信念
兵たちの喚声がこだまし、剣と剣がぶつかりあう耳をふさぎたくなるような音があたりを支配する・・・
ついこの前までは同じ名の神を信じていたものたちが、お互いの神の名を叫びながら剣を振るい、相手を血祭りにあげるその姿は、異様と表現する以外なんでもなかった・・・
「ちっ・・・・」
不死騎団の先頭に立つレオナ・アークスは舌打ちをしてあたりを見やった。
ついこの前まで自分とともに戦った者たち、今はその者たちの命を自分が奪っている。
「神の敵め!!」
「・・・・・!!」
叫び声とともにつきこまれてきた槍を難なくかわし、レオナは相手を手にした鉄鞭で叩き落した。
<・・・殺せない・・・・!!>
「異教徒に組した愚か者め!神聖騎士団副団長のミハイルが地獄に送ってやる!」
レオナの前に壮年の武将が馬を躍らせた。
「ミハイル殿・・・」
レオナは呻いた。神聖騎士団の副団長を務めるミハイル・ブレッドフォードは、残虐を好む神聖騎士団の中にあって唯一敬虔なゼメキア教徒である。
協会にもともに足を運んだ中でもある盟友の出現にレオナは、思わず馬をさがらせた。
「あなたとは剣を交えたくない・・・!」
「黙れ!異教徒に汚され己を見失った悪魔めが!」
「待って!あなたは間違ってる!」
「黙れ!!」
ミハイルは風車のように槍を回転させ、レオナに襲いかかった・・・・
「・・・・・・はじまったようじゃな?」
教皇イカロスは、輿の上に伸び上がって戦況を見やった。
「ミハイル率いる神聖騎士団1万と猊下からお借りした直属兵4万が裏切り者共を攻め立てております・・・」
神聖騎士団団長トーレスが巨体をゆすって豪快に笑った。
「ミルディア軍はどうしておる?」
「どうやらこれを機に不死騎団に攻めかかろうとしておる様子。腹背にかなりの軍兵が回りこもうとしておりますな」
トーレスはあごひげをしごきながらイカロスを見やった。
「猊下、これはまたとない好機、一気に全軍を投入し憎き不死騎団めを殲滅するチャンスですぞ・・・?」
「う・・・うむ・・・」
「お忘れか!?あのカイン・アークスめがいかに猊下にこれまで不遜な態度を取り続けておったか!」
「・・・・・!」
イカロスのこめかみに青筋がうきあがった。
イカロスはわなわなと震える指でトーレスを指した。
「よ・・・・よし!一時的にミルディア軍の動きに呼応し、不死騎団にせめかかるのじゃ!アークス兄妹の首を上げたらすぐにミルディア軍も叩き潰すのじゃ!」
「はっ!」
トーレスは残虐な笑みを浮かべ天幕をでた。
神聖騎士団の唯一の邪魔者、それが不死騎団だった。
不死騎団がゼメキア軍から離反した今こそが、トーレスにとっても邪魔者を消すまたとない好機だった。
「よしいくぞ!一気に不死騎団を殲滅させるのじゃ!」
トーレスの指揮の元、ゼメキア教国軍は旗本3万を残し、すべての兵力を一気に不死騎団めがけて進軍を開始した。
「ちっ・・・一気に攻めかかってくるつもりか・・・」
カイン・アークスは神聖騎士団の進撃のラッパを遠くに聞き、眉をひそめた。
「カイン様!このままではミルディア軍と挟撃されます!」
サイクスが不死騎団中軍に届き始めた矢を払いのけながら叫んだ。
「・・・・・・」
カインは遠くに見え始めたミルディア軍と思われる砂塵を見やった。
サイクスの言うとおり、仮にミルディア軍が不死騎団の後背をついてきたとしたら、いかに勇猛を誇る不死騎団といえども全滅は免れない。
「それにしても・・・・」
カインは自嘲気味につぶやいた。
あの臆病な教皇が、自分の中軍のほとんどを進軍させてくるとは・・・
<・・・トーレスめ、よほどこの俺を消したかったと見える・・・>
「いくぞ、サイクス・・・・」
「はっ・・・」
「我ながら愚かだが・・・・」
カインのつぶやきにサイクスは首をかしげた。
「信じてみたいのだ・・・あの男を・・・」
ついにカインの不死騎団の中でも中核を担う直属の親衛隊5千が騎乗した。
「後方のミルディア軍にはかまうな!これより我らは前進し、神聖騎士団を討つ!」
「・・・・・!」
カインの命令に動揺が走ったが、カインとともに戦い続けてきた百戦錬磨の将兵たちは剣を突き上げ喚声を上げた。
「突撃!!」
カインの号令の元、一気に不死騎団が攻勢に転じた。
「ぐぁああ!」
ミハイルの手から、槍がくるくると回りながら飛び去った。
「・・・・・ミハイル殿・・・この場は退いて!」
「だ・・・黙れ!!」
レオナの悲痛な叫びもむなしく、ミハイルは腰の剣を抜き放ち再びレオナに襲い掛かった。
「・・・・・・っ!」
その剣を受け流そうとしたが、レオナの腕から血が走った。
「なぜ打ちかかってこぬ!」
「あなたを殺したくない!!あなたは敬虔なゼメキア教徒だ!」
「ゼメキア教を裏切ったお前が言うなぁ!!」
ミハイルは絶叫し、レオナの首めがけて剣を走らせる。
ギィン!!
鼓膜を破るような音とともにミハイルの剣が弾き飛ばされた。
「・・・・・・!!」
レオナとミハイルの間に馬を躍らせたのは、カインだった。
「大将軍殿・・・・」
さすがにミハイルは一歩馬をさがらせた。
「さがれ・・・妹に剣を向けることはこの俺が許さぬ・・・・」
カインの殺気にミハイルは完全に気おされ、後ずさった。
「なぜこのような短慮を起こされたのだ!?後背からは異教徒の軍、前方からは我らの後詰・・・!もう生きる道はありませんぞ!?」
「・・・・・・」
カインはわずかに口元をゆがめて笑った。
「おぬしの様なものにはわからぬだろうな・・・・」
「・・・・・・?」
「俺は信じているのだ・・・あの男を・・・・」
「あの男・・・・?」
<・・・兄様・・・>
レオナは胸が痛んだ。
自分が交渉を失敗さえしなければ・・・・兄はまだミルディア軍を・・・いや、ルイ・アルトワを信じようとしている・・・
<・・・ここは私が・・・>
全滅を回避するためにも自分が退却命令を出すべきか・・・・・
レオナの脳裏に最悪の事態がよぎる・・・・
その時・・・・・
突然不死騎団に攻めかかっていたゼメキア教国軍の神聖騎士団の横合いから一斉に豪雨のような矢が降り注いだ。
「これは・・・・」
レオナは目を見開いた。
「第6天魔軍の『死の雨』・・・・」
レオナは慌ててカインを振り返った。
カインは目を閉じ満足げにつぶやいた。
「来たか・・・・ルイ・アルトワ・・・・・」