決意の残滓
ぼんやりと真っ白な天井を眺めながら、イロイロな事を思う。
核を受け取ってから、どうやって山を降りたのかあまり覚えていない。気が付いたら山の麓まで来ていて、農家の老夫婦に見つけられた。事情を説明した所、すぐに病院と警察、討伐隊に連絡をしてくれた。優しい人たちで本当に良かった。
先程、医師から外傷が殆ど無い事と、一応の確認の為に検査をすることが伝えられた。
外傷が無いのは自分自身が1番理解しているが、検査は大丈夫なのだろうか?変な数値出さないと良いけどな…と密かに思う。
ぼんやりとした視線をふと動かして扉を見た。ガラッと少々乱暴に開けられた扉から、二十代前半の男性が入ってきた。服装は討伐隊のもの。一目で、その男性が命をかけた戦いをくぐり抜けてきた人だと分かる。
「あの…」
「小此木音環だな?俺は矢戸神と言う。討伐隊関東地区1番隊の隊長だ」
「矢戸神…隊長さん?」
手近にあった椅子を手繰り寄せ、私と視線の高さを合わせるように座る。
まるで獣のような、鋭い眼光が私を見ている事が酷く落ち着かない。
「まどろっこしいのは抜きだ。単刀直入に聞く。……お前、どうして助かった?」
「…」
ほんとに単刀直入だなと思う。そして絶対に聞かれる事だと思っていた。
「…わ、分からないです…。気が付いたら山の中で…」
下手な説明はしない。分からないと言っておけば、答えようが無いんだから。
「嘘だろ」
「…え?」
「そんな嘘をつく理由は何だ?そんなもの俺に通じるとでも?お前は、今後人類が生き延びる為のきっかけになるんだぞ」
即バレるとは思わなかった。やっぱり、小娘なんかじゃ敵わないのかな。そうは言っても、異形から核を受け取りました、なんて証拠も無い話をどうやって…。
「大体、脇腹の傷はどうした?攫われた時についたんだろ」
と言いながら、こいつは。
私の着ていた病院服の上着をペろりと捲りあげた。
「きゃああ!」
バサァッ
お腹を庇うように手をやり、身体の向きを変えた瞬間。背中に一瞬痛みが走り、私の身体に影ができた。
バサリと開いた黒翼から羽根が舞う。烏のような艶やかな黒色の翼。私の上半身をスッポリと覆い隠すくらい大きな翼が、背中から突然現れた。
「お前…」
呆気にとられたのは私もだ。どうやって異形と戦うのだろうかと不安に思っていた矢先の。
「奴らの仲間…か?いや、そんな」
その言葉を聞いて目一杯に首を降る。一つ呼吸をして、私は山での出来事を話した。
「つまり…核を破壊しないことには俺達は勝ち目がないってことか?」
「まぁ…そうなる、みたいです」
「今までのは、何だったんだ…?」
核を破壊しなければ、奴らの個体数は減らないと言う事実を知って落胆する矢戸神さん。
「でも、それでも討伐隊に助けてもらった人は多いです」
つい、何か慰める言葉を…と探してしまった。沈んだ姿が、ただただ痛々しかった。
「戦って勝つ事が目的ならそれで良いさ。だが護る事を目的とするならば、犠牲者はあってはならない」
理想論だがな、と苦笑する。この人は…。本当に、誰かを助けたいんだ。そしてそのためには自身の何もかもを犠牲にしかねない人だ。
「私もこれから戦います。彼女と約束したので」
「…それだけか?」
ズキン、と心が痛む。この人、私の何を知っているのだろうか。何でこんなにも刺さるような言葉が出るのか。
「私は…“東京の惨劇”で家族を亡くしました」
唇を噛み締める。あの日からずっと、私は異形を恨み、同時に自分を恨んだ。一人だけ助かった自分。どうして、と何度思ったか。祖父母に引き取られ、今またこうして生活しているけれど、時々、自分がどこにもいない気がする。
「そうか。戦うというのは…恨みからか?」
「それと、あんな風に悲しむ人を、もう産みたく無い。この事態はお互いに不幸でしか無いんだから」
彼女は止めてと言った。思えば、あの人は、ずっとその思いを閉じ込めたままだったのだ。
助けて欲しい思いを、止まりたい思いを。
誰も傷つかないで欲しい。理想論でしかないそれを願った私たちだから共鳴したのかもしれない。
「お前…討伐隊に入らないか?」
「えっ?」
それは、戦う為に?私にとってそれは…メリットがあることなのかな?
「まずは、俺達がどうやって奴らと戦っているか知るべきだ」
討伐隊以外にも、レヴィアタンやジズ、ベヒモスと戦っている組織はたくさんある。でも、討伐隊が、人数的には最大規模だ。
「それまで、その力は絶対に人に見せるな。分かったな?」
「…は、はい…」
言われなくとも、こんなの見せたらどうなるかなんて分かるでしょう。
「上手く言っておく。俺は同僚にもお前の事は黙っておくからな」
言いたい事だけ告げて、彼は病室を去った。酷い。そもそも、私が了承していないことが多い。ただただ力の事がバレただけじゃないか。
まだ私は彼を信用した訳じゃ無い。ただ彼の力と権威は確かなものだと思う。
護れる力。戦う力。
あの時と同じ思いは、二度としない。その為に、そして、私に命を託して生きる意味をくれた異端の彼女の為に。
強く強く、手を握りしめた。