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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
23/33

4-3 嵐の前




 予定通り、歩達は三十分ほどで目標地点についた。

 降り立った場所は、キヨモリが襲われた場所。奥には森が広がり、比較的穏やかな魔物達の住処となっている。

 歩達はそこを戦場と定めた。


「じゃあ」

「気を付けて」


 一言声をかけて、みゆきと別れると、歩は森に足を踏み入れた。肩にどさりと慣れた感触がのっかかり、アーサーが乗ったのだとわかった。


 足を踏み出す度に軽く地面が沈んだ。歩が踏み入れたのは獣道で、下はクッション材のようにやわらかい。豊かな土壌を示すように、見上げる木々は青々している。


 この森についても調べたのだが、国立公園に指定されていた。中で暮らしているのは一般にD級と呼ばれる猪、鹿などの野生生物であり、魔物はほとんどいない。見つけてはハンターが狩っているらしい。


 当初、幼竜殺しをどこで迎えうつかというのは大いに迷った。

 人通りの少なく、思う存分に動け、周りに被害を出さずに済み、それでいて幼竜殺しが襲ってくるであろう場所、と条件を考えていったのだが、どうも都合のいいところは思い浮かばない。当然だ。そんな甘い場所は存在しないからだ。

 そもそも、幼竜殺しが何を狙い、何を手掛かりに幼竜を捕捉し、襲いかかるのかなどわかるわけがない。飛行した後、というのが共通点ではあるが、それで確実に見つけられるとは断言できない。


 如何にして囮となるか。

 結局採用したのはアーサーが提案した案。空を飛んで移動し、開けたところで待つ。相手が思わず狙うのではなく、挑発的に待ちかまえるという手法だ。アーサーは、自身の見た目も利用した罠だと自嘲してうそぶいた。

 正直、本当にこれで出てくるのか、という疑問はあったが、それしかなかった。


 みゆきと別れたのもそのためだ。別行動をとり、歩とアーサーの二人だけで行動しているように見せかけるためだ。勿論このまま別れたままというわけはなく、みゆきはいったん町の方に戻ってから、別口で戻ってくる予定だ。合流場所を決めており、そこでアーサーと歩が待ち受け、みゆきが潜む、という形にする予定だ。道中狙われたときは、携行した閃光弾を上げることになっている。これは学校でのサバイバル訓練の際に拝借していたものだ。


 足音が二つ、交互にリズムを踏んでいく。時折藪を手にした槍で払いながら、歩は案外楽に保てている、と思った。キヨモリとの模擬戦からこちら、どうも緊張感が欠けているのではないのかと疑ってしまうほど、竜殺しに対する恐怖心は薄い。

 思わず、軽口を叩きたくなった。


「ふくろう、いるな」

「そうだな」


 ホーホーという鳴き声があたりを木霊している。今は深夜一時。完全に夜の世界だ。木々に透けて見える月が、いやに美しい。

 辺りを見回していると、肩に乗ったアーサーの顔が少し妙に見えた。


「どうした?」

「ん? 何もないぞ」


 返答してきたアーサーの調子はいつもと変わらないが、どうもおかしい。

 興奮しているのか緊張しているのかはわからない。ただ、肩に伝わってくる熱は高い。そこだけ少し汗ばみ始めた位だ。アーサーの目もどこかうつらに見えるのだが、逆に時折、鋭い光を発したりしてもあり、どうも挙動不審だ。こころなしか、重心を入れ替える動作も多い気がする。


「お前、どっかおかしいのか?」

「何がだ? まあ長いこと飛びすぎたのかもしれんな」


 アーサーはここに来るまで飛んできていた。そちらのほうが竜殺しも察知しやすいのか、と何気なく思っての行動だったが、それも身体に響くほど体力が落ちているのだろうか。

 にやりと笑いながらアーサーが言った。


「風邪でもひいたかのう。どうも熱いし、身体がだるい」

「少し甘やかしすぎたか。これからもっと飛ぶ練習でもするか」

「我に鍛錬などいらぬ。既に体躯は完成されておるのだ」


 いつもの軽口に笑っていると、ふと気付いた。

「まるで緊張感ねえな」


 こんな緊迫した状況だというのに、まるで自覚がなかった自分に気付く。


「いつ幼竜殺しが出てくるかもしれないのにな」

「確かに、黙るか」


 本当に緊張感が抜けている。なにかおかしく感じた。

 少し考えただけで、自身の心境が不可思議なことに気付いた。これから唯とキヨモリの仇打ち、相手は幼竜殺し、雨竜達の制止を振り切ってここまで来た。なのに、まるで危機感がわかないのだ。己の中に緊迫感を感じられない。

 あるのは、妙な浮足立つ感覚。首の後ろ辺りから頭に向かって、なにか昇ってくるような、そんな感触があるのだ。それが変に気持ちよく、緊張感を抜けさせる原因となっているように思う。


 これではいけない、と気を引き締めようとするのだが、どうも上手くいかない。


 その時、がさりと音がした。それなりに大きい。


「アーサー」

「ああ」


 斜め前から聞こえてきた。アーサーに合図して飛んでもらい、歩は右手で槍を構えた。左手はポケットの中に突っ込み、いつでも閃光弾を投げあげられるようにしておく。


 序々に近付いてくる。丁度その辺りは木々が濃く茂っており、月の光も届かないせいで、雑な影しか見えないのだが、かなり大きく見えた。


 口元にたまった唾を飲み込んだ。


 影が月の差し込む空間に差し掛かった。

見えてきたのは――


「猪?」


 何の変哲もなさそうな、薄茶色の体毛で、鼻先に泥をまとった四足獣だった。特に敵意も見えず、こちらをそっと見ている。警戒はしているようだ。


 歩は息をひそめ様子を覗っていたのだが、猪が踵を返し歩達とは逆方向に走っていったのを見て、はっと息をもらした。

 幼竜殺しではなかった。


「違ったな」

「ああ」


 歩は再度気を引き締めた。まだ夜は長い。

 これから、どうなるか。




 雨竜は病院に来ていた。

 こつこつと廊下にリズムを立てながら、迷わずに進んで行く。

 行き先は、平唯とキヨモリの病室。

 ドアを少し乱暴に開ける。

 中で、平唯がびくっと肩を震わせるのが見えた。キヨモリの前足の上に自分の両腕を敷き、突っ伏すようにして寝ていたようだ。


「どうしました?」


 雨竜は答える。


「すまない。何度謝っても謝り切れない。だがもう動いているんだ」


 平唯は意味がわからないといった表情を浮かべた。それはそうだ。わからないように言っているのだから。

 覚悟を決めた。


「平、悪い」


 平唯のそばに近寄り、強引に腕をとった。


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