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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
怪奇幻想部
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5

 次の日曜日である。我々はヤケミズ市にあるヤケミチ通りに集まることになった。ヤケミズ市には狭い市内ながらも大学のキャンパスが三つも点在しており、昨今の少子高齢化社会であっても比較的若者が多い街である。結果として街全体にも悪ふざけの匂いが強いのだが、そこはご愛嬌という奴である。犯罪的ではないので、まぁ良しとされていた。


 我々が集まることになったヤケミチ通りは駅近で交通の便が良いため、特にその傾向が強かった。周辺にはボーリング場やカラオケなどのアミューズメント施設から飲み屋や家電量販店などまで大体のモノが揃っている。要するにナガサモ川沿いのこの通りは市内随一の都会的スポットなのである。


 そこにカニ怪人がいたとわざわざ怪奇幻想部に通報があったらしい。はっきり言って眉唾であったが、原口部長がやると言ったらやるしかないのだ。唯一、反対票を持っている雪月先輩も何故か乗り気であるし、私としても行くより他に選択肢がなかった。


 当日、先に行くと言い残した原口部長以外の下宿組は駅までの行き道を共にしたのだが、意外と皆乗り気であった。


「カニ怪人の戦闘力をなめちゃいかんよ」と矢田が腕を組んで言う。

「あんた、ホントに信じてるわけ?」と返すのは彼を振った神崎先輩。

「昔はパンダもUMAでしたからね。人間が想像するモノは全部きちんとあるのです」

「はぁ、それにしてももっとマシな怪人があったでしょうよ。大体、何よ、カニ星人って」

「そりゃあれじゃない? カーニカニカニって笑うハサミの怪人でしょ」


 そう言った雪月先輩は無邪気に笑ってゆらゆらしている。神崎先輩は頼みの綱の雪月先輩がこの調子なため、味方あらずで不貞腐れる様子を見せてはいたが、歩調は軽く、何よりも雪月先輩にくっついてちゃんと本プロジェクトに参加していた。彼女なら、雪月先輩に頼めば簡単に参加免除が通るだろうに、この辺りはやはり怪奇幻想部の部員である。


 駅前の噴水広場で現地組と合流すると、我々は班決めのくじ引きをした。手分けして探すのは取材調査の鉄則である。わざわざこの場にてくじを引く理由は分からなかったが、結果は私と原口部長と神崎先輩、もう片側は雪月先輩と矢田と吉田さんになった。


実際は他にも二グループあったのであるが、読者諸賢の脳の負担も鑑みて、まとめてエビチーム、イカチームとそれぞれ呼称させて頂く。


 さて、我々三人は原口部長を先頭にヤケミチ通りを闊歩していった。日曜日なので人通りは特に多く、駅前の交差点の歩行者信号が青になった時などは中々見応えがある壮観が広がっていた。皆一様に暑そうで、時折日傘同士がごっつんこするのは愉快愉快と意地の悪い嘲りはさておいて、我々は人が少ない路地を進んだ。


「これだけ人が多いと、居たら必ず騒ぎになっている筈だ。してみると奴は人目を忍んで物陰に隠れているに違いない」


 このとおり、原口部長は論理的思考ができる人なのだ。カニ怪人が居るという前提条件と理屈が働く場所がおかしいだけで。


「原口先輩、雪月先輩達と離れちゃいますよ」


 そう言って手分けして探す案に不満げなのは神崎先輩。この人は原口先輩とは違った厄介さを抱えており、敬愛する雪月先輩が絡む時だけ論理的じゃなくなる。


「大体、なんで私が原口部長と水口君と一緒なわけ! ねぇ水口くん、君だって原口部長なんかよりも雪月先輩の方が好きだもんねぇ。だったら、ほら! もっと主張しなきゃダメじゃないの!」

「今更メンバー変更を行う気はないが、神崎の言うことも一理ある。水口、お前も男ならもっと主張激しくならねばならん」


 両者共に全く恐ろしいエネルギーであった。私はさっきから続けている小走りで、もうすっかり疲れきっているというのに、なんていう元気なんだ。この人らのべらべら喋り倒す余裕は一体どこから運ばれてきたのか。

「仰っていることは確かに分からんでもないですが──」


 私がようやく息を整えて返事をしようとしたその時だった。庇がかかって少々薄暗い路地、飲み屋と思しき建物の裏に設置された室外機である。その後ろに確かなハサミが見え隠れしていた。私は唖然としてしまった。


「あっ! 何かいる!」


 神崎先輩が指を指してそう叫ぶと、隠れていた謎の存在は立ち上がって全身を露わにしたかと思うと、一目散に逃げ出した。表側を見られたのは一瞬だけだったが、それは紛うことなきカニ怪人であった。カニの全身を表した被り物をして上半身はすっぽりと覆われており、白い斑点混じりの赤いズボンを履いていた。そうして両手にはトレードマークの大きなハサミが携えてある。


「居たぞ! 雑貨店裏の路地に逃げ込んだ。お前たちは回り込むんだ。ほれみろ、だから居ると言ったではないか」


 早速、他の三組に電話越しの高笑いを決め込んだ原口部長は、いの一番にカニ怪人を追い始めた。


「よし、カニ鍋にしてやるわよ!」


 神崎先輩も何だかんだノリノリで楽しそうな様子であった。


 我々(と言っても主にその役目は私だった)は通行人らに手で謝罪の意を示しながら謎のカニ怪人を追い続けた。狭い路地を危なげに駆け、大通りを身をかがめて駆け、都会の囁かな公園内を大袈裟な走り方で駆け抜けた。向こうもこちらもぜーはー状態。額は汗でべちょべちょである。


 そうして結局は集合地点の噴水広場、石畳の上で我々はカニ怪人を囲むことになった。


「多勢に無勢だな、諦めろ」と原口部長が言った。

「もう暑さでボイルされてるんじゃないか、食ってやる」と神崎先輩と気が合いそうなのは矢田であった。

「もうすっかり汗だくだ。我々を疲労困憊にした罪はカニ身で贖ってもらうからな」


 吉田先輩は私の考えを代弁してくれた。我々と雪月先輩チーム、そして駆けつけてきたエビチームがじりじりと近寄る。イカチームは依然として行方不明であった。すると変声機を用いているのか、奇妙な声でカニ怪人は叫んだ。


「ここまで追い込まれたら仕様がない。だが俺とてカニの端くれである。ここは是非とも一対一でやろうじゃないか」


 現代日本において、まさかの決闘罪が成立するのか。いや、カニだからしないのかもしれない。唐突な申し込みに我々全員が当惑する中、神崎先輩が腰に手を当てて大胆にも叫んだ。


「馬鹿じゃないの? 大体追い詰められたのは貴方の方なんだから、せめてお願いの形を取りなさいよ」

「まぁ待て神崎」


 神崎先輩を手で制止し、一歩前に出たのは原口部長である。


「奴の言うことにも一理ある。ここは正々堂々闘おうじゃないか」


 どこに一理があるのかは分からないが、そこまで言うなら、と譲ってしまうぐらいの迫力はあった。

「ここは代表者として皆の想いを背負って俺が出る。皆も依存はあるまいな?」


 誰もあるわけはなく、はっきり言ってなぜその時Tシャツを脱いだのかは未だに意味が分からない。しかし、出て行く途中、健闘のグータッチをする振りをして、小声で吉田先輩に何やら耳打ちしたのを私は逃さなかった。


「いざ尋常に勝負」


 始まった戦いは子供向けのヒーローショーを見ているみたいな陳腐さであった。原口部長のパンチはわざと空気を打っているかのような鈍さで、カニ怪人の発砲スチロール性のハサミも殺傷能力はゼロに等しい。そもそもお互いが先程の全力疾走でバテており、動きそのものが鈍いったらありゃしない。拍子抜けも甚だしい見応えのない格闘がしばらく続いた。


「おい、吉田、俺の勇姿とこの怪人の醜悪さを撮っておくんだ」


 挙句の果てには戦闘中にも関わらず、こんなことを言い出す始末である。


「部長、これは良いネタになりますよ!」


 熱心な原口派の面々を除くと、我々は皆、呆れた上に飽きかけていた。ふと雪月先輩の方を見遣ると、彼女は露骨にがっかりとした表情を浮かべていた。


「なんだよ、カニ怪人って嘘じゃんか」


 こんな純真なことを言い出さんほどのがっくし具合で、哀れに思った私が声をかけようとしたちょうどその時である。


 何やら辺りが騒がしく、周囲を見渡した私はついに気づいた。我々怪奇幻想部に向かって好奇の目が投げかけられ、ざわざわと野次馬が集まりかけている。そりゃあ白昼堂々こんな珍事をやっているのだから当然なのだが、何の対策も講じておらず如何ともし難かった。


「なんだ、なんだ」と路上にはカニ怪人を囲む我々を更に囲む好奇の輪が少しずつ出来上がって来ているのがはっきりと分かる。退散しようかどうしようか悩んでいると、先にカニ怪人の方が逃げ出した。


「待て! まさか戦を放棄するのか」


 部長の呼び止めも虚しく、怪人は雪月先輩と神崎先輩の間をすり抜けようとした。が、カニ怪人は突然足を滑らしたかと思うと身体が空中で浮いたようになって地面に背中から落ちてしまった。


「痛いカニ」


 笑ってやってはいかん。


「ドジなやつ!」


 隙を逃さず怪人の腹に矢田が飛び乗り、神崎先輩がカニ怪人の被り物をまるで追い剥ぎのように無理やり剥がした。


「やめろ! それはやっちゃいかん」


 なぜだか必死なのは原口部長で、全速力でカニ怪人に駆け寄るが、時既に遅し。カニ怪人の面貌は衆目に露わとなった。


 薄々そんなことだろうと思っていたが、何を隠そう、カニ怪人の正体はイカチームとして捜索の指揮を取っていた筈の高木副部長なのであった。前髪をびしょびしょに濡らしてぐったりと項垂れている。


「部長、すみません。作戦は失敗です」


 高木副部長は今にも泣き出しそうな声色でそう叫んだ。


 つまりだ、話を整理すると今回のカニ怪人事件は一から百まで大スクープ欲しさの自作自演だったということであった。どうも始めの班分けから原口部長派が偏り過ぎているのが不自然だと思っていたが合点がいった。それと分かると野次馬達も「なーんだ、つまらん」とため息を吐いて蜘蛛の子を散らすように去っていった。若者は流行に敏感なのである。


 しかし、それはそれ、これはこれ。危うく警察沙汰になるところであったのは間違いがないので、原口部長達は神崎先輩から大説教をもらった。至極妥当だ。原口派の豪傑達も神崎先輩からの厳しい正論には流石にシュンとして反省していた。原口部長に至っては首根っこを掴まれ、強制事情聴取である。普段なら責任転嫁の鬼である部長も、今回は大人しくカニ怪人の残骸を遠い目で眺めるばかりであった。


「神崎先輩も大変ですねぇ」


 わちゃわちゃを遠巻きに見つめながら私はしみじみと言った。


「そうだね。志保ちゃんは偉いよ」


 雪月先輩もしみじみと同調した。


「それにしても、呆気ない終わり方だったねぇ。コケて終わりってそりゃないよ。せめて巨大化したカニ怪人を私たちが協力して倒す展開だったらなぁ」


 彼女はありもしない空想に耽りだした。たが、私だけははっきりと見ていたのだ。カニ怪人がコケたのは雪月先輩が何かしたからなのだ。気だるげだが、汗一つかいていない雪月先輩が片手を頬に寄せて息を吐いた瞬間、カニ怪人もとい高木副部長はすっ転んだのである。私にはそうとしか考えられなかったが、確たる証拠は無く目撃者も私以外いなかった。そのため問い詰めようはなかったのであるが、私にはそんな気がしてならなかったのである。


 空はすっかり茜色に染まり、疲れきった私たちは帰ることにした。広場を横切る途中、人々の喧騒に混じって我々の靴音もかつかつと響いた。間にびちゃびちゃという擬音がしたが、私は特に気にも留めなかった。雪月先輩の方をちらりと見ると、彼女は疲れたような微笑みを見せた。


「まぁしかし、枯れ木も山の賑わいというか云々かんぬん」

「うまい!」


 帰る道々、矢田の言葉に神崎先輩が合いの手を入れて、その日は終わった。


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