第7天魔王
「集まったようだな」
リチャードが重々しく口を開いた。
「キーナ・・・・」
「はっ・・・・!」
「ゼメキア軍と一当たりしたのはそなただ・・・・どうだった?」
「は・・・・・」
キーナは言葉に詰まった。
<・・・言わないと・・・退却の成功は王子のおかげやって・・・>
意を決して顔を上げたキーナの手をルイが静かに押さえた。
「・・・・・!」
キーナは小さくため息をついた。
「おそらくは最初の一当たりは陽動。彼らの本意は先鋒の我らを包囲殲滅し先制打撃をあたえたかったものと思われます」
「さすがはキーナ・・・・ようあの包囲から脱出したものよ」
ウォレスの言葉にキーナはいたたまれなくなって俯いた。
「ふん・・・はじめの猪突猛進がなければそもそも包囲すらされておらぬわ」
ゴロアが悪意をこめてつぶやいた。思わず言い返そうとしたキーナよりも先に口を開いたのはルイだった。
「ゴロアさん・・・あなたの後詰にも問題があったように思いますけど」
「!!」
「第4天魔軍は本来第6天魔軍を追走しているはずがゼメキア軍が横入りできるくらいに間隔があいてた」
ルイはにっこりと笑って言った。
「戦場って僕はよくわかりませんが、やむにやまれぬ理由があったんですよね?」
「う・・・・うむ・・・・」
黙り込んだゴロアをよそにルイは他の天魔王たちをみやった。
「第6天魔軍は無事に脱出した。敵の狙いもわかった。収穫は大きいですよね?」
「そのとおりだ・・・ルイ」
リチャードが静かに言った。
「ゴロア・・・・・よいな?」
「は・・・・ははっ!!!」
「今後も引き続き先鋒は第6天魔軍でいく、キーナもそのつもりでな」
「はっ!」
リチャードの温かい言葉にキーナは感激してうなづいた。
「それにしても・・・・」
リチャードは低くつぶやいた。
戦況は不利そのものだ。兵力差があるだけにこちらから攻勢にでられないのが痛かった。
その日の夜・・・
ルイは一人で天幕で本を読んでいる。
「ルイ・・・!」
天幕に訪れたのはシャロンだった。
「大丈夫だった!?怪我はしてないのよね?」
入ってくるなりシャロンはルイの体を調べた。
「いきなり敵に包囲されるだなんて・・・」
「大丈夫だよ。キーナさんがいたから僕は安全だったし」
ルイは肩をすくめて見せた。
「嬉しいな、心配してくれたのかい?シャロン」
「な・・・」
シャロンはあわてて立ちあがった。
「べ・・・別に心配なんてしていないわ。あなたはこの国の王子なんだから何かあると困るの」
「ふぅん・・・」
ルイはくすりと笑った。
「ねぇルイ・・・」
「ん?」
「あなたが退却の指揮をとったっていう噂が流れてるんだけど・・・」
シャロンの瞳がルイの目をまっすぐに見つめた。
「キーナは投石で気絶していてあなたがかわりに退却の指揮を執ったって・・・・」
「シャロン」
ルイは静かにシャロンの言葉をさえぎった。
「ただの噂だよ。戦場にそんな噂ってつきものなんだね。びっくりしたよ・・・」
ルイの屈託のない笑顔を見てシャロンはため息をついた。
「そうね、そうよね・・・」
シャロンは小さくため息をつくとルイの天幕をあとにした。
「・・・・・よかったのですか?」
シャロンの出て行った天幕・・・
一人でいるはずのルイに小さな声がささやいた。
「ああ・・・戦場での手柄なんか意味もないから」
ルイは驚く様子もなく天幕の隅の闇に向かって話しかけた。
「それより・・・どうだった?」
「ルイ様の見られたとおり輜重隊はアークス兄妹の軍と教皇直属部隊は別々に存在しています。」
「・・・・」
「しかも教皇直属部隊の輜重隊はアークス兄妹の軍を避けるように迂回して兵糧を運んでいます」
「そっか・・・やっぱりね。たぶん兵糧の中身も直属部隊は違うってことか・・・」
ルイの顔に笑みが浮かんだ。
「ご苦労様・・・・マリア」
ルイの言葉に闇の中から浮き出るように赤い瞳の少女、マリアが現れた。
第7天魔王、マリア・レイ・・・・
彼女の出自はなんとゼメキア教国である。
生まれてから教団に暗殺者として育てられたが、ゼメキア教で『不吉のしるし』とされる赤い瞳をもつ彼女は虐げられ続け、ついに教皇イカロスから国外追放となった身である。
しかしその後ウォレスの推挙で諜報部隊第7天魔軍の軍団長にとりたてられた。
「悪いけどこのこと、父上に知らせてきてくれ。父上ならこれを戦況の打開に使うはず・・・」
「ルイ様がおっしゃればいいのに・・・」
「マリア・・・」
ルイはそっとマリアの頭に手をのせて微笑んだ。
「私は悔しいです。カイゼル様なんかいつもルイ様を馬鹿にして・・・」
「優しいねマリアは」
「・・・・・・」
マリアはため息をついた。
「ルイ様のご命令なら仕方ありません。リチャード様にお知らせしてきます・・・」
「頼むよ」
マリアは音もなく闇の中に消えていった。
「終わらせなきゃ・・・・一刻も早く・・・」
そうつぶやいたルイの瞳は憂いに満ちていた・・・