4-1 準備
夕日で真っ赤に照らし出されている廊下で、歩は慎一に声をかけられた。
「歩、今日も図書館行ってたのかよ」
「まあね」
「何この優等生。この前の模擬戦勝ったからって、何真面目ぶってんだよ~」
「まあそう言うなって」
慎一の隣に彼のパートナーであるマオの姿があった。その前に座りこみ、わしゃわしゃと首を撫でてやると、狼型のマオは嬉しそうに目を細めた。尻尾をぱたぱたと振っている。
「俺と昼飯食わなくなったと思ったら、能美さんと平さんと食ってるみたいだし。何その美人エリートハーレム。黒ストと白ニーハイに縛られて御満悦か? 俺も混ぜろよゴラァ」
「なんだそれ」
「平さんが退院したら紹介しろってことだ」
「気が向いたらな」
「絶対だぞ!? あ、それとアーサーにもよろしくいっといてくれ」
「ああ」
ここのところ色々あったせいで、慎一とは疎遠になっていた。後で埋め合わせをしないといけない。
だが――
今はまだやることがある。図書館に通っているのも、そのための下準備だ。
そして本番は、今日の深夜。
慎一と二、三やりとりした後、仮の宿になっている宿直室に向かう。
心なしか、心音が高鳴ってきているように感じた。
歩達は宿直室についた。がらりとドアを開け中に入ると、ちゃぶ台を三つの影が囲んでいた。
「ただいま」
「おかえり」
みゆき視線をちゃぶ台の上に乗せた資料から動かさず言った。
歩は畳に上がり、ちゃぶ台の空いている席につく。抱えている荷物を脇に下ろした。
「収穫はあったか?」
アーサーもまた視線は資料に向けたまま質問してきた 歩はいくつか手応えのあった資料をカバンから出しつつ、答える。
「いや、ない。やっぱもうあらかた探しつくした感があるな」
「大分読んだからね。もう当分活字は見たくない気分だ」
「そっちはどう?」
みゆきは持っていた鉛筆でモミアゲの辺りを掻いた。
「ちょくちょくって感じかな。同じ記事も丁寧に読むと見方が変わるのは驚いた」
「闇雲に量を追っても仕方あるまい。心眼を持って一つ一つの記事に目を通すのもまた必要だ」
アーサーはふうと息を漏らした。少し疲れているようだ。ここのところずっと酷使してきたからか、目が少し充血している。
「とりあえずお茶入れるから、三人とも休め。決戦は今夜だぞ」
直接調べているわけではないが、イレイネもずっと動いていた。アーサーの手の代わりとなりページをめくったり、みゆきの持ってきた新聞を運んだりしている。分かりづらいが、イレイネも疲れるということは知っていた。
部屋の端に移されていたコンロに近付き、火をつける。その上にヤカンを置き、急須と茶飲みの準備をしながら、歩は今日の夜行う予定の決戦に思いを馳せた。
唯とキヨモリが襲われてから三日が経った。
唯達はまだ入院中だ。唯は特に怪我をしていないが、キヨモリの傍から離れようとしなかったからだ。パートナーが傷ついた人にはままあることなので、病院も学校も許可を出している。雨竜も病院に泊まり込んで唯達の護衛の任を果たしているらしく、この三日間授業も全て休んでいた。
一方の歩達はというと、幼竜殺しについて調べていた。
囮になるといっても、そうなると相手方の情報が必要になる。幼竜殺しがこの場を去る可能性はわかっていたが、それでも下準備は必要だ。
下準備の時間を歩達は三日と決め、幼竜殺しの調査を始めた。
調査したのは、図書館にあった新聞、雑誌の類。古いものは立ち入り禁止の地下書庫にあったのだが、竜の特権で見ることができた。
昼間は普通に授業を受け、放課後から寝るまで新聞と雑誌に目を通す日々を二日続けた。
そして今日は三日目。
当初決めた期限だ。
歩は淹れたお茶を三者に出した。みゆきには渋いお茶を、イレイネには薄めのお茶を、アーサーには中間の濃さのものを小さめの湯飲みで。
お茶を軽くすすったところで、切り出した。
「ひとまず、幼竜殺しの事件を追ってみようか。イレイネ、一番左端の頼む」
イレイネから受け取ったのは、大まかな幼竜殺しの犯歴と主な報道。歩が調べた部分はそこで、昨日までにおおかたまとめていた。
「最初の事件は今から十年前の、首都のレストランで起こった竜殺し。全焼したレストランから当時十七歳の竜使いの少年の遺体が発見されたが、そこに竜の身体が跡形もなかったことから、竜殺しと認定された。
それから半年で竜使いの遺体が発見され、竜の身体が連れ出される事件が八件発生。その相手がまだ若い未成年であったこと、最初の一件を除いて、竜使いの死因がパートナーを殺されたことによるショック死だったことから、一連の事件は同一犯だと警察が発表し、『幼竜殺し』と呼ばれ始めた」
十年前というと、歩は小学校に入ったばかり。
それから十年も経っていると思うと、ぱっと思い浮かんだ幼竜殺しの姿は、おどろおどろしい中年の男になった。
「幼竜殺しが特別なのは、人ではなくパートナーを狙うことにある。フィードバックを受けているとはいえ、竜よりも人のほうが殺しやすいのは確実だ。金銭狙いで竜殺しをする人にとってもそちらのほうが商品になる竜の身体を安全に確保できる利点もあるしな。だから竜殺しは、基本的に人を狙うのがセオリーなんだけど、幼竜殺しは人には見向きもせずに竜を直接狙っている。幼竜殺しはかなり変わった性質の持ち主だ。で、みゆきよろしく」
「はい、幼竜殺しそのものの説明に移るね」
変わってみゆきが説明を始める。みゆきが担当したのは、幼竜殺しの像を浮かび上がらせるような部分だ。
「まず、幼竜殺しはその名の通り二十歳未満の若い竜を狙ったのが特徴。深夜の、それも人通りの少ないところで犯行がほとんどで、飛行の後を狙われた。当時、幼竜殺しが最も猛威をふるっていたときは、竜使いに飛行禁止令が出て、それで被害者が減っていった経緯があるね」
「飛行禁止令が出るの遅くないか?」
「どうやら竜使いの面子を保つため、公にはなかなか動かなかったらしいね。その件については、社説でかなり叩かれてたよ」
「ふん、無能だな」
アーサーが眉間にしわを寄せながら口を挟んだが、そのままみゆきは続ける。
「歩も言ったように、幼竜殺しは必ず竜そのものを狙うんだけど、それで竜殺しの傾向がかなり絞れた。一般に、竜殺しの意図は四パターン。組織間のパワーバランスのための政治的発想、竜の希少な身体を狙った金銭狙い、特定の人物および竜そのものに対する怨恨、後は精神異常者による無差別テロのようなものとかだね。政治関連、金銭狙いは非効率な殺し方から除外されて、被害者に関連が見つからなかったことから、個人に対する怨恨もなし。後は竜全般に対する怨恨と異常者の犯行。警察も、幼竜殺しは精神に異常をきたしている可能性が高いって発表した。
以上のことから、幼竜殺しは単独、もしくは少数による個人的な犯行であると断定されるに至ったわけだけど」
ここからはアーサーが言った。アーサーは警察の捜査に関して調べたのだが。
「ただそこからはまるで進展がない。幼竜殺しの犯行が神出鬼没で場所も国内を転々としていて、先読みが不可能。遺留物も特定できるものはなく、目撃証言は一つ、二件目の犯行の際に、空を飛んで現場から去る影を第一発見者が見かけたもののみ。それも深夜のため、かなり大きめの身体で飛行可能なこと位しかわからなかった。故に十年たった今でも全く逮捕できておらぬ。賞金首にもなっておるのに、情報すら出てこないのだから大したものだ」
ほとんど情報がなかったようで、調べている間、アーサーは苛立っていた。しかし、警察が捜査方法まで詳しく発表するわけもないし、幼竜殺しが捕まっていない現状を考えると、報道する側としても情報は得にくい。結果が出てみてから考えると、初めから徒労に終わる可能性は強かったのかもしれない。
歩は話を戻した。
「ひとまず、話しを戻そうか。最初の半年で九件の犯行が行われたわけだが、それからは比較的頻度は下がる。翌年が二件、その次が一件、四年目には事件が起こらなかった。五年目に再び起こるわけだけど、それも二件。七年目、八年目、九年目に至っては0だったんだけど、十年目、つまり今年になって直後の一件、忘れたころに発生した。つい最近にまた一件あって、直後にハンス=バーレ、そして唯」
キヨモリのもがれた翼と唯の能面を思い出し、冊子をつかむ手に力が入った。
歩の内面を知ってか知らずか、みゆきがいつもと変わらぬ様子で言った。
「三年ほど間が空いたことで模倣犯も考えられたけど、やはり人ではなく竜そのものを狙うのにデメリットが大きいことで、その可能性は余りないと警察は考えたみたい。捜査のかく乱だけじゃ釣り合わないから、私も模倣犯はないと思う」
竜の強さを目の辺りにしたことがあるものなら、おそらく皆同じ結論に至るだろう。歩も異論はない。
ひとまず、仇は十年前からの幼竜殺しであることは確定したわけだ。
だが。
「……三日調べてわかったのはこんくらいか」
調べて歩達の計画に使えそうなのは、幼竜殺しの犯行の手口位だ。深夜、人気の少ないところ、飛行すること、竜。その位のもので、初日にわかったことばかりだ。残りの二日間無駄に過ごした気がした。
「まあ、詳しく調べたおかげで手口に関してはおそらく間違いないのがわかったしね。それだけでも十分な収穫だよ」
「それはそうなんだがな」
どうにも割り切れない。過ぎたことを悔いても仕方がないのだが、それでも、と思ってしまう。
ここでアーサーが突然言った。
「一つ面白いものを見つけた」
アーサーが差し出したのは、雑誌の記事。新聞ばかりに気を配っていた歩は、初めてみるものだった。
記事の内容は、パートナーが殺されたというもの。
犯行日時は三件目の少し前。二十代青年の機械型パートナーが殺された。犯行は深夜で、人気の少ないところであった。被害者は当時大学を卒業したばかりの青年だったのだが、死亡原因がパートナー死亡によるショック死。機械型のパートナーの姿が竜を模したものであったらしい。
「軽く調べてみたのだが、その殺された機械型パートナーとやらも軍に入る直前で、それなりの膂力を持っていたようだ。新聞のほうでも、竜殺しとは関係ないがそれなりの大きさで報じられておった。被害者の種族と年齢以外は、かなり幼竜殺しの犯行と似通っているのは確かなのだ」
確かに共通点は多い。被害者が竜ではないこと、青年であったことを除けば、幼竜殺しの犯行と断じてもいい位だ。
だが。
「この事件もてがかりがないな」
「そこがネックだ」
もしこの犯人が幼竜殺しであったとしても、てがかりがなければ意味がない。それに姿が似ているとはいえ、機械型のパートナーは見ただけで竜とは違うとわかる。勘違いなどもしないだろうし、幼竜殺しがこの被害者を殺す理由もないように感じた。
「確かによく調べれば何か出てくるかもしれないけどな……」
「時間がない、か」
「残念ながらそうだね」
アーサーが歩の後に続けて言った。自分でもわかっていたらしい。
みゆきがまとめる。
「ひとまず、この件も置いておこう。最低限必要な情報はあるから」
おおよその犯行時刻、現場の状況、襲われた被害者の共通点などだ。
深夜、人気のないところ、それから未成年の竜であり、犯行直前に飛んで移動したこと。
実は、歩には他に調べていたこともあった。被害者の大きさだ。アーサーのようなE級の身体の持ち主も被害者に含まれるか、が気になったのだ。狙われたのは全て竜とはいえ、アーサーのような竜ではないとも言えるE級も狙うのか、心配になって一人調べた。だが、それをアーサーがいる前では流石に言えなかった。
いまその結果は、持ち込んだカバンの中にある。五番目と六番目の竜は、どちらもE級とまではいかないが、アーサーより少し大きい位だった。おそらく大丈夫だろう。
本当に最低限だが、一応は情報が揃った。
後は決行の時を待つのみとなったのだが、みゆきはどこか不安そうだった。
様子を覗っていると、みゆきは意を決したように言った。
「本当に、今夜、やるの?」
歩は即答した。
「「当然」」
声が重なってしまい、アーサーと顔を見合わせる。
アーサーの顔は、キヨモリとの模擬戦前のときと似た顔つきになっていた。
それを見て、みゆきは再度言った。
「本当に、いいの? 相手は幼竜殺し。多分私達が敵う相手じゃない。それに、本当に出てくるかもわからない。ばれたら大目玉を食らう位じゃ済まされない。それでも、やるの?」
黙って頷く。みゆきは肩を下ろして、仕方がない、といったふうに諦めたようで、それ以上何もいうことがなかった。
それから用意された弁当を食べ、風呂に入り、それぞれの七時には寝た。




