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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
27/33

4-7 決戦

 アーサーの身体が炎に包まれた。

 否、もともと炎でできていた身体がほどけた。それが歩にはわかった。


 口も、頭も、首も、胴体も、腕も、足も、翼も、尾も、全てが炎と化す。ただの灼熱に回帰した後、いきなり熱量が増大する。舞い上がる炎は、大きく変体したユウほどまで膨れ上がった。鼻先に飛んできた火の粉が、なによりも熱く感じた。

すぐに形づくり始める。炎が密集し、物質と化していく。熱量と引き換えに、骨を、肉を、牙を、爪を、角を、翼を次々と獲得していく。渦巻く炎の中、直接見ることはできないが、それでもわかる。


 炎がやんでいく。最後の一片が瞳になったところで、竜殺しの竜は顕現した。

 今まで見たどれよりも強く、堅牢で、勇壮な竜の姿だ。


「どういうこと? この姿は」

「何を驚く? キメラの変体に慣れたお前が何故? パートナーを殺すためのパートナーがいるならば、竜を殺すための竜がいてもおかしくあるまい? 貴様のパートナーが竜になったとき、質量を無視していることに気付かないか?」


 戸惑った様子の藤花に、竜が言った。


「行くぞ」


 竜は大きく息を吸いだした。

数瞬後にユウと藤花が身をひるがえすのが見えた直後、

竜は口から炎を奔流させた。

途端に、煌々と赤く燃える熱が視界に広がる。竜の口を起点に扇形に広まり、川のあたりまで赤い大地と化させた。赤い閃光が突き抜けたときと匹敵する、驚愕の光景だ。

まさしく竜の、竜と化したアーサーの炎だ。


 アーサーの口から炎が止まった。そのまま炎の扇も消え去り、足元に残ったのは真っ黒な大地。数秒もなかったろうに、これだ。


 だが、目標には全くあたっていないのが見えていた。身をひるがえした藤花とユウは、扇から身を退けさせていたのだ。


「歩、藤花を頼んでよいか?」

「勿論」


 いつもと変わらぬアーサーの深い声に即答した。さっと身を走らせ、地面に転がる槍を掴んだ。危ういところで炎に見舞われなかったようだ。


 すぐに身を起こし、辺りを見回す。茫然としているみゆきとイレイネ、後方で両膝をついている雨竜と、瞳の奥にかすかな光を灯したサコンが見えた。雨竜の足元にはどこかから草の上を這いずったような跡が続いていた。そこには血が点在しており、おそらく最初の頃に負った傷から流れ出たものだろう。よほど深いのか、雨竜は気絶しているようだ。

これほどの血を流出させながら、サコンのところまで這って行き、気絶しそうになりながらも一撃を加えた雨竜には、本当に頭が下がる。それがなければ、ユウが竜と化すことはなく、アーサーが今の姿になることはできなかったのだから。


 ユウと藤花の姿は見えない。藤花はともかく、ユウの巨体が目に入らないのはおかしい。

 となると。


「上だ!」

「応」


 アーサーにも注意をよびかけ、上空を向く。そこには首元の炎の輪に照らされて、ほのかに写るユウと藤花の姿があった。


 歩は真横に飛んだ。アーサーも巨大な身体を機敏にくねらせ、その場を離れる。

 直後、砲撃のような勢いで、ユウが上から舞い降りてきた。地面が大きく陥没し、足元が震えた。


 そこに、アーサーが突っ込んだ。ユウに正面から身体をぶつけ、弾き飛ばせる。耳をつんざく轟音がした。

 そこから更にアーサーは踏み込んでいく。弾き飛んで顎を上げたユウが地面に倒れる前に追いつき、再度突進した。そのまま一体となり、土砂を巻き上げていき、鎮座していた大岩に突っ込んだ。

 空気そのものを揺るがせるような音が耳に入ってきた。その中には喉から押し出たユウの野太い悲鳴も混じっていた。


 アーサーは軽く顔を上げた後、すぐに喉元に首を伸ばした。喰らいつく気だ。もう決めるつもりだ。

 だがそこにムチのようなものが飛んで行った。ユウの二股に分かれた尾だ。二つともがユウの首元にまきつき、強引に軌道修正を強いり、アーサーの狙いはずれて大岩に突っ込んだ。

 アーサーが一瞬怯んだところで、今度はユウが動く。アーサーを振りほどくように、強引に身体を捻らせた。

 すると、翼がアーサーの首筋に入った。アーサーの身体がかたむき、ユウは完全に自由の身となる。


 そこからユウは翼を広げ、飛び上がった。巻き起こる風は離れた歩のところまで届き、戦闘服をうねらせた。

 すぐにもう一陣の風が続く。アーサーもまた飛び上がったのだ。見上げると、巨大な二体の竜が大空を飛びまわっている。


 なんという壮大な戦闘。

 これが、竜同士の戦いか。


 そう思っていたところ、歩はさっと身を転がした。次の瞬間、歩がで佇んでいた地面に、剣が突き刺さる。


「あら、見えてたんですか? 竜の戦闘に見とれているかと思ったのに」

「勿論」


 歩は藤花の動きを眼端に捉えていたのだ。アーサーたちの戦闘も見守っていたが、今歩がすべきことは藤花の相手である。


 歩は槍を掴んで腰を下ろした。左肩はまだ痛むが、アーサーが竜殺しとなってから随分と調子は良くなってきている。それでも動きに支障はでるが、許容範囲だ。


「あら、攻めてくるんですか? アーサーに任せたほうがいいんじゃないですか? 私に勝てるとでも?」


 藤花の言うとおりだ。歩の力が藤花に及ばないのは十分承知している。それならば、未知数で、先程は優勢でさえあったアーサーに託したほうがいい。

 だが、歩はただ逃げるつもりはなかった。

 理由は二つ。


「ただ逃げているだけだと、アーサーに面目立たないので」

「陳腐な発想ですね」


 これは些細なプライドの問題も含まれているのだが、もう一つは明確に違う。


「俺がただ逃げてたら、あなたはみゆき達に行きますよね?」

「あら、鋭くなりましたね」


 先程の不意の一撃には明確な殺意があった。遊びはまるでなかった。

 ならば、戦術的にこちらの弱点を突くのにためらうわけがない。ただ藤花を打ち負かすことを考えるならば身捨てる選択肢もあるのだが、歩にそんなことができるはずもない。


 藤花もまた剣を構えた。正面に剣を伸ばし、両手で掴む型。本気だろう。

 歩は、軽く息を吐き、それよりさらに軽く吸った。


「手加減はしませんよ? 竜殺し」


 藤花の揶揄に応える。


「望むところです、幼竜殺し」


 竜殺しをパートナーに持つことは、竜殺しであることと同じ。

 竜殺しは幼竜殺しに向かって槍を伸ばした。


 初撃は様子見。

 軽くついただけですぐに手元に戻す。槍の間合いは剣のそれよりも長く、槍対剣の場合、槍はとどくが剣は届かない距離を保つのが重要だ。牽制を多めにまき、まずはペースを握るのが歩の選んだ戦法である。


 前の戦闘と同様に、息をつかせぬように突く。一度、二度、三度、四度。

 五度目まで狙いは変えても、それ以外は特に変化がないように見舞った。そのどれもが藤花にあっさりと捌かれた。以前のときと、ここまではほとんど変わりはない。

 違うのは、状況。あの時はみゆきの援護に行くために強引に押し切らねばならなかったのだが、今は違う。好きなだけとはいかないまでも、時間を惜しまなければならない立場にはいない。


「様子見だけですか? 大口叩いといて、攻めてこないんですか?」


 藤花の揶揄も無視する。今は落ち着いて、隙を探ることに集中した。

 そのまま牽制をまき続ける。今度は時折タイミングをずらしたり、フェイントを織り交ぜたりして的を絞らせないように立ち回る。


 十五合ほど得物を交わしたところで、歩は一定の成果を上げていると思った。少なくとも、対等。隙に付けいることはできていないが、逆に付けいらせてもいない。


 十六合目を放った瞬間。

 藤花は、一歩深く踏み込んできた。その速度は歩の予想外、雷光のごとき一歩であった。既に差し出した槍を止めることもできず、穂先が藤花の頬をかするにとどまった。歩はそこから即座に戻すのだが、それよりも藤花の剣のほうが早かった。


 伸びた腕を狙い、剣が振られた。歩は藤花の所作から、先読みはできていたのだが、それでもなお遅い。

 強引に左腕をひねり、柄を向けてなんとか直接刃が腕に触れるのは避けたが、及ぼされる力まではどうしようもない。腕にひっぱられる形で歩がたたらを踏んだところに、藤花は背中に向かって剣を振るってきた。歩はとっさに地面に身を投げ出し、転がることで距離をとった。


 すぐさま起き上り、顔についた泥と灰を無視して藤花を見た。既に猛然と迫ってきている。そこにこれまでの遊びはない。


 歩は横薙ぎの一撃を槍で受ける。藤花は防がれたにもかかわらず、更に力を込めてきた。

 変形の鍔迫り合いの形となった。歩の槍と、藤花の剣。完全に密着状態で、槍の間合いなど全く活かせない状態だ。


 全身の力を振り絞って抗いながら、歩は藤花の顔を見た。

 笑みこそ浮かべているが、そこに油断や慢心といったものは見受けられない。完全に殺しにきている。

 鍔迫り合いをしてきた時点で、それは明白だ。歩の左肩から下が傷ついていること、槍の長い間合いを殺すこと、一石二鳥の判断だ。


 それに加えて、歩は基礎体力の違いも感じ始めた。鍔迫り合いをしながらも、序々に押されているのだ。これは左肩が万全でもおそらく変わりなく、単純な筋力の差だ。先程の踏み込みから見ても、藤花の膂力は歩の一つ二つ上を行っている。


「ずいぶん余裕がないんですね」

「余裕がないのはそちらでは?」


 今度は歩から揶揄してみたが、そっけなく返される。その間もじりじりと歩は後ろ足を踏んでいた。


 ここで藤花が更なる力を加えて、突き離してきた。思わず歩が二、三歩さがったところに、万全の態勢から剣を振るってきた。

 歩はなんとか受ける。

 一撃入るたびに、左肩に響いた。忘れていた痛みがぶり返してきて、苦痛で思考がよどみはじめたのがわかる。切りつけてくるのに混じって、時折、高速の突きが飛んでくるのをなんとか避けつつ、歩は必死に考えていた。最早心境は、いつもの模擬戦で自分の何倍もの背丈のパートナー達相手のときより悲痛なものになってきている。今相手している藤花は、彼等とはまた別の手ごわい相手だ。


 なんとか読めた剣閃に合わせ、強引に振り払った。なんとか藤花の猛攻は止まり、歩は数歩一気に下がって距離を取った。


「あら、臆病風に吹かれましたか?」


 もう答える余裕はない。どうするか。

 パートナー相手では、隙を見つけるのが常道だった。何度か戦うことで一定の隙を見出し、勝ち目の少ない博打に身を投じるのが、歩の少ない勝ちパターンであったのだが、それは藤花には通用しそうにない。隙がまるでわからないのだ。おそらく、膂力だけでなく武術といった点でも、藤花は歩の数段上にいるのだろう。


 さて、どうするか。

 ここで、藤花が言った。


「このまま逃げる歩君を追ってもいいのですが、それより、もっと簡単な方法がありますね」


 藤花が片手を剣から放し、どこかを指さした。

 その視線の先は、みゆきだ。

 いまだに全身が震えており、動けないようだ。最早生まれたときの大きさでしかないイレイネがその背中に張り付いているが、どの程度の戦力になるか。


 そこで歩は気付いた。藤花との立ち位置の関係から考えると、次に歩が距離を放そうとしたら、みゆきに向かう藤花を止めることはできない。今ならまだすぐに後を追い防げるのだが、これ以上距離が離れると追いつくまでに三秒はかかる。今のみゆきに、藤花の相手は三秒もできない。


 つまり、今度仕掛けた時は距離を取ることはできない。次の勝負が、そのまま決着となるのだ。


「ずいぶん、丁寧に説明してくれるんですね。だまし討ちは得意じゃないんですか?」

「あら、仏心というやつですよ。同じ竜殺しのよしみというやつです」


 おそらく、藤花からしても今みゆきに向かうのは得策ではないのだろう。人質はいてこそ意味がある。みゆきを殺してもまだ雨竜が残っているが、その効果はみゆきの方が高い。人質に手を出す事態は、みゆきもまた防ぎたいことなのだ。すくなくとも今は。

 どちらにしろ、歩は次に全てを賭けるしかなくなった。


 歩は覚悟を決めた。槍をつかみ、なんとか勝機を見出すべく集中する。

 そのとき、唇がべとつく感じがした。こころなしか、湿気が高い。

 その感じは既視感を伴ったものだった。

 いつのことだろうか、気になる。


「さて、では行きましょう。言い残したいことなどはありますか?」


 必死に考える。いつのことだろう。それほど昔のことではない。同じく身体を動かしていたときだ。そのときも槍の感触があった気がする。

 脳裏を探ろうと、すこしだけ上空を見上げた。アーサーとユウが空戦を繰り広げており、その攻防は互角に見えた。アーサーの能力の成長は驚くばかりだ。以前はただ口出ししていただけなのに。


――口出し

 それだ。あのときもまたアーサーが先に察知した。そのときに感じた予兆だ。


「ないようなので、行きますか」


 藤花を無視して、歩は吠えた。


「あああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 身体の空気を入れ替えるように、全てのもやを吹き飛ばすように、喉から息を放出する。

 全て出し終えた感触の後、一気に吸った。身体がぎりぎり動く範囲で、一瞬にかけるべく身体を調整する。

 腰を落とし、槍を構える。視線はぶらさず、ただ藤花のみを注視する。湧き立つ闘争心を収束し、ただ意識は藤花へ。


「覚悟が決まりましたか? それでは、行きましょう」


 歩は地を蹴った。一歩、二歩、三歩、四歩。四歩目に藤花もまた動きだした。初めはゆっくりとスムーズに、序々に速く、鋭く、衝突点に全てを出し切るように。

 イメージは弓。弦をひきしぼり、さらにひきしぼり、限界を越えてもひきしぼる。キリキリと悲鳴を上げる身体をよそに、さらに絞る。


 二人の間合いは残り三歩まで来たとき。

 歩は矢となった。足、膝、腰、肩、肘、全てを連動させ、一点に集中させる。


 目標は、藤花の腹部中央。

 歩が矢となった瞬間、藤花の驚く顔が見えた。


 槍は何にも邪魔されず突きぬけた。途中添えるように触れてきた剣をものともせず、ただ真っ直ぐに。

 だが。


「残念でした」


 槍は、戦闘服の脇腹部分を裂くにとどまっていた。皮膚に擦過しているのかもしれないが、血は見られないため、大した傷ではない。藤花は、なんとか身をひねってかわしていたのだ。


 藤花はまるで動きに支障がない。

 対する歩はというと、全身全霊の一撃を放った直後で、隙の塊でしかない。

 藤花は動いた。

 首の後ろにある襟首をつかみ、硬直している歩の両足を払ってきた。歩は成すすべなく転がる。手にしていた槍はどこかに蹴り飛ばされた。

 点を見上げる歩の上に、すぐ藤花がまたがってきた。腰の辺りに重心を置き、両手を逆手にして剣を掴んでいる。切っ先は歩の胸のあたりか。


「それでは、さようなら」


 藤花が思い切り振りおろそうとした。

 その瞬間、

作戦が発動した。


 藤花の頭の回りに雨つぶのようなものが現れ始めた。

 ぽつりと浮かんだそれは、序々に数を、加速度的に大きさを増していく。藤花も気付き、虚にとられていた。


「イレイネ、行きなさい」


 少し震えたみゆきの声が響いた瞬間、雨が弾けた。

 全てが藤花の頭に収束していく。

 歩が唯、アーサーが駄菓子屋での小学生とのやりとりで傷ついた出来事の前、みゆき、イレイネペアといつもの模擬戦をやったときに新技と称して喰らった技だ。大気中にイレイネの身体を仕込み、相手を囲んだところで突然雨あられと降り注ぐものだ。あのときもまた、歩は唇がべとつく感じを覚えたのだ。

 雨粒が、今度は藤花の顔に殺到している。咄嗟に腕で防いだようだが、虚をつかれたことと、一番の急所に叩きつけられていることで、藤花は完全に隙を見せてしまっている。


 これを逃す歩ではない。このための捨て身の一撃であったのだ。ずっとこのタイミングを狙っていたのだ。そのために大仰に気合を入れたのだ。


 歩は硬直する藤花をのせたまま、強引に両手で地面をつき、半ばブリッジのような態勢で起き上った。そこから腹筋で上半身を持ってくると、落ちていく藤花の頭を掴んだ。態勢を変えても追尾していた雨は、歩が手を差し出した部分だけ避けるように消えていった。


 藤花の髪をつかみ、引き寄せる。それと同時に右足のひざを振り上げた。

 鳩尾に綺麗にひざが入る。藤花の口からこもった音が抜けた。

 歩はそこから更に追撃。顔を覆っていた両手の隙間から見えた眉間に向かって、思い切り拳を伸ばした。完璧にとらえた。殴った拳も痛い位だ。


 最後の締めにと、脱力した藤花の身体を掴み、そのまま引きずっていく。全身を振り絞り、叫びながら走った。


「うああああああああああああああ!!」


 振り被り、思い切り投げた。目標は、アーサーたちがぶつかっていった大岩。

 狙い通り、そこに受身もとれずに藤花はぶちあたった。鈍い音をたててぶつかった後、石の上に血の痕跡を残しつつ、藤花はずるりと落ちていった。


 歩はふっと息を吐いた。その後すぐに槍を拾い上げた後、みゆき達のところに駆け寄る。


「大丈夫か?」

「動けそうにはないね」


 みゆきが力なく笑いながら言った。まだ全身の筋肉が震えていて、顔色も悪い。身体の前に重ねた両手が、拍手をするようにこまかく振動していた。

 とりあえず、命に別条はなさそうだ。

 歩は気になっていたもう一人のことを聞いた。


「イレイネは?」

「これ」


 みゆきがおり重ねていた両手を開くと、そこには生まれたときの半分ほどまでちぢみ、まったく動かないイレイネの姿があった。形もなにもなく、ただのゲル状の物質に変わっている。


「……生きているのか?」

「私、生きてるからね。けど今は動けそうにないな。あの技を発動するのに、地面に転がってたイレイネの残骸を強引に使ったみたいだけど、それももう戻す力は残ってないみたい」

「生きているなら、それでいい。ありがとう、助かった」

「いーえ、こちらこそ、そんくらいしかできなくでごめんね。それによくタイミングよく合わせられたよ。知らせる方法もないのに、すごい反応だった」

「ああ、あの技予兆が見つかったから。これが終わったら言うよ」


 ここで轟音が鳴り響き、すぐ後に地が揺れた。

 音のした方を向くと、そこには二体の竜がからみあって盛大に墜落していた。アーサーの身体は端々に傷があったが、ユウは無傷。

 ただし、優勢なのはアーサー。

 アーサーの牙が、ユウの喉元に深深と突き刺さっている。真っ赤に燃え盛るたてがみごと、構わずに喰らいついていた。

 ユウの首からは赤黒い液体が脈に合わせて吹き出しており、アーサーの顔は血まみれになっている。腕がアーサーの身体を必死で引き離そうとしているが、もう力が入っていないのが歩からも見てとれた。大量に流された血といい、死に瀕しているのは明らかだ。


「アーサー! 大丈夫か!?」


 返事はなかったが、アーサーが一瞬こちらを見た。大きさこそ違えど、振り返ってきた目はいつものアーサーだった。興奮の色はあったが、それでも安心した。


 歩は投げ捨てた藤花の方に視線を移した。熟れすぎたトマトを塗りたくったような跡はあるが、量としてはそれほどではない。ユウを見ても、まだ生きていることがわかる。

 丁度タイミング良く、藤花が立ち上がるのが見えた。

 口の端からは血を流しており、よろめいている。大岩に手をついてなんとか立っている様子だ。歩の膝と拳、大岩との衝突は流石の幼竜殺しも堪えたようだ。

 歩は大声で言った。


「降参しませんか? 命を取ろうとまでは思っていませんから」


 藤花が口元にうすら笑いを浮かべるのが見えた。


「甘いですね。私は幼竜殺しですよ? 殺さなくて済むと思ってるんですか? キメラの回復力で、警察にでも引き渡そうとするまでの道のりで逃げ出すかもしれませんよ? あわよくば逆に殺されることだってある。私が殺す気で動いていたの、わかってるでしょ?」

「殺しは嫌です」

「竜殺しなのに?」


 一瞬答えに詰まってしまったが、すぐに気を取り直して答えた。


「言葉のあやみたいなもんです。アーサーも、殺す気はない」

「ユウ、死にそうですけど」

「簡単には死なないでしょう」


 藤花は嘆息しながら、どこか嬉しそうに言った。


「本当に甘いですね。こんなのに私は負けそうになっているのですか」

「ともかく、降参してもらえませんか? ユウ、本当に死んじゃいそうですよ」


 言い合いをしている間にも、ユウの首筋から流れ出る血は増している。下手をしたら本当に死んでしまいそうだ。


 歩は藤花をじっと見た。ここにいたってうすら笑いを浮かべたままだ。何を考えているのかまるでわからない。

 拘束するために、ゆっくりと藤花に近付きはじめる。序々に、藤花の姿が大きく見えてきた。

 そのまま注視していると、藤花の口元がにい、と歪んだ。うすら笑いが、もっと気色の悪いものに変わっている。


「拒否します」

「死んじゃいますよ? 何か手があるのですか?」

「今、思いつきました」


 藤花が大声で叫んだ。


「ユウ! 燃えろ!」


 はっとアーサーのほうをみやる

 ユウのたてがみが大きく燃え広がり始め、全身を包もうとしていた。


「アーサー!」


 巨大な口で舌打ちをした後、アーサーは機敏な動作でユウの上から飛びのいた。アーサーが牙を外した瞬間、一際高く血が噴き出すのが見えた。


 すぐに、ユウの身体は炎の塊となった。煌々とあたりを照らしはじめ、竜の身体は陰影でしか判別できなくなっている。

炎の塊と化してからすぐ、ユウは悲鳴か雄たけびかわからない咆哮をあげた。空へと飛び上がり、のたうちまわるかのように空を駆け巡っていく。その内に炎が消えはじめ焼け焦げた皮膚が見え始めた。先程の方向は悲鳴の要素が強かったようだ。


 なんとか、といった感じで炎を止め終えると、ユウは半ば墜落するように藤花の横に降り立った。片膝をつくように降りた後、すぐにひれ伏すように態勢を崩した。もう体力は残っていないのだろう。アーサーに大穴をあけられた首筋は、幸か不幸か炎で焼かれて傷口が悲惨なことになっているが、出血は止まっている。


 藤花は即動いた。歩達が見入っているなか、まだところどころで煙を上げているユウによじ登り、首のあたりに乗った。

 そして飛翔。瀕死に見えたユウが力強く飛び上がった。キメラの再生力を侮っていたのかもしれない。


「歩!」


 アーサーが声をかけるまえに、歩は動いていた。幼竜殺しを逃すわけにはいかない。歩はアーサーの駆けより、首の付け根あたりによじ登った。

 歩がよじ登ると、アーサーもまた飛翔。飛び上がる際の空気が引き裂かれる音は、キヨモリのときよりも強く感じた。あっというまに、天高く舞い上がり、幼竜殺しの後を追うべく滑空し始めた。


 終戦は、近い。


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