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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
雪女さんと
17/21

5

 作るにせよ食べるにせよ食事当番は私なのだが、最初のお昼だけは許してやる、と初日の昼食は雪月さんによる目玉焼き付きのタコライスが振る舞われた。スパイシーな香りと色彩豊かな見た目が食欲をそそり、実際ハチャメチャに美味かった。しかし、私は味の感想を伝えるのも忘れて、目の前に座る二体の妖怪に注目していた。


 二人とも、私と同じ料理を、私と同じように、私と同じだけ食べているが、成人と同じ量を食らっているという点には目を瞑ると、一つ目の方はまだ理解が出来る。小さいとはいえ、生物の肉体を有しているのであるから。しかし、から傘の方は口に入れたものを一体どうやって処理しているのであろう。私が彼らの生態を知りたがって尚も観察を続けていると、


「おい、水口君、味の感想くらい言ってよ」と雪月さんに悲し気な顔で言われてしまった。


「すみません」と反射的に謝罪して、


「美味しいですよ。それに雪月さんに自炊のイメージはなかったですから、ちょっと驚いてもいます」

「なんだ、貶しているのか、このヤロウ」


 女人に向かって、これまたあるまじき悪手を指した。私は自分のことを馬鹿野郎と呪わずにはいられなかった。この空回りの鈍感ヤロウ!


 だが、それはさておいても、実際問題このクオリティを毎食作れと言われているのならば、かなり厳しい気がする。昼飯くらいはカップ麺でご勘弁願えないだろうか。


「おれはカップ麺なんざ、夜食程度にしか認めていねぇぜ」


 タコライスをはふはふと頬張りながら、一つ目が私の心を見透かしたかのように言った。


「だが安心しろ。お前に料理の腕なんぞ期待しちゃいねぇから。ただし栄養バランスぐらいは気をつけて作ってくれよ」


「いえ、それは甘やかしすぎというものです。一つ目さんは庭の手入れと家事全般。私は全ての事務作業を担当しています。ところが水口さんの方は食事の準備を除けば、任された仕事はお使いと簡単な人付き合いだけじゃないですか。料理くらいは完璧にこなしてくれないと困ります」


 心中で思っていただけなのに正論まがいの二の矢を投げつけて来るのはから傘である。ぐぬぬ、調子づいてやがる。試しにこいつの中棒を折ってやろうかとも一瞬考えたが、私は理知的な文明人である。野蛮な真似は止そう。そもそも、こいつを再起不能にしたら雪月さんが大変悲しみそうだ。


「私は何でもいいけど、仲良くやってね」


 雪月さんはあくまで静観姿勢をとった。


 昼食を終えると、私は雪月さんの話し相手になっていた。優美なロケーションを度外視すれば、部室と何ら変わりないなと密かに思ったが、口には出さなかった。というのもこれは何とも贅沢な愛すべき名誉であるからだ。マンネリズム万歳。


 その後も、食事の準備とおつかい以外の殆どの時間は雪月先輩の暇つぶし相手か自由時間であった。これで百五十万円は正直美味しすぎるが、何か裏でもあるのだろうか。あっても別に良い気がする。私は雪女さんという未知なるロマンと邂逅できただけで十二分に満足し、何の後顧の憂いもなかったのであるから。



 日が翳り始めた時刻であった。ついに私は初めてのお使いを頼まれた。事の発端は部屋着に着替えた雪月さんとの会話に遡る。


 夕方、私たちはテレビのニュースをぼんやりとソファーで並んで見ていたのであるが、誹謗中傷が社会問題になっているというニュースが流れると、彼女は少し逡巡した後で私に尋ねた。


「私が君に、君は馬鹿かって言ったらそれには愛があるかな?」

「状況によりますが、多分、はい」

「でも私が見知らぬ誰かに向かってあいつは馬鹿だって口にしたら?」

「僕が言うなら愛はありませんが、雪月さんが言うなら分からないな」


 私は結構まじめにそう言った。


「そこはないって言わなきゃダメだって分かるでしょ」


 彼女は冗談と取ったらしく苦笑した。


「とにかく、今の世の中、馬鹿って悪口だけ凄く軽く扱われている気がしない? 皆、人を馬鹿扱いするのに何の躊躇もない」

「言われてみればそうですね。悪口を言うやつは馬鹿だなんて自家撞着の言葉もありましたし」

「私にはそれが悲しい」

「悲しい?」

「うん、人間って悲しいね」


 人間界を憂うような達観した物言いをするのである。雪月さんは心底悲しそうな態度をとった。が、続いて夏のファッション特集が始まると、雪月さんは悲しさを放り投げて、直ぐにそちらの方に興味を示した。こちらがストロークを続けようと構えていたら、いきなりドロップを落としてくるかのような緩急が、彼女にはあった。


「そういえば何で着替えたんですか? さっきのも同じようなワンピースじゃありませんでした?」


 ワンピースが好きだと豪語する彼女に向かって私は愚劣な質問を投げた。


「分かってないなぁ。いいかい、これはホームドレスって言うんだよ。私、ズボンでは寝たくないの」


 そうして今度は嬉々としたホームドレスの説明が始まるのである。雪月さんはファッションに無知な私に色々とご教授してくれていたのだが、その最中である。柱時計が十八時の鐘を鳴らした。


 雪月さんは何か重大なこと思い出したかのようにハッとして部屋から出て行くと、直ぐに大量の布を抱えて戻ってきた。


「それじゃあこれをクリーニングに出しに行って貰おうかな」


 そう言った彼女はシーツの束と圧縮された布団を私に手渡した。


「何ですか、これは」

「見たまんまシーツと布団だけど」


 彼女は財布から景気よく一万円札を取り出すと、それを私に手渡して囁くように言った。


「これで帰りにお酒と夜ご飯も買ってきてね。出来合いを買うか料理するかは委ねるよ」

「いいですけど、自分で洗濯はしないんですか?」

「便利な施設は使わなきゃ損だよ。一つ目ちゃんは小さいから大きいモノは洗濯出来ないの。それにシーツと布団は君がこれから使うものでもあるんだから、文句があるんだったらソファーで寝てもらうことにしようかな」

「いいえ、結構です」


 私は反抗しなかった。雪月先輩なら脅しじゃなくて本当にしかねないし、何より私は度々顔を出してくる自身の無駄極まりない反抗的精神が不可解で、こいつに制裁を加えてやらんと気が済まなかったのである。


 買い物に行くため、私は外に出た。夕焼けに目を細め、屋敷前の植え込みを通り過ぎようとしたら、一つ目が生垣の裏からひょこんと顔を出した。


「買い出しに行くなら、お前にいいもんを貸してやるよ」


 私は屋敷裏の小さな小屋に案内された。一つ目が得意げに手渡してくれたのは、年季が入ったボロッちい自転車の一つであった。


「オンボロだが、スピードは保証するぜ」

「ありがたく頂戴するとしよう」


 私は素直に感謝して、そのオンボロ自転車を借りることにした。


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