2
その日、延べ十人は席につける大机を前にして、出席部員は私含め僅か五人であった。
「どうしてこうウチの連中は集まりが悪いのか」
幽霊部員含め十五人にも満たない数。更には三時間前の唐突な招集命令を加味すれば十分集まった方だと思うのであるが、部室の奥、ぶつぶつ言いながらろくでもない悪事を企てているのは原口部長である。人生において、感極まって流した涙の量よりも玉ねぎを切って出した涙の量の方が多いという冷酷極まりない逸話を持っており、部内最高権力者の一人として君臨している。
「まぁ良いじゃないですか。集まっているメンバーでやりましょうよ」
誰も二の句を継がないので私が継ぐと、
「うるさい! 我らが野望のためには、講義もバイトも何もかもを投げ出して、部の活動に貢献するのが順当だろう。我々は一刻も早く怪奇幻想部新聞の発刊準備に勤しまねばならないのだ」
漫画やアニメに登場する演説が得意な悪役のように怒鳴りだした。彼の言う野望とは、怪奇幻想をもって現状の世界に安住する人々に警鐘を鳴らし、混沌の世を生き抜く処世術を身につけさせるという全く意味が分からないものであるのだが、それでも男性部員からの信頼は厚く、特に三年生の吉田文仁氏と二年生の高木翔氏に至っては自ら彼の右腕左腕を名乗っており、羨ましくもない彼の側近としての名を欲しいままにしている。
「志保ちゃんが来てくれたら、何事も話が早いのにね」
そう言って眠たげに文庫本を眺めているのは原口先輩の天敵であり、驚異の七年生の雪月先輩である。意味は分からぬが理解はできる原口部長はさておき、真に理解できぬのはこの人だ。常に飄々としており、時には示唆に富んだ一言で以て原口部長をも封殺するのだが、だからといって自ら部の活動を先導していく気は全く無いようで、何事においても目的が不明である。七年生にも関わらず人生に焦った様子は微塵も無く、彼女の生活は多くの謎に包まれていた。
原口部長は矢田と吉田先輩を自分のテーブルに集め、何やら穏やかでない作戦会議を始めた。私は部長に目配せされ、これは多分雪月先輩の相手を任されたのだろう。部長にとって雪月先輩は目の上のたんこぶなのだ。年上で、更に口では敵わないと来ている。部長は威厳ありげに振る舞っているが、自分のキャパシティの限界を超えると、焼いたしいたけのような悲鳴を出す弱点を抱えていたので、油断すると雪月先輩を盾にする女子連中に押されてしまうことも往々にしてあったのだ。
「この部の連中って皆喜怒哀楽が激しいですけど、雪月先輩はそんなことないもないですよね。部の雰囲気ともかけ離れた感じで異質な存在ですし。自分ではどうしてだと思います?」
私は先程から文庫本が一ページも進んでいない雪月先輩に声をかけた。先輩は対話相手が見つかったことに嬉しげである。眠たげだった瞳を大きくして答えた。
「私はね、正義心の中に悪を憎む心、悪を許さない心がある限り、決して平和は訪れないと思うんだよ」
「はい?」全世界的な角度からの答えに私は驚いた。
「だから、平和のためには人を憎めないことになっているわけ」
「なんだか壮大ですね」
「うん、私はいつも壮大なんだよ」
そのまま話は発展していって、一時間程が経ったのだろうか。雪月先輩崇拝者で、原口派に辛辣な神崎志保先輩が日傘片手に到着し、早速原口先輩達と口論を始めた。
「大体、文化会に目をつけられているんですから、屋上からビラをまくなんて映画の見すぎな馬鹿な真似は絶対に辞めるべきです。下手したら部停どころじゃ済みませんよ」
厳しい口調で机を叩いたのは神崎先輩。キリッとした猫目の乙女であり、性格もかなり猫的である。
「いいや、多少炎上してネットニュースにY大学学生の暴挙が映るくらいが良い。今は認知の拡大が急務なのだ。楽観論だが、賞賛を浴びないとも限らんしな」
応ずるのは原口部長。後ろには目を細めて主君の考えに首肯する原口派が控えている。硬直した睨み合いが続き、じりじりと神崎先輩が押され始めたその時である。
「ねぇ原口くん、新聞沙汰は勘弁して欲しいな。君と違って志保ちゃんには来年も再来年もあるんだよ」
日常茶飯事のこのような言い合いの場合、雪月先輩が神崎先輩側に加勢するので、両立場の力は拮抗することが多い。この部では年齢と美貌では雪月先輩が、活動力とやる気では原口部長が部員の忠誠を集めているのだ。まぁ敵対関係というよりは原口部長が一方的に目の敵にしていると言った方が正しいのであるが。
ところで私はというと、風見鶏の如くどちらの立場にも属さぬまま、今日も今日とて事態の経過を見守っていた。というよりも雪月先輩と仲良くしていたら原口部長が、原口部長と談笑していたら雪月先輩が、それぞれ横槍を入れてくるのでどうしようもなかった。矢田のやつは如何にして原口部長側につくことが出来たんだろう。
会議は踊る、されど進まず。結局話はまとまらないまま日が沈み、怪奇幻想部の面々は解散した。




