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決意

ミルディア軍の動揺は相当なものだった。

無理もない、最強を誇った天魔王の一人があっという間に殺され、さらに一人が兵たちの目の前で生け捕られ連行されていったのだから・・・


リチャードの天幕にすべての天魔王が集まっている・・・・

ルイ一人を除いて・・・


「マリア・・・ウォレスの様子は確認できたか?」

リチャードの問いにマリアが進み出た。

「はい・・・ゼメキア軍はウォレス様を公開処刑するつもりのようです。彼らの話すところによると予定は2日後の早朝・・・」

「そうか・・・・」

リチャードは小さくため息をついた。

「敵はまたかさにかかって攻め寄せてくるだろう。油断するな・・・」

「ウォレスの奪還は・・・」

シャロンの問いにリチャードはかぶりを振った。

「だめだ・・・犠牲が大きすぎる」

「しかしわが君・・・・ウォレスはこの国に・・・・」

「言うな・・・」

リチャードが静かにしかし重々しくシャロンの言葉をさえぎった。

「ウォレスはわが戦友だ・・・しかしそれとこれとは違う。今戦っても兵の動揺が大きすぎる。お前とておびえる兵を率いて敵とは戦えまい?」

「・・・・・・」

シャロンは言葉に詰まってうつむいた。



同じ頃・・・・

ゼメキア軍の陣営内獄中・・・・

「第3天魔王ウォレス・・・・」

鎖につながれたウォレスの前にカインが佇んでいる。

レオナから受けた足の傷は手当もされず血が流れ続けている。

「不覚を取ったものだな・・・・」

「・・・・・・」

ウォレスは静かに目を開きカインを見た。

「どうだ?その武勇、知略・・・捨てるには惜しい。改宗すると言う名目で俺の部下にならぬか?」

「・・・・・」

「俺は異教徒だろうが有能な人間をあたら殺させるのを惜しく思う」

リチャードの言葉にウォレスはわずかに笑みを浮かべた。

「光栄なことだ・・・カイン・アークスにそれほど認められるとはな・・・」

「・・・・・」

「だが、俺はある方に忠誠を誓った身だ。その方を裏切ることはできない・・・」

「リチャード・アルトワか?」

「もちろんリチャード様には忠誠を誓っている。だが俺の言っているのは違う方だ・・・」

「・・・・・?」

カインはわずかに首をかしげた。

「おぬしもいずれその目で見ることになるだろう・・・あの方の本当の力を」

ウォレスは小さくつぶやくと苦しげに目を閉じた。

「・・・・・・」

カインは立ち上がると獄卒に合図をした。

「足の傷の手当をしておけ」

「はっ・・・・しかしこやつは異教徒ですぞ?」

「2日後に処刑する前に死ぬぞ?公開処刑の意味は知っているだろう、お前でも?」

カインの有無を言わさぬ眼光に獄卒は震え上がり頷いた・・・



一方・・・・

「よくやった!レオナ・アークスよ!そなたは神の兵を率い見事な戦果を挙げた!」

甲高い教皇イカロスの声が天幕中に響いていた。

「はっ・・・!神の加護があったまでのことと思っております。」

レオナの言葉にイカロスは満足げに頷いた。

「おぬしの信心の深さは頼りにしておる。神の威光を示すにおぬしのような者がおるとわしも心強いぞ」

「はっ!」

拝礼するレオナにイカロスは有頂天に言葉を続けた。

「時にレオナよ」

「はい」

「ミルディア軍はまだ動揺から抜けきってはおらぬはず。明日の昼もう一度攻撃をかけるのじゃ。そして天魔王とぬかす異教徒の頭目をまたひっとらえてまいれ・・・!」

「・・・・・」

レオナはわずかにためらった。

ミルディア軍とて烏合の衆ではない。もう一度攻撃をかけたところで昨日のような成果はあげられないことくらいレオナとてわかっていた。

「どうした・・・?」

イカロスは神経質に爪をかんで言葉を重ねた。

「おぬしの信心を神が試されておるぞ?」

「・・・・・はっ!すぐに準備に取り掛かります!」

『神』という言葉にレオナははじかれたように答えた。敬虔なゼメキア教徒である彼女にとってその言葉は絶対だった。



そのころミルディア軍本営では・・・

ルイが足早にリチャードの本営に向かっていた。

眠ってもいないらしく、目が血走り顔も血の気が引いている。

「ルイ・・・・!」

ルイの目の前にシャロンが立った。ルイが悲しげに目を伏せるのを見てシャロンは胸が詰まりそうだった。

「お願い、話を聞いて・・・」

「今は・・・・忙しいんだ・・・」

ルイはかすれた声でつぶやくと、シャロンをつきのけ歩き出した。

「ルイ・・・!」

「僕は信じてたんだ・・・」

ルイは足を止めてつぶやいた。

「君だけは・・・・僕自身を見てくれているって・・」

「見てる・・・!私はあなたを見てる・・・!」

「じゃあなんで・・・・・!」

ルイが血の出るような声で叫んだ。

「もういい・・・・聞きたくない・・・・」

ルイはたちつくすシャロンをおいて再び歩き出した。


その二人の様子を遠くからキーナが見守っていた。

「・・・・・・なんや・・・・そういうことか・・・」

キーナは目を閉じため息をついた・・・


「なんのようだ・・・」

天幕に一人入ってきたルイを見てリチャードは静かに言葉をかけた。

「お願いがあります」

ルイの瞳には尋常ではない光が宿っていた。

「僕に第1天魔軍と、ゴロアさんがいなくなった第4天魔軍、そしてウォレスの第3天魔軍の指揮をさせてください・・・」

「仮にそれを許可したとして・・・」

リチャードは苦々しげに言った。

「どうしようというのだ・・・?」

「ゼメキア軍を壊滅させます。ウォレスを奪還する・・・・!」

ルイの答えは単純だった。それだけにそこに秘められた血の出るような思いをリチャードは十分感じ取った。

「ルイ・・・・」

ルイを見つめるリチャードの目は父親そのものだった。

「お前ならば・・・・おそらくはそれを成し遂げるだろう。」

「・・・・では・・・?」

「勘違いするな」

リチャードの厳しい言葉にルイはびくりと体を震わせた。

「仮にウォレスを奪還できたとして・・・いや、お前ならできると思う。しかしどれだけの兵が死ぬことになる・・・」

「・・・・・」

「お前のその力・・・・お前はこの国の大切な人たちを守るためだけに使いたい・・・お前のその言葉を信じたからこそ私はお前を国事には今まで交えることをしなかった」

「・・・・・」

「だがお前の言う大切な人を守るとは、一人の人間を守るためにこの国の民である兵たちを多数死なせることなのか・・・?」

「でも・・・・ウォレスがこのままじゃ・・・」

ルイはうなだれた。

「ウォレスは僕自身を見てくれてた。ウォレスはいつだって僕の味方だったし支えにもなってくれた・・・そんな彼を見捨てることは・・・・」

「愚か者・・・・」

リチャードは静かにルイの言葉をさえぎった。

「誰がウォレスを見捨てよと言った・・・・」

「・・・・・?」

「お前の狙い通り今教皇とアークス兄妹の間には大きな溝ができている。いや・・・厳密には教皇とリチャード・アークスだ。」

「・・・・・・」

ルイのいぶかしげな顔にリチャードは苦笑した。

「まだわからぬか・・・レオナ・アークスは敬虔な・・・というより盲目的にゼメキア教を信じている。そのレオナは教皇にとっては便利な駒になる。輜重隊の一件で恥をかいた教皇は必ずもう一成果あげたくてレオナに出撃の命令を出すはず。ウォレスの処刑前にな・・・」

「・・・・・・・!」

「捕虜を奪還する手段はなにも力攻めだけではない。仮にこちらも向こうの重要人物を押さえた場合は簡単に成立する・・・奪還ではなく交換というかたちでな・・・」

ルイははじかれたように顔を上げた。

「これはお前でしかなしえぬ手段と知れ・・・」

「はい・・・・父上・・・」

「そしてそれ以後お前の能力はすべての人間が知るところとなる・・・」

リチャードはまっすぐルイを見据えた。

「これからは惰弱者の仮面を捨てなくてはならぬ。その覚悟があるか?」

「ウォレスの命にはかえられません・・・」

ルイは立ち上がった。その目は普段のルイそのものに戻っていた。

「父上・・・・」

天幕を出て行き際にルイはリチャードに微笑みかけた。

「今までの親不孝・・・お許しください。そして今のお言葉・・・感謝いたします」

「ゆけ・・・迎撃の指揮は任せる。第6天魔軍がよかろう?」

「はい・・・」

笑顔で出て行った息子をリチャードは優しい目で見送った。

「・・・・・ごほっ・・・」

リチャードは小さく咳き込み口元を手でぬぐった。

「頼むぞ・・・」

手についた血糊をマントの裾でぬぐいながらリチャードはつぶやいた。



集まった天魔王たちはいぶかしげな顔でルイを見つめていた。

リチャードの命令とのことで集まった彼らを待っていたのはルイだった。

「今日・・・・おそらくまたレオナ・アークスが攻めてきます」

「・・・・・!」

ざわめく天魔王たちにルイがさらに言葉を重ねた。

「迎撃の指揮は僕が取ります。この件は父上からも承認を得ています・・・」

「馬鹿な・・・!」

第2天魔王カイゼルがせせら笑った。

「あなたの指揮?冗談はほどほどにしてください・・・」

「カイゼル・・・・!」

シャロンがカイゼルの言葉をさえぎった。

「作戦を・・・聞いてからでも反対するのは遅くないわ・・・」

「・・・・・・」

カイゼルはじろりとシャロンを見て口をつぐんだ。

「迎撃は第6天魔軍のみ。ゴロアさんの第4天魔軍、ウォレスの第3天魔軍は・・・・」

ルイはシャロンを見た。

「君が指揮するんだ。ただ敵との交戦はしないこと。父上の本営を守ってくれればいい・・」

「俺はどうしろと・・・?」

カイゼルの挑戦的な言葉にルイは静かに答えた。

「第2天魔軍は伏兵として戦闘行動には参加しないでもらいます。万が一レオナ・アークスを第6天魔軍が取り逃がした場合のみ退路を断ち、彼女を生け捕りにしてもらいたい・・・」

「ルイ・・・わかるように説明して?第6天魔軍でレオナを生け捕りにしようとしているの?どうやって・・?」

「簡単なことだよ、シャロン」

ルイはこともなげに言った。

「僕が生け捕りにする。万が一逃げられた時には保険としてカイゼルにお願いしたいと思う。」

「保険だと・・・!?」

カイゼルが苛立たしげに叫んだ。

「いい加減にしろ!?俺ならばともかくキーナの軍でお前があのレオナを生け捕りにするだと!?」

「・・・・・・」

「やきが回ってるんじゃないのか?キーナと一緒にいたいのなら軍の後ろでやってればいい・・・!」

「なんやて!?」

カイゼルの言葉にいきりたったキーナを制して、ルイが静かにカイゼルの前に立った。

「カイゼル・・・今の非礼を僕に謝罪するんだ。さもないと・・・」

「さもないと・・・・?どうするんですか?王子様?」

馬鹿に仕切った態度でカイゼルが切り返すのを見て、シャロンが顔色を変えた。

「だめ・・!カイゼル逃げて!」

「こうするのさ・・・!」

シャロンの叫びとルイの言葉が交差した。

「・・・・・!」

ルイの踏み込み、抜剣、斬撃はほぼ同時だった。

かろうじて後ろに身をのけぞらせたカイゼルの首に、一筋の赤い線が浮き上がった。


プツリ・・・・

小さな音を立てて首の皮がわずかに裂け、血がうっすらとにじんだ。

<・・・こいつ・・・俺を殺す気だった・・・>

シャロンの言葉がなければ殺気に気づくのが遅れ、ルイの剣をまともにうけていた・・・

カイゼルは慄然とした。明らかに自分を上回る剣だった。


「わかったかい?君がなぜ保険として後方支援するのか・・・・」

ルイは剣をおさめて静かに言った。

「君がやるとレオナ・アークスを殺してしまいかねない。今回の任務は生け捕りだ。だから実力差のある僕でなくてはいけないんだ・・・」

ルイはそういうと天幕を出て行った。


「ルイ・・!待って!」

シャロンが天幕の外でルイに叫んだ。

「・・・・・」

「ルイ・・・思いつめないで。ウォレスを救いたいのは私も同じよ・・・」

シャロンはため息をついた。

「あなたが仕損じてもそれはあなたのせいじゃない・・・あなたはこんなことできる人じゃないのに・・・」

「・・・・」

ルイは黙ってうつむいている。

「ごめんね・・・こんなことをさせて。私にもっと力があれば・・・」

シャロンの声が詰まった。

「全部をあなたに背負わせてしまった・・・」

「今はこれしかないんだ・・・」

ルイはかすれた声でつぶやいた。

「ウォレスの命を救うには・・・・僕がやるしかないんだ・・・」

そういうとルイは歩き出した。


「ルイ・・・・!」

なおも言葉をかけようとしたシャロンの方をキーナがつかんだ。

「もうやめときや・・・」

「キーナ・・・・」

「シャロンちゃんが何を言おうともう無駄や・・・」

キーナは吐き捨てるように言うとルイのあとを追っていった・・・



「・・・・・」

シャロンは黙って空を見上げた。


この戦いはすべてを変える・・・・

なぜかはわからないが、シャロンはそう感じていた・・・




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