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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
怪奇幻想部
2/8

 桜にクスノキにそれからユキヤナギであっただろうか。私は植物が好きなのであるが、その名称をわざわざ調べて楽しむような軟弱な真似はしないので、大学構内の自然は相変わらず謎だらけである。ところで垣根のようになっているこれはオカメザサであろうか。


 まぁいい。それはともかくとして、私が怪奇幻想部なる部に出会ったのはちょうどそんな季節であったということだ。


 当時の私は悩んでいた。実に悩んでいた。明日を明日とも思えぬほど、己一人だけ今日という日に置き去りにされるのではないかと深刻に心配するほど、悩んでいた。魂の救済、愚俗な世間、難航する学問上の未解決問題、遺伝の恐ろしさを潜り抜け、たどり着いたたった一つの煩悶は、どうしよう、一人ぼっちだ!


 私は大学に入ったら、自らに見合った良き知己達が勝手に生えてくるものだと勘違いしていた。ただでさえ少ない友人らは故郷の地に置き去りにしてしまっていた。今日でもう入学から三日、私がこの地に引っ越して来てから十五日が既に経過していたが、依然単独行動である。孤高を以て自ら任じる私であっても流石に心細くなってきた。広いキャンパス。芝生上にも広場にも大通りにも埋め尽くさんばかりに人が溢れ、あちらこちらで精力的なサークル勧誘活動は行われている。


 それでも、たった一人のそぞろ歩きを勇敢にも実行している私こと水口聡。歩きスマホや歩きイヤホンのような卑怯な真似は決して行わず、あくまで正々堂々、紳士的である。しかし、湧き立つオーラのせいか、はたまた風采の上がらなさのせいか、恐らくは後者であろうが、とにかく私は誰にも見向きされなかった。男女入り混じって陽気に騒ぐイケイケ集団も、ヒソヒソと勧誘を目論む陰気な集団も私にはてんで無関心である。私はため息をついた。これが内面豊かな求道者の宿命か。


 こうなった以上、友人欲しさに本位でもない他人の許に行ってへりくだるのが本当だが、私のプライドがそれを許さなかった。また、たとえ許しても自分から彼らを尋ねていくような勇気は持ち合わせていなかった。私が唯一その勇気を奮い立たせるに値すると思っていた世界文学研究部は今年で廃部になってしまっていたしな! 残念無念。私は心中で言い訳を重ね、結局は退散するように文化会の建物の影に逃げ込んだ。そして、自販機横の壁に自らの居場所を定めた。その時であった。


「こいつは大いに見込みがある!」


 何処かから身の危険が感じられる叫び声が聞こえ、身を構えたのも束の間、私は丸眼鏡にモジャモジャ頭の大男に二の腕をがっちりと抑え込まれた。カラフルな幾何学模様がプリントされた壁の裏からは男男女が出てきて、


「軟弱そうだが、大丈夫なんだろうか」

「ろくでもないエネルギーをもってそうなやつさね」

「まぁいいんじゃない。無事、二人目の新入生確保ってことで」


 こそこそと何やら勝手な言い草である。


「何ですか、放してください。僕の心臓が弱かったら危うく死んでいたところですよ。本当なら賠償金を請求したいですが、今なら特別に開放してくれたら許してあげます」


 私はそう言って暴れたが、二の腕を掴んでいた男は平気で無視してこう叫んだ。


「俺は部長の原口だ、よろしく頼む。その眼つき、拗ねたような態度、甘ったれた精神、君は我が部にこそ相応しい!」


 すると、これまたどこに隠れていたか分からぬ先輩方がぞろぞろと百鬼夜行のように現れた。総勢恐らく十人程の連中によるまばらな拍手が場に起こり、そのうちの一人はおどろおどろしいフォントで書かれた怪奇幻想部の看板を持ってして歓迎の意を示していた。勝手に盛り上がり、勝手に批評までされ始めている。私はあまりに非現実的な目の前の光景にただもう唖然としたままだった。


「ごめんね。この人たちしつこいから、多分もう諦めた方がいいよ」


 そう言って私の傍に歩み寄ってきたのは、黒のフレアスカートを履き、白のレースブラウスを着た一人の女性である。私は顔を上げた。白すぎる肌と黒髪のコントラストが印象的な人であった。氷肌玉骨。それが私の彼女に対する第一印象で、私の眼には彼女が救世主のように映った。涼し気な眼をこちらに据えて、小ぶりだがふっくらとした唇を動かす。


「私は七年生の坂下雪月。この部では最古参なの。どうぞこれからよろしくね」


 雷に打たれた。人を見かけで判断してはならない。この場を救ってくれそうな、てっきり常識人枠かと思っていたこの人も、例に洩れず奇人の類であった。奇人は奇人を呼ぶと言うが、こうやってまざまざと見せつけられては敵わない。


「おい、何を呆けているのだ。君は数少ない入部に値する名誉ある人間として選ばれたのだぞ。もっと大いに騒げ、はしゃげ」


 原口部長は私の手を離すと、腰に両手を置いて腹の底から勢いよく声を発した。雪月先輩を除いた周りの連中もそれに追随するように私に鼓吹の言葉を投げた。私は一瞬気圧され、思わず、はいと返事をしてしまいそうになったが、何とか気を持ち直して端然と言った。


「いやですよ。大体得体が知れないですし、こんな強引な勧誘をするなんて、きっと碌でもない部活に決まっています。このことは文化会に報告して、然るべき処置を取ってもらいますから、せいぜい覚悟しておくんですね」


 切り捨てるような私の鋭い言葉に連中はざわついた。身振り手振りで慌てふためいている姿が見受けられ、私は得意げに首を回した。理路整然たる能弁を武器に、またつまらぬものを切ってしまった。しかし、連中の会話を耳を澄ましてよく聞いてみると、聞こえて来る単語が如何にも不穏である。


 私はハッとした。奴らは私の処分の方法を話し合っているのだ。バケツ一杯の墨汁を浴びせて人間習字筆を作るだとか、私の名義で大学内のあらゆる組織に宣戦布告的怪文書を送るだとか。聞くだけで背筋が凍る恐ろしい所業である。


 私は引き攣った苦笑いを浮かべ、退散を企てようとした。すると横から雪月先輩が囁くように言った。


「ねぇ、きっと入ったら楽しいよ。私、君が入ってくれたら嬉しいな」


 その一言が決め手である。実は一番の問題児であった雪月先輩。実は一番の変人であった雪月先輩。しかしその時の私は彼女の無邪気っぽい笑い方一つで即座に入部を決めてしまい、原口部長達の邪悪なるガッツポーズにも気づかぬ醜態を晒した。そうしてなすがままに書類にサインしてしまった。


 ここで一つ弁明しておきたい。恋愛に関してはそう大した経験もなく、せいぜい百戦錬磨の五十分の一が関の山の甚だ心許ない私であるが、この時に抱いた心の高揚は決してかの俗世的で安易な一目惚れなぞではなかったことだけは断言できる。私は彼女に対し何か並々ならぬ畏敬の念を感じ、その超人的な存在感(威風堂々、気骨隆々的な意味合いではない)にすっかり魅了されてしまったのだ。殊に共鳴的な波動を放つ特殊な瞳は私を捉えて離さなかった。


 そういうわけで、私はまんまと阿呆連中の仲間入りを果たしてしまい、彼女ともお知り合いになったのである。


 さて、ここからの出来事について語ろうと思ったら、怪奇幻想部及びその主たる部員については詳しく叙述しておかなければならない。話を彼らとそれなりに親睦を深めた後、つまりは大学構内のソメイヨシノがもうすっかり葉桜の時期を迎えた頃に飛ばさせていただく。



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