策略
ロンウェーという男がいる・・・
ゼネキア教国の中でも教皇の信頼の厚い直属軍の一員である。
今彼は一軍を率い、教皇の本営に向けて進軍中である。
「もう少しだ!気を緩めるな!」
部下に号令しつつロンウェーはもう何度目にかなるため息をついた。
<・・・まったく・・・大将軍の部隊に気づかれぬように兵糧を運べなどと・・・>
彼は自らが率いる輜重隊を見やった。
およそ戦地の糧食とは似つかわしくない豪華な食べ物や飲み物・・・・
それらは極秘扱いで教皇の直属軍にのみ届けられる。
<・・・同じ神の兵であるはずなのに・・・>
ロンウェーは頭にこびりついて離れない疑問をかぶりをふって追い払った。
考えても仕方ない。
教皇の言うことに従わなければこの国にいることはできない。
「・・・・・!」
突然ロンウェーは右手を上げて進軍を止めた。
彼の歴戦の将としての感覚が異変を感じ取った。
「敵襲だ!迎撃用意!!」
彼が叫ぶと同時に彼の部隊に矢の雨が降り注いだ。
「こ・・・・これは!」
ロンウェーは次々と正確な斉射で倒れていく味方の兵をみて愕然とした。
<・・・・これはミルディアの第6天魔軍の死の雨!・・・>
待ち伏せを悟ったロンウェーの兵に、ミルディアの第6天魔軍が襲い掛かった。
「くっ!」
一瞬にして不利を悟ったロンウェーは傍らの兵に叫んだ。
「大将軍の陣にかけこみ援軍を要請しろ!」
「し・・・しかし!」
「この有事に些細なことは気にするな!行け!」
「はっ!」
ロンウェーは伝令兵を逃がすとミルディア軍を迎撃に向かった。
輜重隊の警護兵約五千に対しミルディアの第6天魔軍も伏兵行動だったためほぼ同数。
しかし不意をついた兵とつかれた兵との士気の差は歴然としていた。
<・・・かくなる上は主将を討つしか・・・・>
ロンウェーは血眼になって敵兵の主将であるキーナをさがした。
と・・・そのロンウェーの前に複数の警護兵に守られたミルディアの将軍らしき青年が現れた。
これはルイだったのだが、ロンウェーはルイのことをキーナの副将と勘違いした。
無理はない、ルイ自身がそれほど他国に知られていなかったのだから・・・
無言で襲い掛かってきたロンウェーに、ルイを警護していた兵たちはあわてて立ちふさがろうとした。
だがその勢いは凄まじく、あっという間に数名のミルディア兵がロンウェーの槍の餌食となった。
「・・・・・・!」
警護兵がひるんだ瞬間を見逃さず、ロンウェーはルイに襲い掛かった。
キーン・・・!
怪鳥のような耳に響く音を立てロンウェーの槍の穂先部分が宙高く舞った。
「・・・・・・!?」
まっぷたつになった槍を呆然と見つめるロンウェーを第6天魔軍の兵たちがよってたかって馬から引き摺り下ろした。
「殺さないで・・・」
ルイの声に兵たちはおとなしく従い、ロンウェーに縄をかけた。
<・・・見えなかった・・・斬撃がまったく・・・・>
ロンウェーは呆然としたまま捕虜となった。
「すごいやん!王子めちゃめちゃ速いやん!」
キーナが目を丸くして言った。
「・・・・・ええ・・・まぁ」
「ええまぁじゃないで!?カイゼルなんかより強いやん、王子!」
「・・・・・好きじゃないんです」
「え?」
「人を殺す力を褒められるのって・・・」
ルイは肩をすくめて困ったように笑うと周りを見やった。
「大勢は決しましたね」
「そうやね・・・・糧食をぶんどって帰ろうか」
「いえ・・・・」
ルイはゆっくりかぶりをふった。
「このまま・・・」
「なんで?この糧食をおいていくんか?」
「この糧食を大将軍の兵に見せるんです。そうすることで内部亀裂が起こる・・・」
「なるほどな・・・」
キーナはルイの冷静な判断に舌を巻いた。
確かにこの贅沢極まりない糧食を見た大将軍の兵の間には教皇直属軍への不満が一気に高まることだろう。特にここは戦地だ。食の差別はもっともあってはならないこと・・・
もともとこの攻撃を進言したのは第7天魔王マリアだと聞いているが、キーナは確信した。
ルイだ・・・・この青年の冷静な判断・・・
この襲撃を考えた人間しかありえない。
「わからん人やね・・・」
キーナはルイを見てため息をついた。この人には欲がないのだろうか・・・
「あとは盛大に火の手を揚げましょう。糧食の一部を豪快に燃やして大将軍の兵からも見えるように」
「うん・・・・」
キーナはくすりと笑うとルイの指示に頷いた。
いつの間にか第6天魔王の自分が、国中が馬鹿にする王子の命令を素直に聞いている・・・
悪い気分ではない自分がキーナは少しおかしかった・・・