想い
もくもくと立ち込める煙の中、カイン・アークスは苦々しげに打ち捨てられた糧食の山を見やった。
「これが兵糧か・・・」
カインは小さくため息をついた。
<・・・くだらぬことをしてくれたものよ・・・>
教皇直属軍だけが豪華な兵糧を支給されていたことを全員が知れば一気に内部亀裂が起こる。
「誰にせよ味な真似をする・・・」
カインは輜重隊の生き残りの兵を探させた。
ほどなく生き残った一人の兵がカインの前に引き据えられた。
カイン直属の兵たちはすでに殺気立っているため、輜重隊の生き残りの兵は蒼白になってぶるぶると震えている。
「おびえるな。お前は同胞だ。殺しはしない・・・」
カインの言葉に生き残りの兵は震えながら頷いた。
「何があった?」
「は・・・はい・・・私たちは本国から教皇様の命令で糧食を運んできておりました」
「それで敵兵の襲撃にあったのだな?」
「はい、ミルディア軍の第6天魔軍でした・・・あれは・・・」
「そうか・・・またキーナ・カーンか・・・」
カインはため息をついた。
「それで?お前の主将はどうした?キーナに殺されたのか?」
「いえ・・・ロンウェー様は副将と思しき若い将軍と一騎打ちをされ生け捕られました」
「若い将軍?あのロンウェーを生け捕りにしたのか?」
カインは少し驚いて言った。
ロンウェーの武勇は簡単に生け捕られるようなものではないはず・・・
「何者かはわかりませんが、一瞬でロンウェー様の槍を両断したあの剣さばきは只者では・・・」
「・・・・・・」
カインは首をかしげた。
第2天魔王のカイゼルを思い浮かべたが、すぐにそれはありえないことだとわかった。
カイゼルであれば第6天魔軍の指揮下にいるはずがないし、なによりこの兵にもわからないはずではない。
「何者だ・・・・」
カインはいぶかしげにつぶやいた・・・
同じころ・・・
勝利に士気の上がるミルディア軍の天幕で・・・
ルイとキーナは天幕から少し離れた小高い丘にいた。
「なんでや?ロンウェーを生け捕ったのは王子なんやで?」
「はい・・・・」
「それをうちの手柄にしようやなんて・・・!」
キーナは苛立たしげに髪をかきむしった。
「今度ばかりはそうはいかんよ?たくさんの兵が見てたんや!」
「・・・・・ですよね・・・困ったなぁ・・・」
ルイはため息をついた。
「僕を守ろうとしてくれた護衛の兵たちが殺されたから仕方がなかったんです」
「王子・・・・・!」
キーナはルイの肩をつかんだ。
「ずっと・・・・馬鹿にされてたんですよ?見返したろうと思わんのですか!?」
「僕は・・・・」
ルイは静かに微笑んだ。
「ただ・・・自分のそばにいる人たちを守りたい。ただそれだけです・・・」
「王子・・・・・」
「この戦で死ぬこの国の兵たちを少しでも減らせられたら・・・・」
ルイは悲しげにつぶやいた。
そこにはあの暗愚な雰囲気はなく、彼の全身に研ぎ澄まされた知性の光が満ちていて、それをキーナは肌で感じ取った。
「王子は優しいね・・・」
キーナはそっとルイの肩に手を置いた。
「そんな王子、うちは好きやで・・・?」
「え・・・!?」
一瞬で赤面したルイを見てキーナは朗らかに笑った。
「さぁ・・・捕虜のロンウェーの処遇を決める軍議があるで?いくで?」
そういうとキーナはルイを引っ張って歩き出した。
天幕に居並ぶ天魔王たちの中央にロンウェーが引き据えられている。
入ってきたキーナとルイをみてロンウェーがいきなり叫んだ。
「お主・・・・何者だ?」
「・・・・・・」
一瞬で天魔王たちが静まり返った。
ロンウェーの視線の先には困った顔のルイがいた。
「あの剣さばき・・・俺はあれほど速い剣を見たことがない・・・」
「そ・・・・それほどでもないですよ?」
ルイのどもった返事にキーナがくすりと笑った。
だが他の天魔王たちはわけがわからず唖然としている。
「軍議を始める・・・!ロンウェー殿には発言を慎まれるよう」
ウォレスが場を静め、ルイは安堵のため息をついた。
「リチャード様は遅れて見えられる。われらだけで先に軍議を始めよとの仰せだ。」
ウォレスはそういうと全員を見やった。
「まずはこれなる捕虜ロンウェー将軍の処遇についてだが・・・」
「決まっておる!見せしめに首をはねてやるのだ!」
第4天魔王ゴロアが叫んだ。
「無法な侵略者がどうなるかをやつらに見せ付けてやるのだ!」
「俺も賛成だ・・・それによってわが軍の士気も上がるというもの」
カイゼルも同調したことで、場の雰囲気が殺伐としたものに変わり始めた。
「シャロン殿は・・・・?」
ウォレスの言葉にシャロンは頷いた。
「私も同感ね・・・兵の士気をあげるには上策だわ・・・」
「キーナは?」
「うちは・・・・」
キーナは賛成・・・・と言いかけて思いとどまった。
ルイは・・・・?彼女の言葉をとめたのはその想いだった。
「・・・・・・」
ルイに視線を泳がせたキーナを見てシャロンが首をかしげた。
「僕は反対です・・・」
ルイが沈黙を破った。
「誰もあなたの意見など・・・・」
言葉をかぶせようとしたカイゼルの目をルイは真っ向から見据えた。
「ここでこの人を殺したら僕たちも同じだと思わないのかい?」
「・・・・?」
「この人はこのまま解放したい・・・」
ルイの言葉に処刑派の天魔王たちが一気に反対の言葉をまくしたてた。
シャロンを除いて・・・・
「キーナさん・・・」
困ったように自分を見るルイにキーナはため息をついた。
「こいつは生き証人なんや・・・!」
キーナの声は戦場でもその独特な響きゆえによく届く。
その声でキーナが叫んだため天魔王たちは一気に静まり返った。
キーナはロンウェーが運んでいた糧食が教皇直属兵用の豪華なものだったこと、それを大将軍の部隊は知らなかったこと。
そして糧食を奪わずにあえておいて来たこと、すべてを話した。
「要するにあえて大将軍の陣営に返すことで内部瓦解を狙うということか・・・」
ウォレスが頷きながら言った。
「大体考えは出揃ったようだな・・・」
リチャードの声に天魔王たちはいっせいに跪いた。
「ルイとキーナの意見に従い、捕虜は解放する。手出しは無用だ・・・よいな?」
リチャードの言葉が重々しく天魔王たちの上に響いた・・・
「・・・・・・」
解放されて戻っていくロンウェーの姿を小高い丘からルイが静かに見守っている。
「ルイ・・・・」
シャロンがルイの後ろから声をかけた。
「やぁ・・・シャロン」
ルイがにっこりと笑って振り向くが、シャロンの表情は硬かった。
「ねぇ・・・どうして今まで黙ってたの?」
「なにを・・・?」
「あなたは剣も使えたし、軍略だって長けていたのに・・・」
「・・・・・」
「それを言ってくれてれば・・・」
「言ってくれてれば・・・・何?」
ルイの言葉にシャロンははっとした。
ルイの瞳に浮かんでいたのは悲しみだった。
「剣を使えても使えなくても・・・・兵を動かせても動かせなくても・・・・」
ルイは悲しげに俯いた。
「僕は僕だよ・・・・」
そういうとルイはシャロンを残して去っていった。
「あ・・・・」
シャロンは小さくため息をついた。
<・・・何を言いたかったんだろう私・・・>
シャロンは遠くゼメキア軍の陣地を見やった。
「早く終わればいいな・・・こんな戦・・・」
シャロンの呟きが夕暮れの丘に静かに消えていった・・・・