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カイン

ゼメキア教国カイン・アークスの直属兵『不死騎団』・・・


個々の兵の強さが群を抜き、類を見ないその戦死率の低さから他国から畏怖の念を持ってそう呼ばれている・・・

今もその圧倒的な強さで、ミルディア国第5天魔軍をじりじりと押し始めている。


「カイゼル・・・!」

シャロンが必死にカイゼルを助け起こすのをルイは横目で見ながら剣を抜いた。

「いつかこうして戦場で会うと思っていた・・・」

カインは長剣を一振りした。

全身黒ずくめの軍装に、刀身までもが禍々しく黒く塗られているその姿はまさに不死の死神のようだった。

「いくんだ・・・シャロン・・・!」

「ルイ・・・!」

シャロンはかぶりを振った。ルイの強さは知っているつもりだが、カインの剣技はそれをも上回るかもしれない・・・

シャロンの脳裏に不吉な直感がかすめ、シャロンはどうしてもその場を離れたくなかった。


「行くんだ・・・君だけは死なせたくない・・・!」

ルイが叫び、シャロンはびくりと体を震わせた。

「第5天魔軍の指揮に戻るんだ。ここは僕に任せて・・・!」

「・・・・死なないで・・・!」

シャロンはカイゼルを自分の馬に押し上げ後ろから手綱を握った。

「ち・・・」

カイゼルが忌々しげに呻いた。どうやらカインの剣を受け損ねて腕を骨折しているようだ。


「・・・・」

カインはその場を離脱するシャロンとカイゼルに見向きもせずルイを見ている。

「自ら出陣してきたのはレオナさんの雪辱ですか・・・」

ルイの言葉にカインはわずかに口元を緩めた。

「こちらにも色々と事情があってな・・・無益な戦はこれ以上続けるわけにはいかない・・」

「なら・・・!」

ルイはカインの目を見据えた。

「もうやめましょう?このまま撤退してください・・・・!」

「それはできない。領土の割譲は必要条件だ・・・」

カインは静かにかぶりを振った。

「なぜ・・・・?なぜこのままお互い不干渉でいられないんですか!?」

「甘いな・・・それが・・・・」

カインはルイの目を見てため息をついた。

「政治と言うものだ・・・・」

「政治・・・・」

<・・・純粋な目だな・・・>

絶句するルイの目を見てカインは、目の前の青年を殺すことにためらいを覚えた。

「もう我らに言葉は不要だ・・・目指すものが違うのであれば己の剣で証明しよう・・・」

「違う・・・僕らは同じものを・・・・」

ルイの言葉は最後まで続かなかった。


キーン!

凄まじい速さでカインの斬撃がルイの首元を襲い、ぎりぎりのところでルイの剣がそれを受け止めた。

「く・・・・」

<・・・この人・・・強い!・・・>

続けさまに打ち込まれてくる斬撃をはじき返しルイが攻勢に出た。


刃鳴りが連鎖し、カインとルイはお互い譲らず数十合を打ち合った。

一言で表現するのなら剛のカイン、柔のルイ・・・


<・・・強いな・・・これならレオナを生け捕りにできたのも頷ける・・・>

「だが・・・」

カインは肩で息をしているルイを見やった。

明らかにルイのほうが体力を消耗しているのが分かる。このまま打ち合えば必ず勝てるだろう・・・

「もう一度言う・・・領土の割譲に合意しろ。そうすればこの戦が終わる・・・」

「そんなこと・・・・切りがないじゃないですか?一度割譲を行えばそこからまた侵略が始まるだけだ・・・!」

ルイの悲痛な言葉にカインは押し黙った。

確かにカインが言うのは一時しのぎ・・・

教皇イカロスがそれでミルディア侵攻をやめるとは思えない。

「惜しいな・・・ではこのまま勝負をつけるとしよう・・・!」


ルイを斬ることへの迷いを残しつつカインはルイに再び襲い掛かった。

「くっ・・・!」

ルイは必死にカインの斬撃を防いだが、ついにルイの手から剣が弾き飛ばされた。

「死ね・・・!」

たまらず落馬したルイの前にカインが馬を躍らせた。


「・・・・!」

次の瞬間、カインが剣を振るい飛んできた数本の短剣を弾き飛ばした。

「お前は・・・・」

倒れたルイの前に染み出た影のように現れたのは第7天魔王マリアだった。

「この人を傷つけたら許さない・・・」

「マリア・・・だめだ・・・!逃げるんだ・・・!」

マリアはルイを振り返りにっこりと笑った。

「ルイ様に救われたこの命・・・ルイ様をお守りするために使えるのなら幸せなことです」

「やめ・・・・」

ルイは体を起こそうとして呻いた。落馬した時に腰を強打して身動きができない・・・


「・・・・・」

カインは驚きを隠しきれなかった。感情を殺すように教えられたはずの暗殺者の少女が他人を守ろうとしている・・・

「ふむ・・・・」

カインは戦場を見回した。あと一歩でミルディア国王リチャードの本営に迫っていはいるが、キーナ率いる第6天魔軍がシャロンが指揮に戻った第5天魔軍とカイゼルの第2天魔軍と共に合流しつつある。

まだ押せなくもないがこれ以上は損害を覚悟しなくてはならない・・・


と・・・その時・・・

ゼメキア教国軍側から音高らかにラッパが響き渡った。

「・・・・・?」

<・・・退却の合図・・・?>

カインはいぶかしげに眉をひそめた。

レオナが深追いを危惧して鳴らさせた?それにしても早すぎる・・・


「まぁいい・・・」

カインはつぶやくとさっと右腕を打ち振った。

見事なまでの指揮系統で不死騎団が今までの突撃を中止し鉄壁の布陣のままじわじわと撤退を始めた。

「ルイ・アルトワ・・・・もう一度こちらの提案を考えることだ・・・」

体を起こしたルイにそう言い放つと、黒いマントを翻しカインは疾風のごとくその場を去っていった。


「大丈夫ですか?ルイ様・・・」

「ああ・・・有難う・・・」

ルイはマリアの髪をなでた。

「でも・・・あんな無茶はしないでくれ・・・君を死なせたりしたら僕は・・・・」

「ルイ様こそ・・・」

マリアの赤い瞳がルイを見つめた。

「一人で背負い込みすぎです・・・この国にはまだ天魔王たちがたくさんいます。一人で頑張らなくてもいいんです・・・」

「・・・・・」

ルイははっとしたように目を見開いた。

「ごめん・・・そうだね・・・」

しばらく考えてからルイは肩をすくめて笑った。

その屈託のない笑顔はいつものルイそのものだった。


「それにしてもあの退却の合図・・・」

ルイは遠く撤退していく不死騎団を見ながらつぶやいた。


「・・・私はこれで・・・・」

マリアが静かに一礼し姿を消した。

「ルイ・・・!」

入れ違いに駆けつけてきたのはシャロンだった。

「大丈夫・・・!?」

シャロンは馬を飛び降りルイのそばに駆け寄った。

「ああ・・・マリアがいなかったら危なかったかも・・・」

ルイは腰をさすりながら笑って見せた。


「ルイ・・・・・」

シャロンはルイのそばにぺたりと座り込んだ。

その美しい瞳から涙があふれているのに気がつきルイは驚いた。

「シャロン・・・!?」

「私・・・・あの時カインに殺されると思った・・・あの時・・・」

シャロンは少女のようにしゃくりあげながら言った。

「あなたの顔が浮かんだの・・・もうルイに会えなくなるんだって・・・・」

「シャロン・・・・」

「こうしてまた・・・ルイにあえて私は・・・・」

泣きじゃくるシャロンをルイは静かに抱きしめた。

「僕も・・・君にこうしてまた会えてよかった・・・」

「ルイ・・・・ごめんね・・・」

「いいんだ・・・」

泣きじゃくるシャロンの背中をルイはいつまでもなで続けていた・・・





同じ頃・・・


本営に引き返してきたカインは、不死騎団に休養をとるように指示しレオナの元を訪れた。

「・・・・・?」

天幕にはレオナはおらず、レオナの側近がたちつくしていた。

「何をしている?レオナはどうした?」

「そ・・・それが・・・」

レオナの側近の報告を聞いたカインの顔色が変わった。

「馬鹿な・・・・」


低くつぶやくとカインは足早に天幕の外に出た。

「閣下・・・?」

カインに呼び出されたロンウェーはいぶかしげに首をかしげた。

「聞こえただろう・・・また出撃できるように準備しておけ。特に猊下直属軍には気取られるな?」

「閣下・・・その命令は・・・」

「最悪の事態を想定してのことだ・・・」

そう言いおくとカインはマントを翻し歩き始めた。

「そうだ・・・言い忘れた・・・」

カインはロンウェーを振り返った。

「今の指示・・・召集に応じる者だけでいい。召集に応じない者がいても決してとがめだてするな。いいな?」

「閣下の指示であれば不死騎団はみな従います・・・!」

「だといいのだが・・・」

最後のカインの自嘲的なつぶやきは、ロンウェーの耳には届かなかった。


「・・・・」

不死騎団の宿営に戻りながらロンウェーは今のカインの不可解な指示を反芻した。


思えばあの不可解な退却命令・・・

そしてカインのあの指示・・・・

教皇直属軍に気取られず出撃準備とは・・・・・


「まさか・・・・」

『召集に応じない者がいても決してとがめだてするな』

カインの言葉が脳裏に蘇り、ロンウェーは蒼白な顔でその場に立ち尽くした・・・・





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