第12話 模擬戦
第12話 模擬戦
模擬戦の前日となった。
クラスの男子たちは、勝てば私の彼氏になれるとか言って、妙に張り切っている。
私は、このところ、横山くんと口をきいてない。
横山くんは、私を避けて目も合わせてくれない。
私のことなんて、好きでもなんでもなかったんだ。
胸にぽっかり穴が空いたみたいで、虚しく気持ちが重い。
男子達が、騒いでても私には関係ないことみたいで、反論する気にもならない。
昼休み、教室に三年の神山さんが入ってきた。
神山さんは、レベル8の実力者で、私が知っている限りでは、模擬戦に出たことはなかった。
神山さんは、真っ直ぐに私の方へとやってくる。
「やあ、坂野さん。こんにちは」
「こんにちは」
神山さんは、なんで私の名前を知ってるのだろうと、
私が訝しく思っていると、神山さんはその訳を話しだした。
「なるほど。すごい魔力だね。それに話に聞いたとおり、美人だな。
僕もあすの模擬戦でることになってね。
優勝者の副賞っていう、君に一目会いに来たんだ。
優勝したら、付き合ってくれるんだろ?」
私は、横目で横山くんを見た。
私と神山さんのやり取りを特に気にする風でもなく、岩井くんと談笑している。
やっぱり私のことなんて、どうでもいいんだ。
「はい。そうなってるみたいですね」
神山さんは、満足した顔をして背中を向けた。
「本人から、確証をもらったなら、やりがいがあるよ。
明日は、全力を尽くす。
もし、このクラスで出場を予定している人がいたら、覚悟してほしい。では」
神山さんは、教室を出る間際に、魔力を高めた。
ビリビリと空気が震え、天井の蛍光灯が揺れる。
すごいエネルギーだ。私が暴走したときと、同じかそれより上。
私が今だに持て余しているエネルギーを、神山さんは使いこなしている。
この人、強い。
神山さんは、魔力を抑えると、手をひらひらと振って、教室から出て行った。
桜が、私の耳に口を寄せてくる。
「モテモテじゃないの。神山さん、かっこよかったね。
あの人なら優勝して欲しいって感じ」
「そう? 欲しければあげるわよ?」
「横山くんのこと、まだ引きずってんの?
あんな男、早く忘れちゃないよ。悪いこと言わないからさ」
「も、もう、何とも思ってないもん。
わたし、ほかにもボーイフレンドぐらいいるんだよ?」
桜は、え?っといって、興味津々という顔で、私の手を握ってくる。
「ほんと? 誰? かっこいい人?」
「ただの、友達だよ? 漣高校の子」
「ふーん。エスパーか。レベル何? 強いの?」
「レベル8だって。高校卒業したら、ネオ教会の支部長になるんだってさ。 なんか、すごいみたい」
「レベル8? いいじゃないのー。その子か、神山さんにしときなよ!
レベル8なんて、なかなかいないんだからさ! ね、そうしなよ」
「う、うん」
桜にそう返事したけど、私はどちらとも付き合う気になれない。
ちょっと前は、よかった。
愛する人を見つけ、自分の生きている意味がわかった気がしたのに。
それは、私の気のせいだったみたい。
私の人生に、いいことなんてないんだ。きっと。
そのあとも、桜は何事か言っていたけど、私の頭には入ってこなかった。
次の日。
この日の校内模擬戦は、いつになく規模が大きかった。
半年に一度行われる模擬戦は、だいたい男子生徒の50人前後が参加する。
参加するのは、新しい魔法を覚えたとか、魔法院に入れるかわからないからアピールしたいとか、赤点を取ったからといった理由が多い。
本当に強い人は出てこない。
でも、この日は男子生徒の8割が参加するという。
しかも、学生服から魔法衣に着替えている人たちは、
みんな私をチラチラと見てくる。
ホントに、私が優勝の副賞になるとでも思ってるんだろうか。
頭にくるから、優勝者をその場で、叩きのめしてやろう。
校庭に出ると、いよいよ模擬戦が始まった。
この日は、400人ものエントリーがあったため、4つのブロックに分かれ、
はじめは各ブロック上位2名通過のバトルロイヤル形式、
その後、残った8人でトーナメント戦が行われることになった。
「では、Aブロックの試合を開始する。はじめ!」
校長先生の号令と共に、100人の生徒が校庭をところ狭しと走り回り、戦いを開始する。
あちらこちらで、閃光や炎が見える。
観客席から見ていると、なんだか花火をしているみたいにも見える。
私の頭の中をワーグナーのワルキューレ騎行が流れる。
しばらく見ていると、あっというまに4人となり、それぞれが散って、
牽制しあっている。
中には、防御用の即席魔法陣を完成させた人もいる。
すぐには決着がつきそうもない。
退屈そうにあくびをしていた桜が、私に笑いかける。
「あらあら、膠着状態になっちゃったわね。
手でも振ってあげたら、状況が動くんじゃないの?」
「もう! 人ごとだと思って」
「ほら、やってみなさいって」
桜が私の手を取って、無理に手を振る。
動きがなかった4人が一斉に、中心に向かって走り出した。
嘘? なんで、そんな行動にでるの?
二人が弾き飛ばされたことで、Aブロックの戦いは終結した。
「なんで、わざわざ魔法陣を出たのかしら?
あのままいれば、勝てないまでも負けなかったのに」
桜が、にやにやをして、私を肘でつつく。
「そりゃ、あなたにいいとこ見せたいからでしょ?
いいわねー。モテモテで」
「そ、そんなわけないでしょ? 変なこと言わないでよ」
でも、この変な感じはなんだろう?
男子たちは皆、私をチラチラと盗み見ている。
そりゃ、ちょっとは顔に自信はあったけど、入学して1年半以上経つけど、こんなこと一度もなかった。
それが、魔法が使えるようになって、急にモテだした。
何か変だ。魔力が異性を引き寄せているんだろうか?
Bブロックには、神山さんがいた。
神山さんの力は圧倒的で、次々と周りの生徒を倒していく。
強い。高位魔法を使いこなしている。
逃げ回る生徒たちを追い散らし、神山さんはあっというまに、
数十人を倒し、上手く逃げ回った生徒と共にBブロック代表となった。
試合を終えた神山さんは、私の方をみて、手を挙げてくる。
桜が、拍手しながら満面の笑みを浮かべる。
「いまのところ、あなたの彼氏の大本命ね」
「気楽に言わないで! 私は、優勝賞品になるなんて、
一言もいったことありませんから!」
「あーら。今更、ごちゃごちゃ言ってももう遅いわよ。
ほら、Cブロックは横山くんが出てんじゃない。応援したげないの?」
「横山くんのことなんて、もう何とも思ってないもん」
表面上は強がっても、横山くんが、試合会場に入っていくその姿を見るだけで、私の胸はせつなくなる。
私は、首を振りなんとか彼を見ないように、他の生徒たちの戦いを見るようにした。
Cブロックは、目立って強い生徒がおらず、あちらこちらで戦いが起こり、少しずつ数が絞られていく。
中盤になり、魔法障壁を張った横山くんに、数人の生徒が攻撃魔法を浴びせる。
このままだと、横山くんがやられちゃう。私が手を握りしめていると、
桜が耳打ちした。
「我慢しないで、飛び入り参加しちゃえば? あんたが優勝したら、
誰とも付き合わなくてもすむでしょ? 違う?」
「え? そっか!」
私は観客席を駆け下り、赤井先生に駆け寄った。
「先生! 飛び入り参加します!」
赤井先生は、一瞬驚いた顔をしつつ、首を傾げる。
「そりゃ構わんが、お前、優勝者と付き合うんじゃなかったのか?」
「交際相手は、自分の目で見極めます!」
「ん? そりゃ、そうだな。行きなさい」
私は、試合会場に入り、宣言した。
「私と付き合いたいなら、私を倒してみなさい!」
各々で戦っていた男子たちが、私に群がってくる。
右から掴みかかってきた生徒を投げ飛ばし、正面からきた生徒に横蹴りを見舞う。
あちゃー、歯が折れてる痛そー。
私は、横山くんが戦っている試合上の中心部へと走る。
横山くんに魔法を浴びせていた生徒の一人が、私に気付き雷魔法を撃ってくる。
私は左右にステップしてかわし、伸身の宙返りをしながら、
蹴りを見舞う。
着地して、前転しながら距離を詰め、立ち上がりざまに掌底を茶髪の生徒の顎に決めた。
横山くんに炎を噴射していた生徒が私に向き直る。
「なんで、坂野さんが来てんだよ? 怪我でもしたらどうするんだ!!」
「それは、ご心配どうも」
私は、右のハイキックを決めて男子生徒を倒した。
残った一人の男子生徒は、空に飛び魔力を高める。
生徒の上空に、黒い雲が現れ、激しい雨を降らせる。
突然の雨に、私はずぶ濡れだ。
「どうだい? 僕の魔法すごいだろ? わかったら降参して!
君を傷つけたくない!」
濡れた髪をかき揚げて、私はその生徒を睨む。
女の子、ズブ濡れにさせて、何言ってんのよ! あんた!
私は右手を上げて、魔力を高める。右手が赤く輝き、
赤い光が男子生徒向かって、放出される。
「だめだ! 坂野! 強すぎる!」
横から、青い光が走り、私の赤い光を男子生徒に当たる前に、
押し曲げた。
横山くんの右手から、煙が上がっている。
「何よ今更! 私がどうなろうと関係ないくせに!
私が誰の彼女になろうが関係ないくせに!」
私の中をどうしようもない悲しみが駆け巡る。
私の全身から、魔力が溢れ出し、試合会場に幾筋もの光となって、駆け巡る。
私がさらに魔力を高めようとしていると、終了の笛の音が聞こえてきた。
ハッと気付くと、試合場に立っているのは、私と横山くんだけになっていた。
横山くんは、防御が上手いおかげで、立ってはいたが、魔法衣はボロボロで、頭から血を流している。
横山くんは、私の視線に気付くと、すっと目を逸らし、そのまま試合会場から救護テントへ歩いて行った。
私は、トボトボと観客席に戻る。
目の前で、もう少しで人を殺しそうな真似をしたというのに、
男子生徒たちは私を試合前と同じ目で見る。
何か、色々なことが狂ってる。嫌だ。こんな場所にはもう居たくない。
私が立ち上がろうとすると、桜がその手を掴む。
「ダメよ。途中で逃げ出しちゃ。こんな風にみんなをしてしまったのは、
あなたなんだから」
「私は、何もしてないわ! みんなを焚きつけたのは、桜!
あなたじゃないの?!」
桜はふふんと鼻を鳴らして、お手上げといった風に手を上げる。
「まだ、わかんないのかな? まあ、もう少ししたらわかるでしょ。
いいから座りなさい」
桜の目が鋭く光る。私は背中に冷たいものを感じ、腰を下ろした。
いや、正確には下ろさせられたのだろう。
なぜか、桜の言葉に逆らえない。
「ほら、試合始まったわよ。かわいそうにねえ。正気を失ってるわ」
Dブロックの試合は、ひどいものだった。
相手が気を失ったら、止めるのがルールなのに、問答無用に魔法を撃ち込むものが続出して、負傷者がたくさん出た。
救護テントではおさまらず、臨時で講堂に収容された。
もともとのヒーラーだけでは、手が足りず、女子生徒たちも借り出されていく。
「あーあ。馬鹿みたいね。弱いのにこんなところに来るからよ」
その様子を桜は、他人ごとのように眺める。
桜は、こんな子だった? こんな残酷な子だった?
いや、違う。これは、私の知っている桜じゃない。
「あなた、何者?」
桜は、頬杖つきながら、私を横目で見る。
「忘れたの? 私は、仙谷桜。あなたの友達でしょ?」
「違うわ。私が知ってる桜は、あなたみたいなこと絶対言わない。
いったい、あなたは誰なの?」
「そう? 私に言わせたら、あなたこそ誰? って感じだけどね。
最初に知り合ったあなた、さっきみたいな真似できたかしら?」
たしかに、私もおかしい。あんな魔力が私にあるなんて。
何か、全部がおかしく感じる。
男子生徒の私を見る目や、横山くんの態度、いま桜から出ている異様な気配も。
「桜、あなた何か知ってるんでしょ? 教えてよ。何が起こってるの?」
「んー? 焦らなくても、近い内にわかるって。
もう封印も限界みたいだし。
あなたにとって、悪いことではないから安心して」
封印? 私に取って悪いことではない? いったい何のことなの?
私は、どうにも落ち着かず、顔を洗いに席を立った。
水飲み場で、頭を濡らしていると、女子生徒たちが話している声が聞こえてきた。
「なんか、おかしくない?」
「うん。おかしい。おかしい。あの子、化物じゃん」
私が顔を上げると、私に気付いた女生徒たちは、ヒッと悲鳴を上げて走り去っていった。
私は、この井上学園に入学した時は、ただ任務のことだけを考えていた。
それが、桜と仲良くなり、魔法が使えないのに、さも使えるように振舞っている自分にだんだんと、苛立ちを覚えていた。
横山くんと話すようになり、横山くんにイタズラされたりするようになって、魔法が使えるようにならないかと、真剣に思うようになっていた。
魔法が使えるようになって、本当の生徒になれたと思った。みんなと本当の友達になれると思った。
それなのに、それなのに。神様、ずるいよ。こんな結末を用意するなんて……。
観客席に戻ろうとしていると、赤井先生に呼ばれた。
すでに、神山さんと横山くんもいる。
横山くんの顔や腕は傷だらけだ。あれは私がやったんだ。
いま、講堂に寝かされている生徒の大半も、私がやったんだ。
化物と言われても仕方ない。
「坂野、先に二人には説明したんだが、お前の戦いを見て、
びびってトーナメントに出ないっていうのが出てきてな、
残ったのは、ここにいる三人なんだ。
で、総当たりのリーグ戦にしたいが、いいか?」
「私は、構いません……」
「そっかー。で、順番なんだが、まずは神山と横山に戦ってもらって、
それから、お前に2戦してもらう。いいな?」
「はい」
観客席に戻ると桜は、いつの間にか手にジュースやお菓子を持っている。
私に、ジュースを渡してくる。
「はい。おごりよ。王女さま。あなたをめぐって、いよいよ二人の戦いよ」
「なによー。意地悪ばっかり言って。人の気もしらないで」
こんなことになったら、私はこの学園を去った方がいいのかもしれない。
でも、抜け忍の私には、行くあてなどない。
桜が、試合会場を指差す。
「ほら、始まるわよ。どっちを応援する気?」
「どっちって言われても……。横山くんはもう私のことどうでもいいみたいだし」
桜が私の背中をバンと叩く。
驚いて、桜を見る。
「ちょっとは、自分の目を信じらたら? 世間知らずのお姫さま」
桜にからかうように言われて、ムッとしつつ私は、心の中で横山くんを応援していた。
嫌われても、無視されても、やはり私は横山くんが好きだ。
彼が優勝して、魔法院に行きたいならそうしてあげたい。
神山さんは、炎の渦を作りだし、横山くんを攻撃する。
横山くんは、何とかしのいでいるが、横山くんの攻撃魔法は、
詠唱の前に潰されて、神山さんは、横山くんを追い詰めていく。
10分を経過して、判定となり、横山くんは倒されなかったものの負けてしまった。
私が試合会場に降りていくと、横山くんとすれ違った。
「あ、横山くん。おしかったね」
私の問いかけにも応えず、彼は目も合わせてくれない。
そのまま、救護テントに行ってしまった。
私は肩を落としながら、試合会場に入った。
神山さんは、横山くんと戦ったばかりだというのに、疲れた様子もない。
「ふふふふ。まさか君と戦えるとはね!
模擬戦の後に戦うつもりだったのに。何だか、ワクワクしてくるよ!
我が名は、ロイ=ハウゼン! レベル8の魔法士にして、炎の支配者! いざ勝負!」
あ、神山さんが、真名を名乗った。
えーっと、こういう時は、私も名乗らないと。
「我が名は、イザベロス=シオン! 魔界の支配者にして、破壊の神、
イザベロス=レギンが娘!
愚かな人間よ。我が力、眼に焼き付けるがいい!」
勝手に、口から言葉が飛び出した。私はびっくりして、口に手を当てた。
神山さんも少し驚いた顔をしている。
「魔界の支配者とは恐れ入ったな。真名を持ってるってことは、
君もこの短期間で、契約して一端の魔法士になったってことだね。
だったら、遠慮しないよ!」
神山さんを中心に、炎の柱が何本も立ち上がる。
炎の柱は、4階建ての校舎より高くなり、龍を形作り、私の周りを飛び回る。
「ははは。威力がありすぎて、いままで人には使ったことがない、
僕が知ってる最高魔法さ! さあ、火竜のアギトに噛み砕かれるがいい!」
私は、神山さんに向かって走り、距離を詰める。
左から襲ってきた火竜を前宙して、避ける。
「甘い!」
しまった! 跳んだ瞬間を狙われていた。
かわした火竜の後にもうひとつの火が走り、私の体を飲み込んだ。
私は、どうすることもできず、そのまま地面に着地する。
ああああ、焼け死ぬーってあれ?
私の体は、何ともない。
炎が確かに私の体を包んでいるのに、まるでぬるま湯に浸かっているみたいな熱しか感じない。
私が驚いていると、その様子をみた。神山さんが距離をとる。
「なんともないのか? 馬鹿な……。いや、間違いないのか。
とにかく、服をきたまえ。一時休戦にしよう」
神山さんは、そういってクルリと後を向いた。
炎がおさまると、わたしは全裸だった。
炎はきっちりと私の服を焼いていたのだ。
「きゃー! み、見ないでー!」
私が座り込むと、観客席からおーっという男子たちの歓声が聞こえた。
なんなのよ! もう!
そばに光の輪が現れ、その輪からすーっと桜が降りてきた。
え? なんなの、そのかっこ? それに髪の毛が青い。
桜は、革のビキニに、鉄板をつけた衣装を身にまとい、剣を腰に挿している。
私に毛布をかぶせ、ついで革のブラとパンツを渡してきた。
「あーあ。とうとう覚醒しちゃったわね。どうする? 皆殺しにする?
それとも魔界に帰る?」
「桜、あんた何いってんの?」
桜は、鏡を私に見せた。え? 髪の毛が赤い。山羊みたいな角が生えている。
触ってみると、本当に角が生えていた。なんなのこれ?
それに、いつの間にかピンクのアイシャドーをしてる。
私が驚いていると、桜が急かしてくる。
「ほら、早く着なさい。王女がはしたない」
「う、うん」
事態が飲み込めず、渡されたビキニを私は身につけた。
「ねえ、桜、私なんなの? あなた知ってるんでしょ?」
桜は、ん? といって首を傾げる。
「正体もなにも、あなたさっき、自分の口でしゃべってたじゃないの?
あなたは、魔界の女王、イザベロス=レギンの娘、
イザベロス=シオンよ。わたしは、あなたのお目付け役で、
魔界の8大軍団の一つ、蛇蝎軍団の軍団長、ザンザルフの娘、コシンよ。
ああ、そうそう。これも」
桜は、そういって、私にサングラスを渡してきた。
「一度かけて。それで、人間にかかってた魅了の術がとけるわ」
私がサングラスを一度かけると、今まで好奇の目でみていた男子生徒たちが、
まるで化物でも見るかのように恐怖におののいている。
外しても元のままだ。
「えーと。よくわからないんだけど、桜」
「桜じゃなくて、コシンよ。コシン。言いにくいなら、桜でいいけど」
「えっと、じゃあ、コシン。私は、化物なの?」
「は? あんたは、魔神よ。人間なんかのだいぶ格上」
「なんで、こんなふうに人間になってたの?
なんで、お母さんは、私をほっておいたの?
なんで、今になって私はこんなふうになったの?
教えて! わたし、頭が変になりそうだよ!」
私は混乱してしまって、涙を流す。
途端に上空が真っ黒な雷雲に覆われ、豪雨と雷が襲ってきた。
突然のことに、生徒たちは大混乱に陥り、逃げ惑う。
「あんたは、また! もう! 自分の力を自覚しなさい!
落ち着いて深呼吸しないと、全部殺しちゃうわよ!」
「え?! う、うん」
私が深呼吸して、心を落ち着かせると、上空の雷雲は消え、
晴れ間が戻った。
「まったく、あんたは破壊神なんだから、用心してよね」
「ご、ごめんなさい。で、さっき聞いたことだけど教えてくれる?」
「言われなくても教えるって。まずね、あなたのお母さんが、
人間に恋したの。召喚された時に、わざと醜い姿で現れたらしいんだけど、
なんでか求婚されたんだって。それが、300年前ね」
「はい? 私、17歳よ。そんなのおかしいでしょ?」
「いいから、聞きなさいって。魔神と人間とじゃ、時間の感覚が違うのよ。 あんたを身篭っているうちに、あんたのお父さんは、寿命で死んじゃったの。
あんたのお母さん、あ、イザベロス=レギン様ね。
その経験が、とても貴重だったそうよ。
それで、娘のあんたにも経験させてやりたいと、
生まれてすぐにあんたの力を封印して、人間界の子として送り込んだってわけ。
でも、その送り込んだ先の夫婦の元から、忍びの集団があんたを連れ去ってしまって、探したらしいけど、見つかんなかったらしいわ。
たぶん、強い結界でも張ってたんでしょうね。
で、あんたがその場所からでて、この魔法都市に受験のために訪れて、
場所が特定できたの。
成人した時に、封印は解かれることになってたから、それまでの監視役として、私も井上学園に入学したのよ」
「そうだったの。なんか、ごめんね。迷惑かけて」
「いいっていいって。で、あんたこの前、死にかけたでしょ?
それで封印弱まちゃったみたいなの。
で、今ので完全に覚醒しちゃったってわけ」
「そうなの。でも、これからどうしたらいいのかな?
その、魔界っていうところに戻らないといけないの?」
「まあ、いずれはそうなるでしょうね。でも、あなたには永遠の時間があるんだから、そんなに焦らなくてもいいわ。
好きなだけ、ここにいてもいいし、好きなことをしていいわ。
あなたの力なら、どんなことも思いのままよ」
事態を見守っていた神山さんが、近付いて来た。
「なるほど。その魔力、魔神なら頷ける。僕の力を見てくれ!
そして、僕と契約してくれ! 僕を世界最高の魔法士にしてくれ!」
コシンは、ん? と言って顔をしかめると、魔力を高めた。
神山さんは、膝をつき、嘔吐を繰り返す。
「はーん? これぐらいで、グロッキーになるやつが、何言ってんの?」
コシンは、神山さんにデコピンをした。
神山さんは、そのまま観客席まで吹き飛び、壁に激突して、口から泡を吹いて気を失っている。
「ちょっと! 桜、なんてことするのよ!」
「えー? 人間ごときにいいじゃないの。私が魔力を全力開放したら、
ここに居るやつら、みんな気が触れちゃうんだよ?
あれぐらいで済ませるのは、特別大サービスなんだから」
校長先生が、汗を拭きながら近付いて来た。
コシンがまた、前に行こうとするのを、私は手で止めた。
「もう、やめてって。私の命令聞くんでしょ?」
「はーい。しばらくじっとしてるわ」
「シオンさまとおっしゃいましたか? こりゃまた、なんとも。
こんなところにおいでくださいまして、恐縮です」
「いえ、あの校長先生すみません。わたし、自分がこんなだとか知らなかったんです」
「いえいえ。いいんです。その、無理なお願いかもしれませんが、
このまま魔界に帰っていただくというのは、できませんでしょうか?」
それがいいのかもしれない。私の力は人間界にいるには強すぎる。
悲しいけど、去らなければいけない。
私が肩を落としていると、校長先生の顔に血管が浮き出てきて、
ぶるぶると震えている。
「こ、校長先生!」
私が助け起こそうとすると、コシンが手を掴んだ。
「ほら、魔力が溢れ出てるよ。抑えないと、全員死ぬって」
知らず知らずの内に、魔力が出ていたらしい。
私は、深呼吸して何とか魔力を抑え込む。
「あのね、人間の使う魔法なんて、魔界のエネルギーをちょっと借りてるだけなの。あんたは、魔界のエネルギーを無尽蔵に使えるんだから、
気をつけないと、人間界なんて無くなっちゃうわよ。いい?」
「う、うん。わかったよ」
「まったく、気を付けてよ。ほんとに。
ミラノのグラタン食べれなくなったら、あんたのせいだからね」
「はい……」
私は、この街が好きだ。この学校が好きだ。それを壊したいとは思わない。
「で、どうすんの? これから」
「できれば、このまま学校にいたいよ。でも、この力じゃ、
みんなに迷惑かけるし……」
「ふーん。残りたいんだ?
時間が経てば、私みたいに自在にできるようにはなるけどねー」
「ほんと? どのぐらいで?」
「100年もあればいいんじゃない?」
100年? 私はがっくりと肩を落とした。
100年も経ったら、お気に入りの店も、好きだった並木道も全部なくなってる。
横山くんも死んじゃってる……。
「まっ、もう一つあるにはあるんだけどね。
力を押さえる新しい封印を施す方法が」
「え? なになに? どうやるの?」
「うーん。これは、ちょっとねえ。もう無理かもしれないし」
あれ? 向こうから、横山くんが、私に向かって歩いてくる。
赤井先生が止めようとする手を振り払ってる。どういうこと?
「止めろ! 横山! 命を粗末にするな!」
「先生! まだ、模擬戦は終わってません! 総当たりのはずです!」
横山くんが、ずんずんと近付いてくる。
コシンが、ふーんと感心する。
「なかなか、骨があるじゃん。まあ、自殺行為だけど。
どうするの? 相手してあげるの?」
そんなに模擬戦の優勝が欲しいの?
でも、どうあがいても、横山くんが私を打ち負かせるとは思えない。
「仙谷! まだ、約束は有効だよなあ!」
「あーん? そうだけどー。あんた、覚醒したこの子とやる気?」
横山くんが、詠唱を始めている。同時に二つの呪文を唱えてる。
高等技術だ。
どうして? どうしてそんなに勝ちたいの? そんなに、魔法院に入りたいの?
そんなに地位や名誉が欲しいの? 私は、ただ一緒にいて欲しかった。
あなたには、偽りの愛だったもしれないけど、私は本気だったのに。
稲妻が私に向かって走ってくる。
私は何もしないけど、稲妻があたった瞬間に、私から魔力が溢れ出す。
横山くんの肩の肉が削げる。
「もう、引いて! 私、攻撃されると自分を止めれないよ!」
横山くんは、構わず詠唱を続ける。
風が刃となって、襲ってくる。
私に当たると、また私から強い魔力が溢れ出す。
横山くんの右手の小指が吹き飛ぶ。でも、横山くんは構わず近付いてくる。
詠唱も止めない。
「もう止めて! 横山くんを殺したくないよ! お願い、下がって!」
横山くんから、無数の光の球が、私へと走る。
私に当たるたびに、魔力が溢れ、横山くんの体を傷つけていく。
「桜、止めてよ! 横山くんを止めてよ! あなたなら、できるでしょ! 命令よ!」
コシンは、耳を押さえそっぽを向いている。
殺す気なの? 横山くんを!
横山くんは、私の目の前まできた。
私は動揺して、魔力をだしてしまう。
横山くんの手首が吹き飛び、血が飛び散る。
「ダメだって! こんな私に、横山くんは勝てないよ!
もうやめて! やめてよー!」
横山くんは、吹き飛んだ左手の手首を押さえながら、
私の鼻先まで近付いてくる。
「どうして? どうしてなの? 横山くん……」
「ごめんな。俺、馬鹿だからさ。こんなことしかできない」
横山くんが、魔力を高めだした。それに反応して、
私も魔力を放出してしまう。
横山くんの右足が吹き飛び、崩れ落ちる。
私は、咄嗟に横山くんの右手を掴んだ。
右手が吹き飛び、血が飛び散る。
私は、好きな人を殺そうとしている。
でも、私にはどうすることもできない。
もう、頭がおかしくなりそう!
横山くんは、荒い息をしながら、また魔力を高めようとしたが、
力尽きたのか、目を瞑った。
ああ、私は横山くんを殺してしまった。初めて好きになった人を殺してしまった。
「ああああ! うわー!」
激しい雷雨が降り注ぐ。
こんな世界なくなってしまえばいい! 横山くんがいない世界なんて、
消えてなくなればいい!
雷が地面に落ち、地震が起こる。
校舎の数倍の波が押し寄せてくるのが見える。
これも、全部私がやってるの? 私のせいなの?
私は血の涙を流した。
桜が、横山くんの亡骸をよっこいせといって持ち上げる。
何をするき?
「あーあ。賭けに負けたわ。人間もよくやるよねー」
桜は、ブラの中からスルメみたいな物を取り出し、横山くんの口に含ませた。
横山くんの目がパチリと開き、無くなっていた手足が元に戻る。
何が起こったか、わからない私に横山くんが笑顔で抱きついてくる。
私がほっとすると、晴れ間が戻り、地震は止まり、津波は消え去った。
「やったよ! 俺、やった! これで、坂野と付き合える!」
「え? どういうこと?」
桜が、頭を掻きながら首を傾げる。
「あのさー、もしあんたが人間を好きになったら、そいつが命をかけてあんたに絶望を味あわせることができるか確かめなさいって言われてたの。
双方の思いが本物か確かめるためにね。
横山くんには、私からそのこと伝えていたわ。
横山くんは、賭けに勝ったってわけよ。あんたにも力を抑える封印がかかったわ。
まあ、やぶろうと思えば破れるけど、そのままの方が都合いいんでしょ?」
「ほんと?」
確かに、さっきまで感じていた体を駆け巡っている力を感じない。
これだと、普通に暮らせそうだ。
「横山くん!」
私は横山くんに抱きついた。横山くんはニコリと笑って、顔を近付けてくる。
私は、ドキリとして、目を瞑る。
「はーい。そこまでー。興奮して、魔力が溢れたら、意味ないでしょ?」
「え? う、うん」
私は少し不満が残ったが、それも仕方ない。
早く、魔力を自在に抑えれるようになろうっと。
横山くんは、そっかーっといって、離れそうになったかと思うと、
急に振り向いて私にキスをした。
「へへへへ。まあ、ご褒美ってやつ?」
いま、キスされた。唇が確かに触れた。私は、恥ずかしくて鼓動が高まる。
途端に、地鳴りがしだし、地面が割れ、溶岩がふきだした。
「ほら! 言ってるそばから! 落ち着きなさい! 深呼吸よ! 深呼吸! 封印を過信しないの!」
私は、ふーふーと息を吐き、心を落ち着ける。
地震は止み、地面は元に戻った。
「ひゃー。これだと、キスもなかなかできないなあ。でも、まっ、いっか。えへへへ」
横山くんの笑顔が眩しい。よかった、この人を好きになって。
よかった、笑顔がまた、見れて。
「急にキスするんだもん。びっくりしちゃったよ」
私は、横山くんのボロボロになった魔法衣の端を掴む。
「そんな理由があったなら、言ってくれたらよかったのに。
私、本当に辛かったんだから」
「あんたがわかってたら、賭けにならないでしょ?
まあ、でもね、魔神に向かっていくなんて、なかなかできることじゃないわよ。
人間だけど、あなたは認めてあげるわ。どう? 私と契約する?
シオンよりも胸は大きいわよ?」
桜が、そういって、自分の胸を掴む。
横山くんは、顔を赤らめて下を向く。
「人の彼氏を誘惑しないでよ!」
「いいじゃん。魔界なら彼氏、彼女を複数もつのは当たり前よ」
「うっさいわねえ。消しちゃうわよ!」
「あー、怖い怖い。いやねえ、ちょっと力があると思ってさ」
私たちのやり取りを聞いて、横山くんがあははと笑う。
なんだか、私はホッとした。




