第10話 契約
第10話 契約
それから、2週間が経った。
私は、練習の甲斐あって、なんとか魔法が使えるようになった。
回復魔法や防御なんかは、下手くそで、3回に1回ぐらいしか上手くいかないけど、攻撃魔法はだいぶ思ったように出せるし、時々、自分でも驚くような威力が出る。
入学して、1年半年が過ぎて、やっと本当の井上学園の生徒になれた気がする。
横山くんは、必死になって魔法陣作成の材料を集めているみたい。
授業中、寝ていることなんか多いし、放課後もなかなか会ってくれない。
もっと会いたいし、横山くんに無理して欲しくないけど、彼の頑張りを見ていると、応援しないといけないって思う。
宮元くんは、頻繁にメールを送ってきてくれるし、放課後あって、話すことも多い。
彼のことは、友人としては好きだけど、愛してはいない。
彼は、いつまでも待つって言ってくれるけど、多分、私の心は変わらない。
横山くんを見ていると、暖かい気持ちになれる。
彼の幸せを願っているだけで、私は満たされた気持ちになるのだ。
こんな気持ち、他の誰にも持つことができない。
今は、授業中だけど、横山くんは眠そうだ。きっと、昨日も魔法陣のことを遅くまで調べていたんだろう。
あんまり、無理して欲しくないな。横山くんがいてくれるだけで、私は満足なのだから。
白峰先生が白板に、病気を治す魔法の注意点を書いていく。
「さっ。わかった? 慣れれば、風邪なんて、すぐ治せるし、
インフルエンザなんかも怖くないわ。じゃあ、坂野さん、やってみる?」
私は少しドキドキしながら、教壇の前に立つ。
先生が用意した、風邪を引いてぐったりしたねずみに意識を集中する。
「大丈夫よ。坂野さん。最近は、成功率あがってきてるんだから。
自分を信じて」
「はい!」
私は、目を瞑りおへそに意識を集中する。
次いで、自分の周りに意識を広げていく。
大気から、私にエネルギーが注ぎ込まれる。
私の中で、私の魔力と大気のエネルギーが合わさっていく。
「そうよ、いいわよ。その調子。さっ、手の平に移していくの。
ゆっくりでいいからね」
おへそから、暖かいエネルギーが、右肩を通り、右手の平へと移動する。
私がそっと目を開けると、右手の平が緑色に輝いている。
やったわ! 上手くいきそう!
私がそう思った瞬間、突然、右手の光が緑から赤に変わっていく。
え? どういうこと? 何これ?
私が抑えようと思っても、魔力はどんどん高まり、真っ赤になった右手から今にも打ち出されそうだ。
教室全体が、私の手からでる赤い光に照らされている。
ものすごいエネルギーが充填されてる。
焦って、私は右手を白峰先生に向けてしまった。
「せ、先生! どうしたらいいですか?! もう爆発しそうです!
白峰先生は、腰を抜かして驚き、窓の方を指差す。
「だめ! 早く、向こうに! 私じゃ、そんなの抑えきれない!」
横山くんが走ってきて、私の手を窓の方へ向ける。
途端に、魔力が放出され、窓を突き破り、雲を切り裂いて空に消えて行った。
私が放出した魔力が通ったあとは、そこだけ赤く染まっている。
窓枠は溶けて歪んでいる。
白峰先生は、しばらく呆然としていたが、立ち上がってスカートをパンパンと払うと、今日は終わりますと言って、時間前なのに教室を出て行ってしまった。
クラスメートたちが、私に、まるで化物でも見るような目を向ける。
私は、どうしていいのかわからず、席に戻って下を向いた。
一月前まで、魔法なんて使えなかったのに、あんな恐ろしいことをしてしまうなんて。
あのままだったら、白峰先生を殺してしまっていた。
いったい、私はどうしちゃったんだろう?
桜が、私の肩をぽんと叩いた。
私が顔を上げると、桜は笑顔を作ってくれる。
「溜めてた魔力がなんかの拍子に出ちゃったんだよ。
たまに、高位の魔法士にあるっていうよ。そういうこと」
本当だろうか? そんな話きいたことないけど。
横山くんも、ニコリと笑って桜の言葉に同意する。
「ごめんごめん。俺と昨日、魔力を高めるのやったじゃん。
あの時、俺の魔力も一緒に溜めちゃってたみたいだね」
クラスメートたちは、桜と横山くんの言葉に納得してくれたのか、
教室の緊張感がすっと緩んだ。
ありがとう、桜、横山くん。なんとか、化物扱いされずにすんだみたい。
しばらく桜と雑談していると、教室に赤井先生と白峰先生が血相を変えて、入ってきた。
赤井先生が、私を呼ぶ。
「坂野、ちょっと来てくれるか?」
私が、席を立ち、先生たちの方へ歩き出すと、再び教室はざわつきだした。
『なんかおかしくない?』
『ほら坂野さんって、前からおかしなとこあったじゃない?』
『あんなの撃つなんて、化物だよなあ』
『なんか、怖いね。クラスにあんな人いると』
私は、がっくりと肩を落としながら、赤井先生と白峰先生に伴われて、
廊下を歩く。
他のクラスの生徒たちも、さっきの出来事が、私の仕業だとわかったみたいで、好奇の目を向けてくる。
せっかく、魔法が使えるようになって、偽りではなくここの生徒になれたと思ったのに。
本当の仲間になれたと思ったのに。
抜け忍となった私には、ここ以外には行き場所がない。
ここにも居れないとなると、私はどこに行けばいいんだろう。
重い足取りで、二人の後をついていくと、生徒指導室に通された。
中には、校長先生と、教頭先生がいた。
「さっ、座りなさい」
校長先生に促されて、私はソファに座った。
もうどうしていいかわからない。横山くんと離れ離れになんかなりたくない。
でも、きっと出て行けって言われるに違いない。
「さっきの魔法は君がやったんだね?」
教頭先生の言葉に、私はびくんと肩を震わせてしまった。
私は、こくりと頷いた。
「すみません。あの、私……。あんなことするつもりじゃなかったんです。 本当です。信じてください。
どうか、どうか、ここに置いてください。お願いします」
私が机に手をついて頭を下げると、校長先生がぽんぽんと肩を叩いた。
顔を上げるのが怖い。校長先生は、どんな目で私を見ているんだろう。
顔を上げると、意外にも笑顔の校長先生がいた。
「はははは。何か勘違いしとりゃせんかね。君のような優秀な生徒を追い出したりするわけないだろう? なあ、教頭先生」
私がキョトンとして、教頭先生をみると、教頭先生はうんうんと頷いている。
赤井先生も白峰先生も、笑顔だ。
いったいどういうこと?
赤井先生が、笑顔で話しかけてくる。
「いや、さっきのは見事だったぞ。先生、授業ほっぽりだして、すぐに職員室に駆け込んだぐらいだ。
誰か、魔神クラスと契約した魔法士が来ているのかと思ってな。
そしたら、そんな予定はないというし、白峰先生が、職員室に来られてな。坂野が撃ったというので、すぐに校長先生に報告したんだ。
いやあ、こんな力を持った生徒が、井上学園からでてくれるなんて、うれしいぞー」
私は、事態が飲み込めず、ぽかんとしてしまう。
白峰先生が、続ける。
「でもね、坂野さん、あなたの力は、使い方を間違えると本当に危険なの。 たぶん、街一つなんて消えちゃうわ。
そしたら、多くの人が死ぬことになる。くれぐれもそのことは忘れないでね。
軽い気持ちで魔法を使わないって先生と約束して。お願い」
校長先生が、まあまあと白峰先生をなだめる。
「白峰先生は、ヒーラーだけあって、ちょっとお堅いですぞ。
こんな素晴らしい生徒がやっとでてきたというのに。
生徒の長所は伸ばしてやらんと」
「校長先生! たしかに、彼女の力はすごいですけど、同時に危険でもあるんです! 彼女が力を制御できるように私たちが指導してあげないと」
「まあまあ。そういう話はおいておいて、まずは坂野さんに、
あの話をしないと。なあ、教頭先生」
教頭先生は、大きく頷いて、私の前に一枚の紙をおいた。
「契約書? なんですかこれ?」
「はははは。なーに、契約書なんて書いてあるが、そう大したものじゃない。我が校に特待生として、このまま居て欲しいっていうだけじゃよ。
坂野さんには、学費、寮費免除に、栄養費として毎月15万払いたいと思うが、どうじゃね? 我が校に残ってもらえるかね?」
え? どういうこと? 私は、学校に残っていいの?
横山くんと一緒にいていいの?
私は、嬉しくて、信じられなくて、白峰先生と、
赤井先生を交互に見てしまう。
赤井先生も、白峰先生も笑顔で答えてくれる。
よかった! 私、追い出されないんだ!
「はい! ありがとうございます!」
「いい返事だね。じゃあ、早速、サインしてくれないかな?
善は急げというしな」
私がサインすると、校長先生は満面の笑みで、契約書を確認し、
教頭先生に渡す。
「ほっ。これで、一安心じゃ。最近は、ブルーウェーブハイスクールの連中が、我が校の生徒を引き抜こうと躍起になっておってな。
汚い手を使うんじゃ。まあ、この契約書があれば、あやつらは手を出せんが、坂野くんも妙な連中には、気をつけてな。
甘い言葉で誘われて、結局飼い殺しになったり、その後思うように能力を伸ばせず、退学させられている者たちもいるからの」
私が、井上学園をでていくわけがない。横山くんがいる井上学園をでていくはずがない。
私は、満面の笑みで答えた。
「はい。大丈夫です。私、この学園が好きですから!」
「おお! 聞いたか、教頭先生! こんな生徒を私は待っておったんじゃ! さっ、教室に戻って、精進しなさい。期待しとるよ」
「はい!」
私は、意気揚々と教室に戻った。
横山くんと桜が、心配そうに聞いてくる。
「なんだったの? 紗季。怒られたの?」
「坂野、停学とかになるのか?」
私は、胸をドンと叩いて、ふふんと鼻を鳴らした。
「私ね、特待生になっちゃった。すごいでしょ?」
「え? マジ? 特待生? すげー。マジかよ……」
「すごいじゃないの! 特待生なんて! 将来の魔法院幹部間違いなしよ!」
「えへへ。ありがとね。二人のおかげだわ」
桜は、手を振って、それを否定する。
「違うよ。私なんにもしてないもん。紗季にはもとから才能あったのよ」
「そうだぜ。あんなの撃てるなんて。そんな坂野に、魔法教えてた俺は、
なんだか間抜けだよ」
私は、横山くんの手を握る。違うの。
あなたがいたから、魔法が使えるようになったんだよ。
「ううん。魔法が使えなかった私に、あんなに一生懸命教えてくれたじゃない。
なんどもなんども。だから、私、使えるようなったんだ。
さっきのアレは、どうして出たのかわかんなかったけど」
横山くんが、私を笑顔で見つめてくる。
その瞳に吸い込まれてしまいそう。
桜が、背中から拗ねた声をかけてくる。
「あーら。私は、お邪魔かしらね。教室で、見つめ合っちゃってさ」
いけない。いけない。今、教室にいたんだった。
思わず、二人の世界に入るところだったわ。
桜は、急に真面目な顔になった。
「でもね、これで今後の模擬戦、ますます、競争率高いことになるわよ」
「え? どうして?」
「もともと、勝てばあんたを彼女にできるってなってたじゃない?」
なってたじゃない? そんな噂、広めたの桜でしょうに!
もう! この子ったら!
私がほっぺを膨らますと、桜はそれに気付き、私をなだめてから話を続ける。
「それは、いわば下心がある連中だからいいの。
本当に実力がある連中は、そういうの興味ないだろうし。
でもさ、紗季が高位魔法を使えるって、全校生徒が知ってしまった。
あんなの撃てるのなんて、きっと魔法院にもそういやしないわ。
つまり、全世界の魔法士でも最高ランクの実力を紗季は秘めてるのよ。
勝てば、そんな紗季を彼女にできるのよ? 是が非でも勝ちにくるわ」
確かにそうかもしれない。これはえらいことになってしまった。
横山くんは、前回の模擬戦で、ベスト4になった。
でも、それはレベル7やレベル8といったクラスがいない中でのこと。
彼らは、強すぎて校内の模擬戦なんかには、出てこないのが常だった。
それが、もし出てきたら、きっと横山くんは残れない。
「ね、桜、模擬戦に私も出て、バンバン倒しちゃえばいいんじゃないの? そしたら、問題解決でしょ?」
「あんた、さっきのを人に向かって撃つ気?
相手どころか観客もみんな消し飛んじゃうわよ?
制御ができない内は、あんなの使っちゃだめよ。いい?」
「うん。それはわかってるけど、体術で倒せばいいのかなあって」
「魔法学校の模擬戦で、殴り倒すなんてみたことないわよ。
あんたは、黙って景品になってればいいの」
け、景品? 人をモノみたいに! 元はといえば、桜のせいなのに。
うー。この子ってば、いつかお返ししてやるんだから。
「それで、横山くんどうなの? 模擬戦で勝てる算段はついたの?」
横山くんは、コクりと頷いた。
え? そうなの? 準備できたのね!
「ああ、なんとか準備できた。今日やろうと思う。
二人も手伝ってくれないか?」
「もちろんよ! ねえ、桜!」
桜は、顎に手をやり、何か思案するような素振りを見せる。
うーん。といったかと思うと、思わぬことを口にした。
「私は、遠慮しとくわ。私たちが手をかさないと契約できないクラスに手を出そうとしてるんだったら、最初から止めておくことね。
そんなことしたら命を落とすわ。それに、横山くん、約束忘れてないよね?」
横山くんは、視線を落とし一言、わかってるといって、
それっきり口を閉じてしまった。
約束って何? 私に内緒で何か二人は話してるの?
「桜、なんでそんなこと言うの? 最近、桜おかしいよ。
私を模擬戦の景品にしようとしたり、
横山くんに手を貸さないっていったり! いったいどうしたの?」
桜は、ふふっと笑って私の頭をぽんぽんと叩いた。
「紗季、私が変わったと思えるんだったら、
それは、あなたが変わったってこと。
でも、忘れないで。私はいつもあなたの味方。
あなたを守るためだったら、私はなんでもする。そういうことよ」
桜の言葉の真意が掴めず、私は悶々としたままその日の授業を過ごした。
放課後、私は赤井先生に自分の力を制御する練習を1時間程してもらった。
教室に戻ると、机は全部後に片付けられ、魔法陣が描かれていた。
机に腰掛けている横山くんが、よっ! といって手を挙げてくる。
「横山くん、この魔法陣ってえらく大掛かりね。
いったいどんな契約を結ぼうとしてるの?」
「うん。魔神クラスと契約しようと思ってるよ」
「え?」
私は自分の耳を疑った。魔法士が契約をするのは、通常、魔獣クラスだ。
魔法陣の中に召喚し、ゆっくりと時間をかけて手懐け、
魔獣が持っている能力を自分の魔法として、使えるようにする。
しかし、その上にいる魔人となると話は違ってくる。
人間並み、もしくは人間以上の知能をもった魔人たちと契約するには、
それ相応の見返りが必要となる。
力で、屈服させるというのも一つの方法だが、それが上手くいったという話は聞いたことがない。
大概、魔人たちは貴重なものを要求し、その願いを叶えるために、
大金がかかるらしい。
そして、神獣や魔神といったクラスになると、また話は別になる。
魔力、知能ともに桁違いのそのクラスになると、物では決して動かない。
そして、契約するにたる人間ではないと思われれば、途端に命は奪われる。
有史以来、神獣や魔神と契約できたのは、片手で数えれる人数だ。
その誰もが、偉大な魔法士として、後世に語り継がれている。
高名な魔法士が、去年契約に失敗し、亡くなったという話も聞いている。
一介の魔法学校生徒である私たちのような者が、契約をしようとするのは自殺行為だ。
「何、言ってるの? 横山くん! そんなことできるわけないじゃない!」
横山くんは、真っ直ぐな目で私を見て、私の両肩に手を置いた。
「坂野、聞いてくれ。俺は、お前が好きだ。お前のことを守りたいんだ。
でも、守るなんて言うのは簡単だけど、
お前の力に比べて、俺はあまりにも弱い。それに、この前の奴にも。
お前はきっと、魔法院の幹部になる。どんどんと上にいくよ。
俺は、今のままじゃだめだ。今のままだと、魔法院に入れるのかさえ怪しい。入ったとしても、下級士官が関の山だ。
俺は強くなりたいんだ。そして、お前の側にずっといたいんだよ。
だから、だからお願いだ! 何も言わないで見守っていてくれ!」
「そ、そんなのダメだよ! 強くなんてならなくてもいいじゃない。
今のままヒーリングの能力を高めて、病院とかに就職したほうが、
よほど人の役に立てるわ。私、魔法院なんかに行かない!
ずっと横山くんと一緒にいるもん!」
横山くんは、首を横に振る。
ああ、どうしたら横山くんを止めることができるの?
どうしたら、彼に自殺行為を止めさせることができるの?
私は、どうしたらいいの……。
「そんなに悲しい顔しないでくれよ。俺だって、自分の命は惜しいからさ。 ヤバそうになったら、これで緊急解除して欲しいんだ」
横山くんは、手の平サイズのクリスタル製のドクロを出した。
私は、それを受け取る。ドクロの中心に、青い光が輝いている。
「横山くん、これは?」
「俺が、1月かけて魔力を溜め込んだんだ。一緒に解除魔法も入れてる。
ヤバイと思ったら、これを床に叩きつけてくれ。
魔法陣が、一発で消えるから」
「そんな方法で安全なの?」
「うん。魔法陣で、魔神はこの空間に留まれる訳だからさ、
消えたらすぐに居れなくなるよ」
本当にそうだろうか?
有名な魔法士なら誰でも、契約時の安全策を考えているはず。
去年、命をおとした魔法士もきっとそれぐらいの備えはしてたはずだ。
ということは、魔神を呼び出してしまったら、後戻りはできないということ。
私が説得しても、横山くんは考えを変えないだろう。
なら、魔神を呼び出す前に、このドクロを使って、魔法陣を消してしまおう。
横山くんに恨まれても、彼が命を落とすよりマシだ。
「わかったわ。言っても聞かなさそうだし。でも、危なそうだったらすぐに止めるわよ? いい?」
「うん。頼むよ。そこに小さめの魔法陣書いてるだろ?
そこの中で見ててくれ。結界張ってるから、安全だしさ。
おれは、こっちの大きな魔法陣の中心に入るから」
「うん」
私は言うことを聞くふりをして、小さな魔法陣に入る。
呼び出す前に、儀式を止めたら、きっと横山くんすごく怒るだろうな。
でも、わかって。あなたが危険な目にあうのを黙って見ていることなんて、私にはできないの。
私が魔法陣に入り、こちらを向いたのを確認すると、
横山くんが魔法陣の四隅に置かれたロウソクに火を灯した。
あれ? なんでこっちの魔法陣に火を点けるんだろう?
補助の魔法陣に、そんなことする方法あったかしら?
「騙してごめんな。じっとしててくれ」
「え? それってどういうこと?」
横山くんの魔力が高まると、私の魔法陣の周りに緑光の壁ができた。
これは、封印の術? どういうこと?
「ちょっと! 横山くん何する気?!」
横山くんは、私に向かって微笑むと、大きな魔法陣に座り跪いた。
彼は、最初から止めることなんて考えてない!
無理にでも儀式をするつもりだ!
「止めて! 止めて! 横山くん!」
ドンドンと壁を叩くが、横山くんは羊の血で、魔法陣を書き上げる。
ついで、詠唱をはじめる。
ダメだよ、こんなこと! 上手くいくわけない!
大きな魔法陣の周りに赤黒い炎が立ち登り、教室の空気がずんと重くなる。
今まで明るかった空が、どんよりとした雲に覆われ暗闇となっていく。
だめ! ホントに来ちゃう! 魔神が来ちゃう!
私は魔法力を高め、壁を破ろうと努力するが、ドクロが光り輝き私の魔法力を吸い込む。
このドクロはそのため? 私に魔法陣を破らせないために持たせたの?
私は辺獄を抜き、壁に切りつけるが、破れそうにない。
横山くんは、詠唱を続け、教室にはさまざま魔獣が現れ魔法陣の周りを駆け巡っている。
「だめ! ダメだったら!」
私は、魔力を高めドクロに集中する。
こうなったら、ドクロが吸い取れる限界まで、魔力を高め破壊するしかない。
間に合って!
私の体中から、赤い光が漏れて、ドクロに吸い込まれていく。
体がずーんと重くなって、集中しないと意識がとんじゃいそう。
でもでも、早くしないと横山くんが死んじゃう!
魔獣たちがシューっと空中に吸い込まれ、魔法陣の前に黒い光が見えた。
いや、光というよりも周りの光を吸い込んでいるのか。
ピリピリとした空気に、思わず私は身構えてしまった。
手には、じっとりと汗がでている。呼吸が荒くなり、鼓動が早まる。
次の瞬間、青い肌で赤い目を三つ持つ魔神が現れた。
横山くんの魔法衣がビリビリと破け、手は血だらけになっている。
止めて! と叫びたいけど、声が出せない。体も動かなくなってる。
どうしたらいいの? 横山くんを救うには、どうしたら。
魔神が口を開く。キンキンとして、頭が割れそうにいたい。
それが次第に、普通の言葉になった。
『ふん。暇だからきてやったら、こんなガキか。今にも死にそうじゃないか。
そんなんで、よく俺を呼ぼうと思ったな』
「け、契約……。ごふっ」
横山くんが口から血を吐き出す。魔神の出す力に、体が耐えられないんだ。
お願い! もうやめて!
『契約? 俺を呼んだだけで、死にそうなのにか? 冗談が過ぎるぞ。
だいたい、お前程度が俺を呼び出せるはずないんだがなあ』
魔神は、手を顎にあて、不思議そうな顔をする。
早く、帰って! 横山くんが死んじゃう!
魔神は、すっと私の方を見た。
緑光の壁は消え去り、私はその目で見られてビクンと体を震わせた。
『あー、そういうことか。なら納得がいく。小僧、俺と契約したいか?
いま、内蔵が焼けているだろう? 死なずに契約の言葉を最後まで言えたら、してやるよ。破格の条件だぞ? ありがたく思え』
「やめて! 横山くんを殺さないで!」
魔神は、首を傾げて私を見る。
『おいおい。お前がいるから、こんな条件にしてやったんだぞ?
何言ってるんだ? まったく母親に似て、わがままなこった』
母親? お母さんを知ってるの? なんで魔神がお母さんを?
いや、今は横山くんを助けるのが先だわ!
私は、横山くんに駆け寄る。
横山くんは、目や鼻から血を流し、いまにも息が途絶えてしまいそう。
私は、回復魔法を横山くんに行う。
ダメだ! 私程度の回復魔法では! 死んでしまう!
横山くんが死んでしまう!
横山くんは、私の手を握ると、契約の言葉をつぶやく。
「我が手、我が足となり……。うぶっ。はぁはぁ。盟約にもとづき、
力を貸与せよ……。ごぼっ」
横山くんが、血を吐き痙攣する。
私は、涙を流しつつ、回復魔法を続けるけど、もうだめだ。助からない。
「ねえ、助けてよ! 横山くんが死んじゃうよ! 助けれるでしょ!」
魔神は、逆だった髪を長い爪のある手で、ガリガリと掻きながら、
面倒くさそうにする。
『まったく、うるせえなあ。わざわざ来てやったってのに、
何だよその言い草は。
まあ、ほかならぬお前の頼みだ。小僧も魔獣用とはいえ、
最後までいいやがったことだしな。
これは、特別サービスだぞ。いいな?』
魔神がふっと一息かけると、横山くんはパチリと目を開けた。
「横山くん!」
「あ、坂野。あれ? 俺、助かったの?」
『へ。なんで、こういう弱ちいの選ぶかねえ。
ほら、小僧、どっちか手をだせ。契約を完了させてやる』
横山くんが右手を出すと、その手に炎で紋章が刻まれた。
赤く皮膚がやけ、横山くんは、ツっといって、手を引っ込める。
右手の甲からは、煙があがり、血がしたたり落ちている。
『これで御終いだ。俺の力がいるときは、その右手に願いでな。
でも、気をつけろよ。使い方を間違ったら、大陸の一つもなくなるぜ。
俺はその方が面白くていいけどな。じゃ、あばよ』
魔神は、そう言って消え去った。途端に青空が戻り、教室の雰囲気も普通になった。
横山くんは、目をぱちくりさせながら、固まり出している目の血を拭う。
私はハンカチを出して、横山くんの顔を拭いた。
「もう! 無茶ばっかりして! 死ぬところだったじゃないの!」
横山くんは、はにかみながら、ふふっと笑う。
「心配かけてごめんな。こんな方法ぐらいしか思いつかなかったから。
でも、なんで契約できたんだろう? 失敗したと思ったのに」
魔神は、なぜか私のことを知っていた。私のお母さんのことも知っている風だった。
でも、このことは言わない方がよさそうだ。
「よくわかんないけど、気まぐれな魔神だったみたい。
久しぶりに地上にでたから、特別サービスって言ってたわ。
ついてたわね」
「そっかー。運がよかったんだなあ。いやー、魔神が出てきただけで、
ほとんど意識とんじゃってた。
魔力がすごいとかそんな域じゃなかったよ。
昔、あんなのと契約した人がいるっていうんだから、驚きだ」
「何言ってんの? 横山くんもその一人でしょ?
現存する魔法士で、魔神と契約出来てる人なんていないわ。
私の彼は、すごい人だったのね。うふふ」
「そ、そっかなあ? へへへ。照れるな。でも、これで坂野を守れるよ! どんな奴が来たって守れるよ!」
「うん! そうだね」
横山くんが、立ち上がり破れた魔法衣を広げて、眉をひそめる。
「あーあ。これ高かったのにさあ。もう着れないよ。2万もしたんだぜ?」
「ふふ。命があっただけでも、ありがたいと思わないと。
魔神と契約できたんだから、安いもんでしょ?」
「そだね」
横山くんが、へへっと笑ったかと思うと、私に近付いて来た。
私の肩に手を置いて、顔を近付けてくる。
私は、びっくりして少し後ずさった。
「あ、ごめん」
「ううん。違うの。急でびっくりしただけ」
私は横山くんに近付いて、少し顔を上げた。
「私、初めてなんだ。上手くできるかわからないけど」
「俺も、初めてだよ」
横山くんの手が私の顎に触れた。私は、目を閉じる。
ドキドキする。心臓が喉から飛び出しちゃいそう。
ついに、ファーストキス、しちゃうんだ。
横山くんの顔が近付いてくるのがわかる。
彼の体温を感じる。横山くんの手が少し震えている。
横山くんも私と一緒で、緊張してるんだ。
それがわかると、なんだか少し安心できる。
わたしは、もうすぐ訪れるであろう瞬間をドキドキしながら、待つ。
体中の神経を、唇に集中する。なんだか足がふわふわして、
頭はぼーっとしてしまう。
「あー! 教室でなにしてんの!」
突然の言葉に、私はびっくりして、声のする方をみた。
練習着姿の桜が、立っている。
横山くんは、私の肩に手を置いて、振り返ったまま固まっている。
やだー。恥ずかしいよ。えらいところ見られちゃった。
「なななな、何もしてないよ! ただ、横山くんの顔を拭いてただけ!」
「お、おう! そうなんだよ。顔を拭いてもらっただけなんだ」
桜は、すたすたと近付いてきて、すっと視線を落とし魔法陣を見る。
「ふーん。この様子だと、上手くいったってこと?」
私は、桜の方へ歩み寄り、手を握る。
「そうなのよ! 横山くん、魔神と契約できたのよ! すごいでしょ」
「へー。すごいわね」
「仙谷、これで約束は果たせたよな? このままでいいよな?」
桜は、特に驚くでもなく、平然としている。
なんで、驚かないの? 魔神だよ? 魔獣と契約している人でさえ、
学生では、珍しいっていうのに。
それに、約束ってなんなの? 前も言ってたけど。
「へーって、桜わかってる? 魔神だよ? 横山くんが契約したのは!」
「だから、すごいわねって言ってるじゃないの」
「なんで、平気なの? 驚くでしょ? 普通」
「だって、まだ見たわけじゃないし。横山くん、やって見せてよ」
桜に言われて、横山くんはキョトンとして、自分の顔を指差す。
桜が、当然といった顔で頷く。
「え? でも、契約したばっかだし。それに、なんかすごいのと契約しちゃったみたいで、怖くて、おいそれと使えないよ」
「使わないなら、契約した意味ないじゃん。ちょっと、手、見せてよ」
桜は、横山くんに近付くと、右手を取った。
「ふーん。なるほど。また、すごいのとやっちゃったわね。
これ、荒神じゃないの?」
桜の言葉に、私は首を傾げる。
魔神と違うの?
桜は、机に腰掛ける。桜の胸がプルンと揺れ、横山くんが顔を赤らめる。
ちょっと! 何を見とれてんのよ!
私の視線に気付いて、桜がふふっと笑う。
まさか、横山くんを取るつもりじゃないでしょうね。
「心配しなくても、取りゃしないわよ。
まったく、恋愛経験値が低い人はこれだから」
「恋愛経験ゼロで、悪かったわねー。恋愛経験なんてなくたって、
本当に好きな人が見つかったら、それでいいんだもん」
「はいはい。ご馳走様。荒神っていうのはね、ようは破壊に特化した魔神よ」
「じゃあ、強いんでしょ? 問題ないでしょ?」
「何言ってんのよ。あんたは。ほら、横山くんはわかってるみたいよ。
これがどういうことだか」
横山くんは、下を向いている。
どうして? 魔神と契約できたっていうのに。
「せっかく契約したのに、模擬戦じゃ使えないのか……。くそ!」
横山くんが、机を叩く。
「どうして? なんで使えないの?」
「荒神の力は、強すぎるんだよ。下手したら街がめちゃくちゃになる。
模擬戦なんかで使ったら、相手が死ぬ……」
「ねえ、模擬戦のことなんて、どうだっていいじゃない」
横山くんは、顔をあげて険しい顔をする。
「気にするよ! 勝たないとダメなんだよ。
坂野は今や、井上学園で最上級の魔力を持っているんだ。
その君に、ふさわしいと周りに認めさせたいんだ」
「認めさせるってなに? 周りなんて、どうだっていいじゃない!
横山くんは、私のこと好きじゃないの?
私の気持ちより、周りの目の方を気にするの?」
「いや、それに約束もあるから……」
「約束ってなに? なんで二人は私に秘密の約束なんてしてるの?」
横山くんは、悲しそうな顔で、私をじっとみる。
桜も私を冷たい目で見る。
私がおかしいの? 私が間違ってるの?
「ごめん。坂野、もうお前と付き合えないかもしれない。
俺のことは忘れてくれ……」
え? 急に何を言うの? どういうこと?
横山くんを見るけど、目も合わせてくれない。
桜は、ふーんと言って、冷たい目で横山くんを見る。
私は二人から後ずさり、教室を飛び出した。
追ってきてくれないかと、淡い期待を抱いたけど、横山くんは追ってきてくれなかった。




