を睨みつける。

 ひー。止めてよ。そういうの。


「まさか、この中でシオン様の花婿候補に名乗りを上げる奴はいないだろうな? 

 もし、いたら考え直せよ。俺の爪に引き裂かれる前にな」


 ガルメッツさんが、大きな口を開け、牙を見せる。

 江藤さんも、横山くん、岩井くんも顔が引きつってる。

 姫野さんは、少し震えてる。

 あれ? 白石くんは平気な顔して食べてる。

 すごいな。怖くないんだ。


「ほう。人間のくせに、肝が太いやつがいるな。お前、名はなんという?」


 口にミートソースをつけたまま、白石くんがキョトンとした顔をする。


「そう、お前だ。お前に聞いている」


「白石だよ。よろしく」


 ガルメッツさんは、手をあげてウエイトレスさんを呼ぶ。


「コイツと同じものを頼む」


 カロンさんが、生肉を頬張りながら、呆れ顔をする。


「まーた始まった。いい加減にしなさいよ」


「お前は黙ってろ。シオン様の前で、人間ごときに遅れをとれるか」


 白石くんの顔付きが鋭いものに変わった。

 挑発するような目で、ガルメッツさんを見る。

 どうしたの? いつもの静かな白石くんじゃないみたい。

 白石くんは手を上げて、ウエイトレスさんを呼ぶ。


「すいません。追加で、ミックスサンドと、鮭定食、

 それからカツ丼もお願いします」


 ガルメッツさんの目が引き攣る。


「俺にも、同じものを!」


 白石くんは、食べる手を止めて、ガルメッツさんを見据えている。

 しばらくして、ガルメッツさんの前に料理が並ぶと、

 二人は一緒に食べだした。

 二人の食べっぷりを見ていると、それだけでお腹がいっぱいになってくる。


 エビピラフと肉うどんをたいらげたガルメッツさんが、

 またウエイトレスさんを呼ぶ。


「追加だ! トンカツ定食と、ピザを!」


 それをみて、白石くんも叫ぶ。


「僕も同じものを! それから、ハヤシライスも!」


「ぐはは。愚かな人間よ。注文しても、それを食べきらなければ、

 俺に勝ったことにはならんぞ!」


「僕は、力で負けても、大食いで負けたことはない! 

 お前なんかに絶対負けない!」


 私たちが食べ終わっても、ガルメッツさんと白石くんは追加注文を止めず、食べ続ける。

 ガルメッツさんは、苦しそうな顔を見せ、白石くんも汗だくだ。

 どっちも限界が近いみたい。


「人間よ。無理しなくていいんだぞ? もう限界だろうが?」


「うるさいよ。お前こそ、限界のくせに」


 終わりは、突然訪れた。

 ガルメッツさんが、口を押さえてトイレに走る。

 白石くんは、苦しそうな顔をしながらも、親指を立てる。


「やったじゃねえか! お前、男だぜ!」


 江藤さんが、ガッツポーズを取る。

 男の子って、変なことにこだわるんだ。

 ご飯を多く食べたところで、何がすぐれているわけでもないのに。


「白石くん、大丈夫? お腹パンパンに膨れてるじゃないの」


「うん。ちょっと苦しいけど、大丈夫だよ。うっぷ」


「ふっ。人間のくせに、なかなかやるな。ガルメッツに勝つとは。

 これは、今度のシオン様争奪戦が楽しみになってきたぞ」


 カロンさんは、目を細め、ぐるると喉を鳴らす。

 まるで、獲物を狙う肉食獣みたい。

 ちょっと、怖いわ。


 ガルメッツさんが、トイレから戻ってきて、豪快に笑う。


「ぐはははは。なかなかやるじゃないか! 

 しかし、今度は俺が勝つからな。覚えておけよ」


 ガルメッツさんは、笑いながら奥の席へと戻っていった。

 姫野さんが、苦々しい顔をする。


「馬鹿みたい。意地張って。くだらないわ」


 横山くんが、鋭い目で姫野さんを見る。


「男にはな、意地を張らないといけないときがあるんだよ。

 白石は、俺らのために頑張ったんだ。今の言葉を取り消せ」


「いやよ」


 横山くんと姫野さんが睨み合う。

 もう、仲良くして欲しいのにー。

 桜が、少し呆れながら手を叩く。


「はいはい。くだらない諍いは止めなさい。そろそろ帰らないと、

 午後の授業に遅れちゃうわ」


 私たちは、会計を済ませ車に乗り込んだ。

 車が走り出してすぐに、岩井くんが、私に話しかけてきた。


「シオン様。衣装合わせは、放課後にいいかな? 

 急がせて悪いんだけど、あんま時間なくって」


 衣装合わせ? 何のことだろう?

 うーん。そういえば、昨日なんか言われてたな。


「うん。いいよ。じゃあ、放課後ね」


「でも、よかったよー。これで、文化祭は成功間違いなしだ」


「そ、そうね」


 文化祭? 私が文化祭で何かするんだっけ?


「そういえばさ、仙谷さんは?」


 桜が、キョトンとした顔をする。


「私は何も聞いてないわよ。何かするの?」


「うん。文化祭のポスターにさ、シオン様にでてもらうんだけど、

 よかったら仙谷さんも出てくれない? 魔神二人が載ってたら、

 人がものすごく集まるよ。

 来場者と一緒に記念写真なんかもいいと思うんだよねー」


「ふーん。紗季、あなたよく承諾したわね。珍しいわ。

 私も構わないわよ。綺麗に撮ってね」


「やった! 井上学園ってやっぱ特殊だからさ、

 学外からあんまりお客がきてくれなくて、困ってたんだよ。

 ほんと助かるよ。二人共ありがとうね」


 え? 私がポスターに出るの? 来場者と記念写真? ちょっとー。

 聞いてないわよー。そんなのやだー。

 でも、岩井くんすごく嬉しそう。今更、嫌なんて言えないわ。

 横山くんもなんか嬉しそうだし。やるしかないか。


 横に座っていた横山くんが、私の手を握ってくる。

 私は、にこっと笑ってギュッと握り返す。


「さ、シオン様は、綺麗だから絶対いいよ」


「あん、今は身内しかいないから、紗季でいいよ」


「え? でも、運転手さんが……」


 佐藤さんが、バックミラーで見ながら、微笑む。


「大丈夫ですよ。忍びは口が固いですから。安心してください。

 それに我々は感謝してるんです。おかげさまで、

 統一政府から我々の組織も認められましたので」


「そうなの? 紗季」


「そこらへんのことは、桜に任せてるから」


 桜がふふっと笑う。


「魔神の私たちの要求は大概が通るわよ。

 私だけだと、そこまでの力はないけど、

 なんと言っても世界を破滅させれる紗季がいるとね」


「またー。そういう言い方しないでよ。怖がられたくないんだからさー」


「僕の彼女は、やっぱすごいんだな。僕も鼻が高いよ」


褒められて嬉しいような、困るような複雑な気持ちで、私は学校へ戻った。

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