敗北
「どういうことですかな?教皇猊下・・・」
ゼメキア教国軍本営で・・・
大将軍カインが中央にたたずんでいる。
上座には教皇イカロスが座っているが、カインはあえて跪いてもいない。
「ロンウェーに輜重隊を指揮させたのは猊下だという話を聞いたのですが・・・」
「な・・・・なにを・・・・」
イカロスが露骨に動揺するのを見てカインは冷笑した。
「ロンウェーが戻ってきたのですよ。ミルディア軍に解放されました」
カインが合図をすると天幕の中にうなだれたロンウェーが入ってきた。
「すべて事情は聞きました・・・・」
カインの鋭い視線にイカロスはぶるりと身を震わせた。
「今度はこのようなことはお慎みください・・・猊下の直属軍も私の兵もみな神の兵・・・」
「わ・・・わかっておる・・・」
「そう願います・・・・」
そういい残すとカインはロンウェーを促し天幕を出ていった。
「・・・・・・・」
残されたイカロスはわなわなと震えだした。
神経質に爪をかみながらイカロスはつぶやいた・・・
「今に見ておれ・・・・最高権力者は余だ・・・お前ではない・・・!」
「ロンウェー」
「はっ・・・・」
天幕を出たロンウェーにカインが声をかけた。
びくりと身を震わせたロンウェーにカインは微笑みかけた。
「よくすべてを話してくれた。これからは教皇軍には居づらかろう。俺の指揮下にいるといい」
「はっ・・・・!」
カインの配慮にロンウェーは感激して跪いた。
「時にロンウェー・・・お前を生け捕りにした男のことだが・・・」
「私も驚きました・・・あれほどの剣の使い手・・・しかもその正体は・・・」
ロンウェーの言葉にカインは頷いた。
「まさに伏竜といったところか・・・ルイ・アルトワ・・・」
カインは、すっと目を細めてつぶやいた。
「兄上!」
カインの下にレオナが馬を走らせてきた。
「ずいぶんと士気が落ちているわ・・・」
「うむ・・・」
「私が次は出陣する・・・・良いわよね?」
レオナの言葉にカインは頷いた。
「お前が出るからには戦果は期待していいんだろうな・・・?」
「もちろんよ。天魔王の一人くらい討てるといいんだけど・・・」
事も無げに言うとレオナは艶然と笑みを浮かべた。
「油断はするな。特にルイ・アルトワという男には気をつけろ」
「お前を生け捕りにした男か・・・?」
レオナはうなだれるロンウェーに視線を投げた。
「信心が足りぬからよ・・・私には神がついている。異教徒などに遅れはとらない・・・」
「もういい、レオナ」
カインが苦々しげに言った。
「攻撃は今夜・・・下がった士気を再度あげるため急ぐぞ。よいな?」
「まかせて」
馬腹をけって走り去るレオナを見送りながらカインは小さくため息をついた。
その夜・・・・
ミルディア軍陣営の隅の天幕・・・・
ルイがぼんやりと天幕の隅の闇を見つめている。
「シャロンには知られたくなかったな・・・」
突然ルイがぽつりとつぶやいた。すると闇の中からマリアが姿を現した。
「どんなに気配を絶ってもルイ様にはばれてしまいますね・・・」
マリアの言葉にルイはにっこりと笑った。
「マリアの気配はわかるよ。なんていうのかな・・・僕を心配してくれる気配がするんだ」
「マリアはいつもルイ様を心配していますから・・・」
マリアも思わず笑う。
「それよりルイ様・・・シャロン様には知られたくなかったって・・・・?」
「ああ・・・」
ルイは大きくため息をついた。
「シャロンはああいう生い立ちだから、どうしても自分を守ってくれる強さに惹かれるんだ・・」
「だったらルイ様なら・・・・」
「違うんだマリア・・・」
ルイは優しくマリアの頭に手を乗せ、髪をなでた。
「僕はシャロンには僕自身を見てほしいんだ・・・・」
「ルイ様・・・・」
マリアはしばらく考えてにっこり笑った。
「もう一度お話されてきては?ルイ様のお心をお話すればきっとわかってくださいます」
「そうかな・・・・ちょっと喧嘩気味になったからちょうど良いかもね・・・」
そういうとルイは立ち上がった。
同じころ・・・・
シャロンは天幕の外に佇み、星空を眺めていた。
ルイの悲しげな瞳・・・考えるときりきりと胸が痛んだ。
「そうよね・・・ルイにはルイのいいところがあるんだから・・・」
小さくつぶやくとシャロンは天幕に戻った。もう一度ルイの顔が見たかった。
「・・・・あ・・・」
天幕の中に人が居るのを見てシャロンは少し驚いた。
「ルイ・・・・?」
「シャロン・・・」
天幕の中に居たのは第2天魔王カイゼルだった。
「どうしたの?こんな時間に・・・・」
カイゼルに語りかけるシャロンの言葉は屈託がない。
彼女にとってみれば、孤児院から一緒に育ったカイゼルは兄妹のようなものだった。
「今日の軍議・・・ロンウェーの釈放をどう思う?」
カイゼルの問いにシャロンは首をかしげた。
「どう思うもなにも・・・・リチャード様が解放と決めたのよ?」
「ああ、だがその前にあいつが論を動かした、俺は気に食わない」
「・・・・・・・」
カイゼルは悪意に満ちた嘲笑を浮かべた。
「少しは剣が使えたらしいな。まぁロンウェーごとき俺やお前でも十分生け捕りにできるがな」
「・・・・・カイゼル・・・・?」
「わかるだろう?あいつは強くなんかないんだ・・・・」
うわごとのようにつぶやきカイゼルはいきなり立ち上がりシャロンを抱きすくめた。
「ちょっ・・・何するのよ!?」
「俺のほうがあいつより強い!」
「カイゼル・・・・!」
「お前を守れるのは俺だけだ!!」
「・・・・・!!」
その言葉にシャロンの力が一瞬緩んだ。
「俺のものになれ・・・・・」
ガタン・・・!
後ろで物音がしてシャロンとカイゼルは振り返った。
そこにたっていたのはルイだった。
「・・・・・・」
「ル・・・ルイ・・・!」
慌ててルイに歩み寄ろうとしたシャロンだったが、その前にルイは天幕を駆け出していった。
「待って!」
「ほっておけ・・・!」
「離して!!」
シャロンは彼女の腕をつかんだカイゼルを振りほどいた。
絶句したカイゼルを残し、シャロンはルイを追って外へ駆け出していった。
「・・・・・・」
天幕から少し離れた小高い丘にルイはいた。
「ルイ・・・・」
ルイに歩み寄ろうとしてシャロンは足元に落ちている花に気がついた。
シャロンの好きなミスクの花だった。
「聞いて・・・?ルイ・・・」
「いいんだ・・・・」
ルイの乾いた声にシャロンの体がすくんだ。
「君は・・・カイゼルの強さに惹かれるんだね・・・」
「違・・・・」
シャロンが言いかけたその時、ルイの剣が走った。
「・・・!!」
自分の喉先にぴたりと止まった剣先にシャロンは息を呑んだ。
<・・・見えなかった・・・剣筋が・・・>
この時シャロンは初めてルイの本当の剣の力量を知った。
「こんなむなしいものに惹かれるのか・・・?人を傷つけるだけの力に!」
ルイの目に涙があふれているのに気づき、シャロンは言葉を失った。
「婚約も・・・君が解消したければそれでいいよ・・・」
そうつぶやくとルイはシャロンを残し去っていった。
「・・・・・」
呆然と佇むシャロンの耳に突如、兵の喚声と剣の響きが聞こえてきた。
「・・・・!」
「申し上げます!」
伝令がシャロンの前にひざまずいた。
「敵の夜襲です!敵兵は2万ほど、総大将はレオナ・アークスです!」
「わ・・・・わかった・・・」
「今第3、第4天魔軍が迎撃に当たっております。シャロン様にもすぐにご出陣を!」
シャロンは頭をひとつ振ると駆け出した。
ミルディア兵たちが次々と鮮血をほとばしらせ倒れていく。
その死体の輪の中央に居るのはレオナ・アークスだ。
彼女は鐙のみで馬を操り、2本の鉄鞭を両手に縦横無尽にミルディア兵を蹴散らしていた。
彼女の鉄鞭はミルディア兵の鎧ごと肉を引き裂き、ミルディア兵を恐怖に陥れた。
「ぬぅ・・・!俺が相手だ!」
巨大な戦斧を振りかざし第4天魔王ゴロアがレオナの前に立ちふさがった。
「お前・・・・天魔王の一人か・・・?」
レオナの美しい顔に凄絶な笑みが浮かんだ。
「異教徒よ・・・私の手でせめて魂を浄化してやろう・・・・」
「やれるものならやって・・・・」
そう叫びかけた次の瞬間、ゴロアは焼けつくような痛みを両腕に感じた。
「ぐ・・・・ぉおお」
ドスン・・・・と音を立て地面に落ちた戦斧を握った自分の両腕を信じられない思いでゴロアは見つめた。
「死ね・・・・・!」
レオナの鉄鞭が一閃しゴロアの首をその胴体から跳ね飛ばした。
それを見た第4天魔軍は恐慌をきたし一気に総崩れとなった。
「なんてやつや・・・ゴロアを簡単に殺しよった・・・」
出動準備が整った第6天魔軍にキーナは号令を下しつつ身震いした。
「王子は・・・?見つかったか?」
「いえ・・・!探しておりますが・・・」
「そうか・・・」
<・・・情けない・・・>
キーナは自嘲した。こんな時にルイがいれば・・・そう思ってしまう自分が情けなかった。
「いくで!ウォレスの第3天魔軍を援護する!」
キーナは叫び馬腹を蹴った。
「引くな!踏みとどまるのだ!」
ウォレスは声をからし叫んだ。
しかし剛勇を誇っていたゴロアが一撃で殺されたのを見たミルディア兵の恐慌はウォレスをもってしても収まらなかった。
「ちっ!!」
ウォレスは目の前に死神のごとく現れたレオナを見て舌打ちした。
「お前にも魂の浄化が必要だな・・・」
「・・・・・!」
ウォレスは槍を風車のごとくまわしレオナに打ちかかった。
<・・・あの鞭の変則的な動きに惑わされてはならぬ・・・>
さすがにウォレスは冷静にレオナの鉄鞭の動きに対処した。
しかし力量の差は歴然としていた。
「ぐぁ・・・!」
レオナの鉄鞭がウォレスの右足を深くえぐりたまらずウォレスは落馬した。
「・・・・・・」
とどめを刺そうとしたレオナだったがその手を止めた。
<・・・そうだ・・・こいつを公開処刑すればさらに士気が上がるか・・・>
「ひっ捕らえよ!」
レオナの命令でゼメキア兵が一斉に襲い掛かりウォレスを捕縛した。
「戦果は十分ね・・・・」
レオナは満足げな笑みを浮かべた。
天魔王の一人を倒し、一人を生け捕りにした・・・これ以上の戦果はない。
レオナの合図の元、彼女の直属兵2万は鮮やかな動きで撤退を始めた。
「あかん・・・!ウォレスが・・・・」
キーナは判断を迷った。ここで追撃してもレオナの前では無駄な犠牲がさらに増える・・・
「・・・・!」
歩みが止まった彼女の横を疾風のようにルイが駆け抜けた。
「ウォレス・・・!!」
悲痛な叫びとともにルイはたった一騎でゼメキア兵に斬り込んだ。
ゼメキア兵を次々と手にかけながらルイは、引き立てられていくウォレスを追いかけようとしたがゼメキア兵の厚い壁に阻まれて距離は遠のくばかりだった。
「ウォレス!だめだ・・・!ウォレス・・・・!」
「王子!あかん!これ以上深追いするのは無理や!」
キーナがルイを抱きとめなかったら、おそらくルイは追撃をやめず戦死していたかもしれない。
「離して下さい!ウォレスが・・・・!」
「王子!!」
暴れるルイを向き直らせキーナはルイの頬をたたいた。
「しっかりしてください・・・・ここで追いかけてもウォレスを取り戻したりできへん!」
「でも・・・・」
「死人が増えるだけや。それは王子が一番望まんことやろ!?」
キーナの言葉にルイは呆然として退却していくレオナの軍を見送っていた・・・