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流転

ミルディア軍の天幕は水を打ったように静まり返っていた。


ゼメキア軍から離反した不死騎団の使者、レオナ・アークスの血のにじむような嘆願が全員の言葉を奪ったからだ。


「レオナ殿・・・」

ミルディアの王、リチャード・アルトワは静かに言葉をつむぎだした。

「そなたの言いたいことはよくわかった。もとより当方もゼメキア教国との長きにわたる争いは、不本意といたすところ」

「・・・・・」

レオナは身じろぎもせず、リチャードの言葉を聞いている。


「もしもだ・・・そなたらの提案を聞き入れ、不死騎団に力を貸すとしたら・・・」

リチャードは小さく息を吐き出した。

「そちらはどういう誠意を見せて頂けるのかな?」

リチャードの言葉にレオナは顔を上げた。

「仮にミルディアの力をお借りし、教皇軍を駆逐できた暁には、今後一切ゼメキア軍がミルディア軍に刃を向けることはありません」

「それだけか・・・・??」

第2天魔王カイゼルが言葉を挟んだ。

「領土の割譲もなく、ただ不可侵を誓うだけか?一時期の約定などこの場にはなんら意味はない・・・・!」

「カイゼル・・・・言葉を慎むがよい」

リチャードが威厳に満ちた言葉でカイゼルの言葉をさえぎった。

「・・・・・・」

レオナは苦しげに俯いた。


「いいんじゃないかな・・・・」

沈黙を破ったのはルイだった。

「ほら、こう言ってるんだし、嘘をついているようには思えないよ・・・」

「ルイ・・・・」

シャロンが言いづらそうにルイを見やった。

「でもカイゼルの言いたいことはよくわかるわ?不可侵の約定などあってないようなものだもの。いずれ・・・」

シャロンは言葉を重ねようとしたが、その先の言葉が出てこなかった。


ルイの目に浮かんでいたのは深い悲しみだった。

「そうやって・・・・この争いは永遠に続いていくんだ。どこかで誰かが断ち切らなきゃいけない。」

ルイは静かに居並ぶ天魔王たちを見やった。

「ここで僕らが領土の割譲や、具現化された利益をゼメキアに要求したらそこでまた新たな憎しみを生むんだ・・・そしてそれは時間をかけて根をはやしてまた戦を生む・・・」

「・・・・・」

レオナは顔を上げてルイを見つめた。

「彼女の言ってることは本当だ。教皇イカロスによって植えつけられた狂信という悪い芽を一気に摘み取ることは無理かもしれない。ただここで不死騎団に見返りを求めずに協力することは・・・」


ルイは言葉を切って力強く全員を見渡した。

「僕らにとっても必要なことなんだ・・・・!」

「・・・・・・・」


天魔王たちは黙り込んだ。


「もし・・・・」

レオナがかすれた声で言葉をつむぎだした。

「もしも・・・私の言葉が信じられないのであれば・・・・」


「ゼメキア軍が帰国後も私がミルディアに残ってもいい。永久の不可侵の証として・・・・!」

「・・・・・・!!」

レオナの言葉に全員が絶句した。この言葉の意味は誰であってもあまりにも明白だった。

ゼメキア教国をささえるアークス兄妹の一人が人質としてミルディアに残るということ・・・・それを本人が口にしたのだ。


「レオナさん・・・・」

ルイが慌てて話そうとするのをリチャードが静かに制した。


「そちらの誠意はよくわかった。一度こちらも今後の進むべき道を考えさせていただく・・・」

「ではこの場でのご承諾は・・・・」

「レオナ殿・・・・」

リチャードは、娘を優しく諭す父親のような瞳でレオナを見つめた。

「そちらにも目の覚めぬ者がおるのと同様に、こちらにも目を覚まさせねばならぬ者たちがおるのだ・・・」

「・・・・・・はっ・・・・」


リチャードの言葉の意味を理解しレオナは深々と頭を下げた。

「それでは急ぎ我が陣に立ち返り、兄にただいまのお言葉を伝えます。よいご返答を祈っております・・・」

レオナは軍衣の裾をひるがえし、ミルディア軍の天幕を後にした。


「レオナさん・・・・!」

騎乗したレオナに後を追ってきたルイが声をかけた。

「有難う・・・・」

「・・・・・!」

レオナの言葉にルイは目を見開いた。彼女の顔に浮かんでいたのは美しい笑顔だった。

「お前のおかげで眼を覚ますことができた。いかなる返答であっても私たちはお前に感謝しつつ道を進むだろう・・・」

「レオナさん・・・・」

言葉が出ずに俯くルイを見てレオナは微笑し、馬腹を蹴った。


<・・・・不思議だ・・・・心が軽い・・・>

不死騎団に戻るレオナの心は呪縛からとき離れたかのように、晴れやかだった・・・・



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