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夏の到来はいつも早い。我々を苦しめる猛暑は冬の間は常に望まれる絶景であるのに、いざ夏の本番になれば早速その暑さにうんざりとして、嘆いていた冬の凍てつくような寒さの方が恋しくなる。それはもうラーメンちゃんに飽きればチョコレートさんに逃げ、チョコレートさんに飽きればラーメンちゃんに戻るというようなもので、まことに我々人間とは薄情なものだなぁと嘆かざるを得ない。
学期末のテストやらレポートやらで忙しくなる最近は部の集まりも悪く、特に雪月先輩が中々現れないのは私にとって大変な痛手であった。何が悲しくて原口部長主催の男四人での腕相撲大会に参加しなくてはならぬのか。というか大体、七年生は今の時期、何に忙しいのであろう。それはそれとして、蝉時雨をオーディエンスとして開かれた腕相撲大会は原口部長の圧勝に終わり、私は全治二週間の関節の炎症を頂戴した。
私と矢田は最近の原口部長の「お気に入り」である。二人の共通点は何であろうか。恐らくは「挨拶」に巧みな所があったからだと私の方は勝手に分析している。
挨拶は臆病かつ怠惰な人間にとっては非常に有益なコミュニケーションの手段である。何しろ、それを行うだけで他者との厄介事の多くを回避できるのだから、煩瑣な人付き合いを厭う人間がこれを使わない手はない。しかし、挨拶があまりにも丁寧すぎると、それはそれで問題があることを私は大学に入ってから新しく学んだ。
「今から飲みに行くぞ」
原口部長の誘いは大概の場合、メッセージアプリから送られてくる。酒を飲めないからと断るのだが、ソフトドリンクでも良いからと無理やり攫われる。酔った部長を下宿まで送り届ける役を矢田と押し付けあうのが最近の我々のトレンドである。しかし我々とて決してやぶさかではなかった。というのも原口部長は態度や行動にこそ無茶苦茶なものがあるが、ケチなところは一切ないのだ。この辺りは岡田店長と全く同じ美徳を有していた。そして何と言っても我々は愛すべき変人の話を聞くのが大好きなのである。口ではイヤイヤ言いながらも部活を辞めないのも結局はそういうことに帰結する。
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その日は雨にも関わらず声がかかった。会場は大学近くの焼き鳥屋「スズメダメ」である。 冷静に考えるとなんちゅう名前なのだろう。学生が多い安価な価格帯の店なのだが、隣席との間を隔てる仕切りがしっかりとしており、騒がしい店内ながらも、半個室で落ち着いて飲み食いできるのが好ましい店である。
夜八時、夏のどこかに潜んでいるという囁かな涼しさを探しながら店にたどり着くと、
「矢田よ、お前はそろそろ雨になど拘泥せぬ男になれ。怪奇幻想部員たる人間が天気なぞ気にする小さい男になるな」
「しかし部長、傘を差さねば全身は濡れますし、天気予報は自然と目に入ってきてしまいます」
「哀れなコンピューター中毒者め。お前はしばらくデジタルデトックスだ。雨に濡れていったい何の不利益がある? 雨を噛み締め、怪奇的な思考をするのだ。常道を歩まぬ者にこそ、怪奇幻想は降ってくるのだ」
「なるほど、確かに一理あります。しかし反論も一つありますよ。つまりですね──」
既に原口部長と矢田が到着しており、何やら熱い議論を交わしていた。何故か二人共向かい合わずに隣同士で座っており、私は彼らの対面におずおずと座った。
「お待たせしました。今日は予定通り、なぜ我々のような高度知的生命体に婦人方は全く興味を示さないのか、各々の意見を開陳した上で議論いたしましょう」
私は両手を編んで仔細らしく息を吐いた。
「うむ、重要な議題に違いない」
原口部長が首肯した。彼はハイボールを恐らく既に三杯、串入れにもかなりの数の串を放り込んでいると思われる。
「俺は既に結論を得た」と矢田も準備万端の様子である。
矢田は私が一杯目の烏龍茶を飲んだ機を見計らって、自らの孤高の原因を女人達の見る目の無さに集約する見事な演説を披露した。その責任転嫁の技術の高さには私も原口部長も拍手喝采である。
「お前は素晴らしい男だ」と褒めちぎりながら呵々大笑する原口部長に追随して、私も滅多矢鱈に矢田のことを褒めてやった。
この部の中では比較的反原口派とも神崎派とも仲が良い私であるが、原口部長らと席を共にする時は原口派に呑まれていつも大体こんな調子である。傍から見れば馬鹿みたいだが、これが中々楽しいのである。この日も世間に対して大いに毒づき、見果てぬ壮大な夢を描き、やがて来るという混沌の日々に向けての準備を着々と進める予定であった。仕切り越しに聞き馴染みのある声が聞こえてきたその時までは。




