進展
「よくも我ら兄妹を殺そうとしたな・・・」
全身に殺気をみなぎらせたカイン・アークスの前に、男は恐怖のあまり声が出なかった。
「ひ・・・ひ・・・・」
「死ぬがよい・・・ゼメキアの諸悪の根源よ・・・」
カインが黒刀を振りかざし無造作に振り下ろす。
「うわぁああ!」
寝台で叫び声を上げ、教皇イカロスは飛び起きた。
「夢か・・・・」
びっしょりかいた汗で肌にはりつく法衣をイカロスは不愉快そうにつまんだ。
アークス兄妹を討ちもらし、不死騎団がゼメキア教国軍の陣を離れたのが数時間前・・・
それから状況はかわってはいないが、彼は恐れていた。
何しろゼメキア教国でも最高峰の戦闘力を持つ不死騎団、そして事実上最高の軍略家であるアークス兄妹がそれを率いている・・・
「猊下・・・!」
部下の声にイカロスははっとした。
「神聖騎士団がさきほど到着致しました!団長のトーレス殿が謁見を申し出ておられます!」
「おぉ・・・神の騎士団が来たか・・・!」
イカロスは声を上ずらせて立ち上がった・・・・
同じ頃・・・・
「なんと・・・アークス兄妹が・・・!」
ミルディア陣営の天幕では、上座にリチャードが座り傍らにルイが侍立し、他の天魔王たちが下座に座っている。
「もともと教皇イカロスとカイン・アークスとの間には大きな溝があった。それがついに形となったということだ・・・」
リチャードが低い声でいい、くぐもった声で咳き込んだ。
「我が君・・・いかがなされました?」
「大事無い、シャロンよ・・・」
シャロンの心配げな瞳にリチャードは微笑み答えた。
「マリア・・・情勢は?」
リチャードの問いにマリアが立ち上がった。
「現在アークス兄妹以下不死騎団は、ゼメキア軍と我が軍とのちょうど中央に布陣しどちら側にも応戦できる構えを取っております。また先ほどですがゼメキア軍に新たな増援部隊2万が加わりました」
「また増援か・・・」
ウォレスが舌打ちした。
「神聖騎士団・・・教皇の直属部隊だよ。神の兵と呼ばれる中核の部隊だけど、その実は教皇イカロスの名の下に略奪をほしいままにする一番残虐な部隊・・・」
ルイが静かにつぶやいた。
「この際だ・・・先に不死騎団に全力を挙げて攻めかかり、一気に殲滅させては?こちらの損害も覚悟はしなくてはならないが、ゼメキアの最強の兵団をつぶせば・・・・」
カイゼルが口を開いたが、ルイはかぶりをふった。
「いや・・・・仮に不死騎団を殲滅できてもそのあとでゼメキア軍が総攻撃をかけてきたらこっちが危険だよ。兵の数は向こうがはるかに上回るわけだから・・・・」
「じゃあ・・・・」
カイゼルがいつもの通り挑戦的に口を開きかけたが、口をつぐんだ。
「では・・・・第1天魔王の存念をお聞きしたい・・・」
「・・・・・!」
カイゼルの言葉にルイは目を丸くした。
「うん・・・・」
ルイはゆっくりと立ち上がり、天魔王全員を見回した。
「不死騎団と和を結ぶ・・・・」
「・・・・!」
ルイの言葉にリチャードとマリアを除く全員が息を呑んだ。
「ルイ・・・気持ちはわかるけどそれは難しいわ・・・アークス兄妹には多くの兵が殺されてる。ゴロアだって・・・」
「わかるよ、シャロン・・・」
ルイは静かにシャロンの言葉をさえぎった。
「でも・・・ここで僕たちも遺恨を捨てなければゼメキア教国との間に平和な関係を築くことなんかできやしない。」
「平和な・・・」
ウォレスが呆然とした面持ちでつぶやいた。
「これはチャンスなんだ。ゼメキアの政教の最高責任者が袂を分かった・・・そして今のゼメキアの狂信の元凶である教皇イカロスを、政治の最高責任者であるアークス兄妹と共に討てば・・・」
「アークス兄妹も今後はミルディアに弓引くことはなくなる・・・か・・・」
キーナがつぶやいた。
「不死騎団も今が瀬戸際です。精鋭を持って知られる彼らでもゼメキア軍が全軍を持って攻めかかれば殲滅は免れない。それはアークス兄妹だってわかっているはず。だから・・・」
ルイの言葉に熱がこもった。
「アークス兄妹も僕たちの力が必要なはず。今この差し出された手をはねのけ、ゼメキア軍を殲滅させても遺恨が残りまた新たな侵攻がはじまる・・・」
ルイの言葉に天魔王たちは水を打ったように静まり返った。
「・・・・・・」
第2天魔王カイゼルが静かに立ち上がった。
「今のご意見だが、このカイゼルは・・・・」
カイゼルはルイの目を見据えて言った。
「賛成だ。」
「・・・!」
ルイは僅かに目を見開き、そしてにっこりと微笑んだ。
そのルイの笑顔にカイゼルは目をそらしそのまま座り黙り込んだ。
「うちも賛成や・・・」
「私も賛成いたします・・・」
キーナとマリアが続き、ルイは静かにシャロンに視線を投げた。
「わ・・・私は・・・・」
シャロンは気遣わしげにウォレスを見やった。無理もない、ウォレスはレオナ・アークスに敗れ足に深手を負い捕虜の憂き目に会ったのだから・・・
「それがしも賛成致す!」
ウォレスはシャロンに頷き返すと、はっきりと言い切った。
「結論は出たようだな・・・」
リチャードが天魔王たちを満足げに見渡し、そしてルイに視線を投げた。
<・・・もう心配なさそうだ・・・>
見事に天魔王全員を従えた息子を、リチャードは頼もしげにみやった。
その時・・・
天幕の外で兵が使者の来訪を告げた。
「申し上げます!ただいまゼメキア軍不死騎団より使者が参られました!」
「来たか・・・」
ルイはリチャードを見やった。リチャードは静かに頷く。
「お通しいたせ!」
シャロンが叫び、天魔王たちは使者を迎えた。
「・・・・!!」
天幕が開き入ってきた使者を見て全員が息を呑んだ。
不死騎団からの使者は、僅かな供のみを従えたレオナ・アークスその人だった・・・
「これはこれは・・・」
リチャードがにこやかな笑みを浮かべ、レオナを差し招いた。
「ようこそおいで下された。レオナ殿・・・」
「・・・・・・」
レオナは黙って天魔王たちが居並ぶ中央に進み出た。
その美しい顔は透き通るように白く、全身に緊張が満ちている。
マリアが静かにリチャードとレオナの間に移動しその場にうずくまった。
もしもレオナがリチャードに危害を加えようとしても楯になる気である。
だがレオナの視線はリチャードにではなくウォレスに注がれていた。
「・・・・」
レオナはウォレスに歩み寄った。
「痛むか・・・」
「・・・・?」
レオナの問いの意味が分からずウォレスは首をかしげた。
「私が傷つけた・・・・その足のことだ・・・」
「おお・・・」
なんと答えていいかわからず黙り込むウォレスの前で、レオナは深々と頭を下げた。
「すべて私の愚挙のせいだ・・・許してほしい・・・」
レオナの言葉に天魔王全員があっけにとられた。ただ一人ルイを除いて・・・
「レオナさん・・・こちらへ・・・」
「・・・・」
ルイに促され、レオナはリチャードのすぐ前まで進み・・・・そして跪いた。
「ミルディアの英邁なる王リチャードよ・・・・」
レオナは震える声で言葉をつむぎだした。
「私は狂信者でした・・・己が信じていたゆがんだ世界にとらわれ、数え切れないほどの無辜のミルディアの人々の命を奪いました・・・」
「・・・・」
リチャードは静かにレオナに視線を注いでいる。
「その罪は重く、決して贖えるものではないことは理解しています・・・」
レオナは苦しげに息をついた。
「ただ・・・私は気づいてしまった。今まで信じてきたものがすべてまやかしに過ぎず、ただ一人の男の欲望の操り人形となってしまっていことに・・・・!」
「・・・・」
「こんな簡単なことすぐに気づけたはずなのに・・・・自分が殺されかけて初めて目が覚めた・・・」
レオナは顔を上げリチャードを見上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「ただ・・・まだ目が覚めない者たちがたくさんいます。私はその者たちを救いたい・・・!」
「・・・・」
「この場で私を殺すのなら殺してもいい・・・ただ兄に力をお貸しください・・・」
レオナの声が震えた。
「あの男・・・教皇イカロスを倒し狂信にとらわれているゼメキアを救ってください・・・!!」
レオナの血のにじむような言葉が重くミルディア陣営の天幕に響いた・・・・