伝言
「急げ!もっと止血帯を持ってこい!」
ミルディア国衛生部隊のハミルの声が天幕に響き渡る。
彼を含む衛生部隊の中でも最上級の腕を誇るメンバーが天幕内に集合している・・・
しかしどのメンバーの目にも焦り・苛立ちが浮かんでおり、状況の厳しさをうかがわせるには十分なものだった。
彼らの目の前の処置台に横たわるのは、意識を失った第5天魔王シャロン・・・
ミルディア国の全軍でも勇名をはせ、人望も厚い彼女が運び込まれた時は誰もが声を失った。
<・・・死なせない・・・>
背中から短剣のような刃物で一突きにされた状況を見ても、正面からの一騎打ちではなく不意打ちを受けたのは明らかだった。
「・・・う・・・あ・・・」
突然シャロンが大きく目を見開いた。
「シャロン様!」
シャロンはハミルの手をつかんだ。
「に・・・げて・・・ない・・・」
「シャロン様!しゃべられてはいけません!」
ハミルの呼びかけにも答えずシャロンは必死に言葉を紡ぎだそうとする。
「きょ・・う・・こう・・・に・・げ・・て・・ない・・・」
ハミルの目が見開いた。
「教皇?教皇と言われましたか!?」
ハミルの言葉にシャロンは苦しげに頷いた。
「聞こえたか?」
ハミルは衛生部隊の同僚を見やった。
「逃げてない・・・とおっしゃられたような・・・」
その時・・・
「シャロン!!」
天幕にルイが駆け込んできた。
一斉に跪こうとする衛生部隊を制しルイはよろめきながら処置台に近づいた。
「処置を・・・続けてくれ・・・」
かすれた声でハミルに告げ、ルイはシャロンの手を握り締めた。
「ル・・イ・・・」
「シャロン・・・大丈夫。傷は浅いから・・・」
「きょ・・う・・こう・・・」
「しゃべっちゃダメだ!」
ルイの目から涙が零れ落ちた。
シャロンの血の気を失った唇にわずかに微笑が浮かんだ・・・
「な・・かない・・で・・・ごめん・・・ね・・・」
「シャロン・・!」
シャロンの手の力がだらりと緩んだのを見たルイの悲痛な叫びが天幕に響く。
「ルイ様!ここはわれらに!」
ハミルはルイを押しのけ、シャロンの脈をはかった。
<まだ脈はあるが、出血をとめなければまずい・・・!>
ハミルはルイを見やった。
「ここはお任せください・・・ルイ様!」
「・・・・」
「あとお耳に入れるべきことがございます、ご無礼を・・・」
ハミルはルイに耳打ちした。
「シャロン様が意識が戻られた際に、おそらく『教皇が逃げていない』と仰られたと思います」
「・・・・!!」
ルイの目が見開いた。
「教皇が・・・・」
<・・・まさか・・・・>
ルイは味方の陣を見やった。
「ルイ!」
天幕が開き、レオナが駆け込んできた。
「行きましょう・・・味方の陣を今すぐ閉鎖して誰も出られないようにしなくては・・・」
ルイの言葉を聞き、レオナも自分の直感が正しかったことを悟った。
「わかった。私がキーナと連携してそれはやる。ルイはここにいればいい!」
「いえ・・・」
ルイは処置台のシャロンを見ながら力なくかぶりを振った。
「僕が始めた作戦です・・・最後まで見届けないとシャロンに叱られます・・・」
「でも・・・」
「行きましょう・・・」
ルイはレオナを促し、天幕を後にした。