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星渡りの不完全者  作者: 藍色あけび
1章 旅のはじまり、禍福の残響
5/10

第4話 鉄の箱のなかで【フェニス第3従響星】

難しい用語が一部並んでいる箇所がありますが、さらっと流していただいて構いません。

 沢で遊んだ日の夜。

 満点の星空がのぞくシェルターの窓の下で、リメアがゴソゴソと起き上がる。

 

「……リッキー、もう、出てきていいよ」

 

 少女が小さく呟くと、体からはじき出されたように銀色の玉が飛び出した。

 星灯りしか光源がなかったシェルターが、明滅するライトで赤や青に彩られる。

 

「リメア様! ワタクシ、寂しゅうございまシタ! 宇宙船にいた頃は毎日おしゃべりをしてくださったというノニ! 最近はめっきり、それどころか、外出禁止令マデ! オヨヨヨヨ」

「えへへ、ごめんね、リッキー。我慢させちゃって」

 

 体操座りの少女に球体は近づき、膝の上にちょこんと乗った。

 

「……いいのデス。それがリメア様のお望みでしたカラ」

「ありがと。えっと……、出てきてもらって急なんだけど、少しの間、知識回路接続、やってみたい」

 

 リッキーはまるで天地がひっくり返ったかのようにパチパチとライトを交互に瞬かせた。


「えぇえっ!? リメア様、知識回路接続は、おつむが痛くなるからとあれほど嫌がっておられたはずなのに……」 

「いいの! その話は! ……ちょっと、知りたいことがあるの」

「そうおっしゃるのデシたら……」

 

 リッキーはくるくると回りだす。

 リメアの脳内で、女性の機械音声が定型文を読み上げはじめた。

 

《知識回路、接続いたします……接続完了。ようこそ、宇宙船ライブラリーへ。なにかお調べしたいことはございますか?》

 

 ホログラムがリメアの足元より、放射状に広がった。

 シェルターの部屋はたちまち巨大な図書館へと姿を変えていく。

 同時にキーンと、鋭い痛みがリメアの頭の奥に響いた。

 

「うぅ、えっと、し、しらべもの! 言葉の意味!」


《単語検索ですね。少々お待ちください……注意、現在の船内時計と、外界の時刻に大きな差異がございます。連続短距離ワープおよび準光速移動を長時間行われてはいませんか? こまめな休憩と――》


「あああっ、頭痛いからはやくしてよぉぉお!」

 

 タシタシタシ、とリメアが地団駄を踏む。

 

《かしこまりました。単語検索画面へ移行します……どのような言葉をお調べされますか?》


「えっと――」


《警告、船内時計と外界にて、深刻なタイムラグが発生しています。アーカイブの語彙は、宇宙船設計当時のものとなり、外界における意味や使用方法とは大きな乖離が発生している可能性が――》


「もーーー! わかった! わかりました! はいはいはい! もう、なんでこれ毎回聞かないといけないの……」


 リメアが泣き言を言い終わる前に、何事もなかったかのように明るい声が返ってくる。

《それでは、どのような単語をお調べしますか?》

  

「はぁ、えっと、検索するのは、“フェニス主律星”、“天体と天体を繋(コズミック)ぐ巨大な架け橋(ストリング)”、“孤児院”」


 何冊かの該当する本がヒュルリと本棚から飛んできて、リメアの正面に並べられる。

 パラパラとめくられた本からは情報が抽出され、グラフやデータが空中に表示された。

 

《かしこまりました。まずはフェニス主律星から。フェニス主律星は、人類踏破宙域の最端に位置する星群の主天体です。精霊フェニスが資源供給を行っており、穏やかな風、牧羊風景が広がるのどかな星です》


《主律星に連なる従響星では人工太陽によって気候管理された、湖、山、丘陵地帯などが見られます。主律星からの移動は天体と天体を繋ぐ(コズミック)巨大な架け橋(ストリング)を柱とする軌道エレベーターが利用でき、その日の気分にあったリゾートを堪能できます》


《デュポン小麦を使用したハンバーガーが絶品で、長旅を覚悟しても訪れる価値のある星団と言えるでしょう。星団の名前は永遠を司る不死鳥と、人類発祥の星地球の観光地ヴェニスにあやかって付けられたと言われています》


「従響星のテラフォーミング範囲は、星の一部に留まっているようね。土壌成分、日照エネルギー、どれも観光地化用途の設定値ね……。どうしよう、これ、情報相当古いかも……」

 

 知識回路接続により、リメアの知識と脳の処理能力が一時的に強化される。

 普段であれば舌を噛みちぎってしまうような難しい語句も、スラスラと理解することができた。


「次、天体と天体を繋(コズミック)ぐ巨大な架け橋(ストリング)


天体と天体を繋ぐ(コズミック)巨大な架け橋(ストリング)とは、すべての精霊の母、女神精霊によって編まれた、エーテル質の通信・物流ケーブルです。エーテル濃度が大型精霊と同様に結晶化臨界値に到達しているため、どなたでも視認することができます》


《エーテルにてそのすべてを構成されている特性上、現宇宙より位相がズレており、重力や他天体の衝突の影響を受ける心配がございません。主に主律星と従響星を繋いでおり、主律星に設置された精霊の資源エネルギーを、従響星へ供給するために設けられています》


「……変ね。アリシアの話だと、資源エネルギーは従響星から吸い上げられているってことだったはず。なにかがあって、逆転したのかな。次!」

 

《最後は孤児院、ですね。孤児院は一般的に、身寄りのない少年少女を一時的もしくは一定年齢まで、保護する目的で設立された施設です》


《人類宇宙進出前の歴史上においては、劣悪な環境が問題となっていたこともありました。しかし、女神精霊と人類が良好な関係を構築している現在、枯渇することないエーテル資源の恩恵により、その役割は限定的になっております》


「……どう考えても、アリシアが出入りする孤児院は、史実における孤児院と同じレベルまで時代が後退してそうね……わかった。もういいよ」

 

《かしこまりました、知識回路接続をご利用いただき、誠にありがとうございました。良い宇宙の旅を!》 

 

 その言葉を最後に音声はぷっつりと切れた。

 眼前に広がっていた図書館は、静かに折りたたまれて足元へ消える。

 回転していたリッキーは速度を落とし、やがて止まった。


「……っ!」 

 

 遅れてやってきた強烈な頭痛と目眩がリメアを襲う。

 思わず座り込みうめき声を上げてしまう。

 

「いいい、いたたたたた、うう、もう使いたくない……」

「お疲れ様です、リメア様」


 ガンガンと鳴り響く頭痛の中で、ちらとリッキーを片目で見上げる。


「ねぇ、リッキー、痛たた……」

「ハイ、リメア様」

「……あの図書館に、お母さんの情報って、ないんだよね、やっぱり」

「ハイ。すでに8万回以上、試された検索デス。検索結果は、0デス……。すみまセン……」


 少女はこめかみをさすりながら横になる。


「……そうだよね、わかってた。ありがとうリッキー。おやすみなさい」

「おやすみなさい、リメア様」

 

 冷たい床の上で、丸くなり膝を抱く。

 目をつぶれば、ズキズキと締め付けるような痛みが頭の奥へと遠のいていった。

 

 リメアが話すのをやめれば、この部屋はいつだってすぐ静かになる。

 シェルターの扉は分厚く、防音効果が非常に高い。

 外の風音や夜に鳴く涼やかな虫の声も一切聞こえない。

 まるでついこの間まで閉じ込められていた、宇宙船のようだった。

 慣れ親しんだ孤独と安心感はないまぜになり、リメアの胸元で鈍い痛みとなる。

 

 停滞した空気と無機質な床に挟まれたたまま、ひとり寝返りを繰り返した。


 

 寝付けないまま、どれくらい時間が経っただろうか。


 瞼を開けると、いつの間にかシェルターの暗闇に目が慣れていた。

 窓から差し伸べられた星の光で、中央の床だけが微かに光を湛えている。

 

「眠れないのデスね」

 

 リッキーがコロコロと床を転がってきて、光の水たまりの中でスポットライトを浴びた。

 

「……うん」

  

「かしこまりまシタ。ではお眠りになれるまで、少しお話しまショウ。そうデスね……。リメア様は急に、どうされたのデス? あれほど嫌がられていた知識回路接続を、自ら進んでされたいナドと」

「…………」

 

 リメアはなにも答えず、ただ床を見つめた。

 映り込んだ歪んだ顔と翡翠色の瞳が小さく揺らいでいる。


「……アリシア様、デスか?」

 

 リメアは身じろぎし、膝を強く抱き寄せた。


「…………うん」


 星空の瞬きがリッキーのボディに反射し、ちらちらと輝く。

 

「……話して、いただけマスか?」

 こく、と小さく頷いた。

 

 しかしいくら時が過ぎても、リメアの口が動く気配はない。

 コロ、コロ、と左右に揺れていたリッキーだったが、気まずい空気に耐えかねたのか、やけに明るく喋りだす。

 

「い、いやハヤ、最近のリメア様は、アリシア様と大変楽しそうデス! 今日なんて、2人で沢遊びナド。ワタクシも参加したかったのデス!」

「あはは。うん、すっごく楽しい。……すっごく」

 

「ええ、ええ。リメア様の作戦、大成功デスね! 警戒心が強く、気を使いがちなアリシア様の気が散るからリッキーは隠れていてという任務、完遂しました! あぁ、自分で口にするとより切なくなりマス……」

 

 リッキーが冗談交じりで物悲しげに俯くも、リメアツッコミを入れるどころか小さくため息をついた。

 そのまま上体を起こし、部屋の隅をじっと見つめる。

 神妙な面持ちで、鉛のような言葉をなんとか吐き出した。

 

「うん……ありがと。協力してくれて。おかげでアリシアとすっごく仲良くなれたよ。仲良くは、なれたよ……」

「……ナニカ、あったのデスか……?」

 

 リメアの表情は曇り空のように浮かなかった。

 

「リメア様……、もし、差し支えなけれバ、ご相談、いくらでも受け付けておりマス。ご自身のお口で話されるコトで、お気持ちも整理できるでショウ」

「そうだね……うまく説明できればいいんだけど」

「少しづつで構いまセン」

「ありがとう」

 

 小さな手でホログラムの頭を撫で、リメアはぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

「アリシアと、初めてあったときのことなんだけどね。あのとき、とっても怯えてる子だなって思ったの。目があったら、すごく怖がってた。それが、アリシアの最初の印象」


「……ハイ、それはワタクシも感じておりまシタ」


「それでね、わたしがいっぱい噛んじゃって、怖くないことが分かるとぎゅって抱きしめてくれたんだけどね」

「ええ」


「その時……、すごく心臓がドキドキしてたの。耳をくっつけてたわけじゃないのに、音が聞こえるぐらい。……きっと、すっごく緊張してたんだと思う」

「そうでしたカ……」


「うん。わたしも初めて同じくらいの見た目の子と会ってドキドキしたけど、アリシアのドキドキはなんだかちょっと違うと思うの。うまく、言えないけど」

「ワタクシを隠しておいた理由にもつながるのデスか?」

 

 こくり、と縦に首を振る。


「あぁ、なんか色々思い出してきたなぁ。そうそう、あの日、アリシアがね、また明日って、言ってくれたの! ほら、リッキーとはいつも宇宙船で一緒だったでしょ? だから、また明日って、とってもいい言葉だなって……嬉しかったな。また会ってくれるんだって」

 情景を思い出しているのか、リメアの表情は少し柔らかくなり、細めた目がキラキラと輝く。

 

「……あ、えっと、話が脱線しちゃったね。えっと、大事なのはここからなの。ちゃんと聞いて」

「ハイ、聞いておりマスよ!」

 くるりとリッキーが1回転した。

 

 リメアは視線を左上に向け、しばらく考えてから少し声のトーンを落とした。

 

 

「リッキーは知ってる? アリシアの怪我のこと」

「怪我、デスか」


「うん。転んだわけでもないのに、二の腕とか、太ももとか。最初は遊んでてぶつけたのかなって思ってたけど、会うたびに別の場所が赤くなったり、青くなったりしてるの」

「…………」


「あと、このシェルターでね、アリシアがね、寝てたときにすごくうなされてて。あのときのこと、今でもはっきり覚えてるの。アリシア、苦しそうにずっと、ごめんなさい、ごめんなさいって謝ってたの。わたし、よくわからないけど、それがすっごく怖くて、怖くて。ずっと、アリシアにそのこと聞きだせなかったの……!」

 

 頭を痛いほど強く手の付け根で押さえつけたまま、小さくうずくまった。


「リメアさ――」

「ひどい友達だよね! ほんとはどうしたの、泣かないでって、抱きしめてあげないといけなかったのに! わたし、わたし! 普通の声で、アリシア、終わったよーって起こして! 何も見てないフリして!!」

 

 喉が震えた。

 声がわんわんと室内に反響する。


「……その、リメア様、改めて、明日聞いてみてはいかがでショウか? きっとアリシア様なら――」

「聞けないよっ!!」


 パタタっと、涙が床にこぼれ落ちる。

 

「だって……アリシア、いっつも笑ってる! わたしといるとき、ずっと笑ってる! 一緒に遊ぶのが楽しくて、夢みたいって! わたしに隠れて、1人ですごく辛そうなのに! 笑ってても目の奥がときどき泣いているのに!!」


「そうデスか、リメア様は、ずっと……」


 しゃくりあげる喉に、唾を飲み込めば咳が出る。

 拭いても拭いても視界がぼやける。

 壁や床に手足をばたつかせ苦しむアリシアの姿が、瞼の裏から離れない。

 吐き出したい思いが、次から次へと溢れ返る。


「アリシアが笑って過ごせる時間を、ちょっとでも減らしたくないって、一緒にいる間はたくさん笑ってほしいって! そうやって自分に言い聞かせて。でもぜんぶ! 本当は、わたしが怖がりだからなんだ! わたしは、アリシアの……」

「わかりマシた、わかりまシタよ、リメア様」

 

 リッキーが隣で何度も頷いてくれる。

 それがなにより、惨めで情けなかった。



 「アリシアの……友だち……なのにぃ……」



 シェルターの中には、リメアのすすり泣く音だけがこだまする。

 こんな気持になったのは、初めてだった。

 孤独だった頃には感じなかった、鋭い胸の痛み。

 リメアはその痛みを抱きしめるように、体を縮こめたまま朝を迎える。

 


「…………」

 

 リッキーは窓辺に身を寄せ、空を見上げたまま考え込むように沈黙していた。

 

 

 アリシアは、その日の午後、いつもの時間に来なかった。


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