真の正義
カインは足早に教皇イカロスの天幕を目指していた。
「これはこれは大将軍殿・・・」
天幕の入り口にいた教皇の部下がニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
「まずは剣をお預かりいたしましょう・・・」
「・・・・・・」
カインはじろりと教皇の側近をにらんだ。
「愚か者め・・・」
カインの全身から凄まじい殺気がふきだし、教皇の部下は震え上がりその場に無様に尻餅をついた。
「身の程をわきまえよ・・・このゼメキア教国を守り続けてきた我が長剣・・・貴様ごときの手に触れられるかどうか分からぬか・・・?」
ガタガタ震える教皇の側近を尻目にカインは天幕に足を踏み入れた・・・
天幕の中には・・・・
上座に教皇イカロス、そしてその側近のゼメキア教会の司祭たち・・・
そして階下には、レオナ・アークスが後ろ手に縛られ引き据えられている。
「猊下・・・これは一体何の騒ぎですか・・・?」
カインが帯剣したままであることに気がつき、上座にいたイカロスはじめ司祭たちに動揺が走る。
「カイン・・・貴様神聖なる裁判に剣を佩いたまま入ってくるとは何事じゃ・・・!?」
イカロスが動揺を押し隠せないまま、金切り声で叫んだ。
「裁判・・・・?」
カインは後ろ手に縛られているレオナを見やった。
「我が妹がなにゆえ裁判にかけられているのですか・・・?」
「これを見よ!」
司祭の一人がカインの足元に手紙を投げ出した。
「レオナ・アークスの印が押されたミルディア軍への手紙を入手したのだ!そこにはレオナがミルディア軍に捕虜になった折、異教徒に心を奪われ内通を約束したと書いてある。さらに兄カインも必ず内応するように説得するともな・・・」
「猊下!私はゼメキア教の敬虔なる信徒!そのような・・・」
レオナが悲痛な声で叫んだが、横にいた教皇直属の兵がレオナの背中を鞭で打ち、レオナの言葉が悲鳴で途切れた。
「・・・・・・・」
手紙を持つカインの手が揺れた。
「こんな紙切れ一枚で・・・・」
カインの声がかすれた。
「こんな紙切れ一枚で我らの国への忠誠を疑うのか・・・?」
「黙れ!この手紙を入手したがゆえに、貴様が内応する前に引鐘を打たせたのじゃ!」
「そうか・・・やはり猊下のお指図でしたか・・・・」
カインは大きく息を吐き出した。
「違うな・・・要するに何でもよかったのだろう・・・・我ら兄妹を排除できるのであれば・・・」
カインはうずくまる妹を見やった。
「レオナ・・・来るべき時が来たようだ・・・」
「に・・・兄さん・・・」
「兄と来るか・・・?」
妹を見つめるカインの眼差しは優しさに満ちていた。
「・・・・・・」
レオナの目が涙にあふれ、彼女は大きく頷いた・・・
「なにをぶつぶつと・・・!」
レオナのそばにいた教皇の直属兵がレオナを鞭打とうともう一度鞭を大きく振り上げた。
「・・・・!」
次の瞬間・・・・
血しぶきが天幕にはねかかり、上座に座る司祭の一人の膝に兵の首が落ちた。
「ひぃいいい!」
女のような悲鳴を上げる司祭には目もくれず、カインは血刀を一振りしレオナを縛る縄を切った。
「教皇イカロスはいたずらに神の名を語り無駄に我が同胞たちを殺し続けた!我らアークス兄妹は正義を行う!我らと共に立ち上がれ!」
大音声でカインが叫ぶ。
「馬鹿め!こうなると思い天幕の外も我が兵で固めておるわ!」
教皇イカロスの声と共に一斉に教皇直属兵が天幕内に入ってきて、カインとレオナを取り囲んだ。
「兄さん・・・ごめんなさい・・・」
レオナがかすれた声でつぶやいた。
「兄さんはずっと前から言ってた・・・私のせいで・・・」
「レオナ・・・案ずるな・・・」
カインは拷問を受けてむごたらしく血がにじんでいる妹の背中を見やった。
「お前にはもう指一本触れさせはしない・・・」
カインの黒刀が唸り、一瞬で何人もの教皇直属兵が血しぶきを上げ倒れた。
「来い・・・!」
カインがレオナの手を引き走り出した。
天幕の外も教皇直属兵で満ちていた。
「用意のいいことだ・・・」
カインがせせら笑う。
「あきらめることじゃ!いくら貴様でもこの包囲をぬけることはできぬわ!」
イカロスが金切り声で叫ぶ。
カインは自分とレオナを取り囲む兵たちを見やった。
「本気で・・・我らアークス兄妹に刃を向けるか・・・?」
カインの目にあるのは、怒りでも憎しみでもなく悲しみだった。
「なぜ・・・・同胞同士で殺しあわねばならんのだ・・・?」
「し・・・・仕方ないのです・・!」
包囲軍の隊長らしき兵が震えながら叫んだ。
「アークス様たちを殺さないと、猊下が我ら全員・・・いや、我らの家族もゼメウスの神の怒りに触れ地獄に落ちると・・・・!」
「馬鹿な・・・・!そんなこと教典のどこに書いてあるの!?目を覚まし・・・」
レオナが叫びかけ口をつぐんだ。
彼女は気がついた・・・自分ですら信じて疑わなかったイカロスの言葉を、この兵たちが今すぐ疑えるはずが・・・
「仕方ないのです・・・!」
包囲軍がアークス兄妹と距離をとり、弓に矢をつがえた。
直接的な衝突だと犠牲が多くなるので、飛び道具を使って殺すつもりのようだ・・・
「ち・・・・」
カインはうめいた。
さすがにこの準備のよさ・・・教皇イカロスを威圧し続けたことが逆効果に出たようだ。
あの手紙はミルディア軍の策略であることは間違いないが、このタイミングでの調略はルイではありえない・・・
<・・・恐らくはリチャード・アルトワか・・・>
自分たち兄妹の死を狙ってのことかそれとも・・・・
どちらにせよ自分と教皇の不和を見透かされていたということ・・・
<・・・負け・・・か・・・>
カインの口元がわずかにゆがんだ。
「レオナ・・・俺が血路を開く。ここをぬければ全員ではないが不死騎団が待機している・・・」
「に・・・兄さん・・・!?」
「お前は不死騎団を率いミルディア軍のルイ・アルトワを頼れ。あの男ならお前を悪いようにはしない・・・」
「ここで二人とも死んでは無駄死にだ・・・ゼメキアに正義を・・・」
カインは剣を構えなおした。
その時・・・
突如喚声が上がり包囲網の一角が崩れた。
200名以上の教皇直属軍の包囲網に20名ほどの騎士たちが外側から乱入してきたのだ。
「閣下!!!」
その先頭にいた騎士が教皇直属兵を蹴散らし叫んだ。
「ロンウェー!」
ロンウェーは共にひいてきたカインの乗馬を渡し、レオナには彼女の長剣を手渡した。
「閣下に拾ってもらったご恩、お返しする時です・・・」
カインはレオナを先に馬に乗せると後ろに飛び乗り、レオナの身体越しに手綱を握った。
「ご指示通り不死騎団を最右翼に待機させております・・・!」
「どれだけ来た?」
カインの問いにロンウェーは胸を張った。
「もちろん・・・・全数です・・!」
「・・・・!]
「閣下がなさることを僭越ながら代弁させていただきました。ゼメキアに真の正義を・・・!」
「・・・・・すまぬ・・・!」
カインは飛んできた矢を黒刀で弾き飛ばした。
「行くぞロンウェー!」
カインは、ロンウェーが突き崩した包囲網の綻びめがけて馬を乗り入れた。
当然それに続くかと思われたロンウェーは、馬首をめぐらせ追手の教皇軍めがけて斬りこんだ。
「ロンウェー!!」
カインが馬を止め、レオナが悲痛な声で叫んだ。
「お行きください!!あなたがたはここで死んでは・・・」
振り返り叫んだロンウェーの胸に深々と矢が突きたった。
「ロンウェー!!!」
「逃がすな!!ここでカインを逃がしてはいかん!」
ロンウェーとロンウェーの部下20騎の奮戦は凄まじく、イカロスの直属兵を相手に一歩もひかずそれどころか押し戻す気迫すら見せた。
しかし衆寡敵せず・・・・ロンウェーの部下たちは次々と倒れた。
「・・・・・・」
ロンウェーはぼんやりと自分を取り囲む教皇の兵たちを見やった。
旧知の顔すらその中に見つけロンウェーは血まみれの口元をゆがめて笑った。
「馬鹿馬鹿しい・・・同胞たちよ・・・なぜ我らは殺しあっているのだ・・・」
「裏切り者めが・・・・」
目の前に教皇イカロスが立った。
「裏切り・・・だと・・・・」
ロンウェーは、かすれた声で笑った。
「違うな・・・貴様がゼメウスの神を裏切っているのだ・・・神の代行者の名を語る詐欺師め・・・」
「な・・・・」
「さぁ皆のもの・・・見るがいい・・・この男の心底を・・・!この男の同胞殺しを・・・!」
ロンウェーは大声で叫び、そして笑い始めた。
「こ・・・・殺せ!!殺すのじゃ!」
イカロスの言葉に、教皇直属兵たちは次々とロンウェーに槍を突きたてた。
最期まで笑い声は続き、イカロスは無様に耳をふさぎその場を逃げ去った・・・・
一方・・・
包囲網を脱したカインの前に整然と整列する不死騎団が見えてきた。
さきほどまでミルディア軍と交戦していたとは思えないほど、鋭気に満ちたその姿はさすがにゼメキア教国一の精鋭と呼ばれるだけあった。
「皆聞け!」
カインはマントを翻し叫んだ。
「教皇イカロスは、先ほど我らアークス兄妹に言われなき罪を着せ殺そうとした・・・そして我らを助けたロンウェーもその命を奪われた・・・!」
不死騎団は水を打ったように静けさでカインの声に耳を傾けている。
「そもそも・・・!」
カインはゼメキア教の教典を掲げた。
「ここに人を殺してもいいと書いてあるのか!?ゼメウスの神はそんなことを一切認めていない!ではなぜ我らは罪なき人々を殺し続けてきたのか!?」
カインの声に熱がこもる。
「それは神の地上の代行者を語る教皇に踊らされていたからだ!その罪は我らアークス兄妹も同じ!」
「・・・・・」
レオナは目を閉じ天を仰いだ。
「だが罪を罪として認めぬことは、ゼメウスの神の御心にも背く事!これより我らは教皇イカロスを討伐し、真の正義をゼメキア教国にもたらすことにする!」
カインは黒刀を抜き放ち叫んだ。
「我らと共にこい!神は我らを見捨てはしない!」
カインの叫びに不死騎団の喚声がこだました。
カイン・アークスとレオナ・アークス率いる不死騎団がゼメキア教国軍から分離し、対峙する形で布陣しなおしたという情報はすぐにミルディア軍にも伝えられた。
「ご苦労だった・・・マリア・・・」
「簡単なことです・・・」
リチャードの額の汗をそっとぬぐいながらマリアが答えた。
「教皇がアークス兄妹を殺しても・・・アークス兄妹がこういう形で教皇から造反しても・・・どちらにせよ我らに益はあっても、不利益はない・・・」
リチャードは、力なく咳き込みながら体を起こした。
「ルイも頭では分かっているはずだが、こういう策はやらぬ・・・あやつは清冽すぎる・・・」
「でも・・・・」
マリアは赤い瞳を細めてリチャードを見た。
「それが・・・ルイ様ですから・・・!」
「・・・・・ああ・・・・そうであったな・・・」
少女の無邪気な笑顔を見てリチャードは微笑んだ。
「なんにせよこの機会をあやつも逃しはすまい・・・あとはのんびりあやつの采配を見るとしようか・・・」
リチャードはそうつぶやくと苦しげに目を閉じた・・・・