異端の力
《核を破壊し、新たな個体を作成するには、必要事項が二つある》
一つは、人。異形には同族を殺すことができないようになっているらしい。だから、異形では無い、別の種族が必要になる。
二つ目は、核。この核が個体の能力を形成するものであり、この核があれば、異形と同じ力を手に入れられる。
「ん?つまり?」
《お前が核を得る事で、異形を止める唯一の存在になれる》
「核を…得る?」
尋ねると、異形の手が軽く開かれ中から透明な球が出てきた。水晶玉のようなそれの中に、たくさんの言葉のようなものが見えた。どんな言語でもなさそうなその文字は、球の中で一定の規則を持って動いている。
「これを…どうするの?」
《埋め込むのは我が行う》
「え、ちょっと待って!まだ…!」
了解なんてしてないよ!と叫びたかったが、言葉が出ない。
胸に、熱い何かが押し付けられ、苦痛が全身を襲い、熱さが身体を焼く。爪の先まで痛い。目の端に涙が滲む。骨が溶けそうに熱い…!!
「はぁ…はぁ…」
《流石、我と共鳴しただけの事はある》
「ど…どうなったの…?」
《お前は翼を得た。お前の手は刃になる。お前の瞳は核を捉える。お前の身体はヒトを超越した》
「か…勝手過ぎる…」
勝手にそんなことされて、私は一体どうなってしまうの?
《お前が拒めば、我は再び別の人間を探すだけ。その間、どれだけのヒトが死のうとお前には関係無いがな》
ぐっ。そんな事言われても…。
「分かったわよ。こうなった以上やるしか…え?」
横目で見た異形の姿が半透明。身体に付着した細かい粒子が、パラパラと剥がれるようにこぼれる。
《核をお前に与えたのだ。我は消える》
「消え…え?」
《頼んだぞ》
「え、ちょっと…!?」
一言だけ言葉を紡いだ後、異形は消えて無くなった。地面に残った僅かな粒子も、雪解けのように空気中に吸い込まれた。
呆然とする。アフターサービスは一切無いの?何で?
考えても始まらない。とにかく街に戻らねばならないと思う頃には、日はすっかり暮れていた。
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ひっく ぐす…
人気の少なくなった遊園地のドームの前で、凜は泣いていた。そばには紘と瞬もいる。二人の表情は疲弊していることを物語っていた。
襲撃され穴のあいたドームの周りには、たくさんの報道陣がつめかけていたが。当事者である凜たち三名に近付くものはいなかった。彼女たちの友が、今回のただ一人の犠牲者だと知っているからだ。
あの後すぐに警察が、そして討伐隊が来た。放心状態の凜はすぐに病院に運ばれた。
しかし体には異常が無い。一番に重傷なのは、目の前で友が連れ去られた事によってできた心の傷だ。
凜はすぐに遊園地に戻り、穴を見つめ続けた。しかし、崩れる危険性を考えて、外に追いやられる。
凜の目にはすぐに涙が溜まり、溢れた。
「君達、家に帰りなさい。お友達は私達が探すから」
討伐隊の制服を着た女性が、優しく声をかけても、凜は動けなかった。
「帰れ。夜になればヤツラが活発化することも忘れたか?死にたいのか、てめーら」
「や、矢戸神さ……隊長」
さきほどから討伐隊に指示を出していた男性が口悪く注意する。百戦錬磨の軍人の雰囲気を醸し出した、まだ二十代くらいの人だ。年齢としては、周囲の討伐隊の中で1番年下のような感じなのに、態度は1番でかそうだった。
「お前らの友達は、必ず俺達が見つけ出す。今は、お前らの出番じゃねぇんだ。帰れ」
「そんな言い方しなくても…」
「事実だろ」
「……もう」
女性隊員が呆れた声を出す。と、遠くから無線機を持った男性隊員が走ってきて、矢戸神隊長に耳打ちしたのちに無線を手渡す。
何やら無線の向こうの報告を聞き、指示を出した後に、悲痛な顔の少年少女たちを見た。
「今、報告があった。ここから70?離れた山の中で見付かったそうだ。長い黒髪に、青い水玉のスカートと黒っぽい上着を着た十代の少女。お前らの友達だろう?」
三人の瞳が、驚愕の思いで見開かれる。音環は…無事なのかどうか。矢戸神の次の言葉を待ってみたが、彼から出て来たのは“討伐隊のヘリで連れてってやるから、案内してもらえ”だった。
「無事…無事なの!?音環は!答えて!」
食ってかかる凜の腕を、紘が掴む。分かっていた筈だ、と。願って止まないが、だがそれはあくまで願いなのであると。あの異形たちに捕まって助かった例は…ゼロだ。
事実、矢戸神隊長も、口をつぐむ事こそが答えだと言わんばかりだ。
足元から崩れる凜を支える紘。立ち尽くしたままの瞬は、矢戸神を射抜くように見つめて。
「僕は行きます」
ヘリに向かって歩く瞬に数秒遅れて凜が、そして紘が走った。瞬に追い付き、キッと矢戸神を睨む。
「私も行く!音環は無事よ!絶対!」
泣き腫らした目を乱暴に拭い、女性隊員の後に続く。
ピピッ
急な無線の音に、矢戸神が慌てて応対する。突然響いた電子音に驚いて三人の足も止まる。
「……それは、本当か?分かった。それで頼む」
無線を切り終えた矢戸神が三人に向かい、移動の中止を告げた。そして、音環の無事も。
「小此木音環は無事だ。この辺りの病院に送られる事と、検査の為に明日まで面会謝絶、だそうだ。目だった外傷も無いらしい」
先程拭った筈の凜の涙が、安堵の意味で再び溢れた。