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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
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1-2 いつもの模擬戦




 二人と二体はグラウンドにやってきていた。容易に巻きあがる砂を敷き詰めただけの、だだっ広い簡素な運動場だ。

 周りを見渡すと、皆同じ服に似たような武器を手にした同期達が談笑している。ところどころに衝撃吸収用のパッドを埋め込んだ、黒一色の変わり映えのない戦闘服だ。


 その隣で思い思いに過ごしているのはパートナー達。ただし、牙や爪といった先のとがったものには頑丈な革製のサポーターが被せられており、模擬戦に備えた準備がされていた。勿論、人の持つ剣なども、金属製のものは刃引きされたもので、歩が左手に掴んでいる身長より長い棍棒も、本来なら穂先に刃が付いて槍となる代物だ。


 時計を見ると、まだ開始時間には三分ほど残っていたのだが、秒針が三十回も刻まない内に担任の藤花の声が聞こえてきた。


「それでは、始めます。はーいそこ、始まったよー」


 藤花がぱんぱんと手を叩いて沈黙を促すと、あっという間に喧噪が止んだ。


「いつもどおり、クラス毎に分かれての模擬戦です。ウォーミングアップと柔軟が終わったら、各自の集合場所に集まること。では、外周を始めてください」


 藤花が一度、パンと手を鳴らすと、それを合図にバラバラと走り始めた。歩もクラスメイト達の流れに任せて走り出した。

 一周一キロになるように引かれた白線の円を淡々と進んで行く。歩の体力は学年でトップクラスなのだが、ウォーミングアップでやる気を出すほど感心な生徒ではなく、結局集団の最後尾の辺りから動くことなく走り終えた。それから屈伸、前屈など一通りのストレッチを手早く済ませた後、慎一と分かれて自分のクラスの集合場所に向かった。


 クラスといっても、授業を受けたりするクラスとは別のもので、一般に模擬戦における能力の差によるものだ。学年辺り四百名程の生徒を十クラスに分け、一クラスに四十人ほど配分される。授業の模擬戦では、数クラスまとめて行われるため、歩の前にいるのは十五名ほどだ。

 ちなみに、歩が所属するのはAクラス。一番上のクラスだ。

 ただし、成績はダントツの最下位だ。


 そこにいる面々のパートナーを見渡す。歩の何倍もの背丈を持つ剛腕の巨人型や、大きな翼を持ち、圧倒的に優位な上空から仕掛けてくるグリフォン型。身体能力はそれほど高くないが、伸縮自在の身体を持ち、相手を選ばないほどの応用力を持つ精霊型。どれも卓越した戦闘能力を持つものばかりだ。


 一方の歩のパートナーはというと、間抜けに大口を開けて欠伸をしている小さな竜。一緒に鼻から出るかぼそい炎がせめてもの威厳なのかもしれないが、ぼそっと消えると、それもただ儚いだけだ。

 模擬戦において、この小竜が役に立つわけもない。


それなのに歩達がAクラスに在籍しているのは、歩が超絶な身体能力を持ち合わせて、怪物達と対等にやりあえるから、というわけではない。

アーサーが竜だからだ。

竜は基本的に圧倒的なまでの膂力を持ち、在籍するのはAクラスもしくは、特別クラスが用意される。実際、同じクラスのもう一人の竜は、模擬戦に参加していない。一般の竜にはそれほどの大きな威光があるのだ。


歩にとっては、裏目に出ているだけの憎たらしい制度でしかないが。実力でクラス分けされたらどのクラスに配属されるか、という疑問がしばしば頭に浮かんでくるが、考えてみようとも思わない。みじめになるだけだ。

 歩は考えれば考えるほど、ドツボに嵌っていっている気がした。


 ため息を吐いていると、藤花の声が聞こえてきた。模擬戦においてAクラスを受け持っており、ここでも歩の担当となっている。

 隣には彼女のパートナーである、ユウがいた。巨大な狼の輪郭に炎を纏った姿は、周囲を圧倒して余りある。彼女達が戦闘にも長けているのはその姿だけでもわかった。


「はい、皆さん揃いましたね。それでは始めましょう。ただ、明後日には学期末模擬戦が控えています。無理をしないようにお願いしますね。いつにもまして、最後の一撃の寸止め等は気をつけるように。どんどん回していくので、そちらも気を付けてくださいね」


 そういうと、今日の対戦表を近くの壁に貼った。遠目に見ると、いくつかある第一試合の欄に自分の名前があった。

 相手の名前は……前のやつの頭が邪魔で見えない。

 隙間から見ようと、頭を軽くずらそうとした時、不意に肩をたたかれた。


「一戦目、私達みたいね。よろしく」


 みゆきだった。

 長い髪を頭の後ろで結わえ上げて、腰には一番扱う人の多い両刃の剣をさしている。無骨な戦闘服のはずなのに、妙に似合っていた。全く面白みのないデザインを書かされた人も、彼女の姿を見ればいい仕事をしたと思うかもしれない。


「よろしく」

「アーサーも、よろしくね」

「ふむ、良き戦を」

「じゃあ、行こうか」


 みゆきは顔に冷たく感じさせない微笑を浮かべると、一番近くにあった白線の中に入って行った。その姿は凛としており、出会ったころの気弱な姿はまるでない。

後ろに従えているのは、歩も誕生の瞬間を見た精霊型のイレイネ。大きさはみゆきと同じ程度まで成長しており、形だけ見れば、もはやみゆきそのものという感じだ。流したままにした長髪に、月桂樹の葉をより束ねたような冠を付け、身に纏っているように見えるのが、一枚布の絹をくりぬき、腰の帯で縛った――つまるところ、古代の女神のような装束なため、遠い先祖が隣にいるような、そんな錯覚を覚える。


「おい、歩。行かぬのか?」


 アーサーに促され、慌てて歩も後に続く。

 気を引き締めないといけない。みゆき達は、見た目とは裏腹に、学年で五指に入るほどの実力者だ。模擬戦ではいつもトップ争いをしている。

中央まで歩いていき、二本引かれた白線の片側に立った。

 すぐに藤花も中に入ってきた。傍らにはパートナーを従えている。


「それでは、注意です。装備はちゃんと整えましたね?寸止めを心がけること、無理はしないこと、ちゃんと心得てますね?一応、危険を感じたら止めに入りますが、それでも十分に警戒してくださいね」


 歩とみゆきが頷くと、藤花は少し後退した。アーサーが飛び上がったのを確認してから、歩は腰を落とし棍棒を構えた。


「それでは怪我に気を付けて。始め!」




 開始の合図とほぼ同時に、イレイネが仕掛けてきた。

 開幕の一撃は、左腕を伸ばしての突きだ。まるで、空手の演武のように、その場で突きだされた左腕は、そのまま細く、長く伸びていくことで、歩に襲いかかってくる。先の部分のみを圧縮、硬化することで十分な威力を持たせており、シンプルに見えて凶悪な得物になっている。不定形であるが故の業だ。


 歩は、棍棒を一閃。突くことが主眼ではあるが、棒部分を用いた払いでも防御には十分だ。

 飛んできた手首の辺りに衝突させ、呆気なく散らせた。地面にぼたぼたと飛散したのだが、地面で蠢いてイレイネの元へ戻って行くのが目に入った。身体から離れた部分も操作できるため、いくら散らそうとキリがないのだ。


 一応の警戒のため、地面にちらばるイレイネの破片を避けるように動きつつ、次々と襲いかかってくる突きを避けていく。右に左に、身体をぶれさせ、的を絞らせないと同時に前へと進行。序々に距離を詰めようとするが、相手もそれに合わせて体を動かし、決して距離を詰めさせない。

 イレイネが仕掛け、みゆきも寄り添う形で一緒に動き、なんとか離れまいと歩が追い掛ける、鬼ごっこの様相を呈していた。


 傍目には、鬼たる歩が劣勢に見えるが、それほどではない。幾度となく手合わせしてきた結果、歩は一撃を喰らうことがほとんどない。伊達に一人で怪物達を相手にしてきたわけではないのだ。主導権は握られてはいたが、破局は全く見えない。


 勝負が決するのは、みゆきがこのペースをいつ崩して来るかだ。お互いに決め手を欠く今、主導権を握るみゆき達がどう仕掛けてくるか、その勝負だ。

いつもはイレイネの動きに合わせてみゆきも仕掛けてきて、すぐに勝負がつく。他の同級生はパートナー任せで、人間はほとんど参加しないことも多いのだが、みゆきは時を見て一斉にしかけてくるのだ。その時が勝負を決する時で、歩は如何にそのときに状態を安定させられるかが鍵なのだ。


 いまかといまかとその時を待っていると、不意にみゆきが声をかけてきた。


「歩、新技試したいんだけど、いい?」


 少し茶目っ気のある笑顔を浮かべる。実戦にはそぐわない行動であることと、変に律儀なみゆきの言動が重なり、思わず苦笑してしまう。

 どうぞと答えると、これまで退く一方だったみゆきが単独で仕掛けてきた。


 これまで後ずさりするように下がっていたのが一転し、みゆきが前方に身体をはねさせてきた。一瞬で距離を縮めると、手にした剣を振るってきた。

 歩は余裕を持って棍棒で受ける。人同士のタイマンであれば、歩はまず引けを取らない。

 そのまま二度、三度と撃ち合うが、振るってくる剣にはさほど力が込められていなかった。簡単に防げる。


 四度まで受けたところで、歩は動いた。

 大きく剣を払った後、さっと穂先を向け、出来る限りの速度の突きを見舞う。

 一度で決めようとせず、二度三度と突く。息もつかせないよう、余裕がなくなるよう、追い詰めるように突き、引き、また突きを繰り返す。

 みゆきはなんとか避けるが、序々に剣で受けることが増えてくる。後退し始めるのに、そう時間はかからなかった。


 みゆきが一度足を引いた時点で、歩は詰めず、その場で棍棒を振り被った。

 全身の筋肉を引き絞り、すこしだけ助走をつけ、渾身の横薙ぎ。

 足の浮いたみゆきに避けることはできなかった。

 剣越しに、衝撃が突きぬけたのがわかった。そのまま力を込め、みゆきを吹き飛ばす。


 みゆきの身体が砂地に線を描くのを傍目に、歩はイレイネを注視したが、突っ立ったままでまるで動きが見られなかった。みゆきとの剣戟の間も注意を払っていたのだが、新技はどこにも見られなかった。みゆきと歩が端にタイマンするだけなら、歩の有利は揺るぎない。一人で仕掛けてきたのだから、なんらかの仕込みをイレイネがしているのではと思ったのだが――

 このまま一気に勝負をつけるべく、みゆきに向かって地を蹴ろうと足に力を込めたとき、アーサーの声が響いてきた。


「歩、周囲警戒!」


 見回すが、何も見えない。聞こえない。臭わない。

 ふと唇がべとつく感じがした。こころなしか湿気が高いのか。


なにか違うと思い始めたころ、

 ぽつり、なにかが浮かんでいる。

 目を凝らすろ、空中に雨粒が浮いているのがわかった。

 それは――イレイネの新技か!?


「大分コントロールができるようになったね」


 身体から離れたパーツもコントロールはできることは知っていた。ただ、量が違う。目に見えぬほど薄い状態から、次々と生まれ、膨れ上がり、空間を満たしていく。

 そこでイレイネの身体がいつもの七割ほどまで縮んでしまっていたのに気付いた。気取られぬよう、ゆっくりと身体を細分化し、空中に仕込ませていたのだろうが、見事としかいいようがなかった。


「イレイネ、行きなさい」


 みゆきの合図と共に、雨が降ってきた。

 歩の身体向かって収束するように、雨あられと降り注いでくる。

 歩は反射的に両腕で顔を庇ったのだが、その上から絶え間なく叩き続けてきた。

 威力はさほどでもない。小石を投げ付けられた位のもので、日々鍛えている歩にとっては、一つ一つはどうとでもなるレベルだが、量が違った。身体の至る所を殴りつけられるような状況だ。少なくとも、目や鳩尾といった急所となる部分は晒せない。


 ただ耐えていると、腹のあたりに重い衝撃が突きぬけた。

 地面の感触が消え、雨の感覚がなくなったかと思うと、今度は背中ががりがりと削られる。ほこりの匂いがして、砂利を含んだ地面の上を滑っているのがわかった。

 身体が止まると同時に、すぐ起き上る。見えたのは、足を振り上げたイレイネの姿。腹を蹴られたのだろう。

 と、首元に冷たいものが突きつけられた。


「降参?」


 両手を上げると、すぐに冷たい感触が消えた。振り返ってみると、みゆきが剣を納めていた。素早く回り込んでいたようだ


「どう?」

「驚いたよ。一つ一つはそれほどじゃないけど、いきなりやられると頭が真っ白になるね」

「慣れるまでは、拘束できそうだね。感想、後でもう少しおねがいしていい?」

「全身ねらうより、頭とか目とか一点集中で狙った方がいいかもね。感想の件はいいけど、イレイネは大丈夫なのか?」


 みゆきの隣にいるイレイネの身体はいつもの八割ほどまで縮まったままだ。あの技は大分負担をかけるようだ。


「まあ水飲めば戻るしね。馴染むまでには時間かかるけど、特に辛いってわけでもないみたいだし。まあ、感想考えといて」


 歩が頷くと、藤花のおつかれさまでした、という声が聞こえてきた。

 その場を離れ、次の人に受け渡す。そのまま、みゆきの隣に座りこんだ。


「ふむ、なかなかであったな」

「ありがと」


 空中から降りてきたアーサーがみゆきに言った。

 歩がふ~っと息を吐くと、アーサーが声をかけてくる。


「それにしても情けない。あっさりとやられおって」


 少し頭に来た。


「うるさいな。そんな口叩くならお前も役立てよ」

「技を見抜き、警戒を促したのは誰だ?」

「口動かしただけじゃねえか」

「ふん、喉を動かしただけ有難いと思え。我の手をわずらわすなど、百年早いわ」

「生後五年が何言ってんだ」

「年月などただの目安に過ぎぬよ。何より、お前には、だ」

「それなら百年早いも意味ないだろ。一体、お前は何様のつもりなんだよ」

「アーサー様だ。竜の中の竜である」

「竜のこと苦手な癖になに言いやがる」

「はい、そこうるさいですよ。なんなら、私達の個人授業受ける?」


 藤花の声に反応し、隣で睨みを聞かせている彼女のパートナーを見た。ユウと言う名の、燃える巨大な狼。その威圧感は、間違いなく一級。

 歩とアーサーはあっさりと黙った。みゆきが吹き出すのが見えた。



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