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星渡りの不完全者  作者: 藍色あけび
1章 旅のはじまり、禍福の残響
8/10

第5話 傷だらけセレモニー 【フェニス第3従響星】

 リメアがシェルターから空を見上げれば、今にも雨が降り出しそうなほどどんよりと曇っていた。


 アリシアはいつもより遅かったが、今日も遊びに来てくれた。

 でも目を合わせてはくれず、唇を噛みながら、ずっと下を向いている。

 爪が深く食い込むほど、強く左腕を押さえつけているのが見えた。


 後ろには初めて見る、アリシアより少し背の低い女の子が5人。

 全員同じ孤児院服。

 アリシア以外、みんな笑っていた。

 笑っているのに、ほとんどの少女たちの目はちょっと怯えてて、変な感じだと思った。


「で、こいつ?」


 唯一目が笑っていた赤毛の少女が、ムッとした声でリメアを指さした。


「おい」


 別の子が、アリシアを小突く。

 アリシアはリメアに向かってつんのめったあと、すぐに振り返って謝った。

 

「ごめんなさい、施設の水着を勝手に使ってごめんなさい、勝手にあなた達の沢で遊んで、ごめんなさい」

「どけよ」


 横に突き飛ばされたアリシアは、草原に倒れ込む。

 だが次の瞬間、弾かれたように立ち上がり懇願した。


「私が、全部悪いんです。この子は、何も知らないの。お願いします、お願いします!」


 腕に擦り傷ができていた。

 血も、滲んでいた。


「邪魔」


 少女が冷たく言い放つと、別の子たちがアリシアを無理やり引き剥がした。

 アリシアは、すぐに抵抗をやめた。

 一度顔を上げようとして、リメアと目が合う前にふい、と逸らした。

 頬が、ひくついていた。


 心が、すとんと、地面に落ちた気がした。

 胸の奥が、すぅっと、冷たくなった。

 とたんに――何も感じなくなった。

 


 自然と足が前に出て、口が開く。



「はじめまして、わたしはリメア! あなたのお名前は?」


 明るい笑顔と挨拶が、淀みなくスラスラと出た。


「はぁ? 何このガキ。どっから孤児院の庭に入ったの?」


「あなたの、お名前は?」


 リメアは張り付いたような笑みを浮かべて繰り返す。


「うざ」


 少女の吐き捨てた言葉を、そのままの速度でリメアは打ち返す。

 

「あなたは、――お名前も言えないの?」

 

 静止する時間の中で、アリシアの首だけが、ガバっと動く。

 その目は驚愕に見開かれていた。


 やっと合った目線に、リメアはニッコリと笑いかける。


「……めてんのかクソガキがぁ!!」


 少女の足が、リメアの腹部めがけて勢いよく蹴り上げられる。

 ワンピースの裾に迫る、土まみれの靴先。

 笑顔を崩さず、半歩、後退。

 額を靴底がかすめ、前髪がふわりと持ち上がった。


 ドサリ、とバランスを崩した少女が、自ら薙ぎ倒した草の上に尻餅をつく。



「どしたの?」



 リメアの一言で、少女の顔がみるみると青ざめていく。

 両腕は強張り、赤い前髪と頬がぶるぶると震えていた。


 ゆらりと立ち上がったあと、スタスタとリメアに接近。

 歩きざまに大きく振りかぶった平手が、空を切った。

 

 パシン、と乾いた音が大気を揺らす。

 

「ん?」


 リメアは不思議そうに首を傾げて見せた。

 少女の掌は頬の寸前で、リメアの手とちょうど拍手をする形で重なっている。


「……んのっ!」 


 歯をむき出しにした少女が、すかさずリメアの黒髪を鷲掴みにする。


「やめてっ!!」


 アリシアの悲鳴が、響き渡った。





「………………え?」


 威勢よく襲いかかったはずの少女の口から、気の抜けた声が短く漏れる。

 先程までしっかりと掴んでいたはずの髪の毛が、開いた掌に見当たらないようだった。

 抜けた毛一本すら見つけられず、手を閉じたり開いたりしている。

 

「んん~?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたリメアが、硬直する少女の顔を下から覗き込んだ。


「おい……っ!」


 力なく振られた少女の手は、身を引くリメアの長い黒髪を再び確かに絡め取る。

 指先の感触を確かめるやいなや、少女の手が荒々しく握られた。

 瞬間、髪束が音もなく、拳をすり抜ける。

 

 黒髪がキラリと銀色に波打ったが、透過に気づいたのはきっと跳躍の様子を知っているアリシアだけ。


 赤毛の少女は絵に書いたような困惑の表情を浮かべ、自分の手とリメアを交互に見比べた。


「クスクス、そんなんじゃ、捕まえられないよ? クスクス」


 かぁっと赤面した少女は、背後に向かって怒鳴り散らす。


「おいッッ! ボサッとせずにこいつを捕まえろッ!!」


 呆気にとられていた他の少女たちは、短距離走のピストルが鳴ったかのごとく走り出す。

 リメアもはしゃぎ声を上げ、駆け出した。


「うわっ、いっぱい来たー!」


 唯一取り残されたアリシアは、2、3歩前に出て、足を止める。

 

「……はは……」


 アリシアの乾いた笑いを背中で受け止めながら、リメアは風を切る。

 向かった先には、おびただしい数の岩の林。

 ストーンヘンジの密林が、口をぽっかり開けて待ち構えていた。





「あははっ、こっちこっちー!」


 てってってっ、と、軽やかに走るリメアの後ろから、ドタドタと5人が追いかける。


「回り込め!」


 赤毛少女の号令を合図に、4人が散った。

 リメアを取り囲むようにそれぞれが動き、岩の間からタイミングを伺う。


「あそこに追い詰めろ!」


 少女が指さした先には、密度高く岩が並んでおり、袋小路になっていた。


「逃げるな!」

「まてー!」


 リメアの脇を4人が固める。

 岩の間の道を塞ぎ、前へしか進めないよう妨害している。

 にも関わらず、ニコニコのリメアは、袋小路めがけて一直線に突っ込んでいった。


「こいつバカか!?」

「囲い込め!」


 ドタドタと集まった5つの顔。

 岩の壁に囲まれた密閉空間。



 しかし、そこにいるべき少女の姿が、無い。



「ここだよ?」


 トントンと肩を叩かれた1人の少女が、ヒッと声を上げる。

 背後から現れたリメアに、各々が狐につままれたような顔で互いを見た。


「誰か、逃がしたな……?」


 ギロリと睨みをきかせる赤毛に、皆、首を横に振った。


「あれー? もうおしまい?」


 リメアは安い挑発を繰り返す。

 

「あんま調子のんなよ……?」

 

 赤髪の頭からは、今にも湯気が出そうだった。

 2人の視線が火花を散らす。

 トトッ、と先に目線を切って走リ出したのは、リメアだった。


「ふふ~ん♪」


 鼻歌を歌いながら、スキップを決めて岩の向こうへ。

 少女たちは顔を見合わせ、頷きあうとすぐさまリメアを追いかけた。


 しかしストーンヘンジは、徐々に異様な空気に包まれていく。


 リメアの姿は見えぬまま、声だけがあらゆる方向から反響する。


「ここだよ~」

「こっちこっち」

「まだ見つけられないの~?」

「そっちじゃなくて、こっちだよ」


 まるで、黒髪の少女が何人にも分身したかのように。


「どういうことだ……」

 

 赤毛の少女を含め、全員の顔に焦りと不安が浮かぶ。


「い、いました!」


 やや背の低い少女が声を上げた先には、岩に寄り掛かり、毛先をいじるリメアの姿。

 発見した少女は慌ただしく手招きし、指さした先へと振り返る。

 刹那、少女の目が大きく見開かれた。


 綺羅びやかな白銀に染まった髪をなびかせたリメアが、妖しい笑みを浮かべたまま、岩の壁の中へ、スゥッと溶け込んだのだ。


「えっ……」


 口をぱくぱくさせながら固まる少女の周りに、息を切らした少女らが集まる。

 

「どこだ!」

「い、今そこにいた!!」

「いないぞ!」

「ち、違うの、い、岩の中に溶けちゃったの!」

「…………はぁ?」


 疲労の滲む顔で、赤毛がリメアを見つけた少女ににじり寄る。


「本当なの!!」

「……ッ!」


 大きく振りかぶった手のひらが、風を切って怯える少女の頬を叩かんとする。


 パシンッ。


「……また、ハイタッチだね!」


 平手打ちは再びリメアに阻止され、赤髪は怒りに逆立った。


「お前どこから…………、っ!?」


 途端、少女の表情が恐怖一色に染まった。

 見つめる先には、髪を揺らして岩の壁から半身を出しているリメア。

 もう半分は、岩の中に埋もれていた。


「えへ、ばれちゃった?」


 ニシシ、と笑いながら、埋まっていた下半身を岩から出す。


 少女の1人が、悲鳴交じりの声を上げた。



「こ、こここいつ、幽霊だ!!」


 その声が合図だった。

 揃いも揃って互いを押しのけ合いつつ、ドタバタと背を向け駆け出す少女たち。

 ストーンヘンジの外へ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 したり顔で眺めていたリメアは、ハッと気づいて、慌てて手を伸ばした。


「あ、まって、そっちは……」


 言い終わるよりも先に、結果が各方面から聞こえてくる。


「ぐえっ」

「わぁっ」

「きゃっ」


「まだ、埋め立て工事中なのに……」




 まさに、時すでに遅し。

 少女たちは、3つの穴にそれぞれきれいに収まった。


「おいコラ! 出せよ! おいっ!!」


 ただ1つ、威勢のいい声が聞こえる穴に、リメアは近づいていく。


「お前ぇっ! 落とし穴まで用意しやがって、アリシアとグルだったな!! うちらをここに誘い込んだな!!」

「………………そうだよ?」


 リメアはたっぷり間を開けてそう返すと、下ろしていた手を振り上げる。

 穴の上で輝いていた、人工太陽が、黒で塗りつぶされた。


「………………………………は?」


 赤毛の少女は、口を力なく開け放つ。

 穴の縁でリメアが持ち上げていたのは、巨大な岩の柱だった。

 到底少女が持てるような物ではない。


「ひひひ、あなたは、一番元気が良さそうだから、食べるの最後にしてあげるね……」

「い、いやだ! やめてくれ! やめてくれーーーっ!」


 少女の叫びも虚しく、穴は大岩で塞がれていく。

 ひとつ、ふたつと岩を置くたびに、穴の暗さは闇に近づいた。

 最後の岩を乗せた後、細い隙間へも、丁寧に、丁寧に、黒土を被せていく。


「ぺっぺっ……おい、おい!! う、うちのことを、生き埋めにする気か!?」

「そんなことしないよー? ただ天井をキレイに塞いでるだけ。後でじっくりいただくからね……。保存食っ、保存食ーっ!」


「あ…………」


 

 冗談じみた鼻歌に合わせて、ぴっちりと岩の隙間まで固められる。

 穴の中に、真の暗闇が完成した。

 リメアは耳をそばだててみるも、中からは人の声か獣か、判別できないような叫び声がくぐもって響いているだけだった。


「ふー、工事完了っ! お疲れさまでしたっ!」


 額の汗を拭うリメア。

 とても、清々しい気持ちだった。


「リメアっ!」


 背後から、名前を呼ばれる。

 振り返るとそこには、不安げに胸の前で両手を握りしめたアリシアがいた。


「ぶいっ!」


 リメアは勝利のVサインを空高く掲げる。

 アリシアはよたよたと歩み寄り、リメアを強く抱きしめた。


「ごめん、リメア。私、私……」

「いいよ、アリシア」


 リメアは背中を優しくさすった。


 心地よい風が、草原を駆け抜ける。

 雲間から太陽がのぞき、夏虫たちが我先にと鳴き始めた。


 少女たちは互いに抱き合ったまま、土で汚れたおでこを、こすり合わせる。

 互いの顔を見た後、弾けるような笑顔が2つ咲いた。




 日が沈みきった頃、孤児院の鐘がなる。


 アリシアを先に帰した後、リメアが岩の蓋を放り投げると、中からすえた匂いが立ち上ってきた。

 涙と泥と、その他様々な汚れにまみれた赤毛の少女が、穴の底で縮こまっている。


 助け出すと、リメアの手を払い、ベソをかきながら歩き出した。

 他の少女たちから、一定の距離を保ったまま。


「もうアリシアにひどいことしちゃダメだからねーーっ!」


 リメアは、少女たちの背中に大声で叫ぶ。

 トボトボと歩く少女たちの背は、振り返らないまま小さくなっていく。


 リメアは仁王立ちで腕を組み、満足そうに頷いたのだった。






 翌日。



 アリシアは、いつもと同じ時間にやってきた。


「アリシアーっ!」

 

 丘の上を、栗色の髪をした少女が1人で歩いてくる。

 リメアは嬉しくて、腰掛けていたシェルターの屋根から飛び降り、駆け出した。


「………………え、どうしたの、アリシア……」


 アリシアの左頬は、目を開けられないほどひどく腫れていた。

 笑顔が、ショックで引き攣る。

 昨日あんな事があったのに、どうして。

 

「はは、気にしないで、リメア」


 ところどころ汚れた孤児院服を身に纏う、傷だらけの少女は高らかに笑った。

 

「そんな! あの子たちにあれだけ言ったのに、またアリシアにひどいことをしたのね!」

「……違うのよ」


 アリシアは、リメアの両手を取り、首を横に振る。


「違うの」


 もう一度、なだめるように繰り返した。


「じゃあ、誰が!?」


 詰め寄ったリメアに、アリシアは歪んだ顔で優しく笑った。


「リメア、昨日はありがとう」

「え……、うん……」

 

「リメアのおかげでね、私、勇気が出たの」

「……うん」

 

「だから、こんな怪我、気にしないでいいの。私、今、とっても気分がいいから!」


 しっかりと開く方の右目は、爛々と輝いていた。

 リメアは、じっとその目を見つめる。


「私を虐めてた奴ら、あのあと服を汚しすぎてたせいで、孤児院の大人に見つかってね、私とリメアのこと、ぜんぶ話しちゃったみたいなの」

「う、うん」

 

「でね、でね! あいつらが幽霊だとか、岩から出てきたとか、いろんなことをそれぞれが言ったせいで、施設の大人がバカにされてると思って怒ってさ! 私のことをぶってきたのよ!」

「えっ、なんでアリシアがぶたれるの!?」


 話の飛躍にリメアが目を白黒させる。


「それは、まあ、ほら。話を聞く側からしたら、あっちは5人で、こっちは1人でしょ? 全員に指さされたら、私が悪者になるのは仕方ないことじゃない」

「そんな! それっておかし――」

 

 声を荒げるリメアの口を、アリシアの指が押さえる。

 

「聞いてほしいのは、ここからよ。あのね、私、ぶたれたあといつもすぐ謝ってたの。悪くなくても、謝ってたの。でも、今日始めて、謝らなかったの! そしたらね、もう1回ぶたれちゃったんだけど、私見たの! 見ちゃったの!」

 

 アリシアは興奮冷めやまぬ様子で、リメアを圧倒する。


「大人たちが、私のこと、気味悪がって怖がっているのを!」


 彼女が興奮し、なりふり構わず喋っている姿は、初めてだった。

 ただその喜び方は、何かに酔いしれているようで、ほんの少しだけ、怖かった。


 リメアはただ口元に笑みを浮かべて、見つめ返すことしかできない。



 雲が、恐ろしい速さで流れていく。



「それだけじゃないの、リメアっ!」

 


 声が、弾んでいる。

 アリシアは、バレリーナのようにくるくると回り、恭しくお辞儀した。

 

 顔を上げたアリシアは、腫れた左側を気にする様子もなく、白い歯を見せる。

 その笑顔は、きっと腫れのせいに違いないのだが、まるで別人のようにも見えたのだった。

 

「な、なあに? アリシア」






「私、――――大人になったの」


 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 みなさんは幼少期、子どもでいられましたか。

 大人になることしか選べなかったりしませんでしたか。


 レビュー、☆、いいねやコメント、ほんっとうにありがとうございます!

 すごく嬉しいです。通知が来るたび踊ってます。

 同時にこの物語を届けられてよかった、と読んでいただいた方への感謝でいっぱいです。


 感想だけでなく、感じたことやあなたの思いでも構いません。

 いつでもお待ちしています!

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