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DDS ~竜殺しとパートナー~  作者: MK
一章 幼竜殺し
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4-2 そして戦場へ




 歩は夜十時には目が覚めた。決行のときまで後二時間あったが、眠れそうにない。

仕方がなく眠ることを諦めたのだが、起きあがることはせず、暗闇のなかでひたすら時間がたつのを待った。被った毛布を熱く感じて足先だけを外に出した。まだ冬の寒気が残る気温の中、歩は一人汗をかいていた。


なんとも言えない二時間を過ごして、ようやく深夜十二時になった。

宿直室を含め、学校の全てが寝静まったかのような沈黙の中、歩達は行動を開始した。


 歩達は起き上ると、照明をつけずに着替えを済ませる。着替えるのは気慣れた戦闘服。ところどころほつれ、サポーターの表面はざらざらと傷ついているボロだが、模擬戦のときの豪華なものより頼もしく感じた。


 着替え終わったころ、みゆきとイレイネが部屋に来た。みゆきも戦闘服に着替え終えており、長い髪を結いあげている。

 それから小声でやりとりをしながら、携帯食糧と水を軽く口に含む。アーサーも何も文句をいわず、ただ胃に流し込むといった感じだ。


 軽い夜食を終えると、宿直室を出て、まず個人武器ロッカーに向かった。そこは生徒個人の武器を置いてあるところだ。武器の持ち出しは基本的に授業のときのみで、鍵は職員室に置いてある。歩達は竜殺しに対して素手で挑むつもりはないが、使いなれた武器は個人ロッカーの中にあり、そこに忍び込む必要があった。

 かといって職員室に忍び込んで鍵を盗むのは難しかったのだが、そこを解決したのはイレイネだ。


 歩達は体育館脇の少し小振りな建物のドアの前まで忍んで行った。軽くドアノブを回してみたが、当然鍵がかかっていた。


「イレイネ、お願い」


 みゆきの指示に答えて、イレイネが前に出た。指先を鍵穴に付けると、そこから指先を液状化し、中に侵入させる。がちゃがちゃという音が数回した後、がちゃり、と鍵が落ちるような音が聞こえてきた。みゆきがノブを回すと、呆気なくドアが開いた。


「家の鍵を忘れた時のために練習した甲斐があったね」


 みゆきの茶目っ気を含んだつぶやきに、歩が小声で返す。


「全く、今は助かったけどそれ泥棒とかのスキルだろ。これでどうにかなる鍵ってどうなんだ?」

「まあ、イレイネの手先の器用さは群を抜いておるからな。さて、行くぞ」


 アーサーの後に続き、中に入る。だだっ広い空間に、縦長のロッカーが全生徒分並んでいる異様な光景の中、歩は自分のロッカーの前まで進んだ。持ってきた鍵で中をあけ、槍を取り出す。昼間の授業の終わりに穂先はつけたままにしていた。鞘を外すと中の刃が見え、薄暗闇の中、きらりと光った。


歩を除く三者はすでにいた。みな合わせて外に出て、イレイネが鍵をかけると、足早に校舎に戻る。

 校舎内に入り、音をたてないようにしながら、できるだけ早く階段を駆けあがっていく。夜の校舎は、それだけで背中の毛を経たせるような雰囲気があり、巡回している警備員がいなくても余りここにいたくはないな、と思った。


 階段の最上階まで上がり、屋上に出た。

 風が吹きすさび、髪が目にかかった。みゆきが結い上げた髪を抑えているのが見えた。

 ここも余り長居はしたくなく、すぐにイレイネの横まで進んだ。


 計画では、ここからイレイネに空を飛んで運んでもらう予定だ。イレイネも、キヨモリほどではないが飛行できる。アーサーが先導する形で先に飛び、歩とみゆきを掴んだイレイネが運ぶ形になる。ここから飛び立てば、三十分ほどで目的地に着く。


「歩、行こう」

「おう。アーサー、注意しろよ」

「言われるまでもない」

「そこまでだ」


 さあ行くぞ、とイレイネの傍に寄ったとき、大きな声が聞こえてきた。

 声の方を向くと、そこにいたのは眉を傾けた担任と唯についているはずの副担任だった。


「何をしてるのかわかってるのか?」


 雨竜は本気で怒っているようだった。眉が吊りあがっており、ぶらりと伸ばした手にはごついグローブが嵌められている。いつものスーツ姿ではなく、歩が着ているものと似た戦闘服姿だ。力づくでも止めるつもりなのがわかる。

 歩は答えず、逆に問いかけた。


「なんでここに?」

「ここにいる中村先生に聞いてだ。お前らがなんかたくらんでるって。多分今夜動くから、そのときに抑えたいのですが、私だけじゃ止められないかもしれないから、ってな」


 雨竜の後ろ斜め後方に、藤花は立っていた。こちらも戦闘服姿で、手にはみゆきのものと同じ剣が握られている。その足元では、彼女のパートナーである燃え盛るような狼、ユウが背筋を伸ばして四肢を踏ん張っていて、あたりを煌々と照らしていた。


「二人ともやめてください。気持ちはわかりますが、どうかお願いします」


 藤花の声は悲痛なものだったが、歩は半ば聞いていなかった。心配をはねつけていることに申し訳ない気持ちはあったが、どうしても譲れないものがある。

必死に思考を巡らし、この場をどうやって切り抜けるかだけを考える。イレイネに掴んでもらい、空に飛びあがるまでの間、どう時間を稼ぐか。おそらくただ飛びあがろうとしても、この距離では雨竜につかまってしまうだろう。

 必死で策を練っていると、アーサーが言った。


「唯はどうした?」

「一時的に他の人に任せてるさ。もうヘマはしない。それはお前らも同じだ。命を無駄にするな」


 雨竜の声には力がこもっていた。なんとしても行かせない、というのが伝わってくる。

普通ならここでやめるべきだろう。自分達を心配してくれている人を振り払って、無謀な死地に赴くのは、ののしられこそすれ褒められるものではない。

 だが、歩はやめるつもりはない。


「すみません。これ以上、幼竜殺しの被害者を増やすわけにはいきません」

「貴方達だけで何ができるの? 囮になるといっても、簡単にひきちぎられる網では意味がないでしょう。お願いだから、私達に従って。なんならその囮作戦に私達も協力するから。ちゃんと機会を練って。大人の力も大事だからさ」

「思ってもいないこと言わないでください」


 意外なことに、藤花の言葉は歩を逆に焚きつけるように聞こえた。歩達を逆なでするような言い方なのだ。

 歩は失望してそれ以上何も言わなかったが、すぐにアーサーが追撃をかける。


「警察に何ができた? 十年間も幼竜殺しをのさばらせ、挙句に唯を被害者とさせた。我らの責もあろうが、誰も何もできなかったのは同じだ。我が囮になるという作戦も、おそらく警察は承諾しまい。違うか?」


 雨竜の顔が途端に曇った。頬をひきつらせ、眉間にしわを寄らせる。悲嘆にくれるというような表情で、今にも吠えだしそうな雰囲気だ。

 それをかみ殺してか、低く唸るような声音で言った。


「水城も同じか」

「はい」


 歩は即答した。

 しばらくこちらをにらんでいたが、雨竜はぱっとみゆきに向かった。


「能美、お前はどうだ? お前は違うんじゃないか? どうにか踏みとどまってくれないか?」


 みゆきは最後まで何度も確認を取ってきた。本当にいいのか、と。もしかしたら、ここでみゆきは降りるかもしれない。

 そうなると、もう終わりだ。


 ちらりとみゆきの横顔に目をやる。

 その顔は涼しげだった。


「いいえ、私も同じ気持ちです。先生方の私達を思っての行動に申し訳ない気持ちはありますが、幼竜殺しを許すことなどできるわけもありません」

「お前らだと、まず間違いなく負けるぞ? ただ死んで満足か?」


 みゆき自身が歩達に投げ掛けた問いと同じだ。

 即答した。


「やってもいないことを断言しないでください」

「考えるまでもないでしょう。相手は幼竜殺しですよ? 万に一つも勝ち目はないんじゃないですか?」


 みゆきの語気が強くなり始めた。それまで抑えていたものが一気に吹き出すように、感情が吐露されていく。


「それでもやらなければいけないこともあります」


 引きづられるように、雨竜の言葉も荒くなっていった。


「それは命があってこそだろう。お前らは、ただ怒りを発散したいだけじゃないのか? 浅慮からキヨモリを傷つけてしまったうしろめたさを、責任感を、何かにぶつけたいだけじゃないのか?」

「そうかもしれません。ですが、誰も幼竜殺しを補足できていない現状、できるかもしれない私達がやってはいけない理由がありますか? 機会があるのに、友人の仇をただ黙って見守ることなんてできますか? お願いです。私達を行かせてください」

「どうしてそこまでこだわる? 能美には直接関係がないことだろ?」

「私は唯とキヨモリと、そして歩とアーサーの友人です。それ以上の関係がありますか?」


 みゆきの声は穏やかで丁寧なものだったが、不思議な圧迫感があった。吹きすさぶ風に煽られて、髪が踊り狂っている。まるで彼女が押し隠している、彼女の内面を表すかのように。

 雨竜達がすこし気圧されるのが見えた。

――いけるかもしれない。

 歩は一人打算的に行動していた。


「それでも、あなた達生徒は私達に守われるべき存在です。お願いですから、おさめてください」

「すみませんが、聞けない願いです」


 藤花は本当にここにいる意味があるのだろうか。逆に歩達をいら立たせているようにしか見えない。

みゆきは藤花のお願いをむべもなく断り、代わってアーサーが口を開いた。


「雨竜、藤花、貴様らは何をもって我らを止める?」


 唐突な質問に少し戸惑ったようだが、まず藤花が答えた。


「教師の役目です」

「雨竜、お前は?」


 意外なことに、雨竜は口ごもっている。視線はアーサーにむいているのだが、瞳に力がない。どうも、心中でなにかが揺れ動いているようだ。

 数秒黙っている間に、歩は後ろ手でイレイネに触れた。手をつかみ、軽く引き寄せる。

 やっとのことで、雨竜は言った。


「俺の正義だ」


 アーサーはおだやかに言った。


「それでは我らは止まらない」


 アーサーが言い終えるのと同時に、歩はみゆきの腕をつかみ、イレイネに身体を預けた。すぐにイレイネの腕が伸びてきて、身体にまきついた瞬間、歩は叫んだ。


「アーサー!」

「おう!」


 アーサーが飛び上がるのと同時に、歩は地を蹴った。初期加速をつけるためだ。軽く飛び上がった後、逆にがくりとイレイネに持ち上げられる。


 あっというまに上昇していった。足元には雨竜達の姿が見える。全く動いておらず、ただ歩達がどこかへ去るのを見ていた。






 雨竜はただ突っ立っていた。

 歩達が飛び去ろうとした瞬間、咄嗟の一歩が出ず、ただ見ていた。動く気にならなかった。

 それはこちらのほうが都合がいいからだ。雨竜の本来の目的にとって、こうなったほうがいいのは分かり切っていた。だから、実力行使はしなかったのだ。

 だが――

 何故だろう。雨竜は喜ぶべきことなのに、どうも気が晴れない。


「行かせてしまいましたね」


 すぐ後ろにいる藤花に向き直った。丁度月が陰ったせいで、表情を覗うことはできない。


「そうですね」

「良かったんですかね」


 お前が焚きつけたんじゃないか、と怒鳴りたくなるがすぐに喉で止めた。

 こいつに言うのは逆効果だ。


「さあ」

「ずいぶん冷たいですね」


 藤花を無視して、雨竜は己の頭の中で問いかけていた。

 本当に、いいのか。


…………………………………………


 決めた。


「中村先生は学校で待っておいてくれますか」

「先生は何を?」


 雨竜は藤花の返事を聞かずに階段のあるほうへ向かった。

 返答代わりに口元でつぶやく。


「全て終わらせる」



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