第9話 異性の友人
第9話 異性の友人
翌日。
私は、先生公認で、辺獄を持ち歩けるようになった。これで、少しは安心できる。
男子寮の前で、横山くんと待ち合わせた。
待っていると、男子寮から出てきた男子達が、私をチラチラと見ていく。
何だか、照れくさい。
「おはよう! 来てたなら、携帯にメールしてくれたらよかったのに」
「おはよう。時間より早く来ちゃったから」
横山くんは、ニコリと笑ってくれる。
笑顔が素敵。ちょっと前までこんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
何だか、世界の見え方が変わってる。
私の頭をG線上のアリアが流れる。
清々しい朝、気持ちがいい。
「どうしたの? 何笑ってるの?」
「ううん。何でもないの」
「ふーん。それよりさ、これ見てよ。俺も魔装具もらったんだ」
横山くんのは、手に装着するシールドタイプだ。
何でも、魔力を高めると物理攻撃のほとんどを弾き返せる代物で、名は蓮香というらしい。
「これで、坂野を守れるよ」
「無理しないでね。昨日、見たでしょ? 私、強いんだから」
横山くんが、私の耳元に口を寄せてくる。
「知ってるよ。それに、すごく柔らかいっていうのも」
朝から、何を言い出すの?
恥ずかしくて顔から火が出そう。
私は、下を向いてしまう。
恥ずかしくて、横山くんのこと見れないよ。
「えへへ。そんなに恥ずかしがらないでよ。あれは二人だけの秘密にしよう」
「もう。意地悪なんだからー」
桜が後からやってきて、体を曲げ片眉をあげる。
「何を朝からいちゃついてんの?」
「い、いちゃついてなんか……。ないと思う……」
「まったくもう。紗季は、免疫無いんだから、舞い上がるのもわかるけど。 しっかりしなさいよ。ほんとにー」
「わ、わかったわよ。そんな風に言わないで」
教室に入り、席に着くと、岩井くんが駆けてきた。
隣の席の横山くんに、必死の形相ですがりつく。
「横山ー! 俺たち友達だろう? なんで、お前だけいい目見てんだよ? 俺にもおすそわけしろよー。頼むからさー」
横山くんは、困った顔で私をチラリと見る。
私が頷くと、岩井くんに諭すように言う。
「あのさ、俺、坂野と付き合ってるんだ。だから、おすそ分けとかそんなのできないよ。ごめんな」
岩井くんは、驚いた顔をして横山くんと私を交互に見る。
岩井くんは、頭をぶんぶんと振り、ついで落ち込む様子を見せる。
「なんでだよー。なんで、お前だけにかわいい彼女ができるんだよー。
坂野のこと俺も密かに狙ってたのにさー。そりゃねえよ」
うーん。なんでかわからないけど、私が悪いことしたような気になってくる。
そんなに落ち込まないでよ。私程度のことで。
「あのさ、岩井くん。そんなに落ち込まないで、私なんかで落ち込むのはおかしいわ。胸だって小さいし」
岩井くんは、私を驚きの目で見る。今にも泣き出しそう。どうしたらいいんだろう?
「くそー。初めて坂野とまともに会話できたと思ったら、慰めかよ。
ちくしょう。ついてねー」
あらら。逆効果みたい。こういう場合、どういうのがいいんだろう?
さっぱりいい案が浮かんでこない。
桜が、トントンと机を指で叩く。
頬杖を着きながら、岩井くんを見る。
「あのねー、岩井くん。そんなだから、紗季を横山くんに取られたんだよ? わかる? 女はね、強い男に惹かれるの。
今度の模擬戦で、横山くんをやっつけちゃいなさい。
そしたら、紗季がなびくかもよ」
また、桜は適当なことをいう。岩井くんの目が輝きだした。
ちょっと、どうすんのよ? 変な誤解してるよ。絶対。
岩井くんが、横山くんを見下ろす。その目が燃えている。
「横山! 今度の校内模擬戦で、お前を完膚なきまで叩きのめすぜ!
覚悟しとけ!」
岩井くんは、言いたいことだけいうと、自分の席に戻っていった。
「ちょっと、桜! 変なこと言わないでよ!」
「えー? だって、ああでも言わないと、彼、納得しないよ。
ようは、横山くんが、模擬戦で優勝しちゃえばいいだけの話じゃん。
この前も、ベスト4には残ってんだからさー。それぐらいしないと、
この先、敵から紗季を守れないでしょ? ね、横山くん?」
横山くんの方を見ると、横山くんは真剣な眼差しで私を見る。
きゃっ。凛々しいぞ。
「坂野! 仙谷の言う通りだ。俺、強くなるよ。
そのためだったら、何でもする」
「うん。ありがとう」
昼休みになり、パンを購買部から買って、教室に戻ると男子たちに囲まれた。
「なあ、模擬戦で買ったら付き合ってくれんのか? ほんとか?」
「強い奴が好きなんだろ? 俺、頑張るぜ!」
「マジかよ! マジで付き合ってくれんのかよ!」
わいわいと騒がれ、私が驚いていると、桜が教壇に立ち手を叩いた。
「はいはい。その件に関しては、私が仕切らせてもらうわ。
いまね、紗季は横山くんの彼女よ。でもね、これは暫定措置。
紗季は、強い男が好きなの。今度の模擬戦で、優勝した人の彼女になるわ。みんな頑張って」
『おおおおー!!』
男子達が、雄叫びを上げ、クラスは異様なムードになる。
ちょっと、なんてこというのよ桜!
私が、桜へ駆け寄ると、桜は平然と自分の席に座って、お弁当を広げだした。
今日は、珍しくお弁当を持ってきたと思ったら、こういうことだったのね。こいつわー!
「ちょっと、桜! いい加減なこと言わないで!
優勝した人と付き合うとか、私、そんなことしないわよ!」
桜は、私に手招きをする。私が顔を近付けると、囁くように言った。
「何言ってんのよ。いい? 横山くんが強くならないと、あなたも横山くんも死んじゃうんだよ? それでもいいの?
これで、男子たちはいつもの手を抜いたやり方でなく、全力で優勝を目指すわ。
それぐらい勝ち抜けないと、横山くんはあなたの彼氏になる資格なんてない。今のままだと、すぐ命を落とす。これは彼のためでもあるのよ」
「で、でも。もし、他の人が優勝したらどうするの?」
「決まってるじゃないの。その時は、その子を私が倒すわ。
そして、女に倒されるような男は嫌いってあなたが言えばいいだけ。
もし私が負けたら、女に手を出すような人は嫌いって言ったらいいのよ」
桜は、そういってニコニコと笑う。しらなかった。桜って悪女なんだ。
私なんかより、恋愛に関しては一枚も二枚も上手だ。
私は、変に納得して買ってきたパンを食べた。
気のせいか、三角チョコの味がいつもよりほろ苦く感じた。
放課後になった。
いつの間にか、模擬戦の優勝者と私が付き合うという話は、全校に知れ渡っていた。
横山くんは、攻撃魔法に磨きをかけるといって、すぐに教室を飛び出して行ってしまった。
桜も、いつも通りバスケ部の練習に行ってしまって、私はなんだか身の置き場がなく、図書室へ向った。
寮の自室はまだいいけど、食堂でみんなと顔を合わせた時、どんな顔をすればいいんだろう。
適当に本を取って、ペラペラとページをめくるけど、まったく頭に入ってこない。
私の頭をショパンのピアノ協奏曲 第1番 ホ短調が流れる。
なんだか、重奏な曲が物悲しく思えてくる。
私の周りを3年生の女子生徒が囲む。その数5人。
こんな時でも、相手の立ち位置、武器の有無を私は確認している。
誰がどのぐらいの強さで、どこが突破口になるか、計算している。
そんな自分に苦笑していると、女子生徒の一人が私の肩に手を置いた。
「あんた、2年の坂野だろ? なんか、イライラするのよねー。
自分が可愛いと思って調子に乗ってる娘みると。
ちょっと、顔貸してくれない?」
どうやら、この女子生徒が中心人物らしい。
とすれば、この女子生徒を倒せば、他は恐れをなして、退散するだろうか。
多人数とのセオリーなら、戦力がもっとも低く確実につぶせるものから倒すべきではあるけれども。
たしかに、図書室で騒ぎを起こすと、他の生徒の邪魔になる。
どうせ、校舎裏かトイレにでも連れて行くつもりだろう。
私は、立ち上がり肩に手を置いている女子生徒を見た。
ショートボブで、黒縁のメガネをかけ、肥えている。タプタプして顎がない。
何を食べたらこんなに太れるんだろうか? 私も少し太ったら、胸が少しは大きくなるかな?
私が、そんなことを考えていると、黒縁メガネの横にいた歯並びの悪いおさげ髪が目を釣り上げる。
「何、ぼーっとしてんのよ! さっさとこっちに来なさいよ」
おさげ髪は、にきびの跡が、目立つ。ちゃんとケアしなかったのだろうか
?
5人に囲まれるようにして、私は屋上までついていった。
黒縁メガネとおさげ髪以外は、私に敵意のある目を向けてこない。
どうやら、この二人に言われて、いやいやついてきているようだ。
となれば、他の三人を痛めつけるのはかわいそうか。
「さて、何のご用件ですか?」
黒縁メガネが、鼻息荒く私に掴みかかってくる。
「きー! なんなのよ、生意気な!
あんたが変なこというから、男子達がおかしなこと言ってんのよ!
いますぐ模擬戦のこと取り消しなさいよ!」
おさげ髪がキンキンとした声で、叫ぶ。うわー、これは耳が痛い。
「そうよ! そうよ! あんたのせいで、神山くんとかまで模擬戦出るとか言ってんだからね!
言うこと聞かないと、痛い目見るわよ!」
「いえ、私が言ったわけじゃないんです。わたし、彼氏いますから」
黒縁メガネとおさげ髪が、私の言葉に一瞬キョトンとして顔を見合わせた隙をついて、黒縁メガネの手を逆に取って、後にまわりひねり上げた。
「いたたた。何すんのよあんた!」
「私を痛めつけるつもりだったんでしょ? これは正当防衛です」
おさげ髪が、詠唱を開始しながら、他の3人を睨み付ける。
他の3人も詠唱を開始した。
「いいんですか? わたし、このふくよかな人を盾にしますよ?」
おさげ髪が驚いた顔をして、詠唱を止めたのを見て、
私は、黒縁メガネの手を放し、おさげ髪の目の前に飛び込んだ。
体が勝手に、一本抜き手をおさげ髪の目に突き入れようとしてしまう。
半ばまで抜き手を繰り出している時に、私はそれに気付き、手を広げて、のど輪に変化させた。
「うげっ」
おさげ髪は、ヒキガエルみたいな声をだして、その場に蹲る。
他の3人に私が微笑みかけると、3人は後ずさりしていく。
私は、詠唱を開始しようとしている黒縁メガネにスタスタと近付いた。
「こないでよ! 丸焦げにするわよ!」
「今のでわかってるでしょ? 私が本気になればあなた死にますよ」
そう言って、私が口角を上げ、殺気を黒縁メガネに向けると、ぶるぶると震えながら、黒縁メガネは、その場に尻もちをついた。
ブルーの下着が見える。なかなか凝ったデザインだ。素材はシルクだろうか?
陽の光に当たって、キラキラと輝いている。
私もシンプルな物ではなく、こういうのを履いた方がいいだろうか?
横山くんはどういうのが好きだろう?
私が、黒縁メガネの下着を見ながら近付くと、黒縁メガネは、後ずさる。
「や、止めて……」
「止めてもいいけど、一つ教えてもらえます?」
「な、何?」
「その下着、どこで買いました? 可愛いですよね」
黒縁メガネは、口をぽかーんと開けて、私を見る。
私は、ニッコリと微笑んだ。
5人組と別れ、私は図書室には戻らず、校舎を出た。
校門前で、白峰先生に会って、護衛を付けると言われたけど、断った。
寮に帰るのも何だか気が重かったので、ショッピングモールに向かうことにする。
イチョウの並木道を歩く。黄色く染まった木は、西日に照らされてキラキラと輝いている。
白い制服を来た漣高校のカップルが私の前を手をつないで歩いている。
どちらもすごく楽しそう。
きっと、一緒にいるだけで、暖かいんだろうな。
不意に横山くんに会いたくなったけど、邪魔をするのも悪い気がする。
そういえば、こんな風に目的もなくぶらぶらするのは初めてのことだ。
普通の女の子だったら、みんなやってることなんだろう。
10分ほど歩き、ショッピングモールについた。
まだ、クリスマスまでは1月以上もあるというのに、
クリスマスの飾り付が至るところにしてある。
流れている音楽もクリスマスに関連したものばかり。
なんか変な感じ。
靴屋さんを覗いていたら、女性の店員さんがにこやかに寄ってくる。
「いらっしゃいませ。こちら人気の商品ですよ」
そう言って勧められた物は、ヒールが高くつま先が空いているシューズ。
紐も細く、蹴りの一回でもしようものなら、すぐにダメになっちゃいそう。
私は手をひらひらと振りながら、お店を出る。
目的もなく、ウィンドウショッピングを続けていると、不意に声を掛けられた。
「一人? よかったら、少し時間いい?」
白い学ランを着た、その男の子はニコニコと私に近付いてくる。
私は愛想笑いを返しつつ、その男の子の反対方向へ歩き出す。
「ね、今、悩んでるでしょ?」
「ええ。そうよ。いきなり話しかけてきた変な人をどうやったら振り切れるか考えてる」
「またまたー。可愛い顔して言うねえ。俺、テレパスだからさ、わかるんだよ? ね、彼女ってば」
テレパス? 感知能力とかを持ってる能力者か。
そんな便利な能力もナンパに使われたら、学園都市の維持運営のために、税金払ってる人たちは、たまったものではないかもね。
「ついてこないで。私、用があるの」
「嘘ばっかし。どうやって、時間潰そうかってさっき思ってたでしょ?
おほっ。今は全然見えねえや。さすが井上学園にいるだけあるね。
ね、君かなりレベル高い魔法士? 俺、宮元っていうんだ?
君、名前は?」
聞きもしないのに、名前を名乗ってくる宮元くんは、私の行く手を塞ぐように動く。
私が構わず先に進もうとすると、その先に立ち塞がる。
「どいてくれない?」
「怒った顔もいいね。いいじゃん、ちょっとお茶だけ付き合ってよ」
「嫌よ」
私は少しむっとして、左にフェイントをいれ、すっ反転して後に進む。
宮元くんは、そう動くとわかっていたかのように、後に回ってくる。
心は読まれていないはずなのに、どうして?
宮元くんは胸を張る。
「へへへ。すごいでしょ?
テレパスっていうのは別に心を読むだけじゃないんだぜ?
予知もできるんだよ。
今、数秒先の未来を予知してたってわけ」
私が少し感心して、口を開くと宮元くんも同時に同じことを口にした。
『すごいのね』
私は、驚いて口に手を当てる。
「すごいっしょ。てゆうか、こんなにしつこくしてるのはね、君が僕と一緒にお茶してるビジョンが最初に見えたからなんだ。
ちょっとでいいんだ。そこのスタバで、お茶しようよ」
私は、苦笑しながら、宮元くんとスタバに向った。
私は、スタバに来るのは初めてだ。
宮元くんは、慣れている感じで、さっと注文する。
「俺、キャラメルフレペチーノ、トールで。彼女は、えっと何にする?」
いろんなものがあって、目移りしてしまう。
私は、取り敢えず抹茶クリームフレペチーノを頼んでみた。
Sはスモール、Tっていうのは、さっきトールっていってたわね。
Gはなんだろう? ジャイアント?
店員さんが、サイズは何にするかと聞いてくる。
よくわからないので、私は適当に答えてみた。
「えっと、じゃあジャイアントください」
店員さんが、キョトンとした顔をする。あれ? 違ったかな?
「グランデでございますね。ご注文を繰り返させていただきます。……」
席につくと、宮元くんがケタケタと笑う。
「彼女、面白いね。ジャイアントって最高だよ」
だって、初めてなんだもん。そんなに笑わなくてもいいじゃないの。
何だか、恥ずかしい。
「こういうところ来るの初めてなんだ。だから、知らなかったの」
「え? ホント? じゃあ、俺が初めての相手?
ラッキー。こんな綺麗な子の初デートの相手なんて」
デート? ただ、お茶するだけでしょ?
なに言ってんの?
「あ、何言ってんのこの人って思ってるね?」
え? 心を閉ざしてるはずなのに、この人、私の心が読めるの?
だとしたら、私がベル=ロッコを襲ったってわかるかもしれない。
いや、最初から私を狙ってきたのか、探りにきたのか。
私が自然と鋭い目つきになると、宮元くんは笑う。
「あはは。テレパスなんて使わなくても、その顔みりゃどんなこと考えてるかわかるって。ね、名前教えてよ」
何だか、調子が狂っちゃう。私はつられて笑ってしまう。
「私は、坂野。坂野紗季よ。井上学園の2年生」
「おっ! タメじゃん! 俺は、宮元慎二。見ての通り、漣高校だよ。
よろしくね」
「宮元くんは、いつもこんな風にナンパしてるの?」
「いや、してないよ」
「嘘。さっきのなんて、手馴れてたわ」
宮元くんは、急に真剣な顔になって、私をじっと見る。
私は、ちょっとドキリとして、目を逸らした。
「俺ね、テレパスだからわかるんだ。君とは、何か運命を感じる。
この先、君と絶対に何か深い関わりを持つことになる。
だから、声をかけたんだ」
テレパスじゃない私でもわかる。彼の言葉には嘘はない。
彼は、本当にそう思ってる。
「運命って? わ、私、ちゃんと彼氏いるよ」
「別に恋人になるとか、結婚するとかだけが運命の人ってわけじゃないよ。 まあ、そうなった方が俺としては嬉しいけどね。
それにさ、こんな彼女をほっとくなんて、それって彼氏失格だよ。
ね、紗季ちゃん、そいつと別れて俺と付き合っちゃわない?」
やっぱりこの人、軽いわ。なんてこと言うのかしら。
私がぶすっとした顔をすると、宮元くんは携帯をだしてくる。
「ごめんごめん。怒った? 連絡先交換してよ。
冗談抜きに、俺の力が必要になると思うからさ」
さっきの彼の言葉に嘘はないと思うけど、連絡先を交換していいものだろうか?
横山くんは嫌がらないだろうか。他の男の子と連絡先を交換するなんて。
そういえば、私、まだ横山くんの携帯番号とかメルアド知らない。
私が携帯を取り出すと、横山くんが携帯アドレス交換のアプリを立ち上げた。
私も同じようにアプリを立ち上げる。
「よし。これで、紗季ちゃんにいつでも連絡取れるね。
まあ、俺テレパシーでいつでも連絡取れるんだけどね。きししし」
私が、キョトンとしていると宮元くんは、人差し指を立てた。
「でも、こうした方がなんか普通の高校生っぽいでしょ?」
「うふふ。そうね。確かに私たち普通じゃないもんね」
「でしょ? なははは。紗季ちゃんは、笑顔が可愛いね」
「そんなにお世辞いっても、何もでてこないよ」
「ほんとさあ。モテるだろ?」
「えー? そんなことないよ。
なんか、今は学校で変なことになってるけど」
「なるほど。模擬戦の優勝者と付き合うんだ」
どうやら、彼の話術に乗せられて、私は心を開いてしまっていたらしい。
それにしても、心を覗くのはエチケット違反じゃないの?
「もう、勝手に覗かないで」
「ごめんごめん。俺さ、意識してなくても勝手に人の心を覗いちゃうんだよ。
でさ、仲いいやつには見えた内容をその場で話すようにしてるんだ。
内緒にしてる方が、悪いような気がして。
そんなだから、友達なんてほとんどいないよ」
宮元くんは、そういって寂しい顔をする。
彼も孤独なのか。少し前の私と一緒なのか。
「なんかさ、紗季ちゃんは俺と同じ匂いがするんだよね。
孤独感っていうのかな」
私もそんな気がする。時折、言葉の端々にそんな感じを受ける。
店員さんが、注文の品ができたと告げる。
宮元くんが、受け取りにいって戻ってきた。
うわー。なんか美味しそう。でも、どうやって食べるんだろ?
最初に上のクリームを混ぜるのかな?
私が、ストローで、啄いていると宮元くんが、不思議そうな目で見る。
「まさか、食べ方わからないとか言わないよね。こうやればいいんだよ」
宮元くんが、大口を開けてキャラメルフレペチーノの上の部分をパクリと食べた。
私が驚いていると、宮元くんはニコリと笑う。
私も釣られて笑ってしまう。
「ね? やってご覧よ。好きなように食べるのが一番さ」
「そうね。ふふふ」
私も宮元くんを真似しようと思ったけど、私の抹茶クリームフレペチーノは宮元くんのよりも、一回りは大きい。口に入りきらないな。これだと。
私は、できるだけ大きく口を開け、クリームにかぶりついた。
宮元くんが、私を見て楽しそうに笑う。
私も、何だか楽しくて笑ってしまった。
「彼氏じゃなくてもいいから、友達になってくれないか?」
宮元くんなら、いいかもしれない。悪い人ではないだろう。
それに、ネオ教会がどんな動きをしているのかといった情報も欲しい。
「ええ。いいわよ」
「そんじゃ、握手しよ」
宮元くんが差し出した右手を私は握った。
最初は、ニコニコしていた宮元くんが驚いた顔をして手を放す。
「どうしたの?」
「い、いや……。紗季ちゃんに、そんな戦いの経験があるなんてわかんなかったからさ。
すごいんだね。びっくりしたよ」
「何が見えたの?」
「いや、はっきりとじゃないけど、何人も倒してるよね?
紗季ちゃんは、井上学園で、すごく強い方でしょ?」
「うーん。どうだろ。私、模擬戦に出たことないから。
女の子で出る人あんまりいないしね。魔法はすごく下手くそだよ」
「俺を騙そうとしてる? こんなすごいエネルギー持ってて、弱いわけないよ。おまけに、外にまったくそれを出してないなんて。
ネオ協会の上の方の人でも、こんな真似できないよ」
そうなのだろうか? きっと宮元くんは、私の殺しの技を感じ取ったんだろう。
それなら、納得できる。
「私のことはいいから、宮元くんの話をしてよ。
どうやって、能力を発現したとか。いま、レベルどのぐらいだとか」
「俺? 俺は生まれた時から、エスパーだったよ。
テレパスとしての能力が得意ってわけじゃなくて、
違う能力が強いんだけど、それ嫌いなんだよね」
「どうして?」
宮元くんは、うーんといって、頭をかく。話すべきかどうか迷っているみたいだ。
「宮元くん、さっきわかったでしょうけど、私は人を殺めてきたわ。
それも一人や二人じゃなくてね」
「そうだね。そんなところまで似てるってわけか。
たはは。まいったなこりゃ。
俺ね、テレキネシスが強いんだよ。レベル8。
その気になれば、ビルだってへし折っちゃう。
漣高校に来たのもね、能力を高めるためじゃなく、
制御するためなんだよ。
暴走して、たくさん人を殺しちゃったことがあるから……」
宮元くんから、後悔の念が溢れているのがわかる。
彼は、その力に苦しめられ、ずっと悩んできたんだろう。
人殺しの技を身につけてしまった私には、その気持ちがわかる。
きっと、生きることに意味を見いだせないまま、日々を過ごしているに違いない。
「宮元くん、その気持ちわかるよ。私もね、ずっと悩んでいたんだ。
何年も自分の死に場所を探してた。
でもね、やっと今になって生きててよかったって思えるようになったんだ。
ある人が、私の全てを受け止めてくれたんだ。
わたし、その人となら、一緒に生きていけると思うの。
きっと、宮元くんにもそういう人が現れるよ」
宮元くんは、チェっと舌打ちして、ストローを咥えて上下に動かす。
「そいつが羨ましいよ。紗季ちゃんにこんなに思われてさ。
でもまあ、紗季ちゃんも魔力が強すぎて、制御か封印するかするために、
井上学園に通ってるんだね。俺たち、ホントに似てるね」
私が通ってるのは、魔力が強いからじゃないんだけどな。
まあ、それは伏せていた方がいいだろう。
「うふふ。そうね」
「ところでさ、紗季ちゃん。敵意を持った連中が、
モールに集まってきてるんだよ。最近、魔法院の人も殺されてるだろ?
魔族の連中じゃないかって噂があるんだけどさ。
どうする? まだ離れてるから、逆をつけば脱出できそう」
「じゃあ、すぐに出ましょう」
私は、宮元くんに先導してもらって、ショッピングモールを後にした。
寮まであと少しのアーケード街を抜けようかという時に、
行く手を塞ぐ男たちが現れた。
「くそ。コイツら離れたところから、意識を遮断してやがった。
紗季ちゃん離れて、ここは俺が」
私は辺獄を抜き、宮元くんの前に出る。
私の戦いに彼を巻き込むわけにはいかない。
男たちは、抜刀し私に向かって走りだす。
「問答無用ってわけね。ただやられるわけには行かないわ!」
私が走り出すと、男たちの体が、後方に吹き飛んだ。
驚いて宮元くんを見ると、彼は髪を逆立て、
凄まじいサイコエネルギーを放出している。
「なんだ。紗季ちゃんを狙ってる奴らか。でもさ、俺たち友達だろ?
ちょっとは俺のこと頼ってよ」
「え? でも、私を狙ってきてるのよ。巻き込むわけにはいかないわ」
「いいって。いいって。俺、こんなのしょっちゅうだからさ」
屋根の上から、男が一人飛び降りてきた。
私は、辺獄をムチに変えて、男の首を落とす。
続いて、魚屋さんに潜んでいたショットガンを持つ男の銃弾を、
上空に跳んで避ける。
散弾が、空中で制止する。宮元くんの能力か。
すごい。ベル=ロッコの時も感じたけど、
高レベルのエスパーは、凄まじい能力を持っている。
私は、苦無をショットガンの男の眉間に打ち込み、商店街の出口に走り出す。
宮元くんは、空中に浮遊しながら、私の後に続く。
「うわちゃー。えらい騒ぎになったな。
これなら、最初から公園にいったほうがよかったね」
宮元くんが通り過ぎたお店は、どこも商品が吹き飛ばされ、
めちゃくちゃだ。
それにここだと、関係ない人たちを巻き込んでしまう。
私は、大池公園に向かって走った。
大池公園は、1周500Mほどの池を中心とした自然公園だ。
日が落ちると、だいぶ寒くなってきているから、きっと人が少ないはず。
公園には、思ったとおり、人がいなかった。
ここなら、思う存分戦うことができる。
私が池を背に、辺獄を構えていると、宮元くんが不思議そうに聞いてくる。
「そんなに魔力高いのに、なんで魔法使わないんだい?
あんな奴ら、よって来る前に一発だろ?」
えーっと。なんて説明すればいいんだろう。
私は、どうやら魔力はあるみたいだけど、
今日は触媒もってきてないし。魔法は使える自信がない。
「話せば長いような短いような。とにかく、今は使えないの」
「なんで? 今だって、それ魔力で操ってるだろ?
マジックミサイルとかで、バシーっとやっつければ?
俺がやっちゃうと、歩道とかめちゃくちゃになっちゃうぜ?」
うーん。ポーズだけでもやってたほうがいいかしら。
私は、取り敢えず授業で習った呪文を唱える。
「我が意思は、あだなす敵を貫き、我が言葉は、刃となりて、敵を切り裂く。天と地の狭間において、光の矢を放つ……」
私が詠唱をすると、ポウッと手が光り輝きだした。
信じられない。私は今、魔法を使おうとしている!
触媒なしに使おうとしている!
「シャイニングアロー!」
私の手から、いくつもの光の矢が放たれる。やった! できたんだ!
魔法が使えたんだ!
光の矢は、まばゆい光を放ちながら、螺旋状に渦巻いて左に大きく逸れ、 追っ手たちには当たらず、道路に駐車してあった車を、数台吹き飛ばした。
うそ? 全然狙ったところと違う。
追っ手は、その光景に驚き一瞬動きを止める。
わたしは、気を取り直して堂々と告げる。
「今のは、警告よ! 見てのとおり、私は高レベルの魔法士よ。
それに、ここにいる宮元くんは、レベル8のエスパー。
あなたたちに、勝ち目はないわ。大人しく、引きなさい。いいわね」
追っ手たちは、互いに目を合わせ、後退していく。
よかった。口から出たでまかせを信じてくれて。
私がほっとして、息を大きく吐くと宮元くんが、空中浮遊をやめて、
降りてきた。
「すごいんだな。紗季ちゃんも。いまの全力じゃないだろ?
それにしても、すごい曲げ方したね」
「ええ。あれぐらいしないと、威嚇にならないと思って」
「紗季ちゃんは、レベルどれぐらいなの?
今の威力みるとレベル4以上の上位ってのはわかるけどさ」
「え? 私? いや、そのまあレベル1……」
「うっそ? あんなんでレベル1の訳ないだろ?」
「ほんと。実は、魔法を自力で使えたの、今のが初めてなんだ」
宮元くんは、目をぱちくりとさせたあと、腹を抱えて笑いだした。
「あははは。こりゃ傑作だ。あははは」
「もう! そんなに笑わないでよ。
自分でも、恥ずかしいと思ってるんだから」
「いやいや、ごめんごめん。紗季ちゃんは、自分のことがわかってないって思ってね。
制御の仕方がわかってないだけだよ。ショッピングモールでも感じたし、 今の魔法を見ていうんだから、間違いないよ。
君は、井上学園でも5本の指に入る実力者だよ。
漣高校1000人のエスパーの中で、4人しかいないレベル8の僕が言うんだから間違いない」
「ほ、ホントに?」
「本当さ。間違いないって」
そか。何だかよくわかんないけど、ちょっと嬉しいかも。
嘘ついて、井上学園にいたけど、魔法が使えるなら本当の生徒になれるもんね。
よかった。横山くんとずっと一緒にいれる。
「どうしたの? 急に笑ったりして」
「ううん。何でもないの。気にしないで」
「えー? 気にするよー。俺の能力みて、惚れちゃったとか?」
「知りたければ、心を読めばいいでしょ? エスパーさん。うふふふ」
「いや、紗季ちゃん今は完全に遮断してるでしょ?
何考えてるのかわかんないよ」
「そう? うふふ」
私が笑っていると、地上から2M程の空中に魔法陣が現れた。
すーっと横山くんが現れる。
横山くんは、炎の衣をすでにまとい、臨戦態勢だ。
「坂野! 大丈夫か? 敵は?」
「大丈夫よ。いま、逃げていったわ」
「よかった。無事で。君の魔力が高まると、追尾するようにしといたんだ。 上手いことこれてよかったよ。俺、移動系はあんまり得意じゃないからさ」
宮元くんが、耳を小指でほじりながら、横山くんに近付く。
「ほんとになあ。得意じゃないって言う程のもんでもなく、
役たたずじゃねえの?」
「なに? お前誰だよ、いきなりよー」
横山くんが、宮元くんを睨む。なんか、変な雰囲気になっちゃった。
「ちょっと、止めて。二人とも。
宮元くん、いきなり何でそんなこと言うの?」
「だって、そうだろ? 敵をおっぱらった後で来ても遅いつうの。
紗季ちゃんに何かあってたら、どうするつもりよ。お前よ?」
宮元くんの言葉に、横山くんの顔色が変わる。
今にも殴りかかりそうだ。
止めて、二人共。
「紗季ちゃん? 俺の坂野に随分馴れ馴れしいじゃねえか!
お前こそ、ふざけんな!」
「俺の坂野? お前、紗季ちゃんの彼氏か?
彼女も守れねえで、彼氏面かよ?!
今すぐ別れな! 俺なら紗季ちゃんを守ってやれる!
俺なら、どんな大群が来ようと、すぐさま殲滅できる!
紗季ちゃんは、俺と同じなんだ! 俺の運命の相手だ!」
横山くんが、宮元くんの胸元を掴む。
私は、横山くんの手を掴む。
「止めて! 喧嘩なんてしないで! お願い!」
横山くんが手を放して、私に帰ろうと促す。
私は、宮元くんをチラリと見て、公園の出口に向かって歩き出す。
「おっと、まだ話は終わってないんだけどなあ」
「宮元くん止めて! お願いだから。横山くんは、私の恋人なの。
私の友達なら、変なこと言わないで」
「ごめんな紗季ちゃん。でもな言わせてもらうよ。
コイツの魔力、君に比べて、随分見劣りするよ。
こいつと一緒の時、襲われたらどうするよ?
自分の身だけじゃなく、こいつの心配もしてたら、
そのうち君が殺られてしまうよ。
俺は、そんなの耐えられない。
弱いこいつのために、君が傷つくのなんて」
横山くんが、振り返りすごい顔で、宮元くんを睨む。
「黙ってればいい気になりやがって! 俺の力見せてやろうか!」
「はん。弱い奴が吠えても、俺には勝てないぜ? やってみるかよ?」
横山くんが魔力を高め、詠唱を開始する。
もう、どうしてこうなるのよ?
私の大事な人たちが、なんでいがみ合わないといけないの?
どうしたらいいのか、わからないよ。
横山くんが、雷神魔法を唱える。
青い稲妻が、幾筋にも別れて宮元くんに襲いかかる。
私は、怖くて顔を覆ってしまった。
耳をつんざく衝撃音のあと、宮元くんの落ち着いた声が聞こえた。
「あん? 今何かしたか?」
宮元くんは、何もせずに立っている。
宮元くんの周りの地面は、焼け焦げていて、煙をあげている。
横山くんは信じられない顔をして、立ち尽くす。
攻撃魔法が得意ではないといっても、横山くんとて前回の模擬戦では、
ベスト4に入っている。
レベルは6。井上学園でも、上位20人には入る実力者だ。
「お、お前いったい? 何者だ?」
「俺か? 俺は、漣高校の宮元。レベル8の能力者さ。
じゃ、今度はこっちからいくぜ」
宮元くんの髪が逆立ち、歩道を削りながら、衝撃波が横山くんに走る。
横山くんの張り巡らしていた魔法防御壁は、あっと言う間に消し飛び、
横山くんは後方に吹き飛ばされた。
私は、横山くんが地面に激突する前に、追いすがり体を受け止めた。
衝撃波を受けた横山くんが、うめき声を漏らす。
「横山くん! しっかりして!」
私がゆすると、ごきんという変な感触が手に伝わってきた。
魔法防御壁をはり、魔法衣を着込んでいたというのに、
横山くんは鎖骨を骨折している。
宮元くんの放つ衝撃波は、おそろしい威力だ。
しかも、今のは軽く撃っていた。
「ひどいよ。宮元くん、こんなことするなんて!」
宮元くんは、口をへの字に曲げ、チエっと舌打しながら近付いてくる。
「や、止めて! 横山くんにもうひどいことしないで!」
「わかってるよ。もうしないよ。でもさ、紗季ちゃんもわかっただろ?
コイツは、紗季ちゃんの横に居ていいやつじゃない。
今の攻撃だって、君なら避けるなり、弾き返すなりできたはずだ。
俺たちとこいつでは、次元が違うんだよ。
それにこれは、こいつのためでもある。
今の内に、実力をわからせてやらないと、こいついずれ死ぬよ」
どうして? どうしてそんなこと言うの?
横山くんは、私を思ってくれている。
私の全てを受け入れてくれている。横山くんと離れたくないよ。
でも、もし、宮元くんが言うように、私と一緒にいて、
横山くんに何かあるんだったら、私は、私は……。
私は、宮元くんに反論することもできず、きゅっと口を結ぶことしかできない。
横山くんの意識が戻り、うっと顔をしかめる。
「だ、大丈夫、横山くん? 鎖骨折れてるの。他に痛いところない?」
「大丈夫だよ。これぐらい平気だ」
横山くんは立ち上がり、宮元くんを見る。
どうして、こんなことになるの?
大好きな彼氏と、分かり合えると思った人がなんで、
憎しみあわなければならないの?
「はん。やっとお目覚めか。普通だと、お前、死んでるよ。
わかってるだろ?」
「悔しいけど、今はお前にかなわない。でもな、俺は強くなって、
お前を絶対負かすぞ! 絶対に坂野から離れない。
絶対に坂野を守ってみせる」
「絶対、絶対って、お前は小学生かよ。冷静に、分析できないのかね?
まあ、いいや。そのうち、紗季ちゃんもらいにいくよ。
じゃね、紗季ちゃん連絡するから」
宮元くんは、スタスタと行ってしまった。
横山くんは、歯を食いしばりながら、折れた鎖骨に回復魔法を施している。
「坂野、あいつは?」
「う、うん。ショッピングモールで知り合ったの。
でも、あんなひどいこと横山くんにするなんて……」
「いや、いいんだよ。あいつの言ってることもっともな部分もあるしさ。
悔しなあ。彼女に守ってもらうなんてさ。
でも、俺、やられっぱなしじゃないぜ。今、契約の準備してるんだ。
絶対に成功させる! そして、坂野を守る!」
魔法には、様々なものがある。低位の魔法だと契約の必要はないが、
高位の魔法が使いたい場合は、魔獣と契約をする必要がある。
でも、もし失敗したら魂を引き裂かれて、転生することもできない。
地獄の苦しみを永遠に味わうことになる。
通常は、何年も準備期間を設け、契約を行う。
それをこんな短期間でやろうとするなんて、自殺行為だ。
「横山くん、お願い。私のために、危険な真似はしないで。
私なら大丈夫だから」
「いやいや、坂野のためじゃないよ。
なんか、無茶する自分に酔ってるだけさ。彼女のために命をかける! ね? かっこいいだろ?」
横山くんが笑顔になる。
この笑顔が見れなくなるなら、私は死んだ方がマシだ。
私なんて、人を何人も殺してきて、生きる価値なんてないのに、
こんな私のために、危険を顧みず契約しようとするなんて。
愛しい。横山くんが堪らなく愛しい。
私は、横山くんを抱きしめる。
きゃっ。横山くんが私の胸に顔を押し付けてくる。
びっくりして、私はさっと離れた。
「えへへ。これで、元気満タンだ」
「もう、エッチなんだから」
「でもさ、坂野ってさ」
「ん? 何?」
「結構胸あるんじゃない? すごく柔らかかったよ」
「もう、意地悪!」
私は、べーっと舌を出す。横山くんは、笑っている。
私も強くならないといけない。
敵がもう襲ってこないぐらいの強さを身につけないといけない。
忍びの残党を狩り尽くせるような強さを身につけないといけない。
横山くんのためなら、私は修羅になれる。
彼の笑顔を見るためなら、私はどんなことでもする。
私は魔法が使えるらしい。ならば、その力を磨く。
それが、今考えうる最良の方法だ。
そして、今後どんなことがあろうとも、それを受け入れよう。
横山くんと別れることになっても、彼が幸せでいてくれさえすればいい。
そう強く思った。




