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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
24/33

4-4 火蓋は意外な形で切られる



「ここでいいか」


 歩達は呆気なく目標地点についた。

 猪に一度あっただけで、拍子抜けしてしまうほど何も起こらなかった。移動時間が十分程度だったからかもしれない。


 着いた場所はかなり開けた空間だ。以前、整備して気軽に遊べる場所にしよう、という計画があり、流れていた川をもう一本溝を掘ることで、二股に流した上で、その間の木を伐採されたのだが、財政面のため、そこで計画は頓挫してしまい、森の中にぽつんと虫食いができたまま放置されることになったのだ。

 ここまで繋がる道も本来なら別の舗装された道があったのだが、土砂崩れで塞がってしまい、歩のように、けもの道をかきわけて来なければいけなくなった。戦場にするにはうってつけの場所である。


 歩は足元を軽く濡らして川を渡り、中央の敷地に足を踏み入れる。そこは学校の運動場ほどはあり、十分に動きまわれそうだった。いくつか大きな切り株が放置されたままだが、それ以外は足首位までの雑草があるだけだ。もっと生い茂っているのかと思っていたのだが、予想が外れた。もしかしたら、鹿などの食事場所になっているのかもしれない。


 開けた空間の中央あたりにあった、切り株に腰を下ろした。学校のサバイバル訓練で、何度かけもの道で山登りをさせられたせいか、疲労は薄い。逆にハイキングみたいで楽しかった位だ。


 そこまで思い至ると、やはりおかしな自分に気付いた。

 本当にどうにかしている。何故か今、歩は猛烈に楽しいのだ。心が躍っているのだ。興奮しているのだ。まるで場に合わない。

 何故そうなっているのか、全くわからなかった。

 思うところがあり、アーサーに声をかける。


「アーサー、体調はどうか?」

「ん? ああ、いつもより良い位だ。今なら月まで飛べるな」


 先程から肩の上に乗ったままの相方は元気そうだった。無駄に饒舌でもある。

 やはり、おかしい。


「さっきまで具合悪そうだったのにな」

「我の回復力をもってすれば、この程度は容易である」


 確かに体調が戻っている。むしろ本当に良い位ではなかろうか。肩にかかる重心の力加減も一定していて、目に写る顔の艶もいい。さっきまでと豹変していた。


「なんかおかしくないか? お前」

「何がだ? そんなことより、今は幼竜殺し戦に向けて心を整えよ。そう時間は空かぬぞ」

「どうしてわかる? 来ないかもしれないのに」

「勘だ。そんなことより戦に集中しろ。どうも別なことに意識がいっているように見える。我が慧眼をもって幼竜殺しの動きは見逃さぬが、お前が腑抜けていていい道理はない」


 どうもおかしいが、確かに今すべきことは異変の特定より、戦前の心構えをすることだろう。どうも浮ついている自分を正さなければ、十全に戦えない。


 ふーと、息を吐く。腹がへこみ、全身が引き締められるのを十分に感じてから、今度は思い切り吸い込む。冷たい夜の空気が肺に入り込み、浮ついた精神を引き締める。鼓動を感じ、己の精神状態を確かめるが、やはり速い。

 それを何度か繰り返していき、序々に呼吸を落としていく。意識を筋肉に、骨に、神経に行き渡らせ、身体と対話して、掌握する。


 そうして身体を作り上げた。まだ浮ついている部分はあったが、身体はまともに動かせるだろう。


 意識は幼竜殺しとの戦闘について。

 もうみゆきはこの場についているだろうか? おそらくいるだろう。時間的にそうかからないし、閃光弾も上げられていない。おそらくとしか言えないが、歩に居所が分かる位なら、そもそも潜む意味もない。


 耳を澄ませる。ふくろうはまだ鳴いており、夜の帳が下りているのを感じさせた。川の流れる音と相まって、心地がいい位だ。気を抜いたらすぐにでも腑抜けてしまいそうになる。


 心地よさと戦っていると、不意に雑音が混じりだした。コンロで火をたいているときに起こる、耳障りな音だ。序々に大きくなっていき、次第に耳が痛くなってくる。


「アーサー!?」

「わからん! まさか幼竜殺しではあるまいが、構えよ!」


 これほどの轟音を発するのが、幼竜殺しのはずがない。こんな音を発しながら暗殺するなどできるはずがないからだ。

 しかし、誰がこんな音を発するというのか?


 音の方を向くと、そこの木々がざわついていた。特に上のほうの葉が押されるようにちらされている。

その上に音の発生源がいた。


 機械の竜だ。形はアーサーと似た竜のようで、やや前傾姿勢の二足歩行、脚が二つ、腕も二つ、伸びた細長の頭に、翼、尾と揃っているのだが、明らかに竜には見えない。硬質の鈍く光る表面で、角ばった身体。腕らしきものの先についた爪も、剣をそのままくっつけたようにしか見えない。背中からは炎が噴き出しており、それで飛行しているのだろう。目の部分には怪しく光る真っ赤なルビーのようなものが嵌めこまれていた。


 歩達のいる広場に近付いてくると、機械竜は降り立った。両足と触れた地面が陥没したかと思うと、軽い地震のような振動が伝わってくる。キヨモリよりも一回り大きな巨躯は、威圧感があった。


 機械竜がこちらを見下ろしてきた。無機質な瞳がこちらを睨んでくる。


 歩は槍を握りしめて、腰を下ろした。疑問は尽きないが、ひとまず警戒するい越したことはない。アーサーも空に飛び立ち、戦闘態勢へと移行しようとした。

 その時、聞きなれた声が聞こえてきた。


「構えなくていい。私だ」


 機械竜の背中から人が降り立った。


「雨竜先生?」


 雨竜だった。少し前に見たときと同じ格好だが、目に宿る光は全く別のものだ。

 強い、決意が透けて見える。


「能美もいるんだろう!? 出てこい!」


 大声に答えるように、みゆきとイレイネが出てきた。川を越えた先にある大岩の裏に隠れていたようで、そこから用心深げに歩いてくる。

 みゆきが川を越え、歩達の傍までやってくる途中で、アーサーが言った。


「どうしてここに? まさかお前が竜殺しでした、とでも言うのか? そもそも何故ここがわかった?」


 すぐには答えなかった。みゆきが歩の隣にやってきたところで、ようやく返答してきた。


「その前に、私のパートナーを紹介しよう。見ての通りの機械型パートナー、サコンだ」


 ふとアーサーの言っていた幼竜殺しが犯人かもしれないという、機械竜の話を思い出した。


「それがずっと隠してきたパートナーか。随分な異相だな。何故今まで隠してきたのだ?」

「自分で言うのもなんだが、こいつは強力すぎるんだ。それに比べて問題が起きやすい身体でな、余り頻繁に外に連れ出したくないだ」

「過保護だな」

「なによりこいつの修理にもメンテにも金がかかる。言うならばケチだな」


 先程からどうも話がずれている。それよりも、この状況を早くはっきりさせたかった。雨竜は敵なのか、はたまた味方なのか。

 歩は話を戻した。


「先生、どうやってここに? あの後、すぐに追ってこなかったなら、空を飛べない先生では後を辿るのは難しそうですが」

「サコンの能力だ。レーダーを知っているか?」


 歩には聞き覚えがなく、首を振った。みゆきも同じようで、知りません、と聞こえてきた。


「ざっと言うと探知能力だ。原理は省くが、こっから学校位までならなんなく把握できる。今回はアーサーの姿がわかりやすいから、それですぐに掴めたわけだ」


 ここでアーサーが酔いつぶれた寝ていた夕食の時、ラジオで聞いた内容を思い出した。たしか、第一陸戦部隊の隊長が言っていた気がする。


「ずいぶん強力な力ですね」

「確かに希少な能力ではあるが、無効化する能力もあるから、万能というわけでもない」


 歩は核心に踏み込んだ。


「それで、先生は何をしにここに? いまさら止めに来たとか?」


 雨竜は少しためてから、答えた。


「ああ、お前らを引きずり戻しに来た。そのためのサコンだ。力づくでも止めるぞ」


 歩はサコンを見上げた。

 キヨモリに負けずとも劣らない威容。これを相手にできるのか。

 槍を強く握った瞬間、雨竜がそれを身咎めてきて言った。


「水城、やめとけ。攻めに回ったこいつの破壊力は相当だ。怪我をしても知らんぞ」

「教師の癖に、生徒の怪我を知らんというか」


 アーサーの難癖に、雨竜は笑って答えた。


「本当なら平を連れてくるつもりだったんだが、戸惑っていたようで、なかなか返事で出なかったんでな。仕方なくこうして実力行使に訴えることにした」

「キヨモリの傍に張り付いていた唯を? とんだクソ教師ですね」


 みゆきの声は辛辣だ。唯の内面を慮ってのことだろう。


「私はもう手段を選ばない。いや、もともと選んでなかったのが、方式を変えた」


 どうも要領を得ない話だ。独白のような語り口調で、意味がわからない。


「もともと選んでなかった? 何が目的だったんだ?」

「それは後で教えよう。さあ、連れ戻させてもらうぞ」


 雨竜が動きだした。サコンも続いて足を踏み出し始める。一歩伸ばすごとに空気が抜けるような音がして、地面が陥没していく。

 歩は構えたが、どうにかできるとは思えなかった。それはアーサーとみゆきも同じようで、少しずつ後すさりしている。

 アーサーが愚痴るように呟いた。


「くそ、幼竜殺しもさっさと来ればいいのに」


 雨竜がにやりと笑みを浮かべて言った。


「レーダーで見えるが、ここに幼竜殺しはいない」


 そう言っている雨竜の後方から、何かが出てくるのが見えた。

 藤花だ。パートナーのユウもいる。猛烈な勢いで走ってきており、川を楽々と飛び越えた。


「藤花もいるのか。応援を呼ぶとは情けない」


 アーサーが再度一人ごちた瞬間、雨竜がはっと表情を曇らせ、後方を見た。

 藤花とユウがざっと地面に降り立つ。ユウの額に、なにやら見覚えのない無機質なものが付いていた。

 雨竜が叫んだ。


「サコン! 後方転換九十度! 粒子砲用意!」


 サコンの口からなにやら光が漏れだし始め、後ろに身体をねじった。雨竜も歩達を無視するように後ろを向き、サコンの後ろに回り込もうとする。


 だが、藤花は既に近くまでやってきていた。


 サコンの身体に赤い閃光が走った。十にも及ぶ数の線が描かれ、そこからサコンの身体が崩れていく。右腕の付け根が、左腕は縦に、脇のあたりから股間に向かって斜めに、尾は輪切りに、それぞれ分断された。

崩壊するサコンの上をユウが飛び越えてきたのが見えた。尾が体長の二倍以上に伸びて赤熱しており、それで切り刻んだようだ。怪しく光る目は、化生の様相を呈している。


 だが、意図がわからない。何がどうなっている!?


 崩れゆくサコンの口から上空に向かって真っ赤な線が伸びた。途端に回りが明るく照らされ、雨竜と藤花が刃を交えるのがはっきり見えた。

 サコンは口から線を伸ばしたまま倒れ、首ががくりと振られたのだが、それに従って線も振り下ろされた。歩の人一人分隣、みゆきとは反対方向に走ったそれが、肌にささるような熱をもたらした。同時に何かが溶けるようなじゅっという音がした。地面まで到達したところで、サコンの目の光が消え、同時に線も止んだ。


 振り返り線の後を見ると、森に真っ黒な道ができていた。燃えていると思ったのだが、それは違うことに気付いた。焦げているのだ。ぱちぱちと火花を散らしている木々もあったが、それも含めてほとんどの木々は炭化していた。灼熱のトンネルと化していた。


 歩の背中が粟立った。なんだ今のは。歩達があらがったところで、何ができたのだろうか。


 しかし、今は状況が変わった。おそらく、もっと悪い方向へ。


 雨竜と藤花の方に視線を送る。

 剣と装甲を張られたグローブが交じり合っていた。雨竜は剣を直接受け止めることはせず、斜めですり上げるように受けており、刃の役目を全く発揮させていない。両手が次々と入り乱れ剣をさばき、不意に鋭い拳が藤花に向かって伸びたと思ったら、次の瞬間には右足の甲が藤花の足を払おうと低空を裂いている。どれも避けられてはいたが、歩では受け切れないだろう。


対する藤花はというと、雨竜に全くひけをとっていなかった。決して大振りをせず、雨竜の拳の圏内には決して入らないし入らせない。時折飛んでくる拳も蹴りも、間合いを広げることで危なげなく避けていく。卓越した戦術とそれを支える剣技であった。


 そこに、乱入する影が。

 ユウだ。


 燃え盛る身体をぶつけようと、烈火の如き速度で雨竜に迫る。雨竜は身体を投げ出すことで避けるが、そこに尾の追撃。

 それを拳ですり上げて尾の描く線を己からずらしたが、更なる追撃として今度は藤花の一撃。地面を転がってなんとか避けた。


 すぐさま立ち上がったところに、ユウが突撃してきた。なんとか捌くが、猛攻はやむ気配がない。余りにも一方的な力の差があった。ユウの動きは獣の中でも特一級のそれで、雨竜も特一級ではあったが、所詮は人の動きであった。


 三者の動作に、歩は壁を感じた。上の階層にいる者たちのやりとりだったのだ。それは模擬戦の際に感じる、巨人やグリフォン達のそれより、さらに上にあった。


 ユウと雨竜のやり合いを注意深く覗っていた藤花が言った。


「パートナーが崩れたというのに頑張りますね。ユウに勝てるとでもお思い?」


 雨竜が藤花をにらみながら衝撃の一言を発した。


「幼竜殺しめ」


 幼竜殺し!

 はっと藤花を見るが、余裕の笑みを浮かべたままで否定しない。

 つまり――藤花が幼竜殺しなのだ。


「イレイネ! 長田先生の援護を!」


 確定するや否や、みゆきが動いた。歩も数瞬遅れて地を蹴った。


 横でイレイネの両腕が伸びる。行き先は藤花のパートナーであるユウの方向。ということは、歩が行くべきは藤花。


 槍を両手でつかみ、一直線。だらりと剣を下げたままの藤花の心臓めがけて、突いた。槍がうねりを上げて、藤花に迫る。

 藤花は手にした剣を真上に放るように上げ、槍を跳ねあげてきた。狙いを誤った槍はむなしく空を切った。

しかし、これも予想の範囲内だ。さっきまでの雨竜とのやりとりで力量差はわかっている。ただの突きを喰らってくれるわけはないのだ。


 そのため、初めから歩は力を余り込めていない。突進してきた勢いも直前で殺した。


 先が暴れる槍を強引に御し、さらに二度突く。両腕の肉が悲鳴をあげるが、なんとか槍は従ってくれた。狙いはおおまかにしか付けられなかったが、どこかで藤花に当たればいい。


 藤花の表情に驚きが入ったところで、すぐに態勢を低くしながら後方に下がった。暴れる槍は肩あたりを擦っただけで挙動をやめてしまったが、さらに


最低限の目的は果たした。藤花を雨竜の元にはいかせなかった。


「ずいぶんな荒技ですね」


 藤花は余裕の笑みに戻っている。ひとまず、落ち着いた状況に持っていけた。


 ふっと息をついたところで、みゆきのうめき声が聞こえてきた。そちらを見ると、ユウの尾がみゆきを捕えている。イレイネと雨竜はどうしたのか。


「油断大敵」


 急いで藤花のほうにむきなおしたが、遅かった。前蹴りが歩の胸をとらえ、歩の身体は後方に放りだされた。草地の上を背中ですべっていき、途中でころん、と視界が一回転し、膝から落ちた。

 痛みは身体を痺れさせていたが、急いで顔だけでも起き上らせ場を見る。


 雨竜は片膝をついてしゃがみこんでいた。口の端から血を流しており、強烈な一撃を受けていることがわかる。ぱっと見だが、切り刻まれたわけではなさそうで、目は爛々と輝き藤花を睨みつけていた。


 イレイネはというと、わからない。全身を打ち砕かれて地面でみずたまりになっているのかもしれないが、それでも姿が見えないのはおかしい。


 と、ユウとみゆきの足元からなにかが一直線に伸びた。イレイネの腕だ。先に腕の部分だけ形を取り戻したようだ。狙いはユウの首あたりか。

 そのまま伸びていき、ユウの頭にぶつかるか、と思った瞬間。

 ユウの口が大きく開かれた。人間でいうなら口裂け女といったところか、ユウの首あたりまで口の裂け目は伸び、赤黒い内膜をさらしている。

そこにイレイネの腕が入り込んだと思った次の瞬間、再びガチンと閉じられた。


 そして驚愕。ごくり、と喉が鳴ったのだ。ユウはイレイネの一部をごくりと飲みこんだようだ。痛みも何もないらしく、けろりとしており、むしろ何故か嬉しそうですらある。不定形なイレイネが胃に納めても動き、中からなにかされるかもしれないという恐怖感はないのだろうか。


「ユウ、おいで」


 藤花の声に従い、尾でみゆきをとらえたままユウは地を蹴った。みゆきは気絶しているようで、四肢をだらりと地面に垂らし、全く動く気配がない。


 みゆきが持ち上げられ、藤花のすぐ横に宙釣りにされた。そこに藤花が首筋に剣の刃を当てた。

 これで歩達は動けなくなった。人質をとられたのだ。


「さて、改めて自己紹介を。どうも、幼竜殺しです」


 藤花が微笑んだ。凄みの混じった艶然な笑みだった。





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