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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
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2-1 クラスメイトの竜と竜殺し




「え~、今月で二年生も終わり~来月から三年生になるわけですが~」


 歩達は学年主任の有難いお言葉を拝聴していた。

 場所は屋外のグラウンド。初春の日差しがほのかに身体を温めてくれて気持ちがいい。学年主任の間延びした声は耳触りなのが欠点だ。


「パートナーとは~、人生の~友であり~、唯一無二の~友人であり~、生涯の~親友であります~」


 歩にとっては特に放置すればいいだけで、立ったままなのが面倒だなとしか思わなかったが、隣のパートナーはそう思わなかったらしい。

 三白眼で話しかけてくる。


「歩、似たような表現を臆面なしに連発できるのは、最早才能だとは思わぬか? 恥という概念を自覚した者にはできない所業だろう」

「少なくとも、俺にはできないな」


 肩に乗ったアーサーは、不満げに鼻から炎を噴出させている。


 早々に酔いつぶれた日の翌朝、起きてきたアーサーは普段と変わらないように見えた。開口一番に夕食を逃したことを嘆き、歩に起こさなかったことを責め立て、類がアーサーの分を残しているというととっとといなくなる姿は、傲慢で身勝手な、らしい姿であった。

 ただ、歩の中で反感が減った。対応も自然と緩やかになっているのが自覚できた。


 アーサーは続けた。


「時は金なりとも言うが、時を無意味に過ごさせるかような蛮行は、文字通りの暴挙であろうに。何故あのような行為を許すのだ?」

「気持ちはわかるけどな。こういう慣習も重要なことだってあるさ」

「そういうなあなあで済ませようとする姿勢こそ、あやつのような者をのさばらせる要因であろうに。人のそうした悪習を直視せねば、いかなる問題も解決には至らぬ」

「かもしれないな」


 アーサーは更にヒートアップし始める。声も大きくなり、周りにいる生徒の中に、こちらをちらりと覗う人が現れ始めた。


「そういう部分だ。我の言葉にかもしれない、などと答えるからしてダメなのだ」

「すまんな」


 ため息をつくアーサーの姿は、いつになく皮肉に満ちていた。


「すまんな? その言葉は不敬の極みである。我の言葉の深奥を何一つ理解しておらぬ。その言葉に何の意味があるのか? 軽々しく返答するなど、至宝を赤ん坊の玩具にするが如き愚行。不敬の意味すらわかっていないのではないか?」


 ここまで来ると流石にうざい。


「不敬不敬ってそんな言うなよ。一応パートナーだろうが」


 アーサーがふんと鼻で笑った。


「パートナー面したければ、もう少しどうにかしてからこい。その貧相な身体をどうにかするか、頭を人並みにしてくるか。竜の叡智までは求めんぞ? 容易いことであろう」

「ちっこい身体して何言ってんだ」

「目に見えるものでしか判断できぬとは、浅慮にも程がある。だからお前はダメなのだ」


 キレた。


「そういうお前は何できんだよ」

「我にできぬことなどあるわけあるまい?」

「そんな大口叩くなら、たまには真面目に戦えや! 今度の実技試験とかいい機会じゃねえか。お前なら簡単だろう?」

「ほざいたな!? なら我がもし相応の役目を果たしたなら、何かしてもらおうか」

「なんでもやってやるよ。やれるもんならやってみな」

「うるさいよ」


 鐘を思わせる甲高い声がした。

 声の方を向くと、そこには少女がいた。その少女を見て、アーサーがびくっと肩を震わせた。


「今、一応授業中なんだけど」


 見覚えのある顔だった。

 整った眉を不機嫌そうにひそめ、小さな口をとがらせていた。燃えるような暗赤色の髪をうなじの辺りで二つに流しており、腰ほどまで伸びている。どこか幼さの残る風体に、吸い込むような漆黒で大きめの瞳が可愛らしい。居並ぶ同級生より二つは年下に見える。

 しかし、その実態は大きく違う。

 彼女は歩とアーサー双方から返答がなかったからか、再び口を開いた。


「別に聞きたいと思っている人もいないだろうけどさ、万が一聞いている人の邪魔にはならないようにすべきでしょ」

「ごめん、平さん」

「同じ竜使いとして、節度ある行動をおねがい」


 彼女の名前は平唯。

 歩とは違う、本物の竜使いだ。今は傍にいないようだが、彼女のパートナーは歴とした竜である。余り見かける機会はないのだが、彼女の竜は紛うことなきAランク生物だ。


 ちらりと相方の姿を見ると、何やら複雑な態度だった。怯えているというには堂々としており、嫌悪感をむき出しにしているかというと、それもまた違う。

 ただ避けているようだった。

 他の竜を苦手とするアーサーにとって、竜使いである唯もまた苦手な存在なのかもしれない。

 唯は、すねるように口をとがらせたまま続けた。


「本当、迷惑よ。パートナーの躾がなってないんじゃない?」


 その言葉に、アーサーがぴく、と反応したのがわかった。先程まで唯に対して避けるような態度だったというのに、表情を一変させた。

 手を伸ばして抑えようとしたが既に遅く、アーサーは飛び立った。

 唯と目線の高さを合わせて、アーサーが言った。


「なんだ小娘? 躾とは我を馬鹿にしておるのか?」

「しゃべれるだけのちっこいなりした竜未満はペットみたいなもんじゃん」


 唯の言葉は疑問ではなく断定だった。アーサーの鼻から炎が漏れだすのが見えた。意識して出しているのではなく、完全に忘我したときの癖だ。


「ちっこいなりとはどっちのことか? 中学生の分際で何故ここにいる? 帰れ」

「は? 立派な十七歳なんだけど」

「年齢詐称もほどほどにしろ。狼少年の末路は知っておろう? もしや童話も読んだことがない位の年か?」

「決めつけないでくれない!? そんな口叩くのは私の頭より大きくなってからにして!」

「お前のでかい顔の話はしていない!」

「私の顔はそんなでかくないよ!」


 むしろ小顔に分類されるであろう少女は、顔ともども真っ赤に燃えあがっており、止まりそうにない。アーサーを止めようにも、その剣幕が自分に向かってきたら余計面倒なことになることが分かり切っているので、手が出せない。周りの喧噪はどんどん大きくなってきていたが、二人は気に留めそうになかった。


「うるせえ小娘! さっさと幼稚園に戻れ!」

「黙れチビ竜!」


「黙るのはお前らだ」


 一人と一匹に拳骨が見舞われた。

 ゴッ、という良い音がして、思わず自分も頭を押さえたくなる。アーサーはふらふらとし始め、唯は頭を抱え込んだ。

 唯は涙目で言った。


「っ長田先生! 私はこの竜を止めただけです!」

「何にしろ結果的に騒いだなら同罪だ」

「ふん」

「偉そうにしてるがお前が主犯なのは変わらないぞ」


 拳の主は歩達の副担任である長田雨竜だった。まだ二十代なのだが、黒髪の中に白髪が混じっている。百八十センチを超える長身から振り下ろされた拳には迫力があった。

 年代の近いのもあり、他の教師よりは考え方や感覚が生徒に近いのだが、それでもこうして締めるところは締めてくる。


「水城、お前もパートナーを止めろ。一番扱いなれているのはお前だろうに」

「すみません」


 矛先が歩にも向いてきて、ほとんど反射的に謝った。

 雨竜は謝る歩を見た後、未だにいがみ合う唯とアーサーを斜め見して言った。


「とりあえずお前ら。退場」




 連れて行かれた先は、グラウンドから入ってすぐのところにある校舎の一室だった。

 入ってすぐに、直立するように言われた。並びは、唯、歩、そして置かれた机の上にアーサー。


「お前らさ、高二にもなったんだから自制しろ。分別っつうもんを理解してくれ」

「「すみません」」「ふん」


 鼻を鳴らしただけのアーサーに視線を合わせたが、雨竜は何も言わなかった。


「色々理不尽な無駄があるのはわかる。確かに無意味で退屈な演説聞くのは面倒だが、それに無駄に抵抗するよりさっさと流した方がいいことがあるのを学んでくれ。説教するのは苦手なんだから、私にもうこんなんことさせんな。わかった?」

「「はい」」「ふん」

「アーサー。ふん、は返事にならない」

「わかった」


 雨竜はざっくばらんな口調に似合わず、一人称は私だ。一時期男好きなのではという噂が出回ったが、林間学校での深夜の野郎トークを披露した結果、少なくとも男子生徒が同性愛者扱いすることはなくなった。

 唯の様子を覗うと、無駄に抵抗するアーサーを睨んでいた。

 雨竜が疲れたようにため息をついた。


「お前らさ~、明日の学期末模擬戦のトリ務めんだから、仲良くしろとは言わないが喧嘩腰はやめてくれ。醜態さらすのは学校側としても痛いが一番はお前らだぞ?」

「私は相手に応じてです」

「相手によって対応を変えるなど低俗に過ぎる」


 唯のアーサーを見る視線が更に鋭くなった。雨竜の眉間にしわがよるのが見え、歩がアーサーを抑えようと手を伸ばすか迷っていると、コンコン、とドアがノックされた。

 雨竜にどうぞ、と促されてから入ってきたのは担任の藤花だった。その姿を認めて、アーサーが一瞬びくりと身体を震わせた。本当に苦手なようだ。

 その後ろにも、巨大な姿が見えた。あれは――


「キヨモリ!」


 竜だった。唯が途端に顔をほころばせ、その名を呼ぶ。隣でアーサーが更に身体を震わせたのが分かった。


「長田先生、二人とも連れ出されたと聞いたのですが、何をしたんです?」

「いえ、少し言い合いをしていて、迷惑になっていたので。私が説教しておいたので大丈夫ですよ。な、お前ら」


 じろりとこちらを見ながら、雨竜が言った。歩はこくこくと頷いて返す。

 返答もそこそこに、唯が藤花に尋ねた。


「先生、キヨモリ大丈夫でしたか?」

「ええ。軽い風邪でしょうって。明日の模擬戦にも出ていいとのことです」

「本当ですか!? よかった」

「ええ、保健室の先生は大丈夫、と言っていましたから」


 どうやらキヨモリこと彼女の竜は保健室に行っていたようだ。唯がほっとしている様子を見て、アーサーに絡んできたのは、苛立っていたからではなかろうか。

 キヨモリは、藤花の後ろからのしのしと唯のところまで歩いてきていた。アーサーとは比べ物にならない巨躯はこの教室にはおさまりきらないようで、天井で頭を擦りそうになっていた。

 唯の隣まで行くと、ぼう、と鼻から炎を漏らした。アーサーと似たような癖だが、まるでスケールが違う。


「寝惚けてるなー、身体の調子は大丈夫?」


 唯が嬉しそうに言葉をかけると、キヨモリは大きな首を下に伸ばし、唯の肩口あたりで制止させた。

 それを見て、唯はキヨモリの喉元と額に手を伸ばし、上下からさすり始めた。途端にキヨモリは目を閉じ、リラックスした様子で頭を委ねていた。尻尾が時折左右に振られ、地面を強烈に叩いている。


 それを見た歩はというと、地面を叩いた時の力強さと、鈍く光る爪と大木のようなふともも、そして今は折りたたまれてはいたが、広げるとこの部屋が占領されてしまうような翼をじっと見ていた。

 今までも幾度か見たことはあったのだが、いざ模擬戦が近付くと印象が変わってくる。

 この竜が学期末のお披露目会を兼ねた模擬戦の相手になることを知ったのは、一週間前のこと。それ以来、この竜を目の当たりにすると気が重くなってしまう。


 だが、隣のアーサーは気が重くなるどころの話ではないのだろうか。あれほど避けてきた竜が隣にいるのだ。先程も身体を震わせているのが見えた。


 ちらり、と相方の様子を覗う。

 どこか挙動不審だった。背筋を伸ばし、前を向いているのだが、時折ぴくぴくと震えているのが見える。時折電流を流されているような感じだ。

 早くこの場を去ったほうがよさそうだ。


 歩の内心の葛藤をよそに、雨竜が言った。


「ま、そういうことだから。お前ら、明日は分かってるな?」

「「はい」」

「……ならいい。教室に戻っていいぞ」

「いえ、少し待ってください」


 ここで、藤花が割り込むように言った。歩としては、早くこの場から離れたいというのに、もどかしい。


「丁度良いですし、『竜殺し』について言っておいた方がいいでしょう?」


『竜殺し』

 歩にとっては非常に遠く感じるが、実は身に迫った危険極まりない話だ。アーサーの急変のことはきがかりながら、これも捨て置けない。


「ニュースで見ましたか? 『竜殺し』については勿論知っていますよね?」


 歩はこくりと頷いた。

 『竜殺し』とは、意図的に竜を殺した人、魔物、パートナーのことを指す。竜の身体はその強力さ故に様々な素材となる。牙や爪はそのまま刃として使うことができるし、皮膚を加工し身に纏えば、その堅牢さは折り紙つきだ。血液や内臓にしても、最高級の滋養強壮剤として使われるなど、竜の死体一つの価値は公務員の生涯収入を上回るとさえ言われている。月に一回は闇取引の摘発がニュースとして流れる位だ。


 また、竜使いが憎悪の対象になることが多い。『貴族』とまで言われる公私問わぬ特権の数々と、その増長はひんしゅくを買うことも少なくない。

つまり、竜を狙うものは多い。


 だというのに、実際竜使いに被害が出ることは余りない。

 それは竜の常軌を逸した強さにある。殺せるものが少ないのだ。

 故に、竜を殺した者には憎悪と憧憬が入り混じったあだ名、『竜殺し』が与えられる。


「報道の通り、『首都幼竜殺し』が出てきました。十年前から未成年の竜を対象として犯行を続けている竜殺しです。つまり、キヨモリさん、アーサー君、両方が対象となっている可能性がある、ということです」

「『幼竜殺し』の件は学校にも、伝わってきている。私達教師陣も気を配っておくから、お前達も気を付けておいてくれ。じゃあ、帰っていいぞ。もう終わってるだろうし、教室に戻ってくれ」


 雨竜の声がやむのとほぼ同時に、重苦しい声が聞こえてきた。


「それだけか?」


アーサーだ。顔を横に向けてみると、いつになく真剣な表情をしているアーサーが写った。先程までのじゃれあっていた様子も、キヨモリの姿を見ての震えもない。

 アーサーがもう一度言った。


「それだけか? 自分達を狙う馬鹿者がいるけど、各自自分で気を付けておけ。一応教師も見ているから、とは間の抜けた話ではないか? やる気があるのか?」


 アーサーの強い口調というのは聞き慣れたものだが、これほどまえに真剣味に溢れるものは余り聞いたことがないように思った。

 雨竜が答えた。


「それだけだ。今回の『竜殺し』の特徴とか、被害者の共通点とか、全く情報はない。ただ気を付けろ、とだけだ」

「お粗末だな」

「大丈夫です! 私とキヨモリは『竜殺し』ごときには負けませんから! むしろ捕まえてやりますよ!」


 唯は勢いよく言った。隣にいるパートナーの絶対的な力を考えると、歩には虚勢には聞こえなかった。むしろ、例え竜殺しであろうと、この竜を倒せるものがいるのかと考えてしまう。


「まあ、そんな感じだ。こっちもできるだけお前らから目を離さないから。アーサー、頼む」


 それだけ言い、その場は終わった。ふと隣に目を向ける。

『竜殺し』のことなど気にも留めず、パートナーの無事を確かめて顔をほころばせている唯の隣で、アーサーは何か深刻に考え込むように顔をしかめていた。

『竜殺し』といえば、アーサーの天敵であり、ひいては歩の命を脅かす存在ではあるのだが、歩には妙に実感がわかない。ニュースで聞いた程度の存在でしかない『竜殺し』に実感を持つのが難しいのだ。

それはアーサーも同じはずだ。

何故これほどまでにこだわるのだろうか?


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