腹ぺこ狼と泣き虫な兎の話
遠く離れた山の向こう。
雪がまるでお砂糖のようにまぶされた森の奥深くに、1匹の狼がいました。
毛は茶色く毛むくじゃらで、耳は大きく、真っ赤な口の中には鋭い牙が並んでいます。
さて、この狼はここ最近の吹雪のせいでろくな食べ物にもありつけず腹ぺこです。
なので狼が食べ物となる小動物を探していると、真っ赤な目をした1匹の兎に会いました。
真っ赤なルビーの目に、お砂糖をかけたような真っ白な体をしたその兎は、その赤く綺麗な瞳からは大粒の涙を滴らせています。
それはとてもとても可愛らしい兎だったのですが、腹ぺこの狼の目にはやっとの事で見つけたごちそうにしか見えませんでした。
「兎さん、兎さん」
狼は兎に話しかけます。
「どうして君は泣いているんだい?」
一方、兎は狼の声を聞いた瞬間、びくりと身体を震わせましたが、その場から逃げるようなことはせずとても落ち着いた様子で言いました。
「何故僕が泣いているのかって?それは僕が独りぼっちだからさ」
兎は答えます。
「僕には友人がいた。家族がいた。恋人がいた。けれどみんな、この吹雪で離ればなれさ」
「それでずっと泣いていたのかい?だから君の目は真っ赤になってしまったんだね」
そう狼が言えば、兎は違うと言って首を振りました。
「目が赤いのは生まれつきさ。泣き腫らして赤くしたわけじゃない」
「なら、耳が長いのは?」
そう狼が尋ねると兎は悲しげに笑いながら言いました。
「それは遠くでも仲間の声が聞こえるようにさ。僕達兎は寂しいと死んでしまうからね」
寂しいのは嫌だよ、と兎は言います。
そんな兎に狼は
「安心して、兎さん。もう心配はいらないよ」
と言って優しげに微笑みかけながら言います。
「君はもう悲しむ必要はないよ。君はもう独りじゃない」
そう言って狼は真っ赤な口を大きく広げてニヤリと笑いました。
「……だって君はこれから僕のお腹の中に入るのだからね」
それを聞いた兎は、驚きでその真っ赤でルビーのような瞳を飛び出しそうなほど見開いた後、一瞬諦めたような顔をして、それから涙目のまま、二コリと可愛らしく微笑みました。
そうしてそれに呼応するかのように、狼も優しげに兎に微笑みかけました。
……そうしてしばらく経つと、その白い雪の上にはお腹がいっぱいになった狼と兎の零した赤い跡だけがうっすらと残っていました。
狼はお腹がいっぱいになりました。
兎はもう泣く必要はありません。
そして兎はもう寂しさのあまり死んでしまうという事もないでしょう。
何故なら兎はもう独りではないからです。
……やがて少し経ってから、この兎とその家族、恋人、友人らが狼のお腹の中で邂逅を果たすのはまた別のお話。
めでたしめでたし。