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雪女さんこんにちは  作者: suzumi
怪奇幻想部
12/26

11

 異変に気づいたのは一時間ほどぶっ続けに議論をして、そろそろ小休止を挟もうとしていた時である。原口部長がタバコを吸いに行って、矢田が御手洗に席を立ったその時、私は右隣の仕切り板の向こうから確かに神崎先輩の笑い声を聞いた。レモンが弾けるような特徴的な笑い方を聞き間違える道理はなかった。


「お二方、仕切りの向こうに我が部の誇る乙女二人を発見しました」


 謎に興奮した私は戻ってきた二人にひっそりとこの事を教えた。


「何? それならば奴らの会話を傍受せねば。どんな悪魔的な計画を企てているか分からん」


 原口部長は袖を捲ってこう言った。そのあまりの悪役振りには私も矢田も苦笑したが、結局は二人とも同調して同じ穴の狢に早変わりした。


 確かに何か我々の高邁な野望に関係のある事柄が話されるかも知れん、ガールズトークからも何か得られるものがあるかも知れんと、決して邪な考えからでなく、私たちはあくまでも知的探求のために耳を済ませた。店内の騒がしさが災いして多少聴き取りづらさは残ったものの、なんとか会話は耳に入った。


「焼き鳥は美味しいなぁ。レモンサワーを合間に飲んだら、どれだけ食べても飽きないなぁ」とぽわぽわしたことを言うのは雪月先輩。ニコニコとその場を楽しむ彼女に対して、酒癖の良くない神崎先輩が饒舌に絡むという形らしい。


「どうして彼氏を作らないんですか? まぁ私としては先輩との時間が増えて有り難い限りですけど、勿体ないとは思わないんですか」

「さぁ、分かんないな。彼氏がいるとやっぱり生活は楽しくなるの?」

「そりゃ一般的にはそうじゃないですか? 私の場合はあまり変わった気はしませんけど。大体、ウチの部の男共は恋愛に夢を見すぎですからね。あれは女嫌いというよりも一周まわってとんでもない女好きですよ。それも理想だけが無駄に高い一番厄介な手合いです。雪月先輩も気をつけてくださいね」

「うん、でも志保ちゃんの彼氏だって怪奇幻想部のOBじゃん」

「そう! あいつも酷いもんですよ。だって付き合ってからしばらくの間は、私が化粧をしていることさえ知らなかったんですよ。髪の毛のサラサラも天然モノだと思い込んだままだし、女の子は皆、健気で優しい心を持った天使なんだと真面目に信じているんです。それだから、女の人相手に疑うということを知らないんですよ!」

「まぁまぁ落ち着いて。それでも愛すべきところは沢山あるんでしょう?」

「ええ、そりゃあ有りますよ。でも愛だけではどうにもならぬことがあるのもまた事実。世を行く男女の道は悲しいものです」


 そこで一区切りがついた。どうやら神崎先輩が席を立ったらしい。会話は止まった。


 ふと自分たちの席の方を振り返ると、血涙を流さんばかりの矢田と、繰り広げられる恋愛談にすっかり興味を無くした原口部長がもう話を聞いていなかった。原口部長は自分に関係しない色恋沙汰には全く興味が薄いのである。


「おい、水口もういいだろ。奴らに挨拶に行って、皆で飲み直すことにしよう」


 痺れを切らした原口部長が退屈そうな顔でそう言い、


「そうするとしますか」


 悄然たる矢田は立ち上がって、そそくさと向こうの席に行こうとした。


「いや、もう少し聞きましょうよ」


 焼き鳥を食うのも忘れ、私は一人だけ粘ろうとした。


「はぁ、お前は犯罪者チックな男だな。いったいこれ以上何を聴くのだ」

「それは聴かなきゃ分かりませんよ。今に、雪月先輩の恋愛論が語られるかもしれませんし」


 その時であった。


「私の何が聞きたいって?」


 出来るだけ声をひそめて囁くように叫んでいたのだが、立ち上がった雪月先輩が仕切りの上からひょこりと顔を出した。まずい、我々は完璧に見つかってしまった。


 そうだ、完全に失念していた。雪月先輩は地獄耳の持ち主だったのだ。思い返せば、この人は以前から自分とは関係のない所で繰り広げられている会話に途中から割り込むのを得意としていた。


「それで私の何が聞きたいの?」


 私に向かってニヤニヤ顔を浮かべている。


「いや、何でもありませんよ。全く僕らの親和力も中々驚くべきものがありますね。ねぇ、部長」


 私は無理やり取り繕ったが、原口部長はどさくさ紛れに全部の罪をなすりつけようと酷いことをした。


「知らん。俺と矢田は止めたんだが、こいつが雪月先輩の話が聞きたいんですってうるさくてな」


 完全に否定は出来ぬが、こんにゃろう。私は彼らを一瞬睨んだが、彼らは更に強く睨み返してきた。相変わらず逞しい男たちである。


 しかし、雪月先輩は私たちに怒らなかった。それどころか私を見つめて、聞きたいことがあるなら何でも教えてあげるよと妙に胸を張って豪語してきて、これにはかなり困った。どぎまぎしたまま、話が進まないでいると、


「あれ、部長に矢田に水口くんじゃない!」


 神崎先輩が席に戻ってきた。慌てた私たちは適当な誤魔化しの言葉を並べ立て、話は有耶無耶。結局、宴会は五人規模となった。それからすぐに吉田先輩と高木副部長も合流して、怪奇幻想部主要メンバーによる臨時飲み会が勃発した。


 その後は店を座敷の海鮮居酒屋に変えての大宴会の予定だったのだが、明日の朝の講義を心配した神崎先輩が早々に離脱。


「雪月先輩に手を出したやつは死刑だから」と言い残して帰って行った。


 それからもしばらく宴会は続いたのだが、終電を気にした吉田先輩が帰る素振りを見せ始めると、帰るな、帰るなと原口部長がウザ絡みを始めた。最終的には高木副部長と矢田を連れて、店外まで吉田先輩を追いかけまわし、深夜の鬼ごっこが始まってしまう始末であった。倫を絶する男達であるから仕方あるまい。


 残された私と雪月先輩は仕方なく彼らの分の飲み代を割り勘した。


「どうしようもない人達ですね」

「だね」


 月が高い夜道に出ると、私たちは二人で歩いた。これは前々からの悩みなのだが、何故だか私は彼女の前でだけは、ふざけきった態度が取れなくなってしまっていた。タチの悪い真剣病にかかってしまうのである。


「でも何だかんだで毎日楽しいですよね。雪月先輩は毎日が楽しいですか?」


 愚にもつかない内容であると自分でも分かっていながら、私はいつの間にか尋ねていた。


「楽しいよ、かなり」

「どうしてですか?」

「理由なんている? 私は何となく楽しいのが好きなの」


 彼女は低く言って、後から誤魔化すように笑った。何を誤魔化しているのかは分からなかった。


「いらないかも。僕の人生も何となくの連続ですよ。それなのに他人にはいつも理由を求めてしまう」

「悲しいね」

「はい、悲しいです」


 ほんの少しだけ空気がしんみりとした。


「家まで送っていきましょうか」


 前と同じように私が尋ねると、彼女はまた断った。


「ううん、ありがとう。今日も私が君の家の方まで送っていってあげる」


 私たちは夜の煌びやかな繁華街から街灯少ない下宿先までを足取り軽く歩いた。出発してすぐ、横手に見えた市役所には地元のオリンピックの活躍を讃えた巨大な横断幕が張られてあり、私たちの会話の内容は自ずとスポーツに傾いていった。彼女は昔、テニスとバトミントンをやっていたらしい。小柄かつ骨細であるが、運動はかなりできるとのこと。


「最近は走ることすら殆どないんだけどね。今度、何か一緒にやってみようか」

「キャッチボールでもやりましょうよ」

「賛成。私のナックルカーブを見せてあげる」


 雪月先輩はそう言ってからからと笑うと、後ろ手を組んで先導しだした。ぺたぺたとサンダルの音が鳴り響き、時折、こちらを振り返っては意味もなく笑っている。


 それにしても本当にゆらゆらと歩く人である。動きまで掴みどころのない人だなと私は改めて思った。


 結局、彼女は約束通り私の下宿前までついて来てくれた。そしてバイバイと微笑むと、スキップ気味に元来た道を引き返して行った。彼女の歩調に合わせて風が踊り、道端のアラカシの葉やチガヤを揺らしている気がしてならなかった。


 私はワンルームではなくワンケーであることが唯一の誇りである下宿に戻ると、暑さでベタベタになった肌をシャワーで洗おうと浴室に向かった。私は彼女の汗ひとつ見当たらない白い肌を思い出していた。


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