第8話 秘密の会話【インウィディア・開拓区】
ドラゴンと遭遇した後、半日ほど進むと街についた。
目的の旧王都に到着するまでには、いくつかの街を経由する必要があるらしい。
マルギナリスまでどうやって来たのか、というパリオネの問いは、アーヴィがうまく誤魔化してくれた。
彼の作り話の中では、リメアとアーヴィはキャラバンの食料荷車に隠れていて、幌が取り払われるまで中でじっとしていたことになっている。
余計なこと言うなよ、嘘が面倒になる、との言いつけを守り、リメアはアーヴィが語っている間はお口にチャックをしてニコニコ笑顔を振りまいていた。
パリオネは疑うことなく、親切にも旧王都までの護衛と旅費を負担してくれると言う。
リメアは遠慮したが、彼女の「お金ならいくらでも余ってるんだ」との発言に甘えることとなった。
2つ目の街を立ち、3日ほど走り続けた頃。
「うーん」
パリオネが馬車のトランクを開けて腕を組む。
「どうしたの、パリオネ」
薪を集めてきたリメアが、パリオネに駆け寄った。
「いやな、食材が少々心もとなくてな。次の街まであと2日はかかる。明日は夜が来るから、できるだけ歩き回るのは避けたい」
「えっ、どうするの? わたしはあんまり食べなくていいから、みんなで分けてくれたら大丈夫だよ?」
「ははっ、リメアは少食だったな。だが子供が食事のことで遠慮することはない。特に私の前ではな。というわけで、昼食が終わったら近くの森を散策して、食材を集めよう」
「わぁ! そういうことだったらわたしも手伝う!」
「うん、リメアが手伝ってくれたら百人力だ。ドラゴンを倒せるレベルなら、小さな魔獣が出ても安心だ」
ニッコリ笑いかけるパリオネに、リメアも同じように笑って返した。
見晴らしの良い丘に馬車を停め、すぐ魔獣に食べられてしまうアーヴィと非戦闘員の御者はお留守番、リメアとパリオネが調達班となった。
「なあリメア、少し話してもいいか」
「なあに、パリオネ?」
森に入ってしばらくすると、空の麻袋を背負ったパリオネが口を開く。
口調にいつものような覇気はない。弱気モードのパリオネだ、とリメアはすぐにわかった。
「その……リメアから見て、私はよくやれているだろうか」
「パリオネが? 英雄としてってこと?」
「ああ。しっかりしているだろうか。皆を守れているだろうか。頼られるような英雄だろうか。変なところはないだろうか」
「あはは、パリオネは気にしすぎだよ!」
「うぅ、だが気になるんだ。ちゃんとみんなの役に立てているかどうかが、どんな時も気になって仕方ないんだ」
「パリオネはすっごく頼りになるよ! カッコいいし、強いし、自信たっぷり……に見えるし」
「ほ、本当か!?」
パリオネは立ち止まり、目を輝かせる。
「嘘じゃないよ」
「よかった……」
ほっと胸撫で下ろすパリオネ。
頭上からは、木漏れ日が優しく降り注ぐ。
心地よい森の香りに包まれながら、2人の足音に虫のさざめきが重なった。
そのまま森を進むと、パリオネが立ち止まり指を差した。
「あそこの木の実、それとそこに生えているきのこ、向こうの茂みのそばにある野草は食べられる」
リメアは指示に従って食材を集める。
高いところにある木の実は、パリオネに肩車をしてもらいながら採取した。
麻袋はあっという間に一杯になる。
「よし、これぐらいでいいだろう」
「たくさん集まったね! パリオネ、なんでも知っててすごい!」
リメアが手を叩けば、パリオネは頬を赤らめた。
「やめてくれよ。自然と身についた知恵さ。うちはあんまり裕福じゃなかったから、小さい頃から森に入って野草を採取していたんだよ」
「はぇー……。わたしはずっと引きこもってたから、そういうこと何にも知らないや……」
シュンとしたリメアの頭をパリオネがガシガシと撫でる。
「でも、もう覚えただろ?」
「……うん! いっぱい覚えた! あとでアーヴィに自慢するんだ!」
「ははは、きっと驚くぞ」
穏やかに笑ったパリオネが、小さく声を漏らし、耳をそばだてる。
「どうしたの?」
「……聞こえないか? 水の音だ」
言われてリメアも耳を澄ます。
確かに、遠くから水の流れる音が聞こえていた。
「……ちょっとだけ、寄り道していかないか?」
「え! そういうの大好き!」
ニッと白い歯を見せたパリオネに、リメアはぴょんぴょん跳ねながらついていく。
水音がする方へと歩いていくと、生い茂っていた木々が一気に開けた。
透き通った大きな池が目の前に現れる。
池の中心には、開拓村マルギナリスの中央に生えていた大樹と同じ葉をつけた木が鎮座していた。
リメアとパリオネは顔を見合わせる。
「少し汗を流していこう。馬車に着く頃には服も乾くはずだ」
「賛成!」
パリオネは麻袋を置くと、ざぶざぶと池の中へと入っていった。
水深は浅く、膝下が浸かる程度。
パリオネは木の側まで辿り着くと、幹に耳を当てた。
「……結構水も溜まっている。リメア、準備はいいか?」
「うん!」
大きくリメアが頷くのを確認し、パリオネは少し後退すると、助走をつけて幹に体当たりする。
木が激しく揺さぶられると同時に、内側からゴボッとくぐもった音が響いた。
「来るぞ……!」
パリオネがそう言って天を仰いだ数秒後。
ザアッと夕立のような雨が降ってきた。
「わはっ!」
リメアが歓声を上げる。
地下から吸い上げられた水は温度が低く、火照った身体を冷ましてくれる。
「気持ちいぃ~!」
リメアは両手を広げて雨を全身で浴びる。
パリオネは静かに目を閉じながら、髪をかきあげた。
5分ほど続いた自然のシャワーに満足した2人は、大満足で岸辺に向かった。
「皆には、内緒だぞ」
「内緒! 2人だけの秘密だね!」
ニシシ、と顔を見合わせて笑ったその時だった。
メキメキと若木をへし折りながら、なにかがこちらに近づいてくる。
身構え、周囲を警戒するリメアとパリオネ。
音は複数の方向から同時に聞こえていた。
現れたのは、魔獣デュオナッソが3体。
どうやらこの池は、彼らの縄張りのようだった。
「……せっかく汗を流したばかりだというのに、困った奴らだ」
「まかせてパリオネ。わたしがうんと遠くまでぽいって投げてあげる」
腰を低く落としたリメアを、パリオネがサッと手で制する。
「いいや、ここは私に譲ってくれ」
その声に何処か仄暗いなにかを感じ、リメアは弾かれたようにパリオネの顔を見た。
彼女の横顔は険しく、ただならぬ感情が溢れている。
「……昔こいつらには散々な目に遭わされてね。見かけたら片っ端から駆除しないと気がすまないんだ」
「わ、わかった」
パリオネの気迫に圧され、リメアは身を引く。
デュオナッソたちはお気に入りの水場を荒らされたのが気に食わないのか、示し合わせたかのように咆哮を上げる。
パリオネの強く握りしめた拳が、ギチッと音を鳴らした。
それが、開戦の合図となった。
*
「……長閑だ」
小鳥のさえずりを聞きながら、アーヴィは芝生に寝転んで空を眺めていた。
2匹の蝶が戯れながら視界を横切っていく。
近くから聞こえてくるのは、馬もどきが草を食む音くらいだ。
「良いものではないですか。街道沿いの丘陵地帯は魔獣も少ない。森に入れば話は変わりますが」
同じように隣で仰向けになった御者が、顔に乗せた帽子の下から声を出す。
「にしても無防備過ぎねぇか?」
「いえいえ。休めるときに休むことだって重要です。人も、馬も」
「……案外肝っ玉座ってんな、爺さん」
「はは、なにをおっしゃる。そっくりそのままお返ししますぞ、アーヴィ殿」
まるで御者に同意するかのように、馬もどきもいなないた。
アーヴィはややむっとしたが、すぐに穏やかな表情を取り戻す。
「はっ、緊張感の欠片もねぇ、と言いたいところだが、爺さん。俺の目はごまかせないぜ。アンタ、ただの御者じゃねぇだろ」
ざあっと風が吹き、緑の大地を撫でていく。
御者はそのままの姿勢でホッホッと笑った。
「いやはや、見破られていましたか。さすが英雄様がお連れしているだけはある。見事な慧眼です」
「そういう世辞はいらねぇよ。何者だ、アンタ」
アーヴィは流れ行く雲を見つめながら尋ねる。
御者は暫し時間を置いて、ゆったりとした口調で答えた。
「なあに、大したことはありません。先の内乱で、ちょっとした暗殺部隊に所属して訓練を積んだだけですよ」
「物騒なワードが出てきたなおい。先の内乱つーと、メルキオル王政を終わらせた内乱か? 100年以上前の戦争だぞ。爺さん、歳いくつだよ」
「ほっほっ、ちょいと遺伝子を昔いじってましてな。ですが今ではただの老いぼれ。昔日の血反吐にまみれた修練なぞ、なーんの役にも立ちませぬ。私の技術は主に対人用。大型の魔獣相手には手も足も出ませんからな」
「……飛竜が現れた時、動きがやけに洗練されてると思ったぜ。なるほどな。そう言われれば合点がいく」
「ええ。ですがさすがの私もあの時は内心ヒヤヒヤでしたぞ。英雄様とリメアさんがいなければどうなっていたことか」
「用意周到に煙幕張りながら爆走しておいてよく言うぜ」
「ほっほっほ」
青空に朗らかな笑い声が吸い込まれていく。
会話が途切れ、しばらく2人は日向ぼっこを続けた。
ほどなくしてアーヴィが身を起こし、胡座をかいて森を見つめる。
あいつら遅ぇな、と心のなかで呟いた時、御者がおもむろに口を開いた。
「こんなに穏やかな旅程は久しぶりです。なんせ、鬼のような方々に囲まれているのですから」
「はっ、違ぇねぇ。俺から見てもあいつらの強さは異次元だ。同じ人間の括りに入れてほしくはないね」
ぷらぷらと手を振るアーヴィに、御者はさっきの仕返しとばかりに追い打ちをかける。
「なにをおっしゃる。……1番鬼に近いのは、貴方でしょうに」
「……爺さん、こんなか弱いガキをおだてたって、何ひとついいことなんてありゃしねぇぜ」
「私の目は、誤魔化せませんよ。貴方からは、私と同じ血と死の匂いが漂っている」
「へぇ……」
ギロリ、とアーヴィの赤眼が御者を睨みつけた。
だが御者は帽子で顔を隠したまま、微動だにしない。
「私を脅かそうとしても無駄ですぞ。この老体、もう怖いものなぞございません。いつ何時、喉に飯をつまらせて昇天するか知れぬ身ですからな、ほっほ」
「……はぁ、これだから年寄りは苦手なんだ」
「矛を収めて頂き、ありがとうございます。……アーヴィ殿と話をしていると、昔の自分を思い出しますなぁ」
「……」
アーヴィはばかばかしいと言わんばかりに頬杖をつき、手近にあった草を引き抜く。
長細い葉を折りたたみ、ぷぅと息を吹き込むと情けない音がなった。
あまりにも締まらなかったので、アーヴィは暇つぶしに作った草笛を放り投げ、大の字に倒れ込んだ。
「どんなに表面を綺麗に取り繕っても、胸の底に溜まった淀みは消えませんぞ」
「上等だ。はなからんなこと分かってんだよ」
「おひとりでしたら、きっと耐えられることでしょう」
「……面白ぇこと言うな、爺さん。ひとりなら耐えられねぇから友達作れだのなんだの言うのが普通ってもんだ」
「ほっほ。まあ最後まで聞いてくだされ。私やアーヴィ様のような日陰者は、孤独にはめっぽう強い。ですが、弱点もちゃんとある」
「ほぉ、聞こうじゃねぇか。俺の弱点とやらを」
「光、ですよ」
御者は帽子を持ち上げ、蓄えたあごひげの中で口を歪める。
アーヴィの目元が、ピクリと動いた。
それを見届け満足したのか、御者は再び帽子を元の位置に戻し、話を続ける。
「お連れのリメアさん。純粋で朗らかでとても良い子です。あの方とアーヴィ殿は、端から見れば仲睦まじく見えます。……ですが実態はまったく異なるはず。彼女とは出会って間もない関係、違いますかな?」
「はっ、どうだか」
「その反応が、何よりの証拠ですぞ」
「……」
アーヴィが押し黙っていると、御者は一段と低い声で囁いた。
「……いずれ貴方の抱える闇は、貴方ごと彼女の光に灼き尽くされる」
やや強い風が吹き、丘の枯れた芝生を巻き上げる。
アーヴィの茶色く染められた髪も風に煽られ暴れた。
だがその髪の間から、鋭い眼光が覗く。
「……そんなこと、起きやしねぇよ」
その見た目からは想像もつかぬほど、底冷えする声が少年の喉から発せられた。
御者は押し黙り、草を食んでいた馬もどきも動きを止める。
「爺さんが知らない、光の届かない闇がこの宇宙には存在するのさ」
その言葉を最後に、これ以上この場で2人が会話を交わすことはなかった。




