第1天魔王
ミルディア王国・・・・
大陸の穀倉地帯を有する列強の中でもゼメキア教国に匹敵する国力を有する国である。
『英王』と称えられる国王リチャード・アルトワ1世のもと天魔王と呼ばれる7人の師団長たちがその下に属している。
国王リチャードが自ら見出し取り立てたこの天魔王たちの活躍によってミルディア王国はリチャードの代でその版図を一気に広げ、ゼメキア教国に匹敵するまでになった。
今国王リチャードの前にその天魔王の一人シャロン・ハイラルが跪いている。
第5天魔軍の師団長である彼女は幼少のころよりリチャードの手元で帝王学を学んだいわゆる教え子の一人である。
弱冠18歳で第5天魔王に取り立てられて3年、彼女の立て続けにあげた戦功は枚挙に暇がない。
「いよいよゼメキアが動き始めた様子」
シャロンがそのよく澄み渡る鈴のような声で言った。
「うむ・・・・戦となるな・・・」
リチャードは苦々しく言った。彼がミルディアをここまでの大国にした手腕は何も武力だけではない。
その卓越した外交能力で、彼は常にミルディアの立場を守り続けてきた。
ただゼメキア教国のみが一切の外交的な交渉をはねつけ続け、ついに開戦となりそうなのだ。
リチャードがため息をつくのも無理はない・・・
「シャロン」
「はい・・・」
「この戦、あやつの初陣にしようと思う」
「・・・・・・・・!」
シャロンの端正な口元が苦笑を浮かべた。
「第6天魔軍につけようと考えておる」
「キーナも災難ですね・・・・」
シャロンの皮肉っぽい言葉にリチャードも思わずため息をついた。
「散々逃げ続けてきたが、あやつもいつまでも戦経験がないではすまされぬ」
「そうですね・・・・」
「お前には苦労をかける。あやつにしっかりしてもらいたくて婚約者などにしてしまったが・・・」
「・・・・・・・ご心配なく」
シャロンは肩をすくめて見せた。
「私を孤児院より救い出してくださってからこの方、リチャード様には並々ならぬご恩があります。」
「恩か・・・・あやつ・・・ルイのことを支えてやってくれ・・・頼む」
そういうリチャードの顔は、英王のものではなく一人の父親の顔だった。
「ルイは今どちらに・・・?」
「ふん・・・・おそらくは中庭で油を売っておるわ・・・」
リチャードはにやりと笑った。
「好きにいたせ。引きずってでも軍議につれてまいれ」
「かしこまりました」
シャロンも苦笑すると立ち上がった。
ミルディアの王都ゴンドール・・・
王城の中央に広がる中庭で一人の青年が寝そべったまま静かに寝息を立てている。
「ルイ様・・・」
そばには10歳くらいの少女が座っている。
「そろそろ軍議のお時間では・・・?」
「有難う、マリア・・・・」
青年は目を開きにっこりと笑った。女性のように端正に整った顔立ち、優しげな瞳が印象的なその青年は立ち上がると大きく伸びをした。
「面倒だな・・・・軍議なんて」
「・・・・・・・」
マリアと呼ばれた少女はクスリと笑った。
一見普通のどこにでもいそうな少女だが、唯一目を引くのはその瞳の色だ。
まるで血のような真っ赤な瞳をしている。
「戦いをなさるのですね・・・」
「仕方ないだろうね。父上もいつまでも僕が出陣しないのでは格好がつかないもの」
青年はすっと目を細めた。
「ルイ!!」
よく通る透き通った声が青年を呼んだ。
「やぁ・・・・」
青年の顔にうれしそうな笑顔が浮かんだ。
「軍議が始まるわよ?何をしてるの!」
シャロンは青年を引っ張り起こした。
「まったく・・・・・・」
シャロンは自らの婚約者、王太子ルイ・アルトワをしげしげと眺めた。
容姿ときたら申し分ないのだが、その惰弱さゆえに国中の笑い者・・・・・
<・・・その惰弱者と結婚するのだから私も物好きね・・・・>
シャロンは自嘲気味に笑うと、青年・・・・ルイをせかした。
「もうゼメキア教国軍は国境を越えた?」
「ええ・・・」
「そうか・・・・・もう避けられないんだね」
ルイの瞳に悲しみが浮かんだ。
「さぁ・・・行くわよ?あなたにもしっかりしてもらわないと・・・ね?」
シャロンは皮肉っぽくルイを振り返った。
「第1天魔王殿??」
そう言うとシャロンはさっさと歩き始めた。