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今の時代、相手によって一人称が変わるのは珍しくも何ともないことであり、私も例に洩れずその変化の巧者達の一員であった。フォーマルな場では私を使い、同級生らには俺を使う。目上には僕を使って、分からない時は何となく僕を使う。脳内では状況に応じて、私と僕と俺とが二対四対三の割合で出現し、互いに勢力を争っていた。
そして、原口先輩に対しては、勿論僕という一人称が自然と飛び出てくるのであった。
「怪人退治の記事を書くぞ!」
だから、原口部長がこう言った時、私には、まことに心外ではあるのだが、矢田と共に首を縦に振るしか選択肢が残されていなかった。
「文句があって困っている奴がいれば前に出ろ! 拳で粉々に叩き壊してやるから」
かくして、怪奇幻想部カニ怪人事件は幕を開けたのである。
事の発端は新緑もピークを過ぎ、梅雨の後ろに潜む夏の足音が微かに聞こえてくるような時期であった。
そもそも怪奇幻想部の活動は毎月の怪奇幻想新聞の発刊なのであるが、ネタがないことには記事は書けない。であるからして、取材出来そうなネタがどうしても無ければ自分たちの頭から捻りだしたものでお茶を濁すか、文献等からの引用でその場をしのぐのが常道だろうと思うのだが、我が部の実情はというと、取材と称してあちらこちらを飛び回り、時には自ら事件を企てそれを捏造、爆発、激写して怪奇幻想を造り出す、まことに厄介極まりないモノなのであった。
そのためと言ったらなんだが、文化会からは常に目の敵にされており、部費から大学主催の行事に至るまで数多の冷遇を受けている。そしてそれがまた先輩諸氏の反骨精神を育み、更なる悪業を引き起こすというデフレスパイラルもびっくりな見事な悪循環を見せていた。
「どうしてこうなっちゃったかな」
この間、七年生の雪月先輩は確かそう言って溜息をついていた。
「なんだかんだで乗り気な貴女が言うことですか。しかも今年で大学七年生だし」
こんなことを弾みで言ったら、にこやか且つ丁寧に殺されかねぬので諸君は大いに注意されたし。私は冷たいデコピンをもらった。
若干話が逸れたが、とにかく、このカニ怪人の取材と捏造が今回の事件の主眼なのであった。その日の我々は定例集会で集まっていたのだが、いつもは一番乗りを決め込む原口部長の姿が見当たらなかった。
「ちょっと冷房の温度を下げてもいいでしょうか」と私は誰に向かってでもなく適当に尋ねた。
「いいけど、私はちょうど良いから一対一だよ」
雪月先輩から返答があり「俺もちょうど良いから二対一だな」と矢田も答える。
「しかし、僕のクーラーへの熱情は二人の得票を上回ります」
私が断乎として言うと、沈黙を貫いていた神崎先輩が突如として賛同を示し、二対二のどうでもよい討論が始まった。
それにしてもやけに暑くジメジメとした日だった。発起人が居ないため特筆すべきことは何も始まらず、大学側の電気代などお構い無しにクーラーをガンガンに効かせた我々は相変わらずくだらない問答を繰り返していた。すると突然、聞き覚えのある騒がしい足音が廊下中に響き渡った。
「カニ怪人がヤケミチ通りに出たらしいぞ。日曜日、早速取材に行く」
太い腕が目立つ白のTシャツを着た原口部長が勢いよく部室の扉を蹴り破り、それに随行するもやしのような原口派の吉田さんが既に用意されていた計画書を一同に配布した。計画書には巷を賑わせているというカニ怪人の捕獲作戦の詳細が綴られており「カニ怪人ってどんなのだろう」と雪月先輩は意外に乗り気な姿勢を見せた。矢田や高木副部長の反応は言うまでもない。
「なんで、わざわざそんなしょうもないことを!」
プリントを激しく揺らしながら神崎先輩は言ったが、今回ばかりは彼女の必死の抵抗も虚しく、なんの脈絡もない唐突な発案によってカニ怪人退治兼取材は実行される運びとなった。




