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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
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2-2 閑話休題




「お前もさー。あんな煽ること言うなよ」


 あの後、歩達は明日に備えて軽い運動をした後、家に返された。

 運悪く類は残業を承ったらしく、夕食は適当に買ってきたもので済ませた。アーサーは少し物足りなそうではあったが、料理をするのは面倒だ。

 後片付けも終え、風呂に入り、後は寝るまでだべるだけ、といったところだ。歩はソファのせもたれにだらしなくもたらかかり、アーサーは専用の籠で横になっていた。


「明日の対戦相手だぜ? それもあんなバカでかい竜の。無駄に敵意ぶつけられるこっちの身にもなってくれ」

「身体の大きさで言えば、幾度もやり合ってきた巨人と変わらぬであろう?」

「相手竜だもん。一度もやりあったことないしな」


 キヨモリは規格外なため、一度も模擬戦に出たことはない。実際に戦っているところを見たこともないのだ。嫌な想像ばかりが膨らむ。


「ふん、まだ戦ったことのない相手に臆するなど軟弱者の思考である」

「いざ相手の目にするときついって。巨大な竜だぜ?」


 それに、アーサーをあの竜の前に置くことは躊躇われる。

 口にはしないが。


「我もまた竜であるぞ」

「……どうするかねー」

「我を無視するとはいい度胸だ」


 アーサーは身体をむくりと起き上らせ、歩を非難の目で見てきた。

 そのまま何も返さないでいると、アーサーは語気を強めて言った。


「なんと覇気のないことよ。もう少し欲を持って臨まぬから万夫と呼ばれるのだ」

「俺初めて聞いたぞ」

「将来を左右する岐路にて、己を賭けようともしないものは万夫と言うほかなかろう」


明日の学期末模擬戦は、ただの模擬戦ではない。教育委員会、企業、大学などから多くのお偉いさんがやってきて観戦しに来て、目に止まった人物をスカウトするのが目的だ。ここでの印象はそれこそ一生を左右する可能性が高く、皆一様に気合が入っている。

 ただ、歩は余り興味が持てなかった。

 いきり立つアーサーに対して、歩はため息すら混ざっていた。


「どちらにしろ、お前が意欲をまるで持たないことは確かであろう」

「俺は日々過ごすだけで精一杯なの」


 アーサーが生まれたばかりのころは、歩も人並みかそれ以上に将来に期待を持っていた。なにしろ竜使いになったのだ。しかもアーサーはインテリジェンスドラゴンと呼ばれる知恵のある竜であり、世界のヒエラルキーの頂点に君臨できる可能性すらあった。


 しかし、半年がたつ頃には消えた。アーサーはほとんど成長せず、竜としての膂力を発揮できそうにもなかった。となると、後に残るのは周囲の失笑の視線と、竜使いとしての歩にとっては有難く無い特権の数々だ。逆効果にしかなっていない。模擬戦での特別扱いなどはそれの最たるものだ。今度の模擬戦でなまじ種族が竜であるからと、本物の竜であるキヨモリの相手をさせられるようになったのなど泣きたくなる出来事だ。


 そうなると、一度期待を抱いた分、逆に消えさった後に残る失望感は尋常ではない。下手な希望など思い浮かべるだけ馬鹿らしい。


 ア―サーは大仰にため息をついた。


「折角、我も力を貸そうというのに。それではやりがいがないわ」

「あれ? 本当になんかやってくれるの?」

「ああ。賭けもあるからな。忘れてはないだろうな?」


 確か今日の集会で、唯にとがめられる直前にそんなことを言った覚えがある。


「本気にしてたんだ」

「無論。我の智謀の前に、かような雑種の竜など敵ではないわ」


 根拠のない自信を語らせると、アーサーに勝てるものはいないのではなかろうか。強がりもそこまでくれば立派なものだ。

 そこでふと竜殺しのことを思い出した。

 藤花と雨竜から聞かされた時、歩も、唯も、キヨモリも余り実感がわかなかったのだが、アーサーだけは反応していたように覚えがある。キヨモリにあれだけ拒絶反応があったのに、その場で質問した位だ。


「そういや、竜殺しに興味示してたけ、どうして? いや、自分が狙われてるかもって言われると、確かに気にはなるけどさ」


 アーサーは不意に表情を引き締めた。本当に表情が豊かなやつだ。


「気になって当然であろう? 竜殺しなど、この世にあってはならぬものだ。むしろ尊ぶべき竜を狙う不届きものに憤りを感じぬ方が愚かである」

「まあそりゃそうなんだけどさ」

「そんなことより、明日のことだ」


 不意に、アーサーが飛び上がった。必要に迫られていないのに飛ぶのは珍しい。

 そのまま歩の顔の辺りまで飛んできた。


「明日はあの小生意気なチビと雌雄を決するときである。何としても勝つぞ」

「つってもねえ」


 相手を思い浮かべる。

 本物の竜とそのパートナー、キヨモリと唯。

 勝てる見込みは少ない。


「何を情けない顔を。我が本気を出すといっておるのだ。歓喜にむせび泣き、ひれ伏すところであろう」

「何を偉そうに」


 アーサーの小さな手を掴み、人差し指と中指の間に力を入れる。そこは竜の急所の一つだ。小さな力であっても、しびれるような痛みが全身を駆け巡る。

 口から気の抜けた音を漏らし、ソファの上にぽとりと落ちた。顔が面白いことになっている。

 転がり落ちたアーサーを放置して、歩は歯磨きをしに洗面所に向かった。

 鏡を見ると、苦笑を浮かべている自分の顔が写る。少し気楽そうに見える。

 無駄なアーサーの飛行も、歩の緊張を紛らわせる意味はあったのかもしれない。


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