第15話 男子寮の人たち
第15話 男子寮の人たち
道行く人たちの中に、私の角と赤い髪をチラリと見ていく人がいるぐらいで、
思ったより、注目はされないみたい。
私が、気にしすぎてたのかな?
それとも、この赤い魔法衣が保護色になって、髪の色が目立たないんだろうか?
寮の敷地内に入り、男子寮の方へと歩く。
男子寮に行くのは、2回目だ。
ちょっと、ドキドキする。
横山くんが、先に歩いて、管理人室についている窓を横目で確認してくれて、
私を手招きする。
私は、急ぎ足で管理人室の前を通り過ぎた。
「スリルあるね。見つかったらどうしようかと思っちゃった」
「この前も大丈夫だったろ? 寮管は、いつもテレビに夢中だもん。
ちっとは、仕事しろって感じだよ」
「あはは。そうだね。女子寮の方も、そんな感じ」
階段を上り、3階の奥にある横山くんの部屋へと歩いていると、
ドアが開けっ放しにされていた部屋から男の子が顔を出す。
「横山~。この前借りた漫画の続きさー」
男の子が、私を見て固まる。
あちゃー、見つかっちゃった。怖がらせちゃうなー。
男の子は、恐怖におののくかと思いきや、
立ち上がって私の手を握ってきた。
「うお! また来てくれたんだ! 俺、南って言うんだ! よろしく!」
「え? う、うん。よろしく……」
「ね? 後で部屋に行ってもいい? トランプしようよ!」
横山くんが、南くんの手を離させ、ちょっと不機嫌そうな顔をする。
「お前は、人の彼女に気安く触れんなよ。坂野、行こ」
横山くんに連れられて、部屋に入った。
最低限の家電しかない殺風景な部屋だけど、
横山くんの匂いがする。ああ、なんだか心が安らぐ。
横山くんに抱きしめられているみたいな気がしてくる。
私がくんくんと匂いを嗅いでいると、横山くんがどうしたの?
と聞いてくる。
私は、なんでもないといって、取り敢えずベッドに腰掛けた。
「紗季は何飲む? 俺、なんか買ってくるよ」
「気を使わないでいいよ。私は、二人でいられるだけでいいの。
ね? こっからもタワー見れるでしょ?
私、タワーを見てぼーっとするの好きなんだ」
カーテンを開けて、外を見ようとしたら、窓の外にいくつも顔が並んでいた。
私は、驚いて尻餅をついてしまった。
横山くんが、窓をガラリを開ける。
「お前ら! 何、人の部屋覗いてんだよ!」
覗き込んでいた一人が口を開く。
「だってよー。俺らも女の子と話したいもんよー。独り占めはずるいぜー」
「紗季は俺の彼女だよ! 文句言われる筋合いはねえ!」
「おっ。紗季だってよ」
「なんだよ。親密度アップじゃんか」
「二人はどこまで言ってんだよ?」
「くそー、上手いことやりやがって」
「ひゅーひゅー熱いねー」
冷やかされて、横山くんの顔が真っ赤になる。
「う、うるさいよ! 黙んねえと、寮管に見つかるだろ!」
男の子たちは、静まり返りベランダから、隣の部屋に入っていく。
それから、ドアの方からまた顔をだした。
「横山、意地悪しないで、俺たちも話させてよ。お願いだからさ」
私は、横山くんの袖を引いた。
横山くんが、困った顔をして私を見る。
「横山くん、いいじゃない。みんなでお話しましょ? ね?」
私の言葉に、男の子たちは、喜んで飛び跳ねる。
ちょっと、そんなに興奮しないで。困ちゃったなあ。
「坂野さんでいいんだよね?
「なんで横山と付き合うの?」
「好きな食べ物はなに?」
「色は何がすき?」
「秋のドラマ何がよかった?」
矢継ぎ早に質問されて、私はその迫力に圧倒されてしまう。
あーあ。今日は、横山くんとふたりっきりというのは、無理みたい。
仕方ない。ここは、騒ぎを収めるのを優先しないと。
「あのね、みんな落ち着いて。二人だけ残って、
あとは交代でってことでいい?
そうした方が私もみんなとゆっくり話せるし」
男の子たちは、互いに顔を見合わせて、二人だけ残してゾロゾロと出て行く。
ふー。よかった。なんとか、場が収まったと思ってたら、
横山くんまで引きずられていってる。
ちょっと、どうして?
「お、おい! ここは、俺の部屋だぞ!」
「なにいってんだ。寮に女の子連れ込むのは禁止だぞ」
「そうそう。お前だけ良い目みせてたまるかって」
横山くんが部屋から連れ出され、私だけが一人部屋に残されてしまった。
あらー、どうしよう。困ったなあ。
私は、ベッドに腰掛けたまま、体を揺すってみる。
ベッドは、ぎしぎしと音を立てて、揺らぐ。
このベッドで、横山くんが寝てるんだ。うふふ。
枕をそっとなで、プレゼントしてもらった魔法衣を撫でる。
人からプレゼントしてもらったのなんて、はじめてだ。
毛先の長い生地で、触り心地もいい。
うふふ。明日からいつも身につけていようっと。
不意にドアが開かれ、二人の男の子が入ってきた。
一人は、痩せていて身長175CMの60KG。格闘技をやっている風じゃない。
近接戦なら、安全だ。首が細いから、頚椎を折るのがいいだろう。
私は、少し腰を浮かす。
もう一人は、でっぷりと肥えている。165CMの90KGといったところか。
脂肪の厚さから、胴体への打撃は使えない。
いけない。つい癖で、こんな時も相手の戦力や、逃亡ルートなんかを確認している。
魔神として覚醒した私を傷つけれる人間なんか、いやしないというのに。
私が苦笑していると、痩せた男の子がニコリと笑う。
私も笑顔を返す。
太った男の子が、私にジュースを差し出してくれた。
「こ、これ、よかったら……」
差し出してくれた手が震えている。声も震えている。
この子は、勇気を振り絞ってきてくれているんだ。
自分を変えたいと思って、きてくれているんだ。
きっと、学校では女の子と話せる機会など無いのだろう。
私なんかで良ければ、いくらでも話し相手になろう。
変わるきっかけに少しでもなろう。
「ありがとう。私は、坂野紗季。
真名は、イザベロス=シオンって言うみたい。お名前は?」
「お、俺、白石省吾! こっちは、三木谷」
細い方の男の子が、座りお菓子の袋をあける。
「いやー、ラッキーだよ。坂野さんと話せるなんてさ。
しかし、横山は上手くやりやがったよな。
坂野さんの彼氏になるなんてさー」
三木谷くんの方は、女の子に免疫がないってわけじゃないみたい。
よかった。白石くんみたいに緊張されてたら、私まで緊張しちゃうから。
「お話っていっても、私、何話していいかわからないよ。
見ての通り、ちょっとまともじゃないから」
「えー? そんなことないよー。こんな可愛いなら、魔族だろうが、
なんだろうが、オールOKだよ。なあ、白石」
白石くんが、顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと首を縦に振る。
「ほんと? こんな風に角があったりしても平気? 髪だって赤いし」
「いやー、似合ってるよ。目も赤いんだね。すごく綺麗だよ。
魔性の女って感じ」
「魔性の女ってなんだかなー。私は、ずっと普通でいたかったんだけどね」
白石くんは、滝のような汗をかいている。大丈夫だろうか?
「白石くん、どこか具合でも悪いの? すごい汗よ」
私がハンカチを出して、顔を拭くと白石くんは、少しビクリとして、
後に下がった。
「あ、ありがと……。き、緊張してるだけだから」
「そんなに緊張しないで。私まで緊張しちゃう。
せっかく知り合えたんだから、楽しくおしゃべりしましょ?」
「う、うん。ありがとう。あの、ハンカチ。洗って返すから」
白石くんは、そう言って、手を差し出す。
いいのに。そんなことしなくても。
「え? これ? いいよ。そんなの」
「い、いや、俺の汗がついちゃったから。ちゃんと洗うよ」
白石くんは、じっと私を見てくる。
私は、根負けしてハンカチを白石くんに渡した。
三木谷くんが、ポテトチップを頬張りながら、首を傾げる。
「でもさ、坂野さんって魔神だろ? どうして人間界に来たの?」
「うん。私ね、お母さんに人間界を見てきなさいってことで、
こっちに赤ん坊の時に里子に出されたみたいなんだ。
それなのに、忍びの残党にさらわれて、ついこの間まで、
暗殺者として生きてたの。魔神なのに笑えるでしょ?」
二人の顔から、笑顔が消え、真剣な顔になる。
三木谷くんが、ストレートな質問をぶつけてくる。
「もしかして、最近魔法院の人が殺されていたのは、坂野さんの仕業?」
真実を告げたら、彼らはどうするだろうか?
私を殺すなんてことはできないだろうけど、避けるだろうな。きっと。
でも、もう嘘はつかないって決めたんだ。
横山くんの彼女でいるのに、嘘はつきたくないんだ。
「そう。私がやったの。わかったでしょ?
私はみんなにチヤホヤされていい女じゃないの。
人間だったときは、人殺しで、今は、魔神。
しかも、破壊神だって。ほんとロクなもんじゃないわ」
白石くんがぐっと身を乗り出してくる。
真剣な目で、私の目をじっと見る。
「でも、でもそれって、やりたくてやってたわけじゃないだろう?
坂野さんは、優しい女の子だよ!」
「そんなことないよ……。今までだって、嘘ついて井上学園にいたんだよ。 嘘つきの人殺しだよ」
私が、下を向くと手の上に、白石くんが手を重ねてきた。
少し驚いて、私は顔をあげる。
「違う! それは絶対違うよ!
坂野さんは、魔神なのに魔力を抑えようとしてくれてる。
俺ら人間のことを考えてくれてる!
それに、それに、俺みたいな奴と話してくれてる!」
ありがとう。白石くん。私なんかを慰めようとしてくれて。
私は、白石くんに笑いかける。白石くんもちょっと、
驚いた顔をしてから笑顔になってくれた。
「ありがとう。白石くん。そう言ってもらえるとすごく嬉しいよ」
三木谷くんが、パンパンと手を叩く。
「はい。暗い話は御終いー。俺ら、井上学園の生徒なんだぜ?
そんなこと気にしてないって。
魔神には何されようが、恨みっこ無しって教育受けてきてんだからさ。
坂野さんがその気になったら、世界は滅亡しちゃうんだから、
今の状態でも十分感謝してるって」
「ありがとう。二人共優しいね」
私は嬉しくて、涙を流してしまう。
白石くんがオロオロとして、ハンカチで涙を拭いてくれる。
「ばっか白石! それお前の汗拭いたやつだろうが!」
「ああああ、ご、ごめん!」
「ううん。ありがとうね。白石くん、三木谷くん。
私なんだか、元気でたよ」
「いやいや、俺らも坂野さんと話できてラッキーだって。なあ、白石」
白石くんが、こくこくと頷く。よかった。二人と話せて。
私の心がなんだか、軽くなった気がする。
「じゃあ、お友達になってくれる? 私って、友達少ないんだ」
「う、うん! なる!」
鼻息荒く、身を乗り出してきた白石くんを三木谷くんが、手で制する。
「こらこら。お前は興奮しすぎだって。しかし、俺らすげーよなあ。
魔神と友達になった魔法士なんて、どこ探してもいねえよ」
「うん。うん。いない!」
「そっかー。じゃあ、安売りしないで、条件つけようかな?」
三木谷くんと白石くんが首を傾げる。
私は、できるだけ声のトーンを落とす。
「では、魂を差し出せ」
二人の目が点になる。私が数秒待ってケタケタと笑うと、
冗談とわかったみたいで、二人共声をあげて笑いだす。
「坂野さん、こえーって。まじで魂抜かれると思ったよ」
「う、うん。でも、僕はそれでもいい……」
「え? 白石くん何言ってんの? 私、魅了の術使ってた?」
白石くんは、顔を真っ赤にして下を向く。
「おいおいー。白石よー。坂野さんは、横山の彼女なんだから、
本気で惚れんじゃねーって。こいつはほんと女に免疫ないからなー。
ごめんね、坂野さん」
「ううん。私だって、ついこの間まで、男の子とちゃんと話したことなんてなかったんだ。
白石くんもそのうちいい娘が現れるよ。
女の子に慣れるためだったら、私でよければ、いつでもお話するよ」
「う、うん! ありがとう! 僕、女の子の友達できたの初めてだ!」
白石くんは、目を真っ赤にしている。
そんなに喜んでくれるなんて。
「よかったな。白石! ちきしょう。何だか俺も泣けてきたぞ」
「あ、あのさ、坂野さん、晩御飯一緒に食べない?」
「え? いいけど、寮管さんに怒られないかな?」
三木谷くんが、ピンと指を立てる。
「その点に関しては、大丈夫。坂野さん、こいつね移動系はすごいんだよ。 他はからきしだけどね」
「そか。じゃあ、行こっか!」
「お! ノリいいねー。
じゃあ、他の奴らに見つかるとうるさいから早速行こう!」
「白石くん、お願いできる?」
「うん!」
白石くんが、詠唱をはじめる。光の輪が頭の上に現れて、
すーっと下がってくる。
私は目を閉じる。目を開けると、そこは焼肉屋さんの前だった。
「焼肉屋さん? 高くない?」
「大丈夫だよ。この前、スクラッチで20万当てたから」
そう言って、三木谷くんがにやっと笑う。
「あー、いけないんだ。そんなことに魔法使っちゃ」
「いいじゃん。そのおかげで、坂野さんと夕食一緒にできるんだから」
白石くんもうんうんと同意する。
そうね。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし。
「ね、桜も呼んでいい?」
「おほっ。仙谷さん呼んでくれんの? そりぇ、最高だよ!
なあ、白石?」
三木谷くんのテンションが高くなる。やっぱり胸が大きい娘の方が、
男の子は好きなんだなあ。
「僕は、坂野さんが居てくれたらそれでいい」
私は、携帯を取り出し、桜にかける。
「あ、桜? 今ね、焼肉屋さんの前にいるんだけど、よかったらこない? 男の子二人と一緒。ううん。横山くんはいないよ」
空中にすっと光の輪が現れて、桜が降りてきた。
うわっ。これだと、パンツ丸見えなんだ。
さっき、私が出た時もパンツ見えてたのかな。恥ずかしい。
「あんたが、横山くんなしなんて、珍しいじゃないの。
いったいどういう風の吹き回し?」
「三木谷くんと、白石くんよ。お友達になった記念に食事したいの」
「ふふふ。あんたも王女の自覚がでてきたみたいね。
男をまどわすのが、魔族の女の基本よ」
「ちょっと! 変なこと言わないで! 私は、友達になっただけよ」
「はいはい。わかったわかった。相変わらず固いんだから。
さっ、お店に入りましょう。私、お腹すいちゃったわ」
お店に入ると、何人かの人が、目を剥いて驚く。
まあ、仕方がないよね。赤い髪して角生やしてるんだから。
テーブルに着き、お店の人が、お水とメニューをおいていく。
皆で何を注文するか、話していると、男の人が走ってきて、跪いた。
え? どういうこと?
「おおっ! こんなところでお目にかかれるとは光栄です!」
その人は、私の手を取って、手の甲にキスをする。
やだ。この人、ロギアンの人だ。もう! 目立ちたくないのに~。
「あの、今日はプライベートで来てますので……」
「申し訳ありません。シオン様! 後日、あらためてご挨拶に伺います! それでは!」
男性は、にこやかに去っていき、席についてからも、
私の方をチラチラとみる。
同じテーブルについている人たちにも、私のことを話してる。
テーブルの人たちが、目をキラキラさせて、私を見る。
まいったなあ。もう。
「おほっ。さすが、坂野さんは、大人気だね。すげえや」
「気楽に言わないでよー。困ってるんだから」
白石くんが、真面目な顔をする。
「さ、坂野さんが困ってるんだったら、あいつら跳ばすよ」
私は、びっくりして手を振る。
こんなことで、跳ばしてたら、街に誰もいなくなっちゃうわ。
「いいの! いいのよ。白石くん。
ただ、ちょっと煩わしいって思っただけだから」
「紗季、あんたいい加減なれなさいよ。
あんたはね、魔族たちのカリスマなの。
王族なんだから、デーンと構えてなさいよ」
「だってー。そんなこと言っても、急になれるのなんて、無理だよ。
この前まで人間だったんだし」
「そうね。この前までAカップだったし」
〝ぶっ!〝
三木谷くんが、水を吹き出し、白石くんの目が点になる。
桜~! なんてこというのよ! こいつめー!
「ちょっと! 男の子の前で、なんてこというのよ!」
「えー? だって、ほんとのことでしょ? あ、今はBカップか。
まあ、私のFカップには遠く及ばないわね」
桜は、そう言って胸を揺らす。
くー! こいつめー! 消滅させるわよ!
「う、うっさいわね! ほっときなさいよ!」
「ぼ、僕は、胸の大きさなんて気にしないよ。坂野さんは、優しいもの」
白石くん。フォローしてくれてありがとう。
持つべきものは、友達ね。
「白石くんは、わかってるね! そうよ。胸の大きさなんかで、
女の価値は決まらないんだから!」
桜がふふんと鼻で笑う。
くそー、勝ち誇った顔しちゃって。
「まっ、胸が小さくてもいいって言う希少な男もいるにはいるわね」
「いいもん! 白石くんは私でいいって言ってくれるもん!」
私は、白石くんの腕に抱きついて、桜にべーっと舌を出す。
ん? なんか液体が顔についた。
見上げると、白石くんが滝のように汗を掻いている。
ど、どうしたの?
「ちょっと、白石くん大丈夫?」
白石くんは、ふーふーと息を吐いてから、水を一気に飲み干す。
「ぼ、僕、女の子に今みたいにしてもらったの初めてなんだ。
びっくりした」
「ごめんね。変なことしちゃって」
「い、いや。できればまたして欲しい」
桜がぷっと吹き出す。
もう! 純情な男の子を笑うんじゃないの!
「紗季、あんたもやるじゃん。男をたぶらかすなんてさ」
「人聞きの悪いこといわないでよ。白石くんとは友達なんだからー」
「ふーん。まっ、いいけどさー」
三木谷くんが、色々と注文してくれて、お肉が到着した。
さあ! 食べるぞー!
カルビをじゅうじゅう焼いていると、桜が焼き終える前にさっと取る。
ちょっとお。それ、私が育ててたのに。
「桜、まだそれ生じゃないの。取るの早すぎだよ」
「いいのー。私は生が好きなんだから。
文句言ってないで、あんたも食べなさいよ」
私が網に目を落とすと、育てていた肉が消えている。
いつの間にか、三木谷くんと白石くんの取り皿に肉が入っていた。
「ちょっと! 二人共生焼けでしょ?」
「だ、大丈夫だよ。牛だから」
「そそ。坂野さんも食べないと無くなっちゃうよ?」
「う、うん」
私は、トングで肉を網に載せる。
今度こそ、死守しないと。
私は、網を四分割して考え自分の陣地へ肉を多く配置した。
これなら、取られる心配はない。
後は、肉の焼けるまで待つだけだわ。
肉を私はひっくり返す。うーん。いい感じ。
美味しそう。
その時、私の陣地で焼いていた肉の一枚が消えた。
なに? どういうこと?
はっとして、桜を見ると、いつの間にか肉を頬張っている。
そうか。そういうからくりだったのか。
桜は、肉を魔法で移動させている。
しゃらくさい。破壊神の私とはろうっていうのね。
「桜、その挑戦受けて立つわ」
桜はもごもごと肉を頬張りながら、にやりと笑う。
「あーら。壊すしか能のないあなたに、私の技が防げるかしら?」
網に目を戻すと、また一枚肉が消えている。
白石くんが、いつの間にか肉をつけだれにつけている。
白石くん! 友達だと思ってたのに!
「白石くん。私たちは友達よね?
だったら、お肉を少し私に渡そうって気にはならないの?」
「それと、これとは別の話だから」
きー。これだから男の子は!
友情より、食い気を優先するっていうのね?
見てらっしゃい。他の肉は渡さないから。
私は、少し早いタイミングで、肉を箸でつまむ。
やったわ! お肉ゲットよ!
肉汁が口の中に広がり、濃厚なつけだれと合わさり、
絶妙のハーモニーを奏でる。
私の頭で、ベートーベンの交響曲第9楽章が流れる。
ああ、幸せー。
そして、ほかほかご飯を口に入れる。
もう、最高!
続けて、2枚をゲットし、ご飯を食べ終えた。
桜が呆れた顔をする。
「あんた、肉2~3枚しか食べてないじゃん。
それなのに、御飯をもう食べちゃったの?」
「うん。おかしい?」
「おかしかないけどさー。坂野さんは、御飯すきなんだねー」
「うん。御飯美味しいもの。ごちそうさまー」
白石くんが、目を見開いてから、目をパチクリさせる。
「う、嘘? もうお腹いっぱいなの?」
「腹七分ってとこかな。いつ襲われるかわかんないから、
動けるようにしとかないといけないの」
「あははは。あんたまだ、人間だった時の癖が抜けないのね。
あんたは魔神よ。
この世界で、あんたに傷を負わせれる人間なんていやしないわよ」
「あ、そっか」
そうだったわ。私は魔神だった。
なら、もうお腹いっぱい食べてもいいんだ!
わーい。わーい。嬉しいわ。あー、なんか喉渇いちゃった。
三木谷くんが頼んでくれた。ジュースを飲む。
甘くって美味しい。あれ? なんか頭がぽわーんとしてくるぞ。
私は、メニューをパラパラとめくり、店員さんを呼んだ。
「えっと、ヒレ肉を3人前、タン塩2人前、ハラミを2人前。
それから豆腐チゲと石焼ビビンバ、テールスープをください。
あと、烏龍茶も」
何だか、体がふわふわして、いい気分。
焼肉って人を幸せにするのよねー。
「ちょっと、あんた今の一人で食べる気? 豚になるわよ」
「ヒック。あら、私ったら、ごめんなさい。でもね、いいのー。
体脂肪率を増やすんだもーん。腹筋だって隠すんだから。
割れてるのなんて、おかしいでしょ?」
あはは。何だか、愉快だわ。
それに暑い。何なのこの暑さは。
私は、魔法衣を脱ぎ、ブラウスのボタンを開ける。
なんでか、白石くんと三木谷くんが凝視してる。どうしたのかな?
ブラウスを脱いで、二人に割れた腹筋を見せる。
すごいでしょー。こんなに割れている人なんて、なかなかいないぞー。
あははは。気持ちいいー。
「あらー。この子、完全に酔っ払ってるわ」
んー? 酔ってるって誰がよ?
何言ってんの? 酔ってんのあんたじゃないの?
「ひょってなんかにゃいもーん」
あれれ? ロレツが回らないぞ。おろろ。
なんで私、机に顔くっつけてんだろ。
あー。もう、なんか眠たいわ……。




