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過去

翌朝・・・


レオナは眠れぬまま朝を迎えていた。


「・・・・」

レオナはそっと天幕の外をうかがった。

誰の気配もない・・・逃げられるとは思っていないし、逃げるつもりもない。

どうせ兄が今捕虜交換の手続きを整えているはず。

ただこの天幕の外から出て新鮮な空気が吸いたかった。


「いるのだろう?私は天幕の外に出る。逃げるつもりはないが見張りたいなら見張っていろ」

レオナは自分を見張っているであろうマリアに向けて独り言を言うと、天幕のそとにでた。


「・・・・・」

レオナは小さくため息をついた。

<・・・あなたと僕は同じ人間だ・・・>

ルイの言葉が頭から離れなかった。

情けも知らず穢れた存在であるはずの異教徒ルイが、自分たちが追放した不吉の瞳の少女を保護していた。しかも感情を捨て去るように訓練を受けたはずの暗殺者の少女のあの笑顔は・・・

「慈悲の心・・・か・・・」

<・・・馬鹿な・・・>

レオナは自分でつぶやいてみて慌ててかぶりをふった。

そんなはずはない。教皇様の教えによれば、異教徒に慈悲の心などあるはずがない・・・


「・・・・・?」

レオナは立ち止まった。

小高い丘の上に人影を見つけたからだ。

まだ朝日が昇ったばかりの朝もやの中・・・人気のないところでその人影はうずくまっている。

<・・・あいつだ・・・・>

背格好からレオナはその人影がルイであることに気づいた。

<・・・なにをしている・・・?>

レオナは静かにルイに近づいた。

「・・・・・・!?」

レオナはルイの姿に息を呑んだ。


ルイは地面にうずくまり胸の前で手を組み祈りの格好をして目を閉じていた。

<・・・祈りをささげている・・・?>

「お静かに・・・・」

突然背後でマリアのささやく声がした。

「・・・・!」

振り返ったレオナにマリアはかぶりをふった。

「このお時間は・・・邪魔をしないでくださいませ・・・」

「何をしているのだ・・・あいつは・・・」

レオナはささやき返した。

「お祈りでございます・・・」

「祈り?ミルディアにも神がいるのか・・・?」

「いいえ・・・この国は無宗教です・・・」

「では何に祈っているのだ?あの男は・・・・」

レオナの言葉にマリアは静かに微笑んだ。

「ご自身に・・・・でしょうか・・・」

「・・・・?」

レオナはマリアの言葉の意味がわからず口をつぐんだ。

祈りをささげるルイの姿はある種の神々しささえ感じさせ、レオナは思わず目を奪われた。

「あの方の祈りは強さへの願い・・・大切な人を守れる強さを。そして同時にそれがゆえに自分が奪った命への懺悔の祈りも・・・」

「強さと・・・懺悔・・・」

レオナは言葉を失った。

<・・・あの男・・・泣いている・・・>

祈りをささげているルイの瞳からは涙が流れていた。

「優しい方なのです。自分のたてた作戦でたくさんのミルディア兵、そしてゼメキア兵が死んでいく・・・その事自体に心を痛めておられます・・・」

マリアの赤い瞳がレオナを見上げた。

「ゼメウスの神は本当に喜んでいるのでしょうか・・・あのような優しい涙を見てもそう思われますか・・・?」

「・・・・・・」

レオナはマリアの問いには答えずきびすを返すと天幕に向けて歩きだした。



しばらく後、ゼメキア教国側より捕虜交換の依頼の使者が到着し、ルイの狙い通り捕虜交換が成立することになった。

「狙い通りだな・・・」

集まった天魔王たちの前でリチャードがルイに言った。

「はい・・・」

ルイは静かに頷いた。

カイゼルが忌々しげに横を向くのをキーナが苦々しげににらむ。

「捕虜交換は誰が行く・・・?」

「僕が行きます。」

ルイの言葉にキーナがかぶりをふった。

「万が一罠があったらどうするんや?」

「それはないですよ。こっちが抑えているのはアークス兄妹の妹ですから・・・」

ルイはにっこりと笑って言った。

「むしろ何かあるとしたら、彼女が陣に戻ってからかも・・・」

「・・・・?」

いぶかしげな天魔王たちにかまわずルイはリチャードに向き直った。

「向こうの条件どおり、僕一人でレオナさんを連れて両軍の中間地点まで行きます。」

「・・・・わかった・・・」

リチャードは重々しく頷いた。

「委細はルイに任せる、皆もそれでよいな?」

「はっ・・・!」

リチャードの言葉に天魔王たちは跪き答えるしかなかった。


「行きましょうか・・・」

ルイが馬にまたがりレオナを振り返った。

「・・・・・」

馬にまたがったレオナは黙って頷いた。

衣服、乗馬・・・武器を除くすべてが与えられている。もし自分が遁走したらどうするつもりなんだろう・・・

「信じてますよ・・・」

レオナの心を見透かしたかのようにルイがレオナに笑いかけた。

「・・・・!」

「あなたは公正な人だ。捕虜交換の話をあなたの兄上が持ちかけてきた状態で、約定をやぶるようなことはあなたがするわけがない・・・」

「当然だ・・・私は・・・」

いいかけてレオナは口をつぐみ馬を進ませた。


「私の父は・・・・」

捕虜交換地点に向かいながらレオナがぽつりと言った。

「いつも言っていた・・・『お前が男であれば』と・・・」

「・・・・・」

「アークス家は代々要職には必ず男がついてきた。女がついたことは私が初めてだ・・・」

「すごいんですね、レオナさんは・・・」

「・・・・・・」

屈託のないルイの言葉にレオナはまじまじとルイを見つめた。

「私は何をやっても兄には敵わない・・・政治も・・・用兵も・・・そして剣技も・・・父に認められたくて私は必死に努力した・・・だが父はそもそも女である私がそういうことをすること自体を嫌っていた・・」

「・・・・・」

「だから私はせめて神の忠実な僕になろうとした・・・現実主義者の兄に勝てる方法はそれしか・・・」

「レオナさんはカインさんが嫌いなんですか・・?」

ルイの言葉にレオナはかぶりをふった。

「そんなわけがないだろう!私にとって兄は大切な人だ・・・!」

「じゃあ・・・」

ルイはにっこりと笑って言った。

「いいじゃないですか。」

「・・・・!?」

「お父上がどう言おうとレオナさんはレオナさんなんだし、カインさんに勝てなくたってあなたがカインさんを大切に思っているんなら、何の問題もないじゃないですか?」

レオナは言葉につまり俯いた。

なんでこんな話を私はしているのだろう・・・しかも異教徒の頭目に・・・


「お前は・・・・」

レオナが言いかけたときルイが馬の歩みを止めた。

捕虜交換地点・・・・そこにいたのはカイン・アークスと数名の警護兵、そして捕虜となったウォレスだった。


「ルイ・アルトワ殿とお見受けする・・・」

「カイン・アークスさんですね・・・」

ルイとカインの視線がぶつかり合った。

「捕虜交換の申し出・・・有難うございました・・・」

ルイがにっこりと笑って言った。

「礼を言われるか・・・」

カインは苦笑した。

「さぁ・・・レオナさん・・・」

ルイに促され、レオナはゆっくりと進み出た。

カインの命令でウォレスも引き立てられながら進み出てきた。

「・・・・・・」

カインは思わず口元をゆがめた。

傷一つなく、賓客のような様相のレオナに対して、拷問につぐ拷問でやつれ果てたウォレス・・・

<・・・これではどちらが神の兵だ・・・>

自嘲するとカインはレオナを見やった。

「大丈夫か・・・?レオナ」

「ええ・・・ごめんなさい・・・」


「ウォレス・・・!」

片膝を着いたウォレスにルイが慌てて馬を飛び降り駆け寄った。

「坊ちゃん・・・」

「大丈夫かい?もう安心だよ・・・」

傷ついたウォレスに肩をかしてやりながら、ルイはウォレスを自分の馬へ押し上げた。


「では・・・これで・・・」

「うむ・・・・」

「カインさん・・・」

馬に乗りウォレスの体越しに手綱を取りながらルイが言った。

「何かあれば・・・・」

「・・・・・?」

「ミルディア軍はあなたに味方しますよ・・・これはお忘れなく」

「・・・・・それはどういう・・・」

さすがのカインもルイの言葉の意味を図りかね、首をかしげた。

「いえ・・・何も・・・」

ルイは肩をすくめて笑うと馬腹を蹴ってミルディア軍の陣のほうへ走り去って行った。


「レオナ・・・」

カインは妹を見やった。

レオナは走り去っていくルイの背中をじっと見つめている。

「なかなかの男だな・・・ルイ・アルトワ・・・」

「・・・・・ただの異教徒よ・・・・」

小さくつぶやくとレオナはきびすをかえした。



こうしてルイの思惑通り捕虜交換が終了し、ミルディア軍の兵たちは今回の一連のルイの働きに驚愕し、そしてルイを称えた。

惰弱王子と馬鹿にされていたルイは一気に『自分の才覚を隠していた英雄』となった。


「・・・・・」

ルイはいつもの天幕の横の小高い丘に一人でいた。

「坊ちゃん・・・」

ウォレスがルイに声をかけた。

「ウォレス・・・!大丈夫かい?」

「鍛え方が違いますからな・・・このウォレスは」

ウォレスは胸を張って見せたが、足の傷は深く杖をついて歩いている。

「有難うございました・・・坊ちゃん・・・」

「・・・・・」

「坊ちゃんがそのご才覚をひた隠しにされておられたのに、このウォレスが不覚を取ったために・・・」

ウォレスはうなだれた。

「いいんだ・・・どうせ遅かれ早かれわかったことだから。キーナさんにもキーナさんの第6天魔軍にもばれてたしね・・・」

ルイは肩をすくめて見せた。

「坊ちゃん・・・強いことは悪いことではないのですよ・・・」

ウォレスの言葉にルイはびくりと肩を震わせた。

「まだ覚えております。あの時のこと・・・」

ウォレスは静かに言った。

「ご幼少の頃から剣の稽古をつけさせていただき、坊ちゃんは10歳ですでに私から一本取れるくらいの腕前になっておいででしたな・・・」

「・・・・・」

「そんな時あんなことが・・・」

「ウォレス・・・」

ウォレスの言葉をルイが静かにさえぎった。

「もう・・・・昔のことだよ・・・」

「いいえ、坊ちゃんが変わったのはあの時からでした・・・そしてそれは今も・・・」

ウォレスは悲しげに続けた。

「あなたはシャロン殿を守った・・・ただそれだけです・・・」

「・・・・・・」


ルイは苦しげにうつむいた。

『いやぁあ!こないで・・・!!』

少女の悲鳴と、手にべっとりとついた返り血の感触がルイの脳裏に鮮明に蘇った。


「僕はただ・・・シャロンを守りたかった・・・」

「守ったのですぞ?ならず者に襲われていたシャロン殿を10歳のあなたが助けた・・・・」

「ただ僕はそいつを殺してしまった・・・持っていた剣で・・・」


『シャロン・・・大丈夫かい?』

暴漢の死体から剣を引き抜き歩み寄ったルイを見る少女・・・・シャロンの目は恐怖に満ちていた・・・


「シャロンは恐怖でその時の記憶をなくしてしまったんだ・・」

ルイは寂しげに微笑んだ。

「僕はあの時のシャロンの目を忘れることができないんだよ、ウォレス・・・」

「しかし・・・」

「確かにあの時僕はシャロンを守った・・・でも僕はあんな守り方はもうしたくないんだ・・・」

ルイはウォレスに歩み寄り静かに肩を貸した。

「ぼ・・・坊ちゃん・・・」

「いいから・・・陣に戻ろう?」


歩いていくルイとウォレスを物陰でシャロンとキーナが見守っていた。

こらえきれず嗚咽するシャロンの背中をキーナが黙ってなでている。

「私なんて馬鹿だったんだろう・・・」

「・・・・・」

「ずっとルイに守られていたんだ・・・私はずっと・・・」

「もうええよ・・・」

キーナが静かにシャロンに声をかけた。

「人を守る強さって・・・何も剣だけやないもんな・・・」

「・・・・・」


夕暮れの空にシャロンの嗚咽だけが響いていた・・・・


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