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砂の星、響く声 外伝  作者: 理祭
悪魔の伏戯場
14/46

 工房は大学地区に隣接して設けられている。その敷地面積は広く、郊外よりにある大学からそのまま帝都の外までが工房地区に指定されていた。

 それは大学に招かれた教師が研究や実験を行いやすい為で、一般的な部門のものであれば学生達に開放されていたが、当然、国家の大事に関わる箇所は立ち入り禁止とされていた。


 ニクラスはクリスと共にその一画、厳しい面立ちの衛兵が守る場所へと足を向けた。途中、何度も呼び止められる度に身元の確認を受ける。身書にない連れまで通ることが許されたのは、相手が彼の名前に遠慮したのか、それとも危機意識が欠如しているのか微妙だった。駄目だと言われれば、相手に使いをやって迎えに来てもらわなければならないところだったから、いずれにしてもこの場合はありがたくはあった。


 工房地区は人と物、双方の熱にあふれていたが、それは部外者の立ち入りを禁じる地区に入っても変わらなかった。さすがに人の数は違うが、至るところで工匠がそれぞれ手がけるものを見る目には、その差を補って余るほどの熱気がこもっている。自らの才とそれを十全に発揮できる環境に魅入られた者の眼差しだった。

 職工は卑賤の身の仕事とされており、さらにそれが火を扱う工匠となると(宗教観的な問題から)女性がいるだけで非難を受けかねない。周囲には女性の影一つなかったが、クリスは物怖じしなかった。

 彼女も戦場で名を挙げた武家の一族である。そうした物への興味はあった。ニクラスが訊ねた。

「帝都の工房をご覧になったことは?」

「ありません。一度、訪れてみたいと思っていました」

 彼女の一族が治める地元は鍛冶業を得意としている。

「それはよかった。このあたりはもっぱら武器兵器ですが、一般工房の方もご覧になってみると面白いかと思います。何をやっているかはわからなくても、見ているだけで面白い」


 わざわざ工房に出向くような貴族は少ない。アルスタ家のように戦と近しい家柄の者であればその限りではないが、目の前の男はそうした立場でもなかった。隣を歩く男を見やり、クリスは率直な感想を述べた。

「最初にお会いした時にも思いました。変わったご趣味ですね」

 ニクラスは笑って答えた。

「そうですね。あまりご婦人の好まれるものでは――失礼。クリスティナ様には、興味をお持ちになられるものかもしれません。わたしもまだ直接は目にしていないのですが」

「お気になさらず。楽しみです。遠いのですか?」 

 女の身で剣を振ることに彼女は劣等感を抱いていない。ニクラスは小さな目礼で非礼を詫び、青天の一方を指した。

「あそこです」

 石造りの建造物の中央を貫いた筒から煤煙が濃く立ち昇っている。



「おお、ニクラス君。遅かったな」

 建物に入ると、むっとした熱気が実際に身体を押し返す程の圧力で二人を包み込んだ。小間働きの使いに連絡を頼み、奥から現れた小柄な老人が煤に汚れた顔でにこやかにやってくる。

「イシク先生。来るのが遅くなってすみません」

「時間なぞどうでもいいさ。どうせしばらくはここに住み込みだ」

 呵々と笑い、男はニクラスの隣に目を向けた。

「はて。これはまたなんとも麗しいご婦人だが、同伴する場所を間違えてはおらんか?」

 ニクラスが答える前に、クリスが前に進み出ていた。

「クリスティナ・アルスタと申します」

「大学の生徒かね? ようこそ、煤と熱の窟へ。この男、見かけはこんなだが存外に手癖が悪い。くれぐれも外面に騙されんようにしたまえよ」

 クリスは返答に困って隣の男を見た。ニクラスがため息をついた。

「先生。彼女はアルスタ家のご息女です。有名な武門の家のお方ですよ」

「ほほう」

 目を細める。元々が薄い眼差しがほとんど線のような鋭さになった。

「それは面白い。グンジンの意見というのも貴重だからな」

 発音に含みがある。クリスは小さく眉を動かすだけでそれを聞き流した。


「それで、炉の調子は如何ですか。外から煙が見えましたが」

 ニクラスが訊ねると、男は相好を崩した。

「とても素晴らしい。今はまだ試しといったところだがね。さ、来たまえ。案内しよう」

 手に入れたばかりの玩具を自慢したくて仕方がないといった様子で、イシクは二人を奥へと案内した。

 奥に進むにつれ息苦しさがさらに増していく。ニクラスが襟元を緩めた。

「……風通りに気をつけているとはいえ、凄い暑さですね」 

「不安定な要素はできるだけ潰しておかんとな。急な強風に煽られて火事なぞなっては目もあてられん。なに、人間というのはどうして我慢強い生き物だ。少しばかりの不便など慣れてしまう。それが嫌なら、使う側が工夫すればいいのだよ」

 イシクはほとんど布一枚といった自分の格好を誇示するように示してみせた。


「お身体を自愛ください。先生に倒れられてしまっては、父が卒倒します」

「それはいいことを聞いたな。一度、あの面の皮がどう様変わりするか見てみたいものだ」

 面の皮でいえばどちらも似たようなものだろうと思ったが、ニクラスは沈黙で応じた。思わず体力の消耗を心配してしまう程に暑かった。立っているだけで体力を消耗してしまい、喋っているうちに脱水症状を起こしかねない。隣を歩く人物の様子を確かめた。

「クリスティナ様、お加減は」

「大丈夫です。それから、私のことはクリスと」

 平然と答えるクリスの額から汗が流れた。

 ニクラスは返事をしない。

 クリスが彼を見た。男の口元には困ったような笑みが浮かんでいる。


「さあ、ついたぞ」

 振り返ったイシクの後ろにそびえる物を見上げ、二人はしばし言葉を失った。

 そこでは巨大な炉が火を噴いていた。

 窯といい、炉という。煉瓦を積み上げられたそこにくべられた大釜から火の粉が飛び、下で忙しく作業する男達の姿を赤く染めていた。御伽噺に登場する火の獣、その猛獣の吐く息の如く熱風が吹きつけ、その一息毎に室内の温度が上昇していくようだった。

「鋳炉」

 熱風が喉を枯らし、乾いた声でクリスは呟いた。


 この惑星に登場した原始的な鍛冶技術は、ハペウス集合郡の時代からすでに記録が残っている。ガヘルゼン隆盛の頃には武具や農具に至るまで一般家庭へと普及していたが、数質ともに決して高度なものではなかった。

 ガヘルゼン王国では青銅がもっぱら用いられていた。純銅ではなく錫を含んだその鉱物は、低温で融点を迎えることに加え、加工後には武器道具に必要な硬度も併せ持っていた。

 今現在、ツヴァイでは青銅に加えて鉄器が利用されている。鉄は青銅より高い融点が必要だが、それなりの硬度を持ち、なによりその材料となる鉄鉱石がツヴァイ周辺では豊富に得ることが出来たからであった。ガヘルゼンの頃と違い、青銅が取れなくなっているのだった。


 クリスの言葉を聞いたイシクが顎をなでつつ、頬を緩めた。

「ほう。知っているかね」

「生まれの方が土地柄、そういったものを得意としていますので。鍛冶炉。しかし、これほどまでに大きなものは、見たことが……」

「そうだろう。間違いなく、水陸でも一番のものだよ」

 自分が褒められたような笑みでイシクは頷く。

「しかしだ、重要なのは大きさではない。大事なのは大きさではなく、熱さだ」

 男の言葉に応えるように、大釜から炎が舌を伸ばした。

「確かに――すごい勢いですが。ふいごではないのですか?」

「いや、そうだとも。ただし、人の力ではない」

「人ではない? では、いったいどうやって」


 物を強く燃やすのには空気が必要になる。その為、炉をくべる時には必ずそれを行う人間が必要だった。

「興味があるなら、裏に案内しよう」

 嬉しそうにイシクが言った。一人で質問を重ねていた不作法に気づき、クリスはあわてて身を引いた。

「失礼しました。つい、気になってしまって」

 イシクは莞爾として笑った。

「なに、知欲は尊ぶべきだよ。それに何を聞いても澄まし顔をされるよりは、君のように素直な反応を見せてくれるほうがよほど聞かせ甲斐がある」

「こういう顔で、そういう性格なんです」

 あてつけの言葉に苦笑するニクラスへ、イシクはふんと鼻を鳴らした。

「老人の話には大仰にでも反応してみせるというのが若い者の務めだよ。さあ、クリス君といったかね。こっちにきたまえ」


 一旦外にでて建物の裏に回ると、すぐそこに川が流れていた。ヴァルガードの豊富な水源は、街の至るところで泉や井戸に活用されている。確かに火を扱うなら水場の近くであるべきだろう、とクリスが考えたところで、奇妙なものが彼女の視界に入った。

 川の水面を大きな車輪が転がっていた。 

 馬惹きの戦車や、荷車につけるそれとは比べ物にならない。大人に倍するほどの巨大なそれが、ゆっくりとその場で回り続けていた。車輪が先に進まないのは、車の軸が固定されているからだ、と気づき、それからその車輪が建物に隣接して設置されているという事実に目がいった。

「これは、いったい――」

「水車という。水で車輪をまわしておる」

「水車。これが?」

 傍に立ち、クリスはその奇怪な代物を凝視した。見れば、車輪は下の部分だけが水面に潜るように調整されている。車輪には間隔をあけて木板が貼られていて、それが水に浸かると、そこに水を受けて押される。押し出された木板が車輪をまわし、水面から上がったところで次の木板が水面に浸かる。その連続した動作がこの大きな車輪を回している。


「車輪をまわす力は、向こうへ繋がっていてな。そこにある大きなふいごを、上下して吹かせているわけだ。それで人が動かすのよりはるかに多くの空気が、安定して送れておる。まあ、水力ふいご、といったところか」

 嬉々とした説明を受けながら、クリスは言葉もない。水車という言葉を聞いたことはあったが、実物を見るのははじめてだった。

 この時代、動力水車は普及していない。その理由は貴重な水を使って車輪を回すという発想自体が受け入れられなかったからだった。

 何故か。そもそもが、水車を回す為の水量が滅多に得られない。この惑星において、水とはそうも手軽に使えるものではなかった。それは貴重で、時に崇められるほどのものでもあった。豊富な水源を持つヴァルガード水源、その膝元ならではだった。


「水の力、水流というのは凄まじい。同じことを人間がやろうとすれば、大人が数人がかりでやらなければならんだろう。しかもそれを絶えずやるとなれば、とても人の手にできることではな。炉には安定した火力が必要だ。それに」

 再び建物の中へと向かいながら、イシクは説明を続けた。

「何より温度が違う。空気を送れば送るほど、炉は高温になる。もちろん限界はあるがね」

「つまり、それほどの高温が必要とされるものが、あの炉の中にはあるのですか?」

 クリスが告げたのは当然の疑問だった。それを待ち望んでいたようにイシクは唇の両端を吊り上げて、言った。

「いいや。君も知っているものだよ。鉄だ」

「鉄、ですか」

 心情が声に乗らないようクリスは気をつけたが、隠し切れなかった。肩透かしをくらった気分でいる。

 鉄鍛冶であれば既に一般的な技術である。わざわざ水車を回してまでやらなければならないことではないと思えたのだが、男はその彼女の反応を見越したように笑みを崩さなかった。

「鉄というのは、魔法の鉱物なのだよ」


「魔法?」

「君は軍人の生まれといったな。では、南の戦争で連中が使っているものが何で出来ているか、知っているかね」

「青銅器です」

 クリスは即答した。

「そう、南には青銅が多く流れる。しかも連中、それがやたら質がいい」

 クリスは頷いた。東のボノクスと同じく、長く小競り合いが続く南方でツヴァイが優勢に出られないのは、敵方の豊富で優秀な武器防具が要因の一つとされている。

「それでは昔、バーミリア水陸にやってきた西方の者達が使っていた物が何かは?」

 クリスは首をふった。

「鉄なのだ。しかも、相当に質のよい鉄器だったとされている」

 イシクは答えた。

「青銅よりもですか?」

 こと武器に関する限り、青銅と鉄では青銅のほうが優れているとされていた。鉄は錆びやすく、硬度の面でも劣る。ツヴァイで青銅が使われていないのは、それが手に入りにくいからであった。バーミリア中央の青銅はガヘルゼンの時代に取り尽くされたといわれている。


「まあ、実際に試したわけでもないがね。隕鉄というものを知っているかね。空から降ってきた鉄だ。滅多にお目にかかれないが、ひどく硬い。鉄にはそれだけの可能性があるのだよ」

「やはり、元々の質の良さが関係しているのでしょうか」

「それもあるだろうな。しかし、それ以上に面白いものがあるのだ」

 イシクは鷹揚に頷き、ふと目を瞬かせた。

「そうだな。少し待っていたまえ」

 嬉々とした足取りで奥へと去っていく男を見送り、クリスはニクラスを振り返った。

「でしゃばりすぎ、でしょうか。申し訳ありません」

 ニクラスは緩やかに首を振った。彼を見る女性の背景に、赤い火が立ち昇っている。火が似合う人だな、と思ったが口にはしなかった。褒め言葉になるか微妙だった。

「お気にめされたならよかった、イシク先生も嬉しそうですし」

「鍛冶師の方なのですか」

「いえ。先生は学者です。地質の方を専門にされています」

「地質……?」

 聞きなれない言葉に、クリスが質問を重ねようとしたところにイシクが戻ってきた。手にいくつもの鉱石を抱えている。男は二人を招き、床にそれらを並べた。


「これは、鉄ですね」

 並べられた一つを指してクリスは言った。男は頷いた。

「いかにも。一般的にそう呼ばれるものだ。砕いた鉄石を熱し、出来上がった半生の塊を加工して作られる。しかし、他のものも見てみたまえ。それも鉄だよ。ここにあるものは全てそうだ」

「全て? これが全てですか」

 にわかには信じられない思いでクリスはそれらへと目をやった。

 並べられたものには確かに鉄に似通ったものもあるが、色合いから外観、触った心地までまるで異なるものも多く含まれていた。中には、職人の手によって繊細に模様が飾られた刀身のようなものさえある。

「ああ、それがさっき言っていた隕鉄だ。不思議な模様だろう。人の手によるものではないのだ。この状態で見つけ出された」

「これが、このままにですか?」

 誰かが丹精を込め、意匠をこらしたとしか思えない直線の模様に驚き、クリスはその表面をなぞった。

「そう。見たとおり、短剣として扱われていたようだがね。お守りのようなものでもあったらしい。まあ気持ちはわかる。とても古い部族に伝わっていたらしいが、それが錆びもしないのだから大したものじゃないか」

「これが鉄。では、こちらも」

 クリスが指したのは、隕鉄のそれとはまた風味の違う模様をもったものだった。

「蛮族達の武器に用いられていたものだ。儂の宝物だ」

「これが――」

 やはり短剣に用いられていたような刀身だが、やや長さがある。一般的な鉄より白けていることもだが、なにより目立つのはそこに浮かび上がる模様だった。石を投げ入れた水面のようだ、とクリスは思った。全体にびっしりと波目が続いている。直線を組み合わせたさきほどのものと異なり、曲線を重ねあわせたそれは、何かの禍しさを感じさせる模様だった。

「その二つは特に模様の在り方が際立っているが、色の違いというのも見逃せない。それ以外のものも見てくれたまえ。全て違っているだろう?」

「確かに。違うものにしか見えません」

 二つ以外にも黒っぽいものもあり、青みの深いものもあった。手触りまで異なっているのは、研磨次第でどうなるかはわからなかったが。


「ちょうど手にとってくれた二つはまあ例外としよう。他のものはツヴァイの各地で作られた鉄だ。成功もあるし、失敗もある。炉で作られるのがとても一律ではないということは知っているだろう」

 クリスは頷いた。炉を利用して得られるものには青銅しかり、鉄しかり、多くの不出来物が含まれている。

「違うものが作られる理由は複数考えられるな。炉の構造が違う。出来が悪い。火が違う。温度が違う。時間が違う。材料が違う。燃料が違う。しかし同時に、それだけ変化を起こし得る存在でもあるということだ、鉄が。鉄をはじめとする、金属の特徴だがね」

 クリスにもようやく、男の語る趣旨が理解できはじめていた。

 模様のかたどられた二つを指し、クリスは訊ねた。

「つまり、これらを作り出すことが。この炉の目的なのですね」

「いかにも」

 満面の笑みで男は首を頷かせた。

「空から降ってくるしかないものには手を伸ばせんが、同じ人間が作って使っているのなら、そう考えるべきだろう。連中、そうした模様のものを誰でも扱っていたようだからな。まさか全て隕鉄のような稀少物が材料というわけじゃないだろう。鉄より、青銅よりも硬い。鋼、と儂は呼んでおる。興味深いと思わんかね」

 ――鋼。

 確かに、クリスは内心で感嘆の声を漏らした。

 青銅に乏しいツヴァイでは、豊富な鉄資源を用いるしかない。しかしその強度は他国のものに遅れをとっている。それを強くできるというのなら、その功績は国家の大事に関わる。

「しかし……もしそれが、南の青銅器のように、元々の質の違いによるものであったのなら、どうされるのですか? 空から降るものでなくとも、沸き、流れるものも全く異なるのでは」

 クリスは言った。もしそうなら、この炉も試みも全てが徒労になる。

「聞いてほしい質問ばかりしてくれる。嬉しい生徒だな、君は」

 イシクがニクラスに確認をとる為の視線を送った。

「ここに連れてくるということは、かまわんのだろう?」

 ニクラスは頷いた。

「はい。彼女は信頼できます」

 イシクは顔をしかめた。

「そういうことを聞いているのではない。そうやってとぼけてみせるから可愛げがないと言うのだ。まあいい。儂もこのお嬢さんは気にいったからな」


 イシクは二人をさらに奥へと誘った。

「クリスティナ君、だったかね。君の疑問はもっともだ。まあ儂も、なんのあてもなくこんな炉を作ってもらったわけではないのだよ。儂はもともとこの水陸の地質、つまり地面の下を研究している人間でな、庭先につくった自前の炉で石やら鉱石の変化を見ていただけだったのだ。それがなかなか面白くて、色々とやっているうちにこんなことに巻き込まれてしまったわけだが」

 暗い廊下を抜けさらに奥、暗室に火を灯して男は机の引き出しから何かを取り出した。

「炉で出来るものを色々試しているうちに、奇妙な代物ができた。近くの鍛冶屋に頼んで形にしてもらったものが――これだ」

 男は手に抱えていた鉄板の一つを机に置き、それに向かって手にもった短剣を突き立てた。

 鈍い音を立てて、そこにあった鉄が割れた。

 クリスは短剣を手渡された。刃先をみると、潰れたり零れている様子はない。岩のように厚くはないとはいえ、鉄を穿ってそのようなことができるとは――

「実は切れ味はさほどでもない。しかし、硬い。そしてこれは、なんというか……粘り気があるのだ。弾力。弾性とでも言えばいいのかもしれん。あきらかに今までの鉄とは異なる。模様などは浮き出ていないし、色といい、あの二つのものと同じとはいえんが、同じ系統のものではあると思う」

「これが、――鋼。なのですか?」

 イシクはにやりと笑った。

砂鋼(すなはがね)。そう儂は呼んでおる」



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