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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
雪女さんと
14/24

 当日は互いに相手の姿が見えない状況で、簡単な質疑応答から始まった。モニター越しに雪女だという女性の声が響いてくる。


「どうしてこのアルバイトを志望したんですか」

「賃金と業務内容を魅力的に思いまして」

「家政婦の経験はありますか?」

「ないです」

「住み込みですので、期間中は勤務地から帰れませんが大丈夫ですか」

「大丈夫です」

「自己PRを何かお願いします」

「雪女は妖怪の中で一番好きです。小泉八雲の小説も読みました」


 途中から私は違和感を抱き始めた。機械を通しているのに加えて、畏まった声色で話しているから分かりにくいのだが、どこか聞き覚えのある声である。


「もしかして、雪月先輩ですか?」


 会話を重ねるにつれて確信を抱きつつあった私はとうとう耐えきれなくなって尋ねてみた。


「えっ、なんで」


 正解だった。雪月先輩は、万引きを実行する直前で店員に腕を掴まれてしまった少年のような素っ頓狂な声をあげた。


「その声、まさか水口くん? 渡された名前と違うじゃないか。なんだよ涼井雲雀って」


 慌てながら言うと、観念した彼女は自分の姿を画面に映した。やっぱり雪月先輩である。彼女のパジャマ姿は初めて見た。


「君も観念して姿を見せろ」

「はぁ」


 私の方は顔合わせの可能性も予期して、綺麗めなワイシャツをちゃんと着ていた。面倒がってネクタイまでは着けていなかったが、一応のフォーマルな格好である。


「雪女になりたかったんですか?」


 私は率直に聞いた。からかいを含まない素朴な疑問が却って恥辱を煽ったらしい。彼女は慌てふためきながらこう言った。


「違うよ! 私はれっきとした雪女なの」


 マイクとカメラに寄りすぎた口から放たれた言葉は音割れしており、かなり聞き取りづらかった。


「もしかして、不採用ですか?」


 私が覚悟して尋ねると、顔を赤くしたままの彼女は両手を組んでしばらく思案に暮れた。そうして、さっぱりとこう言った。


「まぁいいや。採用!」

「いいんだ……」


 私の夏休みの予定はこれで決まった。



 七月二十八日の朝十時、駅前のカフェである。私は雪月先輩と相対して話していた。大半は雑談だったが、二杯目のコーヒーを飲み終えて会計の雰囲気が漂い始めると、雪月先輩は小声で始めた。


「実を言うと、かなり悩んだんだけどね。でもまぁ、君にならいいかなって。ただし小泉八雲の雪女の話は知ってるよね。あれとは随分状況は違うけれど、もし私の正体を他に知らせたら、私は君を殺さなくちゃいけないから」

「よくわかりましたよ」

「本当に殺さなくちゃならなくなるからね」


 冷たい声でそう脅すと、彼女は一足先に避暑地に飛び立って行った。その際、危ない行為をしてはいけないと、おふざけ無しで本気で子供にいう時のような真剣な調子で、最後にこうも付け足した。


「私、絶対にそんなことしたくないからお願いね。ちなみに今ならまだ君の記憶から雪女としての私を消す方法もあるんだけど、どうする? 君が決めてくれていいよ」

「記憶の削除は拒否します。僕の夏休みの予定は既に決まっていますから」


 私は本心からその言葉を口にしたが、彼女が雪女であることは今ひとつ信じ切れないままでいた。何せ彼女はあまりにも人間的であり、あまりにも人間全体を愛しているように思えたのだ。そして私は彼女が私のことを嫌っているどころか、ある程度は憎からず思ってくれていることに心中で欣喜雀躍し、恥ずかしい話だが、頭を地面に擦り付けて神に感謝したいくらいであった。つまるところ、行く以外の選択肢はありえなかった。


 家に帰った私は問答無用で荷造りを始めた。



 夏空は良いものだなぁと、他所の土地へ降り立つと、つくづく思う。


 下宿先から電車を乗り継いで約二時間。栄えも寂れもしていないヤケガマ駅前に着くと、ヤケガマ湾の方面に向かって十分ほど歩いた。すれ違うのは地元の高齢者達ばかりである。私は、かつての観光街が段々と寂れていったらしい様子を街の至る所に発見しながら、栄枯盛衰の儚さに感慨を浸らせていた。


 そろそろ太陽に照らされた鮮やかな海が間近に望めるようになってきた。眼前にヤケガマ湾が広がる通りの道辻で私は案内看板を発見し、そこで西に折れてまたしばらく歩いた。すると、かつては別荘地だったのだろうか。昭和の匂いが残る洋風の邸宅があちこちに立っていた。どれも荒廃した庭を伴っており、無秩序に伸び切った草木の具合から鑑みるに、もう二十年は誰も訪れていないらしかった。


 先方に見える山の葉叢が風に揺れるのを眺めながら強い日差しに目を細めていると、海沿いに並び立つ古い邸宅の間隔が広くなり始めた。視界から段々と人工物の割合が減ってきて本物の緑が増えていくのを認めると、今度は緩い坂の山道に入るのだ。せかせかと歩きながら椎の木やクロマツの茂り具合に惚れ惚れとしていると、私はようやく写真通りの邸宅に着いた。そこはかとなく香ってくる潮風が身体を心地よくうずうずとさせ、揺れるクスノキの葉っぱが夏を彩るその土地には、胸踊るワクワクの神秘が隠されていそうな和洋折衷の屋敷が鎮座していた。


「おはよっ」


 チャイムを鳴らすと、大きな玄関扉を重そうに開けて、雪月先輩が門の前まで出迎えに来てくれた。白いワンピース姿で雪女らしさは微塵もない。


「中々素晴らしい道のりだったでしょ」

「ええ、街に人が多すぎないのが良かったです。この辺は更に辺鄙なのも気に入りました」

「でしょう。でも今回はお金が発生しているからね。避暑旅行を満喫させてあげたいのは山々なんだけど、きちんと働いてもらうからね」

「そりゃもう心得ていますよ」


 門から玄関までの地味に長い距離を歩く最中、私はあまりにも大雑把にしか聞いていない業務内容について尋ねてみた。


「で、僕は主に何をしたら良いんでしょうか? 凄くしんどいであろうことは何となく察せられますが」

「そんなに大変でもないと思うよ。掃除や洗濯は他にも人がいるし。君にやってもらいたいのは、主におつかいと近所付き合いだね」


 雪月先輩は高揚をあまり隠さず、矢継ぎ早に喋った。


「一応、宅配とかもあるけどさぁ、細かいものまで全部いちいち運んでもらうのは配達員さんに悪い気がするし、私、アイスとか本とかジュースとかが衝動的に欲しくなることがままあるからね。後、たまに自炊がしたくなる時もあるし。こう見えても私、料理の腕は中々なんだよ」


 彼女は自らの白い前腕をぺちんと叩いて、自信ありげな表情を浮かべた。


「近所付き合いの方は簡単だよ。私、ここでは毎年この時期になると亡き父母との思い出に浸りに屋敷にやってくるお嬢さんという設定になっているから。時が来たら上手いこと合わせてね」


 正直、話の後半はあまり頭に入っていなかった。私はひどくがっかりしていたのだ。なんだ、他にも人がいやがるのか。


「まぁ、いいや。詳しいことは後で説明するとして、まずは屋敷を案内してあげる」


 玄関扉を開けると、洋風のバカでかい玄関ホールが待ち構えており、私は早速圧倒されてしまった。そうしてそのまま私の驚きぶりにご満悦な雪月先輩による屋敷見学ツアーが始まった。


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