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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
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5-2 後日談と真相


 雨竜は病院の外に出た。


「雨竜さん、やはり車いす使ったほうが」

「いや、いい」


 実はまだ足の傷は治っていない。医者からは絶対安静を申し渡された位だ。だが、雨竜は拒否して、強引に退院までした。この場には、長くいてはいけないと思ったからだ。


松葉杖をついていても、ギブスに体重をかけるたびに足が痛む。それでも歩いてこの場を去りたかった。自己満足だとわかっていても、雨竜はせずにはいられなかった。


「雨竜さん、あれ」


 部下にうながされ、松葉杖を少し動かし振り返る。

 そこには、自分に向かって飛んでくるアーサーの姿があった。

 慌てて全力で飛んできたようで、雨竜の傍まで来たときには息が上がっていた。


「どうした?」

「いや、少し話したいことがあってな。いいか?」


 部下にちらりと視線を送ると、少し困った様子だったが、特に口出ししてこない。好きにしていいということだろう。


「まあ少しなら」

「なら場を移しても構わぬか? できるだけ人に聞こえぬところがよい」

「それなら、屋上いくか」


 近くに都合よく外階段があったのでそれで登っていく。病み上がりの身体に堪えて、屋上まで登ったときには息が上がってしまった。

 色あせた木製のベンチに座ると、隣にアーサーが飛び降りてきた。


「それで話の内容はなんだ?」

「できれば二人きりで頼む」


 部下に目配せし、下がらせた。


「これでいいか?」

「ああ、すまぬな」


 アーサーは一息吐くと言った。


「これから話すことは、誰にも言っておらぬ。これからも言わぬ。歩にも言わぬ」


アーサーの重苦しい口調で、雨竜は話の内容がわかってしまった。

 それは雨竜が言うまいか迷った挙句、結局言えなかったことだ。

 歩達に頭を上げている間、裏でずっと悩んでいたことだ。

 ぽつりとつぶやくように尋ねた。


「わかっていたのか?」

「わかったのは終わってからだ。ならばこそ今こうしておる。言えぬ理由もわかる」


雨竜が何も言わないでいると、アーサーは語りだした。


「実は、我が疑問を感じていたことがいくつかあった。一つは、雨竜とみゆきが我らの護衛につくという話だ。説明はされたが、その内容はどう考えても不可解なものだった。人員不足だからといっても、ただの学生を護衛につかせる?まるで意味がない。いくら上が馬鹿とはいっても、そんなことはしない。

その胡散臭さを万が一認めたとしても、まだ学校側でもできることはあったのにしなかった。歩達が外出しないよう、他の教師達にお願いする位はできたろうに、しなかった。本気で守ろうとする意識がなかったのは、雨竜も同じではないのか?

挙句、雨竜が潜入捜査までして幼竜殺しを捕まえるという話まで出た。一方では潜入捜査をして幼竜殺しを必死でおいかけ、一方では適当な護衛をしている。雨竜達公安の行動は完全に矛盾してしまった」


 痛いところを疲れた。そもそも歩達に公安云々はいうつもりがなかったのだから、矛盾しても仕方ない。

 こちらを見ずにアーサーは続けた。


「そもそも、雨竜がこの学校に潜入したことについても疑問だ。雨竜の個人的勘、それも竜の匂いだとかいうので学校にもぐりこむことなど可能だろうか? ただの使いっ走りでもそんな無駄な使い方はしないだろう。そもそもレーダーを使える貴重な人材であるお前をそんなことに使うわけがないんだ。そこには何か確固たる理由があると考えたほうが自然だ」


 雨竜は唾を呑みこんだ。自分でも緊張しているのがわかる。アーサーがこれから言う結論は、おそらく雨竜が最も話したくない真実だ。


「では、雨竜達には何か確固たる理由があってあんな半端な護衛をつけ、学校に泊まらせたと考える。では何故か。歩と我、唯、キヨモリ、そしてみゆき達を集めて起こるのはどんな事態か。これまでの一週間、仲よさそうにしていた我らを集める。当然不平を抱いている学生が、しかもある意味特別扱いを受けているものばかりが集まる。どうなるか?

 簡単だ。無茶をするに決まっている。それこそ幼竜殺しをおびき出す位にな」


 そうだ。

 雨竜達が色々面倒なことをした本当の狙い。

 幼竜殺しをおびき出すために、歩達を囮にすることだったのだ。


「そもそも、今回の一件は枝分かれした計画の内の一つに過ぎないであろう。一回だけで釣れるとは限らんからな。おそらく、今回はゆさぶりをかけたといったところだろう。

釣りをはじめたのは、少なくとも一年前から。餌にするには竜が必要だが、貴族を餌扱いなどできるわけがない。だから貴族ではない我とキヨモリが選ばれたのだ。そして、一応の第一候補として、藤花を我らの担任にした。さらに副担任として雨竜を派遣。それが貴様らのもくろみであったのだろう? 雨竜」

「ああ。本当に、ほとんど当たっている」


 雨竜は喉から絞り出したような小さな肯定の返事をした。

 そこからは、雨竜が続けた。


「事前に、めぼしい他の竜には護衛をつけていた。もともと金のあるところは個人で雇っていたらしいが、今度はかなりの数にな。幼竜殺しが狙いやすい相手として、お前達を選ぶように。

ハンス=バーレも計画の一つだ。新たな竜、しかも増長してあつかいづらいことこの上ない聞かん坊を餌としてちらつかせた。あわよくば、といったところだが、上手く嵌った。あいつの家はもともと没落傾向にあったから、大きな反対の声は出なかったんだ。

家が没落していくさまを苦々しく思っていたハンスに、公安は手下になるかもしれないやつがいるって言って、お前達に引き合わせた。私が戸惑うほどに上手く嵌っていったよ。ハンス=バーレが死んでからは、それを利用してお前達で釣り。結果、成功した」


 アーサーは静かに言った。口調はあくまで穏やかだ。


「お前達は何を考えていたんだ? ハンスの命を捨て、キヨモリの翼を奪い、歩達をひどく傷つけた。何の権利があって、そんなひどいことを?」

「幼竜殺しをこれ以上放置することはできなかった。犯行は一時おさまっていたが、またいつ起こるからわからない。それならば、事前に被害者を決め、確実に犯人を取り押さえるべき、そう思っていたんだ」

「傲慢だな」

「そうだな。傲慢極まりない。だが、それが俺達の考え方だった。被害を未然に防ぐためには、小さな被害を躊躇ってはいけないとな。軍隊としては当然の発想だ」

「それを歩達に言わなかったのはどうしてだ? せめて知らせるのが筋ではないのか?」

「これは決して漏らしてはいけない情報だ。お前達に伝えるのは、そのままリスクの増大につながり、最悪殺さなくてはならなくなる。それはしたくない」

「ただ罵倒されるのが怖いのではないか?」

「――そうかもな」


 アーサーの発言は雨竜を誘導するように続いた。ひどく責める言葉なのに、口調はただの世間話のように穏やかだ。

 雨竜は耐えきれず、尋ねた。


「アーサー、どうしたんだ? 何故責めないんだ? 罵倒しない? 私のやったことは、決して許されるものではない。なのに、どうしてそんなに優しいんだ?」


 アーサーはあっさり答えた。


「お前が思い悩んでいたことを知っているからだ。悩みはじめた痕跡をいくつもある。宿直室のときに花火を持ってきたこと。我に追求されて狼狽していたときの様子。みゆきが人質にとられたとき、肝心なところを隠しつつも、機密を語ったこと。そして先程の謝罪のときの様子と、その後、歩達に懐かれたときの態度。どれもあいつらを囮として使っただけとは思えないほど、人間味にあふれていた。我はお前の余りにも罪深い苦悩を悟った。なれば、どうして責められよう?」

「お前、ほんとにすげえよ」


 完全に心の内を読まれていた。

 打算も、思いも、全て。

 その上で――許されていた。


「私は、もっと罰を受けないといけないと思うんだがな」

「何を言う。今抱いている苦悩は十分罰に値するし、他の罰もこれからも続こう。藤花との一戦の前、我らが囮になっていたとき、お前は潜んでおればよかったものの、姿を現した。結果、藤花達に先制を許した。おそらくこの時点で、お前の思惑は作戦より我らになっておったのであろう? これは我らを思っての行動だが、明確な作戦に対する裏切りだ。

単独で来たのがいい証拠だ。幼竜殺しが出てくる可能性がそれなりにあった状況ならば、複数で仕掛けるのが普通だ。なのに、お前は単独で来た。味方を出し抜いてあそこまで来たとしか考えられない。これもまた、裏切りであろう。

更に加えるならば、みゆきが人質になったとはいっても、雨竜が公安の人間であることを語ったのも、機密漏洩にあたる」


 本当に、すごい。

 この竜は本当にすごいとしか言いようがない。


「以上三点は組織に対する明確な裏切りであろう。結果はなんとかなったが、それで許されるものではない。お前はこれからなんらかの罰則を受けるのではないか?」

「ああ。おそらく七面倒くさい現場にかりだされることになるだろうな。住所もくそもない、戦場に。それかクソ貴族共のお守だ。昔っからやってきたことだが、こっちのほうがきついな。これも、住所どころか自由時間もあるか怪しいな」


 だから、歩達に自分の住所を言えなかったのだ。


「昔から?」

「ああ。だから癖がぬけなくて、今も自分のことを私とか呼んでるんだよ」

「なるほど」


 気をとりなおして、アーサーは言った。


「どうなるにせよ、今までの苦悩はこれからも続く。更に過酷な現場に赴かされる。これからさらにお前に罰を受けるのは、些か罪と釣り合っていないのではなかろうか」

「けど、被害者からしたら、そうは思わないだろう。特に、キヨモリはこれからの一生に打撃を受けるほどの被害を受けた。他の面子も、何度も死にかけた。彼等からしたら、私が死んでも許せるものではない。許したお前のほうが奇異だろう」


 アーサーが初めて黙った。当たっているからだろう。

 数秒黙った後、口を開いた。


「それはそうかもしれぬ。だが我は、彼奴らならばいずれ許すのではないかと思う。我のお人よしも相当なものだが、彼奴等もまた相当なものだ。歩などは自分を殺しかけたキヨモリと昼食を伴にしていた位だからな。なんとかなるのではなかろうか」

「……そうか」


 キヨモリの場合は我を失った事故の面があるが、雨竜の場合は故意のものだ。そこには大きな隔たりがあるが、そこは口にしないことにした。


 ばさりと音がした。アーサーが飛び立ったようだ。


「もう語るべきことは語った。我は我の居場所に戻ろう。引き止めて悪かったな」

「いや、引き止めてくれてありがとう。少しだけ楽になったよ」


アーサーが離れていくのが見えた。

これから当分会うことはないと思うと、最後に一つ迷っていたことを聞きたくなった。


「アーサー、ひとつ、いいか?」

「なんだ?」


 アーサーがその場で振りかえるのが見えた。


「おれは、今話したことを歩達に言った方がいいのではなかろうか。それが筋というものではなかろうか」


 アーサーはぴしゃりと断じてきた。


「甘えるな。自分の判断に自信を持て。それは歩達を思っての行動だろう? なれば、それは正しいのだ」

「……厳しいな」


 たしかに甘えだ。歩達に話すことも、アーサーに今尋ねたことも。

先程アーサーが語ったことは、歩達に言った機密の更に奥の機密だ。それを知ると、今でも危ういのに、もっと厳しく公安にマークされることになるため、歩達のことを考えると、雨竜は言えない。


 悩んだのは、言ったほうがいいんじゃないか、という理由もあったからだ。一つは、歩達に話して、断罪されたいという気持ち。もう一つは、自分は歩達のことを考えたからという理由ではなく、ただ単に言いづらいから、理由を付けて言わないだけじゃないか、という疑念。

だがそれらはあくまで雨竜自身の問題でしかない。罪の意識から解放されたいという、身勝手な考えだ。それらが話す話さない両方の判断にある以上、どちらも当人の心を蝕んでくる重荷だが、あくまでそれは雨竜自身の問題だ。


となると、話す話さないの二択は、雨竜自身に負担をかけるか、歩達に負担をかけるかの二択ということになる。

雨竜とした、どちらを選ぶべきか言うまでもない。それを雨竜が理解していると思ったからこそ、アーサーは言ったのだろう。


 アーサーは再度正面をふりむくと、そのまま去っていった。外階段を下りていき、姿が見えなくなった。

 雨竜はなんとなく顔を上げた。空が青く、雲が白い。陽が身体を照らし、汗をかいた身体には少し暑く感じた。


「雨竜!」


 声のほうを向くが、姿は見えない。階段を少しおりたあたりにいるようだ。


「また酒飲むぞ! 今度はお前が持ってこい!」


 それだけ聞こえてきた。それから雨竜はずいぶんと呆けていたが、それ以上は何もなかった。

 雨竜は再び顔を見上げ、顔に右手を当てた。口元が歪んでいるのが、自分でもわかった。


 心配したのか、部下が声をかけてきた。


「雨竜さん、大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫だ。行くか」


 そう言うと、雨竜は立ち上がった。松葉杖を必死で動かしながら、自分で階段をおりていくが、少し力が戻ってきているように思った。

 自分だけに聞こえるよう呟く。


「厳しいやつだ」


 雨竜は、自分の独り言が、喜びを隠し切れていないのが分かった。




「おう、おかえり。なんだったんだ?」


 アーサーが戻ってきた。意外と時間がかかった。

 戻ってきたアーサーは、いつになく元気がない。


「アーサー、どうした?」


 今度は唯が聞いた。


「重大な事実を知らされた」


 なんのことだろうか。息をのんでアーサーを注視する。


「雨竜のやつ、ひどい裏切り者だった。本当ひどいやつだった」

「何を言われたの?」

「ひどい、ひどすぎる……」


 皆が固唾を飲んで見守る中数秒溜めた後、アーサーが語気を強めて言った。


「雨竜のやつ、秘蔵の酒を飲ませてくれるとか言ってたくせに、ないとか言いやがった! 楽しみにしてたのに! なんという裏切り者だ! やつは死して償うべきだ!」


 病室の緊迫した空気が、一瞬で腑抜けた。そんなことで、あんな緊張した顔で追いかけたのか。


「お前、それのどこが重大な事実だ」

「あの野郎、酒を飲んだ勢いとはいえ、そんな嘘付きやがったのだぞ!? これを裏切りと言わず何と言うのだ! 酒飲みとしての、いや、人間として、最悪の蛮行だ!」

「だからなんだっつうんだよ」


 飛んできたアーサーの手をつかみ、痛覚のつぼを突いた。アーサーは間抜けな音を漏らして、歩の寝る布団の上に、ずさっと落ちてきた。


「アーサー、それはないよ」

「まあらしいっちゃらしいけどね」


 唯もみゆきも苦笑している。イレイネとキヨモリも、場の雰囲気に流されて気が抜けたような態勢に変わった。


「なんかお腹空いたね。なんか買ってこようか」

「私も行くよ。歩はなんか欲しい?」

「飲み物くれ。固形物って食っていいのかなあ」

「まあ、いいんじゃない? 歩なら大丈夫でしょ」

「ひでえ」

「じゃあ、言ってくるよ。キヨモリ、お前も来る?」


 歩とアーサーを除いた全員が出ていった。

 すこし身体がけだるく感じて、歩はうつ伏せに寝転ぶと、アーサーが言った。


「なあ、歩」

「なんだ?」


 うつぶせに寝ているため、アーサーの顔は見えない。


「雨竜とまた会いたいか?」

「会いたいね」


 歩は即答した。


「どうしてだ?」

「お世話になったし、いい先生だったし。いろいろ教えてもらいたいってのもあるかな」

「もしそれらが偽りの姿だったとしたら? 実は全て作り物の姿だったとしたら?」

「お前、そんなこと聞いたのか?」

「いいから答えろ」


 少し眠くなってきた。ほぼ考えず、脳が赴くまま答えることにした。


「ま、最初は罵倒するかな。そんで許す」

「許す? それがなんであってもか?」

「命を助けられたのは事実だし、人となりも嫌いじゃないし」

「もしそれらが全て雨竜の演出だったとしたら?」

「見る目がなかった俺の責任だから、特に何も言わないかな。金輪際口聞かないけど。

ま、人となりのほうはなんとなく自信があるかな」

「どうしてだ?」

「なんだかんだで、俺達の命最優先にしてくれてたからな。多分それはあたりだろ」

「そうか」


 ア―サの口調は、すこし嬉しそうだった。

 歩はそのまま眠りこんだ。


ひとまずこれで一区切りです。見ていただいてありがとうございました。

続きはまだ書き終えていないので、出来しだいupさせてもらおうと思います。

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