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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
雪女さんと
19/21

 翌日からは一ヶ月間の奇妙な生活が本格的に始まったのだが、労働は大した苦労もなく、その殆どが遊びみたいなもので、生活は全般的に楽しかった。


 雪月さんは日を追うごとに雪女としての片鱗を見せるのに躊躇が無くなってきた。屋敷の二階から一階をふわふわと飛び降りたり、悪戯に冷風を当ててきたりすることは日常茶飯事である。


 ある時などは広間にある大階段を氷漬けにしてソリを滑らせるという危険極まりない遊びをしていて、足元を見ずに階段を降りようとした一つ目が殺されかけていた。呆れた私が「はた迷惑な氷の魔法以外も使えないんですか?」と意地悪く尋ねると、雪月さんは不敵な笑みを浮かべた。 


「使えるよ。せーの、ホイミ!」


 彼女は胸を反らせながら両手を開くと、茶目っ気たっぷりにそう叫んだ。


「どう? 癒された?」

「ええ、僕の体力には充分です」


 結局のところ、彼女の好き放題は許さざるを得なく、我々の生活は概ねこんなふざけ具合であった。


 一つ目とも、から傘ともすっかり親睦を深めた。彼らは私を雪女の下僕仲間として認めてくれるようになり、この間などはサウナ耐久対決で倒れかけた私をイヤイヤながらも二人して介抱してくれた。から傘に至っては雨の日の買い出しにまでついてきてくれ、荷物で両手が塞がる時なんかは、独りでに開く傘として私を雨風から守ってくれた。


「ありがとう」


 私が素直に礼を言うと、


「君が帰ってこないと夕食が出てきませんからね」


 彼はこう言ってお礼の言葉を断った。これが俗に言うツンデレ属性という奴なのだろうか。



「割と無茶苦茶な生活ですね」

「だって秩序があったら寂しくなっちゃうじゃん」


 雪月さんとこういう会話を交わしてから、もう一週間はとうに過ぎたであろうか。


 昼下がり、激しい日差しが地面を照りつける中、私と一つ目とから傘は屋敷の傍にあるテニスコートでテニスをしていた。一対一でラリーをして、先に四ミスした方がコート外に出て交代する仕組みである。三人ともそれなりに打ち合えるので、中々に楽しい。何の勝負でもそうだが実力が近いと盛り上がるものである。


 ラリー中、一つ目が思いの外強い球を打ってくるので、負けず嫌いの私はたまらず一つ目の頭上を抜くロブショットをあげた。


「おい、ロブは卑怯だぞ!」


 小学生よりも背丈が低い一つ目は地団駄踏んで抗議した。自分もロブを打たれたらマズイと思ったのか、から傘も一緒になって騒ぎ立てたので、私は敢無くロブの禁止を認めさせられた。それからは一進一退のラリー戦を繰り広げ、時には罵り合い、時には称え合いながら紳士のスポーツを楽しんでいた。


 一方、雪月さんはというと、始めはクーラーの効いた部屋から我々のラリーをちらちらと眺めていたのが、いつの間にか二階の窓からこちらをじっと見つめるようになり、今現在は縁側に腰かけ、スイカを頬張りながら、明らかな誘われ待ちをしている。いつものように、私もやりたい! と素直に言えば良さそうなものなのだが、彼女にはそれが出来ない事情があった。


 それというのも今朝の話である。


 今朝は朝ご飯のハムエッグトーストを頬張りながらこんな一幕があったのだ。


「でも避暑旅行って言いますけど、七月も部室に来ていたじゃないですか」


 私は彼女が避暑旅行をわざわざする必要が分からなかったので、話の流れの中でなんとなくそう質問したのだった。というのも、彼女は気温が高くても平気で外に出て遊んでいるように見えたからである。雪女だとは言うが、暑さに弱っているところは一度も見たことがなかったのだ。


 私の素朴な質問に雪月さんは、分かっていないなぁとでも言わんばかりに首を振って答えた。


「そうだけど、あまり頻繁には来なくなっていたでしょう。暑いとむちゃくちゃ疲れるんだよ。春から夏にかけて溜まったストレスに辟易とした私が溶けちゃわないために、この避暑地旅行はどうしても必要なの」

「疲れるって気力的にですか?」

「それもあるけど、やっぱり一番は魔力的にだね。私はグウタラだからいちいちそんなことはしないんだけど、本来ならね、最初っから寒かったり、或いは冷房が使えたりする場所があるならそこにいるに越したことはないんだよ。暑いといちいち魔力を使わないといけないからね。君には分からないだろうけど、魔力を使うのって気力も体力も消費するんだよ。日傘をさしたら比較的マシだけれど、それでも炎天下に長時間身体を晒すのは気が進まないなぁ」


 若干だが人を小馬鹿にするような言い方をした雪月さんは、美人でないと到底許されないムカつく仕草で付け合わせのトマトを食べた。と、ここまでは良かったのだ。実際、私は彼女の理屈に納得していたし、彼女が汗をかかない理由にも納得していた。


「だから私には炎天下の運動なんか有り得ないんだよ」


 だが、よりにもよって私達がテニスをする約束をしていた日に、彼女はそれを口にしてしまっていたのである。私達は特に何も言っていないのだが、彼女は自分の発言の手前、私達の行っているテニスに参加できなくなってしまっていたというわけである。


 私達は結託して彼女の無言の圧力に耐え、我慢比べをしていた。とはいっても我々の方はただテニスを楽しんでいるだけで、時折挟む水分休憩やタオルで汗を吹く際などにちらりと彼女の方を見ては何となく気の毒に思っていたくらいだったのだが、彼女の方は羨ましそうに潤んだ目でずっとこちらを見つめていた。私達は若干の気まずさの中でラリーを続けた。


 フォアハンドの打ち合いの最中、から傘が体勢を崩して、貧弱なボールを返してきた。


「ラッキーボールだ、打て!」


 一つ目の言葉に勢いをつけた私だったが、必要以上に力んでしまって狙いを外した。調子外れに飛んでいったボールはネットフェンスを飛び越え、縁側に座り込んでいる雪月さんの方に転がっていく。私は慌ててボールを回収しに行った。


 言い訳をするつもりでは無いが、この時の私は無意識だった。そのため、私はテニスの誘いを心待ちにしていた雪月さんの方には目もくれずにボールの方を追って行ってしまったのである。そうして私の愚行にがっかりとした雪月さんはついに完全にへそを曲げて部屋の方に踵を返しかけた、とその時であった。


 茂みの中からボールを探し出した私は、間一髪、ちらりと垣間見えた雪月さんの泣きそうな表情を見つけて、彼女に謝罪することができたのである。


「雪月さん、ごめんなさい。可愛い子には旅をさせよと言いますか、可愛さ余って憎さ百倍と言いますか、とにかく大人げなかったです」


 彼女はなおもしばらくそっぽを向いたままであったが、私がその場を動かず、テニスコートにいる二人も固唾を呑んで見守っているのを認めると、


「ごめんね、なんか私も子供だったよ」と本当に子供っぽい苦笑いを見せて、事態は容易く収束した。


「いやいや、僕らが早く声をかけるべきでしたよ、すみません」

「ううん、謝らせちゃってごめん」

「いや、無駄に謝らせてすみません」


 ごめんね合戦をしていると、駆け寄ってきたから傘が彼女にラケットを手渡した。


「雪月さんも入れて一緒にやりましょう。ねっ? 水口さん」


 天真爛漫な笑顔が生まれ、それからはしばらくの間、四人でダブルスの試合を楽しんだ。


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